作品タイトル不明
142:果たして接待か本音か
ジャッジの店は、迷宮品の絵画も買い取る。
ただし特定の客から“こういった絵画を見つけたら宜しく”とでも注文が無い限り、自身の店で売りに出す事は滅多にない。迷宮絵画専門の画商とツテがあるので、業者が訪れた際にまとめて売却している。
元々、そう頻繁に出るものでもない。画商が来るまで置いておく程度なら、場所も取らなかった。
「えっと、これで全部かな……」
店にあった五つの絵画のうち、最後の一つの梱包を終えてジャッジは一息ついた。
件の画商が顔を出したのは先日のこと。彼らはこれから幾つかの店を回り、来訪を告げ、そして売買の準備が終わった頃を見計らって再び訪れてくれる。
それに、彼らも買い取るだけではない。 商業国(マルケイド) に構えた店から、商機を逃さぬよう幾つか絵画を持って来ているようだ。
「(贔屓にしてる貴族様もいるって言ってたしなぁ)」
迷宮絵画を好む貴族は時折いる。
それは絵として、というよりは美術品としての意味合いが強い。好みよりも価値の高さが優先されることが多いので、商人も一層気合が入っていた。
ただ、貴族で一人見る目のある人間がいると嬉しそうだったが。あれは誰の事だったのだろう。
「…………あ」
ジャッジは作業台の足元に絵画を立てかけ、ふと目に入ったチラシに声を零した。画商から、良ければと手渡されたものだ。
チラシを手に取り、見下ろす。とあるイベントがイラスト付きで宣伝されているそれに自身は店があるため参加出来ないが、内容に興味を持ちそうな人物に心当たりはあった。
「(今度来たとき、聞いてみよう)」
ジャッジは口元をふにゃりと緩め、さて何処に貼り付けておこうかと店内を見回した。
場所は王都の中心街前広場。時にはとある劇団が公演し、時には建国祭の開催を宣言する、王都の国民にとっては馴染み深い場所だ。
そんな広く開いた場所には普段から人々が集う。しかし今日はいつにも増して賑わい、老若男女問わず楽しそうな様子だった。
「“大絵画祭! 絵画体験で賞金を手に入れろ”。へぇー、幾ら?」
「んー……書いてないんですよね」
「なら大した金額じゃねぇんだろ」
そんな賑わいの中、リゼル達も広場に散らばるように置かれた椅子に腰かけていた。チラシを眺めていたイレヴンがひらひらとそれを揺らし、リゼルへと返す。
ちなみに今日は他に出かける予定も無いので全員ラフな格好だ。雰囲気も冒険者をしている時より緩い。完全オフモードな三人だった。
「皆で絵を描いて楽しみましょうって事なんでしょう」
「あーね」
わいわいと賑やかに前を駆け抜けていった子供らを目で追いながら、リゼルはほのほのと笑った。
リゼル達もそうだが、賞金は二の次で絵画体験を楽しみに来ている者も多いだろう。どうやら本職の画家に批評を貰えるサービスもあるようだし、とリゼルは再びチラシへと視線を落とす。
「それに賞金も、少しは期待できるかもしれませんよ」
「あ?」
「ほら」
チラシの片隅を指させば、イレヴンが小さな椅子をガタガタ言わせながら近寄って来る。
ジルも上体を寄せ二人で覗き込めば、そこにあるのは“王都冒険者ギルド共催”の文字だった。
「あー、ギルドが色付けるかもって?」
「そういやギルドにも貼ってあったな」
アスタルニアで冒険者ギルドが様々なイベントを起こし国民との交流を図ったように、王都もイメージアップに余念がない。
これも、その一環なのだろう。元々ギルドでも迷宮品の買取を行うこともあり、画商と繋がりがあってもおかしくは無い。
「つっても賞金狙えるような絵なんざ描けねぇけど」
「俺もです」
「俺も」
「イレヴンは器用だし、上手いと思ってました」
「やー、全ッ然」
通り抜ける風が心地よく、リゼル達はのんびりと広場を眺める。
集まった人々の中にはジルが言った通り、ギルドに貼ってあったチラシを見て遊びに来たのだろう。装備ではないので定かでは無いが、冒険者らしい者達の姿も時折見えた。
「あ、始まるッスよ」
リゼルがチラシを折りたたんでいると、ふとイレヴンが促すように前を見る。
釣られて広場の噴水を見れば、筒型の拡声器を持った男が気負いなく周りを見回していた。先程から画材やら何やらを用意していたようだが、準備が整ったようだ。
「あ、スタッド君」
「ギルドももっと愛想良いやつ選べよ」
共催というのが関係しているのだろうか、拡声器を持つ男の隣に何かを話し合うスタッドの姿が見えた。
だが呆れたように告げられたジルの言葉通り、こういう場にはもっと相応しい人材がギルドには居る筈だ。ここでスタッドを出す意味はと、そう考えているリゼルの前で画商らしき男が拡声器を構えた。
