軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139:誰も間違いを直さない

国において、農耕というのは重要な役目を担う。

それはパルテダールでも勿論の事だが、王都内で農地を見ることはない。それらはほとんどが国の領地内、 王都(パルテダ) ・ 商業国(マルケイド) ・ 魔鉱国(カヴァーナ) の三大都市に囲まれるように点々と存在する。

勿論規模の大小はあるが、農業を生業とする人々が不自由なく暮らすことが出来る農村だ。

「ジルは農村出身なんですっけ」

「いや、山寄りだった。薪だの工芸品だの作ってたな」

リゼル達は荷馬車に揺られながら、のんびりと平原を進んでいた。

空は青い。野菜を積んで運ぶ為の荷馬車は屋根も何もなく、土の香り混じる風が心地よく通り過ぎる。

「え、ニィサン何か作れんの?」

「ねぇよ。向いてなかった」

「ジルはあまり根気強くないですもんね」

刀の手入れには労を惜しまない癖に、細々とした繊細な作業を面倒臭がるのがジルだ。

不器用という訳では無いのだろうが、やはり向き不向きというものがあるのだろう。リゼルは腰掛けた荷台から、地面に薄っすらと伸びていく轍を見送りながら笑う。

「前、スタッド君と行った所も農村でしたよね」

「あー、ニィサン置いてったとこ? でっけぇ麦畑あったッスね」

「だから土産がエールだったのか」

「折角だから特産っぽいのが良くて」

幾度も馬車が通ることで踏み均された自然の道は、しかし時折ガタンと車体を跳ねさせ降ろしている足を揺らした。

敷いている幻狼の毛皮のお陰で、荷馬車が揺れても腰は痛くならない。カッポカッポと聞こえる馬の蹄の音が何とも長閑だ。

「あそこまで栄えてると、憲兵が居たんですけど」

ふっとリゼルは後ろを振り返る。

風に流れる髪を耳へとかけ、馬車が進む方角を見れば、使い込まれたハンチング帽を被る御者の後ろ姿があった。のんびりと馬を歩かせる翁の背に微笑み、唇を開く。

「領主様が対策をして下さっているんですよね」

「えっ!? 座り心地悪くて申し訳ねぇべ貴族さん!?」

「いえ、とても心地良いですよ」

ほのほの微笑むリゼルと御者のやり取りに、イレヴンが欠伸を零しながら零す。

「ボケてんじゃねぇの爺……」

「誰がボケとるっちゅうんじゃ、ェエ!?」

「何でこれは聞こえんだよ!!」

怒鳴られ、怒鳴り返すイレヴンを横目にジルは荷馬車に肘をつき、呆れたように溜息をついた。

王都から馬車に揺られること一時間、御者の翁はずっとリゼルを貴族だと思っているし、割と頻繁に会話が噛み合わない。冒険者相手に話をするなら他に人選があるのではないかと思うが、まぁ仕方ないだろう。

「あと一時間ぐれぇでつくでね、もうちみっと我慢してくれんべね。貴族さま」

「はい。でも、冒険者なんです」

片道二時間の道のりを、翁らの村は何日かに一度作物の納品の為に通う。

いつ依頼が受諾されるか分からない冒険者を待つ訳にもいかないのだから、早朝の納品で訪れたタイミングで冒険者と落ち合うのが一番だろう。それが当の翁の番だっただけの事だ。

