作品タイトル不明
閑話:彼の消えたアスタルニアでの出来事
はいどうもこんにちは。
皆大好き俺です。嘘です調子こきました。貴族なお客さんに“宿主さん”の称号を貰った俺です。
最初あの人にそう呼ばれた時は「ひぇっ」ってなりました。何ていうか、あの人に自分が呼ばれた事実が受け入れられない。しかも敬称つき。何で対等に話しかけられてるのか理解できない。自分の宿なのに何故か感じる場違い感。これは酷い。
そんな俺も立派に皆の宿主さんとして奮闘し、そして貴族なお客さんを見送った今。
「さみしい……!!」
壮絶なお客さんロス。寂しすぎて時々宿の床で打ちひしがれるくらい寂しい。
「今までこんなんなったこと無い……!」
「客が出てく度にそんなんなってたら廃業ものだよねぇ」
エール片手に嘆いていれば、同業の友人が慰めてくれました。いやこれ慰めてんのか。
今日は暇な面子で集まって飲み会です。俺のとこも最後の客が今朝旅立っていったので時間があります。呼び込みしよ。
「まぁ、あの人達も強烈だったからなぁ」
「何つーの、非日常から日常に戻ったギャップ?」
「安心感は?」
「一瞬あった」
本当に一瞬でした。
それを過ぎた後の、この、これですよ。何とも言えないこの衝動。
「なんて言うか、贅沢に慣れたんだよねぇ」
「 それ 」
思わず真顔で同意した。
「お前あの人らと外歩いてる時、すっげぇ満更でも無さそうだったよな」
「優越感にじみ出てたよねぇ」
「その癖あの人達の前では気取ってたな」
「言ーうーなーよーーーー!!」
自覚はあります。
だって凄い周りの視線集まってんのが分かるし。その癖お客さん達は気付いてないんじゃないかってレベルで平然と歩くし。微笑みかけてくれるし。
「だってあの微笑みが! どんだけ偉くなりゃ向けて貰えんだって微笑みが! 俺に向けられてる事実!」
「圧倒的庶民感」
「まぁ分からんでもない」
エールのグラスを机に叩きつけながら叫べば同意が返って来ました。
そりゃそうです。貴族なお客さんとか絶対に王族貴族だし冒険者とか未だに信じられないし。本人楽しそうだったけど。
あの人よく自分のこと「普通の冒険者ですよ」とかちょっと誇らしげに言うけど、あれ何で誇らしげなの?誇るとこ違くない?
「お前の知名度も地味に上がったもんな」
「あー、かも。外歩いてっと“あ、王子さまの”とか子供に指さされる」
「王子さま?」
「うちの近所じゃそう呼ばれてんだわ」
ちなみに女性から声をかけられる事も増えました。
とてつもなく嬉しい。けどこれからその機会も減ってくとなると辛い。
「うちの王子さま方の立場がねぇなぁ」
「あれじゃん、絵本の王子様っつうとアッチなんじゃねぇの」
「はい串焼きお待ちー」
「うぇーい」
飲み屋の店員が置いて行った皿に、全員でわらわらと手を伸ばします。一人一本なんて概念は無いので、キープは必須です。
「王子様、ねぇ」
ふと、楽しそうな呟きが聞こえました。
何処から聞こえたのかと周りを探せば、一瞬目があった店員がにんまりと笑ってました。何あいつ。
「兄さんに止められてなきゃ、俺も声かけんだけどね」
パタ、と皿を乗せていたトレーで顔を扇いで、余所の机からかかる注文の声にキレ良く返事をして去って行きました。
あんな奴ここで見たことあったっけ。
「どした」
「なんも」
まぁ良いか。
「で、実際どうなワケ?」
「は?」
「本当はどっかの王子様だったりしねぇの?」
「どう考えてもそうだけどさぁー!」
ムシッと串焼きを噛み千切りながら天を仰げば、あまり察しの良くない友人たちも流石に察してくれました。
そう。どう考えても王族貴族な貴族なお客さんは、どう見ても王族貴族な癖に、一度もそれを肯定してくれた事はありませんでした。
「貴族なお客さんが王子様すぎて俺の中の姫が何回か目覚めそうになったけどさぁー!」
「お前心の中に姫眠らせてんの?」
「キッショ」
やかましい。