『えー、皆さんこんにちは。本日はお集まり頂き有難うございます』
賑やかな場に合わせた、軽やかな口調で男は簡単な挨拶を始めた。
そして今回のイベントの説明が続く。まず絵画に必要な用紙などを一人一セット買い、テーマに沿った絵画を描き上げる。描き終えた者から画家の批評を受け、正午に賞金などの総合的な結果発表。
広場には屋台なども出ており、早く描き終えようと正午まで時間を潰すのは難しくない。良く出来ているものだと、リゼルは頬に落ちる髪を耳にかけながら頷いた。
「ギルドが結構手を回してますね」
「変な人脈多いよなァ」
ならば互いにメリットがあるのだろう。そんな事を話しているリゼル達の前で、ふと解説が途絶えた。
人々の視線を一身に受け、画商はにこりと笑う。そしてゆるく片手を上げ、口を開いた。
『さて、今回のテーマを発表します』
その時の事だ。
人々の隙間を縫うように、あるいは噴水の裏から現れるように、マントを被った人影がぞくぞくと集まって来る。そして画商の前に、ずらりと横一列に並んだ。
「へぇ」
「ん?」
「女」
今にも口笛を吹きそうな声で呟いたイレヴンをリゼルが不思議そうに見れば、ジルから簡潔な答えが零された。という事は、と正面を向けば画商が拡声器を口に押し当て大きく息を吸う。
『私が皆さんに求めるテーマは“女性”』
そして、高らかに宣言した。
『さぁ皆さん、是非自らの手で傾国も裸足で逃げ出すような美女を描き上げて下さい!!』
バサリと一斉にマントが翻ると共に、広場中から盛大な歓声が上がった。
現れたのは鮮やかに着飾った美しい女性達だ。彼女らは艶やかな眼差しで華やかに笑い、主に野太い歓声に手を振って応えている。
『スカウトに快く応じてくれた方々なので、くれぐれもお触り禁止でお願い致します。勿論、“女性”がテーマなのでモデルを彼女達から選ばずとも結構ですよ!』
この時、リゼル達はスタッドがこの場に選ばれた理由を察した。
男ならばだれしも美女の登場は喜ぶだろう。しかもモデルとして声をかけられるという大義名分もある、多少の下心を持ってしまっても仕方がない。
しかし、と広場を見渡す。テンションの上がる男達の中、さらにテンションが上がり切り拳を振り上げ歓喜している面々がいた。言うまでもなく冒険者だ。
「大喜びですね」
「盛り上がり過ぎだろ」
「商売女しか縁が無ぇ奴は必死だよなァ」
つまり、スタッドは監視なのだろう。大手を振って美女を口説ける良い機会だが、流石の冒険者らも絶対零度の前で理性を忘れ好き放題できない。
勿論、冒険者以外にも必要ならば牽制するだろうが。
「おい」
「あ、気付きました」
見れば、画商の隣に立つスタッドがじっと此方を見ている。
手を振ってみせれば、ぴたりとその動きを止めた。ペンを持つ手が一瞬浮き、そして何も出来ないままに再び用紙へと戻る。
相変わらずだと可笑しそうに笑えば、満足げな空気を纏っていた。徹頭徹尾無表情だが。
『それでは皆様、絵画を楽しんでください。おっと、モデルの勧誘は紙の準備が終わった後に!』
画商の説明が終わった途端、賑わいが大きくなる。子供達がワッと用紙を買いに走り、次いで童心を忘れない冒険者らがワッと走り、そしてがっついていると思われたく無いが狙いの美女にモデルを頼もうという男達が速足で進み、残る人々がそれらを温かい目で見守りながらのんびりと続いた。
「空いてからで良いですか?」
「ああ」
「はは、見てリーダー。格差出来てる」
心地良い日差しの中、三人はマイペースに椅子へ腰かけゆったりとしている。
イレヴンが笑いながら指さした方向を見れば、モデル勧誘の面々に囲まれている美女たちが居た。
「おれ、おねーさん描くー!」
「はーい、宜しくね」
数人の子供たちに囲まれ笑う煌びやかな美女に、子供って得だなぁと周囲の男達が遠い目をしている。下心のない無邪気は強い。
「うーん、好みじゃないからパスで」
「拒否権あんの!?!?」
そして別の場所では、早速目当ての美女に迫る冒険者がチェンジを告げられていた。
そこを何とか、めっちゃ美人に描くから、と言い寄る冒険者達に美女も満更でもなさそうなので、粘れば何とかなるかもしれない。その周りではやはり、断られたら粘れない男達が遠い目をしている。
「格差だな」
「ガキ強ぇなァ」
「男の腕の見せ所ですね」
思い思いに感想を零していれば、ふいにイレヴンがトンッと肩を寄せて来た。
どうしたのかとリゼルがそちらを見れば、ちらりと視線が向けられる。その瞳がゆるりと細まり、そして唇が弧を描いた。