そういうのはお客さんの清廉さを間近で味わったことないから言えるんだと断言します。こいつらだって似たような状況になれば俺のことを笑えないに違いない。
「じゃあ想像して見ろオイ! あの貴族なお客さんが、何となく嫌なことがあった翌朝に朝の挨拶を交わした直後に清廉な顔でジッとこっちを見つめて穏やかに微笑んでゆっくり近づいてきて『俺に出来ること、あったら言って下さいね』って言いながら優しく寝癖を梳いてくれる所をよぉー!」
「グッ……これが……姫の目覚め……!」
「俺の中の姫がベッドから転がり落ちた……!」
「俺のはベッドの上で飛び跳ねてる……!」
ノリ良いなこいつら。知ってた。
そうして無駄に姫を叩き起こしつつ、テンションのままに色々吐き出します。
「それに貴族なお客さんさぁー! ヴァイオリン弾くんだわー!」
「何それ」
「冒険者なのに? いや見えねぇけど」
物音もしないし留守にしているだろうと、掃除に入った部屋にヴァイオリンの音色が響いていて心底驚いたことがあります。
お客さんもちょっと驚いて演奏を止めて、そして消音の魔道具がどうたらこうたらと説明してくれました。半分分かんなかったけど。
煩いだろうからってそうしてくれてたみたいだけど、全然そんな事なかったので大丈夫ですよって言っといた。聞きたかったし。
「その音色は水底を揺蕩うが如く緩やかに響き……」
「大事故起こしとる大事故」
「浸りきってんなぁ」
「もっと分かりやすく言って」
「聞きながら寝たらすっげぇ良い夢見れそう」
納得の声が上がりました。ドヤ。
お願いしてから例の魔道具は使わないでいてくれて、それを聞きながら掃除や洗濯をするのが楽しみでした。これも贅沢だよなぁ。
「それにさぁー! 時々ビックリすること知らねぇんだわー!」
「分かる」
「分かる」
空いた串で手近のピクルスを突き刺しながら叫べば、これにも納得が返って来ました。
こいつらまともに話したことねぇのに何で分かんの? そういうイメージ? こいつら貴族なお客さんに会う度に土下座しかしてないからね?
「あの人はねぇ、見るからにそうだよねぇ」
「あの噂知ってるか? 初めて港行った時に『服……?』って呟いたってよ」
「何で?」
「半裸ばっかで驚いたんじゃねぇの?」
何それ初耳。
あ、でも俺も最初の頃言われたことあるかも。アスタルニアの人は開放的ですねって何故か感心したように言われた。その時は何のことだか分かんなかったけど。
いやだって暑いし普通じゃないんですかね。流石にお客さんの前では脱がねぇけど。
「流石、王都の人は上品だなぁ」
「貴族な人って王都出身なんか」
「や、違うっぽい」
「違うんじゃねぇか」
適当なこと言った奴の皿から刺身を没収して、若干キレられながら口の中に放ります。
そういや貴族なお客さんの出身地の話ってあんま聞いたことない。獣人なお客さんは、どうみてもお姉さんにしか見えない母親が宿に突撃訪問してきた事もあるから知ってるけど。
「獣人なお客さんは森出身だってよ」
「森族かー」
「あー、ぽいぽい」
森に住んでる人達を纏めて森族って呼んでます。
色んな人達がいるし、領地内と交流があったり無かったりするけど、俺達としては同じアスタルニアの民って感じです。ちゃんとした区切りとか無いから適当だけど。
そんな森族たちは、とにかく癖が強いイメージ。獣人なお客さんも相当強いし。
「黒い人は?」
「すっげぇ生まれっぽいよな。貴族な人とは違う意味で」
「だって最強っしょ?」
軽く言うこいつらは“最強”の真の意味を知らないんですよ。ほんと。
あと少しのぬるくなったエールを飲み干して、近くを通った店員の兄ちゃんにおかわりを頼みます。
「冒険者とかさぁ、凄ぇじゃん。あいつら平気でタルとか板とか伝って屋根に駆け上がっし」
「何かしら壊してくけどねぇ」
「財布スラれた時とか反射で相手の肩ひっつかんでブン殴るし」
「乱闘になんのは勘弁して欲しいけどねぇ」
やけに具体的な話だけど見た事あんのかな。
うんうん、と深く同意を示している同業の友人は流石に冒険者に詳しそうです。冒険者向けの宿って凄ぇ大変って聞くけど、どうなんでしょうね。
あ、うちはあの三人相手だったんで。そういうの無いんで。
「痛ッて! 何!?」
「お前のその顔すっごいムカつく」
優越感が顔に出ていたらしく、しこたま脛を蹴られた。
「そんなのの“最強”なんだからさぁ、そりゃ凄ぇだろ」
平然と話を続ける友人は、食い終わった串をぷらりと此方に向けてきました。
まぁ確かに冒険者とか凄いよ? 実際戦ってるとこなんて全く見ないけど、時々見る魔物の死骸とか見てると凄ぇなと思うよ?
俺なんて森ネズミに追いかけられただけで死にそうになんのに。あいつら意外と足速いし石投げても全然効かないし爪長いし怖い。
「でも一刀なお客さんとか凄ぇどころじゃないんでーす!! もう理解の範疇にないんですぅー!!」
「はいエールお待ちー」
「わーい三本も頼んでねぇのに来たぁー!」
「マジぃー? いいや、サービスサービス。飲んじゃって」
ほんと何あの店員。飲むけど。
「おい、一本」
「俺も」
「ん」
「で、一刀な人ってそんな凄ぇの?」
「そりゃもう」
エール片手に、思い切り椅子に凭れると安物の椅子がギシリと音を立てました。
これで一度、別の酒場で椅子が壊れて後ろに転がったことがあります。友人のみならず、客や店員にも爆笑されたから二度とあそこには行かない。
「うちの裏で手合わせみたいなのやってんの見るとさぁ、人の可能性って奴を……」
「まさか貴族な人と」
「やってたらビックリですけど!!」
「だよなぁ」
いや、実は一度自分も手合わせやってみたいとか言ってる貴族なお客さん見た事あるけど。
一刀なお客さんと獣人なお客さんに滅茶苦茶スルーされてた。あそこまで空気な扱いされるお客さん見た事ないってくらいスルーされてた。
「そういやこの前、漁師らがギルドに突撃かましてんの見たぞ」
「冒険者?」
「おう」
郵便ギルド、商業ギルド、色々あるけど一番話題に上がるのが冒険者ギルドです。
「“鎧鮫寄越せ”っつって」
「あー、あのすっげぇの」
俺もちゃんと見に行きましたよ。すっごい迫力でした。
何をどうすればあれに勝てるのか訳が分からない。そしてそれを夕食で食べたいからと持って来られた衝撃は未だに忘れてない。
「そういや最近、港まで買い出し行くと聞くよねぇ」
「あーあるある」
宿業の友人は大量の仕入れに、俺は良い魚を求めて良く港に行きます。
「大物捌きたいとか、魔物が足りないとか」
「そういやあの三人って何回か鎧鮫持ち込んだんだっけか」
「三回じゃん? 俺二回料理したし。で、一回は食べれんかったって聞いたし」
「お前凄ぇな」
「どこぞの料理人とか手に入んなくて血涙流したっつってたのに」
まじか。黙っとこ。
最近、魔物漁が盛んとか色々聞いてたけど、まさかそれがお客さん達の影響だとは。全然意外じゃない。色々な意味で影響力ある人達ですよね、分かります。
商業ギルドとかも魔物漁がどうとかでお客さん達の話出してたって聞いた事あるし。
「これってやっぱ、一刀な人じゃねぇと獲れねぇのかね」
「じゃねぇの?」
「や、獣人なお客さんも一回獲ってきてた」
味の濃い煮つけを口に放り込み、ごくりとエールを一口。たまりません。
「やっぱあの人も強ぇんだよなぁ」
「蛇の人は何ていうか、イメージ掴めないよねぇ」
言いたい事は分かる。
絶対強そうなのに一刀なお客さんみたいな圧倒的強者な威圧感はなくて、笑ってるのか笑ってないのかも良く分からん雰囲気がやや怖い。愛想は良いのに悪くて、口調は軽いのに重くて、本音も嘘も混ぜこぜで、得体の知れなさでは一刀なお客さん以上に怖い時があります。
「一刀ぐらい強いってことかね」
「やー俺も貴族なお客さんに聞いてみたけどさぁ。相性っつうの? 良かったらしいわ」
「ふーん。そういうもん?」
冒険者じゃないから魔物相手の相性だの何だのは良く分かりません。
魔物って魔法とか使うの? 使わない? その程度です。あれ、噂のヴァンパイアってイケメンなんだよね?