「リーダーはどの女?」
愉しみを滲ませた内緒話に、リゼルは微笑み首を傾ける。
「そうですね……あの、綺麗な黒髪の彼女でしょうか」
「へぇ、ちょい意外? 癖のあるカオ好きなんスか」
「描きやすそうで良いですよね」
そっちか、とジルとイレヴンが思わずリゼルを見る。
これが素で言っているのか、はたまた流しているのか区別がつかない所がリゼルだ。追及しようと躱される事は目に見えているので、これ以上つっこみはしない。
「君達は?」
「あー……あそこの生足。描キヤスソウデー」
「右端の身長あんの。描キヤスソウデ」
露骨に素晴らしいスタイルを持つ美女を挙げた二人に、リゼルは成程と頷いた。
取って付けたような理由に信憑性は一切ないが、好みなのは確かなのだろう。遊ぶには、という注釈が付いてしまうのだが。
「あ、そろそろ空いてきましたね」
そうこうしている内に、絵画セットを求める人々が減って来た。
何人ものスタッフが配っている中、ふと見ればそれを手伝っていたスタッドがじっと此方を見ている。腰を浮かしかければ、視線でそれを制された。
用紙を小脇に抱え、絵画用木炭の詰まったカバンを肩にかけたスタッドが真っすぐにリゼル達へと近付いて来る。
「ご苦労」
「二人分で宜しいですか」
「三人分でお願いします」
ニヤニヤしたイレヴンの心無い労いをスルーするスタッドに苦笑し、リゼル達は銅貨を渡す。
「スタッド君は描かないんですか?」
「はい。五歳児の絵としか言われたことがありませんので」
尋ねれば、想像だにしない理由が告げられた。ちょっと見たい。
リゼル達がスタッドを見た事で察したのだろう。おもむろに簡単な下敷きを構えて黙々と木炭を滑らせ始めた。そしてその三分後。
「出来ました」
「思ったよか五歳児」
「上手い下手じゃねぇよな」
「微笑ましい気持ちになりますね」
丁度リゼル達の後ろでくつろいでいる猫を描いたのは確かに分かる。
過去スタッドに五歳児の絵だと伝えた人間に、一切の悪意は無かったのだろう。画力の問題では無い、ただひたすらに五歳児が描く絵がそこにあった。
「正直絵の良し悪しは分からないので、描きたい人間が描けば良いと思っています」
「お前は何で此処に居んだよ」
「抑止力ですが何か」
分かっていたが場違い感が半端ない。きっとスタッドは自らの絵と迷宮の緻密な絵画が並んでいようと、大した違いは感じないのだろう。
そうしている内に、スタッドは描いた絵を適当に折りたたんでポケットへと入れる。そしてふと何かを目に留めたと思うと、パキンッと氷が割れたような音と共に周囲の温度が下がった。
「私はやる事が出来たのでそろそろ行きます」
「はい、頑張って下さいね」
スタッドは手早くジルへと三人分の絵画セットを押し付け、そしてじっとリゼルを見つめ、いってらっしゃいと手を振られ満足げに何やら揉めている冒険者の元へと歩いて行った。
暫くの後、何処からか悲鳴が聞こえたがリゼル達は気にせず絵を描く準備を始める。スタッドから渡されたのは厚手の用紙、薄い木の板の画板、木炭一本に小さな木のパレットだった。
「絵具は?」
「噴水の前です。ほら、あそこ」
リゼルの指さした先に、噴水の縁に積まれた木のバケツと大きな瓶が並べられていた。
絵具で満たされ、色とりどりに並ぶ瓶には長いスプーンが並べられている。あそこから好きな色を好きなだけ自らのパレットに乗せる仕様だ。
「絵なんざ何年振りだか」
「むしろニィサンが描いた事あんのが驚きなんスけど」
「一回もねぇ方が無ぇだろ」
確かにそうだけど、とリゼルとイレヴンはジルから絵画セットを受け取る。
平和で極々一般的な子供時代を過ごしたジルに未だに違和感があった。難しい顔して描いてたんだろうなぁと思いながら、リゼルはさてと画板を構える。
「じゃあ、モデルの勧誘に」
顔を上げたら目の前でツナギ姿の美女が渾身のセクシーポーズをかましていた。
「…………」
「…………」
ジルが無言になり、イレヴンがドン引き、そしてリゼルがぱちりと目を瞬かせ微笑む。
「お久しぶりです、薬士さん」
「久しぶりだなインテリさん! まぁアタシはこの前見たけどな!」
さぁ描けとばかりにポーズを決めていたのは、知的穏やか系が好みだと堂々宣言しているメディだった。王都にある小さな工房で働き、主に回復薬を製作している彼女はとにかく自身の欲に正直で、リゼルを好みど真ん中だと言って憚らない。
足元にある空の木箱を見る限り配達帰りだろうが、良いのだろうか。リゼルは疑問に思いながらも、久々の再会を歓迎した。
「教会の時ですよね。すみません、ご挨拶出来なくて」