「じゃあ高貴な人が相性良い魔物は?」
それ聞く?
「………………………………まほう」
「間が長ぇーよ!!」
「しかも魔法が何なんだよ!!」
「しょうがねぇだろ面と向かってそんなん聞ける訳ねぇし!」
俺だって、一瞬そう思いましたよ。一瞬。
でも聞けなかった。口は開きかけたけど聞けなかった。いえ貴族なお客さんが弱そうとかじゃないんです。他の三人に比べればそりゃそういうアレがソレだったりするけど。
「魔法が凄ぇっつうのは分かるよ!? でも落ちそうになった洗濯物浮かしてくれたり花でも植えよっかなって穴掘ってたら等間隔に空けてくれたり釣りの撒き餌がドロドロになり過ぎた時に半冷凍ぐらいに戻してくれてんのとか見てるとさぁ! どうやって戦」
ポン、と肩を叩かれた感触がしました。
右を見る。友人が真顔でこっちを見てる。左を見る。友人が引きつった顔で俺の頭の上を見てる。正面を見る。友人が慣れたようにガタガタと椅子を引いて離れてく。
そろそろと後ろを見れば、此方を見下ろすいかにも冒険者な男。
「そっちのが難しいんだよヴァーーーーカ!!!!」
「ぎゃーーーー!」
絡まれた怖い助けてお客さん。
「穏やかさんは魔法が上手いっつうより頭の使い方おかしいんだよ!! 冒険者の頭じゃねぇ! がーくーしゃ! もうジャンル違ぇんだよあそこまで行くと!!」
「すんませんすんません!」
「『感覚で魔法が使えるなんて才能ですよね』っつうけどな! あの人ほんっと心底そう思ってそうな顔で言うけどな! 一から十までマニュアルとかクッソ面倒でクッソ手間かかるやり方してんのがおかしいんだよ!」
「すんませんすんません!」
「そのクッソ面倒なの頭ん中で一瞬で終わらせっからな! 魔法使いの頭の使い方じゃねぇし! やれっつわれても出来ねぇよってかやりたくねぇよ!」
「すんまっせーーーーん!」
何コレどういうこと。
冒険者は言いたいだけ言って、「応用は利くんだろうけど無理」とか「これだから非魔法使いは」とかぶつくさ呟きながらどっか行きました。いやちょい遠めの席に戻ってっただけだけど。なんかデジャビュ。
「えー……貴族なお客さんが凄いってこと?」
「褒めてるのか褒めてないのか微妙だったけどねぇ」
ていうか俺が謝る必要たぶん無かった。凄いテンパった。
どことなく損した気分になりながらエールを底まで呷って、次の酒を頼みます。エールはもう良いし地酒にしようかな。
「お、すっげ。あれベオウルフじゃん?」
わっ、と野太い笑い声が聞こえた方を見れば、先程の冒険者グループが酒瓶片手に盛り上がってた。
その酒瓶がちょっと特徴的です。竜の形をしたコルク、“竜殺し”の愛称で知られてる群島の地酒。ちなみにそこそこお高い。たまたま仕入れたんだと思うけど、よくこの店も置けたもんだと思います。
「でっかい一発でもあてたんかね」
「冒険者っつうとそういうのもあんだよな」
「そのくせ宿代は渋るんだから勘弁して欲しいよねぇ」
ロマンだよなぁ。お客さん達とかどんだけ稼いでんだろ。凄そう。
店員に酒を頼むと、それに便乗して友人らも酒とツマミを頼みました。もうグラスじゃなくて瓶にしよ。食べながらじゃないと飲めない。そんな俺達です。
「そういや一度、刃物なお客さんが滅茶苦茶酔って帰って来たことあったなぁ」
「刃物?」
やべ。
「き、貴族なお客さんがどっからか連れて来てさぁー」
「あー、最後らへん一人増えたな。そういや」
「なんで刃物?」
誤魔化されてくれなかった。