「いやいや良いモン見せて貰ったからな、十分だ」
噛みしめる様に告げたメディは、そのまましみじみと青い空を見上げる。
「あの清らかーな服を中途半端に乱してやりたかったなぁ……」
「おい、想像すんじゃねぇぞ。おい」
「いや、一糸乱れぬ清廉マックスなインテリさんに逆に欲望のままに求められてもギャップがあって良いよなぁ……」
「止めろって言ってんだろ肉欲系痴女!」
言っている事は欲望で満ちているのに、その目はひたすら夢と希望に溢れて澄みきっていた。相変わらずだなとほのほの笑うリゼルに、何故そんな反応が返せるのかとジルは若干引いてすらいる。
「じゃあ折角だし、薬士さんにモデルをお願いしようかな」
「どんと来い! アタシの身体に恥ずべきところは一切無い!!」
凄い目で見て来るジルとイレヴンを流しながら、リゼルは画板の上に用紙を置いた。
膝の上に倒し、いまいち描きにくい事に気付いて片手で画板を起こし、しかししっくり来ないのか持ち直してはグラグラさせている。
「おい、紐」
「え?」
「首から下げんだよ」
わざわざ別のモデルを見繕うのも面倒だと諦めたのだろう。ジルは溜息をつき、役目を果たさず画板の裏でぶらぶらしている紐を持ち上げた。
そのまま首の後ろへと被せてやれば、リゼルは大人しく頭を通す。そしてぐいぐいと画板の角度を調整し、断然描きやすくなったそれに感心していた。
「成程」
「お前こそ絵ぇ描いたことあんのかよ」
「有りますよ。アスタルニアでも描きましたし」
見回せば、周囲も確かに同じように描き始めている。
イレヴンも嫌そうにメディを一瞥しながら紐を首にかけ、ジルはといえば人にアドバイスをして置きながら雑に組んだ足へ画板を寝かせていた。
「あ、薬士さん。申し訳ないんですけど、俺はあまり絵が得意じゃなくて……」
「気にすんな。アタシはその知的穏やかな目が向けられてるだけで本望だ」
メディの瞬きもせずかっ開かれた目が一瞬も逸らされず凝視してくるのがちょっと怖い。
「リーダー絵、苦手なんスか」
「何でしょう。見せると、こう……不思議な反応をされるんですよね」
「(不思議……?)」
「(不思議……)」
上手い下手では無く、不思議。
ジル達は疑問に思いながらも、まぁ見れば分かるかと手を動かし始めた。やるからには手を抜かない。
「インテリさんが望むならヌードも辞さない!」
「ただの痴女だろソレ」
「俺らを巻き込むんじゃねぇよ」
「風邪を引いちゃいますよ」
公衆の面前で間違ったプロ意識を持ち始めたメディを宥めつつ、リゼル達は黙々と手を動かしていく。きちんとした絵画、そして外での作業が酷く新鮮でなかなかに楽しい。
早い者、特に子供達の中にはチラホラと描き終えた者が出て来ていたが、三人はマイペースに筆を進めていた。
「あ、そういえば」
リゼルが手を動かしながら、ふとメディを見る。
「薬士さんに聞きたい事があったんでした」
「男女間で一番大切なのは体の相性だと思ってる」
「そういう考え方もありますよね」
真顔で宣ったメディを流し、リゼルは持っていた木炭を用紙から離した。
そしてメディと用紙を数度見比べ、頷き、そして手の動きを再開させる。納得のいく出来になっているようだ。
「この前ギルドの依頼で、薬の調合が出てたんです」
「冒険者にか?」
薬士としての思う所があるのか、メディが胸を強調しつつ怪訝そうに顔を歪めた。
冒険者もそれなりに値段のする回復薬にばかり頼ってなどいられないので、簡単な傷薬なら自分達で用意する事がある。だがそれも薬草を張り付けて布で巻いておいたり、痛みを麻痺させる実を齧ったりする程度だ。
そんな冒険者に、調合レベルで薬の依頼が入ることなどほぼ無い。材料集めは多々あるが。
「俺も珍しいなと思ったので、ギルドの職員さんに聞いたんですけど分からなくて」
この時点で何かに気付いたのだろう。ジルとイレヴンの“あー……”という視線がリゼルへと向けられた。
「聞いて分かんねぇ依頼受けるなんざ、ギルドってのも適当だなぁ」
「俺もそこが不思議だったんです。“常夜の秘薬”って名前だったんですけど」
声の聞こえる範囲にいた男達が信じられないものを見る目でリゼルを二度見した。そしてメディもカッと目を見開き凝視している。
逆に、ジルとイレヴンは予想通りだと言わんばかりに投げやりに視線を流した。
「リーダーそれ、聞いた職員ってアイツじゃねぇっしょ」
「はい」
アイツ、と言いながらイレヴンが指さしたのはスタッドだ。
リゼルは不思議に思いながらも頷く。依頼ボードの前で疑問に思い問いかけたのは、確か通りがかったギルド職員だった。
「ほら、良くスタッド君の隣の受付に居る」
「あー、あいつ」
「どいつもこいつも夢見すぎだよな」
イレヴンが半笑いで頷き、ジルが呆れ切ったように溜息をつく。
それらを見れば、本当は職員も答えを知っていたのだろうと察する事はリゼルにとって容易だった。ならば何故、教えて貰えなかったのか。
そう考えるリゼルの目の前から、答えは寄越された。
「何だこれ……夢か……今確かに……インテリさんに“お前をDAKITAI”って言われたぞ……」
「言ってねぇよ」
「ワンチャンある……女として男に恥をかかす訳にゃいかねぇ……全力で釣られてみせる……!」
「いらねぇ決意してんじゃねぇよ」
「良しインテリさん、今夜ベッドの上で待っててくれ!! 薬はアタシが用意する!!」
「ねぇっつってんだろうが!!」
成程そういう、とリゼルは納得した。
どうやら精力剤のようなものらしい、確かに薬士には堂々と頼みづらいかもしれない。ギルドならば職員に守秘義務があるし、依頼を受けた冒険者と顔を合わせず受け取ることも出来る。
半ギレのイレヴンを良し良しと宥めていると、ふとジルが膝に乗せていた画板を椅子へと立てかけた。
「おい」
「あ、じゃあ水お願いします」
色塗りに入るらしい。
一声くれたジルに水を任せ、代わりにパレットを貰う。どうせなら色々な色があった方が良い、二つパレットがあれば多くの色を持って来られるだろう。
「リーダー待って痴女と二人にしないで俺も行く」
「じゃあ一緒に行きましょうか」
同じく画板を椅子に立てかけリゼルが立ち上がると、イレヴンも近寄って来た。
確かにイレヴンとメディを二人にさせておくのは不安だ、とリゼルは微笑みながらジルにバケツを二つ頼む。それを三人で使いまわせば十分だろう。
「じゃあ薬士さん、待ってて下さいね」
「良し分かった、椅子でも借りてインテリさんの尻の温もりを感じてる」
そう言いながら椅子に腰かけ足を組んだメディは、まるでコーヒーを味わうバリスタのような顔をしていた。
流石に少し恥ずかしい、なんて思いながら顔を全力で引き攣らせているイレヴンを引き連れ、絵の具が並ぶ噴水へと向かう。ちなみにジルはさっさと水を汲みに行った。
「リーダーあれキモくねぇの」
「いえ、むしろ新鮮で興味深いような」
「感想が完全に未知の生物との出会い」
噴水の周りに点々と置かれている色とりどりの瓶は、意外と空いていた。
手早く済ませる人々と、腰を据えて描く人々の丁度切れ目だったのだろう。二人はこれ幸いと空いている瓶の前にしゃがみ、目当ての色の塗料を長いスプーンでもったりと掻き混ぜる。
「そういえば、あの薬なんですけど」
「秘薬?」
「はい。ああいうの、素人が作っても効くんですか?」
依頼用紙には詳細な作り方は書いてなかった。
という事は、冒険者でも材料を集めて作れる定番の作り方があるのだろう。でなければ依頼人側は何を持って来られるのか分からず、望むものが手に入る保証がない。
「さぁー、つーか“常夜の秘薬”っつうのもそーゆー薬の総称みたいなもんだし」
「あれ、そうなんですね」
「まぁ出回ってるレシピで有名なのあるし、依頼で出てたのも多分それの事じゃねッスかね」
リゼル達は話しながら、ぽて、とパレットの上に絵の具を落とす。なかなか難しい。
「効果はァ……思い込みでぼちぼち? 使ったことねぇけど」
「やっぱりそんなものなんですね」
「裏じゃマジモン有んスけどね、やっべぇの」
きっと一般に出回っているものと材料も製法も全く違うのだろう。
そんなものが出回っては大変だ。この手の薬は効果の有る無しは別にして、使った本人にとって何かの切っ掛けになるぐらいが丁度良い。
「あ、でも何つーの? これ、作る時のジンクスっぽいのがあってぇ」
コンコン、とスプーンに張り付いた絵具を落とそうとパレットをノックしていると、イレヴンがにんまりと笑って顔を近付けて来た。
リゼルも笑みを深め、耳を寄せる。触れそうなほどに近付いた唇が、吐息交じりの内緒話を零した。
「清らかなオトコが作ると効果アップ」
直後、二人は弾かれたように笑いながら立ち上がった。
手に持つパレットには様々な色が並んでいる。これだけあれば十分だろう。
「ちょっと矛盾してるような気もしますけど」
「ッスよね。変な怨念こもってそー」
片や可笑しそうに口元を緩め、片やケラケラと笑いながら椅子へと戻る。
近付けば、まだ匠の顔をしているメディがリゼルの椅子へと座っていた。ピクリとも動かぬ姿はモデルの鑑だが、真実は全感覚を尻に注いでいるだけだ。感心したように見ている通りがかりの人々にはとても言えない。
「おら、水」