別に「何か生えた」っつっても「何それ魔法?」で終わるだろうし、口止めされてる訳でもないけど言わない方が良いんでしょうか。貴族なお客さんもそんなようなこと言ってたし。いや俺にじゃないけど。
「いや、アレだよ、アレ」
「どれだよ」
「刃物の扱いが物凄ぇっつうか」
これは嘘じゃない。
「へぇー」
「貴族な人以外は上手そうだよな、何となく」
「料理が出来そうかっつうと微妙だけど」
「何か矛盾してる気ィする」
「冒険者的には矛盾でも無いんじゃないかなぁ」
わいわいしてる友人ズに冷や汗ダラダラです。でも誤魔化せた良かった。
ちなみに刃物の扱いに関しては、一刀と獣人なお客さん凄いです。手合わせと言う名の殺し合いは言うまでもなく、酒飲みながら剣の手入れしてる時とかの手付きが格好いい。
切れ味確認してるのか、机に転がってるコルクとかピッと斬り払ってんのが格好いい。貴族なお客さんがいる前では全然しないけど。
「その、刃物? の人も雰囲気あるよなぁ」
「だよなぁ。俺も初対面めちゃくちゃビビッて腰引けた」
「抜けたの間違いなんじゃねぇの?」
「貴族なお客さん同伴だったからそこまでじゃねぇんだなぁー!」
お、酒届いた。
瓶が一つと、グラスが四つ。手酌でそれぞれ注ぎます。
貴族なお客さんが時々他の二人にしてたなぁ。なんか凄い光景だった。しかもむさくるしさは皆無だった。何でだ。貴族なお客さんだからですね分かります。
「でも、ある意味一番人間離れしてるよねぇ」
「あー、分かる。空気? つうの?」
まぁ言いたいことは分かる。
「いやいや慣れると結構話しかけやすいんだわマジで。表情とか分かりやすいし」
「あの無機質っぽさでぇ?」
「マージーだってー」
若干トラウマ植え付けられたけど。流血怖い。
「スリにあった時も捕まえてくれたしさぁ」
明らかにやり過ぎだったけど。怖い。
「正直ボッコボコにされるスリは見ててザマァって思った!」
「そりゃザマァ!!」
「つうかお前は自分でボコボコにしろ!」
「アスタルニアの男がスられてんじゃねぇ!」
満面の笑みで宣言してみた結果、何故か罵倒されました。
いや俺としても情けないとは思うけども。自分でとっ捕まえてれば何発か殴ったわ。でも刃物なお客さんが圧倒的に速くて圧倒的に加減無かったからそんな暇なかった。
「そんな刃物なお客さんも、貴族なお客さんと話してる時とかすっげぇ嬉しそう」
「まぁあの人だしな」
「どんなの連れてても驚きゃしねぇし」
それで納得されるお客さんが凄い。
まぁ、その理由は明白です。グラスを置いて、両肘をついて手を組みます。そして真顔。
「一刀なお客さん達とかさぁ、多分誰が見ても“すっげぇ人いんな”ってなんじゃん?」
「なるな」
「なるねぇ」
「でも貴族なお客さんだと“何でいんの?”ってなる」
「なるな!」
「なるなる!」
何故か上がるテンションのままに全員立ち上がり、そして適当に叫びながらグラスを打ち鳴らしました。周りからうるせぇだの何だのヤジられたけど気にしない。
「あの人ら良く一緒にいられるよなぁ!」
「組み合わせ的に異色っつうかな!」
グラスの酒を飲み干し、椅子を倒す勢いで座り直して酒を追加。
大笑いしながら友人ズの話に同意します。あの人達って仲良い癖に仲良いのか悪いのか時々分からんくなるけど多分間違いなく仲良い人達なので。何かもう訳分からん。
あ、でも一度喧嘩っぽいのもしてた気がする。どことなくプンスカした貴族なお客さんが夕飯いらないって言ってどっか行ったことあったし。まぁこれは他の奴に教えてやらんけど!