「あれ、先に戻ってると思ったんですけど」
「勘弁しろよ」
同じく戻って来たジルが、地面に二つ木のバケツを並べる。
メディに苦手意識を持つのはイレヴンだけでは無いようだとリゼルは頷き、持っていたパレットを一つジルへと渡した。取り敢えず使いそうな色と、後は適当だ。
「薬士さん、お待たせしました」
「いいや、幸せな時間だったぜ……」
悟ったように穏やかな顔をしたメディが、ゆらりと立ち上がり三人の前を通り過ぎた。
そして先程までポーズをとっていた場所で立ち止まり、欲望が浄化されきったのか聖女のような雰囲気でポーズを決める。それが再びのセクシーポーズな辺り完全に消せない欲望が見え隠れするものの、本人の充実感からかもはや後光すら差して見えた。
「逆光で見にきぃ」
「満足そうなのがすっげぇ腹立つ」
「ポーズが変わっちゃいましたね」
まぁ後は色を塗るだけだし別に良いかと、リゼル達は輝くメディを見ながらせっせと筆を動かしていく。その色ちょうだい、水が垂れた、はみ出た、思った色にならない、となかなか楽しそうだ。
そして、十五分後。
「おし」
「あ、出来ました?」
「見る見る」
納得したように声を零したジルに、リゼル達は手を止めた。メディもポーズを取りながら視線を寄越す中、ジルが画板を起こしてクルリと片手で反転させる。
そして現れたのは、迷宮らしき洞窟の中で両手を振り上げるゴーレムの姿だった。
「何でだよ!!」
「あ、意外と上手です」
「ニィサンには痴女がこう見えんの?」
「描きやすいモン描いた」
特別上手いという訳では無いが、良く特徴を掴んでいてシンプルでとても見やすい。
言うならば、魔物図鑑に載っているイラストとそっくりだった。新種の情報提供ではさぞ重宝される事だろうと、人魚姫を描いて微妙な反応をされたリゼルは少し羨ましくなる。
「ってかそういうイベントじゃねぇからな! 描けよアタシをよ!」
「あ、そういえばテーマは“女性”でしたね」
メディの声に三人は思い出す。ジルが余りに堂々とゴーレムを出すので失念していた。
「でもさァ、折角だし見せてくれば」
「そうする」
「頑張って下さいね」
「何をだよ」
応援の言葉にからかうように目を細め、ジルはさっさと画家の元へと批評を貰いに行った。画家の前には数人並んでいるので、直ぐには戻ってこないだろう。
リゼルはメディに謝りながら、自分も頑張ろうとせっせと筆を動かす。慎重に木炭の下書きをなぞること五分、今度声を上げたのはイレヴンだった。
「俺もでーきた」
「早いですね」
「見たい?」
「見たいです」
ピッと筆を振ってニンマリと笑うイレヴンに、リゼルもにこりと笑う。
「つっても、つまんねぇ絵としか言われた事ねぇんスよね」
「誰にですか?」
「実家の方の知り合い」
という事は、アスタルニアの国内で知り合ったか時折顔を合わせる森族の内の誰かなのだろう。幼い頃の友人だろうか。
子供が描いた絵につまらないという感想が出て来るとはどういう意味なのだろう、とリゼルが不思議に思っている前で、じゃんっと絵が向けられる。
「見たモンそのままだからつまんねぇってさ」
「わ」
イレヴンは何てことないかのように言うが、物凄く上手い。
まるで王都の風景を切り取ったかのような絵は緻密に描き込まれ、覗き込んでも全く粗が無いと思わせた。前に見える噴水すら時を止めたかのように輝き、美しい王都の街並みを見事に描ききっている。
「へぇ、こりゃ凄ぇな」
「本当です。凄い、感動しました」
「マジで? やりぃ」
「ただアタシがいねぇ!」
ちなみにメディが描かれるべき箇所は、彼女を通り抜け後ろの風景が描かれていた。
「何でテメぇらはアタシをスルーすんだよ」
「美女になってから出直して来い」
「目ん玉の代わりに魔石でも入ってんのか!!」
男顔負けの啖呵をきるメディを鼻で笑い、イレヴンは楽しみにした様子で絵画を手にとり立ち上がった。テーマを盛大に無視しながら、やはり彼も批評を受けに行くことに一切の躊躇いが無い。
鮮やかな赤を撓らせ去って行くイレヴンと入れ替わるように、ジルも戻って来た。擦れ違いざまに軽く向けられた絵画を見たのだろう、呆れた様子で椅子へと腰掛ける。
「あいつ風景画描いてんじゃねぇか」
「お帰りなさい。どうでした?」
「“美女は!?”っつわれた」
「でしょうね」
けれど、良く特徴を掴んだ絵だとコメントも貰えたらしい。プロの画家も大変だ。
どうやら描いたものは向こうで回収しているらしく、手ぶらのジルを見てリゼルも筆を構え直した。
「俺も頑張りますね。薬士さん、もう少しだけお願いします」
「任せろ、耐久力には自信がある」