「だからっつうの? 余計に目ぇ引くんだよなぁー!」
「目立ちたがりには全っ然見えねぇのに何で目立つような真似すんのかね!?」
「それがお客さん達には普通なんですぅー! お客さん達は何も悪くないんですぅー!」
つまり、そんだけ存在感強烈な人達がいなくなったっていうことで。
「あーーーーさっみしぃーーーー!!」
「しつっけぇなお前はよぉ!!」
「はいプリンお待ちー」
「頼んでねぇーーーー!!」
机に突っ伏して咽び泣きながら、隣に置かれたプリンを口に掻き込みました。
あっまい! もう何なのこいつマジで! 飲み屋の店員の癖に金の指輪なんかしやがって羽振り良いなオイ!
「今日は朝まで飲み明かす!!」
「嫁さんに怒られる」
「俺も朝の仕込みあるし」
「客のいねぇ宿は暇で良いよなぁ」
「貴族なお客さんの前で一生土下座してろバーカ!!」
まぁそうは言っても朝まで付き合ってくれるのは知ってるので。夜はまだまだ長いし、全力で思い出話に花を咲かせたいと思います。
以上、現場の宿主からでした。
揺蕩うランプの灯りに、紙の匂い。
書架の穴倉、その中心にいつもいるのが書庫の主。俺の兄です。
お初にお目にかかります。俺のことは、どうぞ王族Bとでも呼んでください。このアスタルニアを統べる親愛なる我らが長兄の、その他の兄弟。王族Brothers。略して王族B。
「兄さん」
並ぶ書架を通り抜け、ポカリと開いた空間に出ると床に布の塊が一つ。
それこそ、俺達の二番目の兄さんです。引きこもり、書庫のヌシ、布の塊、兄弟間では面白がって色々呼んでます。
あ、勿論馬鹿にしてる訳じゃないですよ。俺達は、この人以上に頭キレる人に会ったことないし。
「……、何?」
ぽつり、低くて艶のある呟き。
外に出ればその声で女の一人や二人引っ掛けて来れそうだけど、布とんの嫌がるしなぁ。
「聞いたよ、噂」
布の塊を見下ろしながら近付いて、近くの椅子に腰を下ろす。
こんなとこに机と椅子なんてあったっけ。数年ぶりに来たから分かんない。
「貴族なお客さん」
スル、とアスタルニア織の布地が床を滑る。
「王子さま、貴族な人、高貴な人、穏やかさん」
指にはめた金の指輪を外して、机の上に転がしてみる。
コロ、コロ、と歪に二回転分転がって、倒れた。カタカタと揺れる指輪がランプの灯りにチラチラ煌くのが綺麗です。
「何処、で?」
「酒場」
良いよね酒場って。あの雰囲気が好き。
「兄さんが遊んだ人だろ?」
ゆっくりと兄さんが立ち上がった。
立った兄さん見るの、いつぶりだっけ。書庫に好き好んで近付く兄弟なんてほとんどいないし、兄さんは出て来ないし、数年顔合わせてないのもいるんじゃないかな。
「遊んでない、よ」
まるで台本を読み上げたみたいな、ゆっくりとした等間隔の話し方。
兄弟の中でただ一人、こんな話し方をする兄の声が楽しそうなのを初めて聞きました。
「遊んで、貰ってた、かな」
うふ、ふ、と笑い声。
「は?」
何度も言う。俺達は兄さん以上に頭のキレる人間を見た事が無い。
そりゃ世界中を探せばいるだろうけど、それでも兄さんが引けを取るとは思わない。身内贔屓とかじゃなく、純粋に。
一番敵に回したくないのが国王でもある一番上ではなく、二番目だというだけ。敵に回るほど本以外に興味の向く人じゃないから安心だけど。
「冗談」
「じゃ、無い、よ」
それは、当たり前のことを告げるように。
「目立ってても冒険者じゃん?」
「それは、何か関係、ある?」
それは、常識を語るように。
「兄さんの暇潰しじゃないわけ?」
「おれが、かれの暇を潰せたなら良い、ね」
それは、いっそ敬愛する師を讃えるように愛おしささえ含んで。
「……ならさぁ」
そんな兄さんに滅茶苦茶違和感があるけど、何か取っ付きやすくなった気もする。
前は話してても即行で本読んだり、聞いてんのか聞いてないのか分からなかったのに。椅子に座りながら足を組んで、布の塊を見上げる。
きっとこの時、俺は調子に乗ってた。その存在に気付いて、接点があるらしい兄さんに聞いてみたら関わるなと言い渡されて、その意趣返し。
「兄さんじゃなくて、俺でも暇潰しに」
コン、と机が音を立てた。
いつの間にか布から出てた兄さんの手が、指先が、俺の転がした金の指輪の中心を叩く。覗くように見下ろして来る布の塊に、ゾワリと背筋が粟立った。
「 弁 え ろ 」
抑揚はなく、強い声色。
「……はぁ?」
首筋を伝う汗の感覚を無視して、結構無理矢理笑みを貼り付ける。
不利な状況で笑えなきゃアスタルニアの男じゃない。アスタルニア王族として、ここを譲っちゃ自分を誇れない。
「継承権捨てた兄さんが、俺に、何だって!?」
立ち上がらず座ったまま吠えれば、覆いかぶさらんばかりの布の塊がスッと引いていきます。圧力も引いた気がして、ちょっと安心。
「おまえは」
ふいに聞こえたのは、いつもの笑い声。
台本をそのまま読み上げたような、抑揚のない、呟くような笑い声。
「おまえ達は、かれに、会うべきだった」
彼が誰を指しているのかはすぐ分かりました。
王子さま、貴族なお客さん、貴族な人、高貴な人、穏やかさん、そう呼ばれる一人の冒険者のことだ。
「王族としてあるのなら、絶対に、会うべきだった、よ」
「の割には」
「そう」
布の塊が離れてく。
そして最初に見た位置へ。床にゆっくりと座り込んで、布の中からパラパラとページを捲る音がした。
「おれが、惜しんだ」
あとは、何を話しかけても返事がありません。
知識欲に正直な兄さんは、こうなると全て斬り捨てる。これ以上の話は聞けそうになくて、指輪を拾い上げてランプの灯りしかない書庫を出ました。
もう深夜も過ぎた時間。暗く静かで、時折魔鳥の声が聞こえる夜。
「マジかぁ」
兄さんは国より自己を優先した。
研究でも何でも、何だかんだで国の為になることを今まで優先してたのに。
理由は分からない。もしかしたら回り回って国の為になるのかもしれない。けど、惜しんだって言うのは間違いなく本心だから。
「……やっぱ声かけとけば良かった」
今更ながらに強烈な興味が湧いてきたけど、もう遅い。書庫の警備に立つ兵が何のことかという目で見てくるのに何でもないと手を振って、指輪を嵌めながら自室へ歩き出す。
というわけで、もう眠いから以上。とある王族Bでしたー。