真剣な顔をして何らかのアピールをくれたメディに礼を告げ、ラストスパートだとリゼルは画板とメディとを見比べた。隣のジルはそこら辺に出ている屋台から適当に飲み物を買って飲んでいる。
「ただいまー」
そうこうしている内に、イレヴンも戻って来た。
その手にはやはり絵画は無く、代わりに此方も小腹が空いたのか屋台からの戦利品で埋まっている。
「お帰りなさい」
「何言われた」
「“美女さえ……ッ”って膝つかれた」
「あ、ちょっと惜しいですね」
画力は申し分ない分、画家としてやるせなさも一入だろう。
テーマをあえて守らない二人に振り回される彼に心の中で労いを送りながら、せっせと色を塗る事十分ほど。リゼルは満足げに一つ頷いた。完成だ。
「お、リーダー出来た?」
「ん」
イレヴンが横から覗き込み、ジルに顎で促され、そしてメディもポーズを止めて歩み寄って来た。リゼルは画板を抱えるように筆をバケツへと差し込んで、そして少しだけ眉を落とし苦笑する。
「二人の後だと恥ずかしいんですけど」
「大丈夫だって、一生懸命描いてくれただけで嬉しいぜ!」
「目が危ねぇ」
メディも根は気さくでサッパリとした女性だ。
だからその言葉は心からの本音なのだろう。例えイレヴンが警戒するほどに口ほどに物を言う目をしていても、励ましの言葉は本物なのだ。
リゼルは安心したように微笑み、そしてくるりと絵画を三人へと向けた。何だかんだ言って、なかなか満足のいく絵が描けた気がする。
「いつもよりは上手くいったと思うんですけど」
三人の視線がリゼルの絵画を射抜く。
「……下手では無ぇな」
「……うん、下手とかじゃ無ぇ」
「いや良い色使いしてると思うぜ。こう、独特な線が何とも言えず…………何だこれ」
メディがフォローを放棄した。
反応は芳しくないものの、ジル達の下手ではないという言葉が嘘ではない事も分かる。下手じゃないなら良いかなぁとリゼルがほのほの微笑みながら、まじまじと絵画を見る三人を眺めていた時だった。
「配達の途中で何ほっつき歩いてやがる小娘ぇ!!」
「げっ」
突如落とされた雷鳴の如き一喝に、メディがやばいと顔を顰めて振り返る。
其処にはずんぐりと逞しい巨体を揺らし、ドワーフのような威圧的な髭を生やした男が此方へと歩いて来るのが見えた。近くにいた子供がすかさずピャッと逃げていく。
「ちょっと顔見知りに挨拶してただけだろうがクソ親父!」
「挨拶にどんだけかけんじゃあ小娘!」
メディの働く工房で親方と呼ばれるべき男は、そのまま拳骨を一発落として首根っこを掴んだ。そして忘れられていた木箱を拾い、ちらりとリゼル達を見る。
「ふん、帰ってやがったか」
「お久しぶりです、親方さん」
「はっ、てめぇの親方になった覚えなんざぁねぇよ」
彼は歯をむき出しにして笑い、そして暴れるメディを引き摺って踵を返した。まだメディに礼もしていない、と遠ざかる前にリゼルが口を開く。
「薬士さん、有難うございました。またお礼に伺いますね」
「据え膳――――――!!!」
まるで嵐のような師弟だ。
幸せそうに叫び大人しく引き摺られていくメディを手を振って見送ると、リゼルはいつの間にか手元から絵画が無くなっている事に気付いた。
見ればジルが持っている。イレヴンも立って一緒に覗き込んでいるが双方無言だ。慣れた反応なのでリゼルは気にしない。
「技術的には普通なんだよな」
「何つーかもう、こういうジャンルっつうか」
褒められているのだろうか。リゼルは首を傾けつつ、そういえばと過去とある人物に絵を見せた時のことを思い出した。
リゼルの絵を見て微妙あるいは不思議な反応をせず、素直に褒めてくれたのは二人だけだ。実の父と、そしてもう一人。遠い国から使者として訪れた、艶やかな黒紫色の髪の麗人。
「ジャンルかは分かりませんけど、“ウキヨエ”っていうのに似てるみたいですよ」
「ウキオエ?」
「ウキヨエ」
訝し気なジル達に、此方には無いのだろうかと思いながら髪を耳にかける。
「うちの国からずっと東に小さな島国があるんですけど、そこの絵画のことです。凄く独特な文化なので、あんまり馴染みがないんですけど」
独特、という言葉にジル達は成程と再びリゼルの絵を見下ろした。
確かに独特としか言いようが無い。何故遠く離れた国と感性をマッチさせたのかは心底謎だが。
「独特って何、唯人いねぇとか?」
「いえ、唯人は多いです。代わりに獣人はいなくて、鬼人って呼ばれる人達がいます」
「へぇ、どんな」
「角が生えてるんです。とても力の強い方達ですよ」
こんな、とリゼルが指を一本立てた片手を頭に添える。
その国の国王が当の鬼人だ。その頭には二本の長く鋭い角が生えていたが、角の本数や大きさは人によってバラバラらしい。
あまりの遠さにリゼルは行った事がないので数人しか知らないが、随分と個性があるようだ。
「角ねぇ、ニィサン見た事ある?」
「無ぇ。他に特徴は?」
「特徴も有り過ぎるんですよね」
なにせ、その国とまともな国交があるのはリゼルの国ぐらいだ。
独自の進化を遂げている彼の国は目を引くものも多く、余所ではまず見られない物が溢れている。ちなみに、それを本人らに告げると“普通”という良く分からない言葉が返って来る。
そんな彼らを元教え子は“自己愛と謙虚が釣り合ってる変な国”と称していた。言い得て妙だ。
「分かりやすく、服とかどうでしょう」
「どんなん?」
イレヴンが椅子を引き摺り、リゼルの向かいに腰かけながら問いかける。ギシリと小さな椅子が軋む音がした。
「こう、何枚も布を重ねてゆったりと身に着けていて」
ジル達は布の塊を思い浮かべた。
「幅の広い布のベルトを腰に巻いてるんです」
布の塊にくびれが出来た。
「柄も綺麗だし、シンプルでも色合いが良くて見てて楽しいですよ」
布の塊が煌びやかになった。
「見た事ねぇな」
「そッスね」
盛大な誤解が生じたが、リゼル達が気付くことはなく話題が収束してしまった。
もしアリムと出会う前ならばもう少しまともな想像が出来たかもしれないが、布と聞いて一番に彼が思い浮かんでしまったのだから仕方ない。
「ん、ちょっと残念です」
リゼルはまた少し混んできた画家の批評待ちの列を眺めながら、ジルが渡して来た自らの画板を受け取る。
「あの国の、オ……オトーフ、が凄く美味しかったのに」
「そういやどっかで言ってたな」
「あー、リーダーの好物?」
ジルが肉、イレヴンが卵、ならリゼルは何が好きなのかという話の流れで、そんな話が出た事がある。基本的にほとんど美味しく食べられるので特に好きというものは無いが、過去に一度食べた事がある異国の料理がとても美味しかったと。
「どんなの?」
イレヴンが通りがかりの物売りからアイスクリームを買いながら問いかけた。プラス銅貨二枚で出来るチョコレートクリームサービスも欠かさない。
「そうですね……味は薄くて良く分からなくて」
「美味いっつったじゃねぇか」
「そのオトーフの上に色々乗せて食べるのが美味しかったんです」
いきなりの矛盾に突っ込んだジルに、どういえば良いのかとリゼルは膝の上に立てた画板を一度だけ揺らす。
「白くて四角くて、柔らかくて」
「あ」
その時、アイスを食べかけたイレヴンがぴたりと動きを止めた。
リゼルの言葉に心当たりがあったからだ。何処で食べたかは忘れたが、大分前にそんな料理を食べた事がある。確か、珍しい料理を出す店だった筈だ。
「食べたことあるかも。白くて四角い小さいのが何個も入ってるやつ」
「俺が食べたのは一つしか乗ってなかったです。これぐらいの」
「えー、甘かった?」
「甘くはなかったです」
二人で顔を見合わせ不思議そうにしているリゼル達に、ジルは呆れたように口を開く。
「それ違うんじゃねぇの」
「や、だってさァ。あれも、あー、オトーフ? そんな名前だった気がすんだけど」
思い出そうとして出て来ないのか、はたまた一気にアイスクリームを掻き込んで頭痛がしたのか、顔をしかめてうんうんと唸っているイレヴンにリゼルが可笑しそうに笑った時だった。
イベント開始を告げた時と同じように、噴水前に画商の男が歩み出るのが見えた。
『そろそろ締め切りまーす。参加者の方で、画家先生からのアドバイス希望の方はお気を付けください』
「あ、じゃあ行ってきますね」
「あぁ。これももういらねぇな」
「はい、有難うございます」
大分批評の列が空いたのを確認し、リゼルは画板片手に立ち上がる。
ジルも画材を片付けてくれるようで、まぁ良いかと思い出すのを諦めアイスを平らげたイレヴンの椅子を蹴って手伝わせていた。今頃他の冒険者らも行儀よく片づけをしている事だろう、何せここにはスタッドがいる。
「あれ、どうなんスかね」
「まともな批評が出来んのか見物だな」
パレットやバケツを拾いながらジル達がそんな会話を交わしていたが、スタッドが片づけをしない冒険者に無言の圧力をかけているのをのんびりと眺めているリゼルには届かなかった。
その後、リゼルがジル達の元へ戻った後のこと。
「“芸術性は感じるので、その感性を大事にしてください”って言われました」
「微妙」
「画家の癖にコメントに芸術性が無ぇなァ」
何故か画家がいわれなき非難を受け、そして当然三人とも賞金にかすりもしなかった。