「作物荒らしに冒険者雇ったことは何度もあんべけど、あんたみてぇなお人は初めてみたなぁ」

カンラカンラと笑う御者の声が、風で運ばれてくる。

「こういう事、頻繁にあるんですか?」

「まぁ、そうしょっちゅうは無ぇけんど。来たもんはしゃあねぇべな」

語る声は朗らかで、深刻な色は無い。

農耕と作物荒らしは切っても切れないものだ。彼らにとっては嵐が来るのも魔物が来るのも同じ事で、運が悪いなぁで済ませてしまう。

「普段はどんな対策を?」

小石にでも乗り上げたのか、ガタンッと跳ねた車体に手を付きながらリゼルが尋ねた。

「リーダーこういうの好きだよな」

「職業病っつーか趣味だろ、いっそ」

尋ねながら、両側で交わされている会話に苦笑を零す。

気になるんだから仕方ない。元の世界の参考になればと思った事も否めないので、職業病と言われても否定は出来ないが。

「魔物避け置いたり、見回りしたりだなぁ。大した事はしてねぇべ」

「見回りっていうのは、皆さんで?」

「普段は若ぇ奴らがやってるべけんど、今は憲兵さんも来てくれんな。荒されてるっちゅうたら、領主様が寄越してくれんだわ」

「そうなんですね」

奇跡的に話題が戻ってきた。

領主がいるような規模の村では無さそうなので、同じような村を幾つか治めて統治する領主が何処かにいるのだろう。その存在が定期的に憲兵を派遣してくれているらしい。

とはいえ、憲兵の役割は基本的に治安維持だ。何人か送り込んでいるだろうが、魔物の討伐までは手が回らない。

「冒険者が来るまでの繋ぎって事でしょうね」

「どうせなら人数送り込んで討伐まですりゃ良いのに」

「一つの村に、そこまでの人員はさけませんよ。前例を作る訳にもいきません」

同じような事がある度に兵を派遣していては、首が回らなくなってしまう。

それならば不慣れな憲兵の人海戦術より、対魔物のプロフェッショナルである冒険者を雇った方が確実だし、金銭的にも安くつくだろう。

「領主もいちいち顔突っ込んでられねぇって?」

「その通りです」

意地悪気に唇を笑みに歪めたジルへ、リゼルはにこりと笑ってみせた。

自分達で解決出来るのならして貰わなければ。領地の問題すべてに、一から十まで世話を焼いてはいられない。

「もちろん解決が困難なら協力は惜しみませんし、その時は拒否されても手を出しますけど」

「拒否されんの?」

「いえ、有難いことに余り」

だろうな、と頷くジル達だが、少しはあるのかと意外そうだ。

草の音を鳴らしながら近付いて来る風が頬をなぞる。リゼル達は最上級の装備なので余り感じないが、半袖の御者はやや肌寒そうに貧乏ゆすりをしていた。

「つかリーダーんとこ冒険者いねぇんスよね」

「はい。こういう事があると、傭兵を捕まえる事が多いですね」

「あぁ、そんなのが居んだっけ」

「知り合いの傭兵団は、良い小遣い稼ぎだって笑ってました」

元の世界の傭兵は戦争が無ければ魔物を狩り、あるいは迷宮で腕慣らしをしている。

それで日々の金銭を稼いでいる彼らは、商人の道中の護衛や魔物退治も良く請け負っていた。リゼルにとっては馴染みがあるが、此方では滅多に聞かないので少し寂しい。

「おぉい冒険者さん達、後ちょっとで着くでなぁ」

「有難うございます」

出発当初から何度か言われている後少し宣言を微笑んで受け取り、どうやら本当に後少しのようだと考えながらリゼルは深く座り直した。荷馬車の振動で落ちそうになる。

「他のパーティはもう着いてんスよね」

「どんなパーティでしょうね」

今回の依頼は、リゼル達ともう一組のパーティによる合同依頼だ。

“作物荒らしの討伐”という冒険者にとっては特別珍しくもない依頼は、その規模によって何組かのパーティが解決に当たる。受けた事が無いから、と申し込んだが貴重な体験が出来そうだ。

「気を付けることってありますか?」

「お前は無ぇ」

遠くの森へと視線を投げているジルに問いかければ、間髪入れずそう返された。

どういうことかと反対を見れば、イレヴンは肩を揺らして笑いながら立てた膝へと肘をつく。降ろしたままの片足をぶらりと揺らし、わざとらしく視線を他所へと投げていた。

「何つーの、キョーチョーセー?」

「分かりました」

思えば、ジルもイレヴンも合同依頼を選ぶような人間ではない。

冒険者歴が長い分、知識はあるだろうし一度か二度は受けた事もあるだろう。ジルも足が欲しくて馬車の護衛などを受けた事があると言っていたし、雇い主側から考えても一人では無かった筈だ。

だが、どう考えても他者に合わせられる二人では無い。一人で全てを終わらせただろう事は想像に難くなかった。

「折角だし協力したいですよね。あちらのパーティに色々教えて貰いましょう」

「くれっかなァ」

「え?」

何でもない、と呟いたイレヴンが体を傾け空を見上げる。

青い空は高く、雲は白と青のコントラストをくっきりと示していた。今日は一日晴れそうだ。

「お」

穏やかな陽気にのんびりとしながら、三人が馬車に揺られること少し。

ふと声を零したイレヴンが振り返ったのを見て、リゼル達も同じく進行方向を振り返った。カッポカッポと揺れる馬の向こう側に、いつの間にか近くなった村が見えた。

「あー、ほんとに村ーって感じする」

「綺麗な風車ですね」

「思ったより広ぇな」

数軒見えた家々を囲むように、広い耕地があった。

ゆっくりと進む馬車が耕地の間に作られた路へと差し掛かり、進んでいく。両側に広がる麦畑は、収穫を前に一面を黄金色に染めていた。

そこに埋もれるように小さな風車が二つ、風を受けてゆっくりと回っている。積み上げられた煉瓦の所々を色ガラスが飾り、日の光を鈍く反射し煌いていた。

「おぉーい、冒険者さん連れて来たぞぉーい」

御者が声を上げ、ハンチング帽をとりヒラヒラと振る。

すると麦畑の向こうや、家の中からひょこりひょこりと村人が顔を出したのが見えた。

「すっげぇ見られてる」

「依頼以外で冒険者が来るようにも見えねぇからな」

麦畑を抜け、馬車がゆっくりと減速する。

そして畑と家々が並ぶ広場の間で止まった。ジルやイレヴンが馬車から降りたのを見て、リゼルも数時間ぶりに地に足を付ける。

「じゃあ儂ゃ馬車しまってくるでな。待っとってな、貴族さま」

「冒険者ですよ」

敷いていた毛皮を回収し、色々と誤解したままの翁へ礼を告げる。

カッポカッポと遠ざかっていく馬車を見送り、リゼルが村を見渡した。待っていてくれと言ったのならば戻って来るのだろう。それまで放置だ。

「家の周りには柵があるけど、畑は囲ってませんね」

「外周は杭で囲んであった」

「見ました?」

「あぁ」

それならば近くを見て回ろうか、とリゼル達はのんびり歩き出した。

“こりゃ凄ぇ人が来たべ”とわいわいしている村人たちは、好奇心のままにそんなリゼル達を眺めている。期待外れだと思われていないのならば、それで良い。

「開墾の都合もあるし、しっかり囲う訳にはいかないんですね」

「まぁ仕方ねぇっちゃ仕方ねぇけど、荒らし放題ッスね」

麦畑の前を真っすぐに歩いて行くと、麦以外の作物が育つ畑も見えて来る。

色々育てているようだが、しかし見る限り魔物に荒らされた形跡が見つからない。麦畑も、見覚えがあったり無かったりする野菜たちも、区切られた区画内で色鮮やかに育っている。

「どの辺りが荒らされたんでしょう」

「そういやもう一組もいねぇな」

もしや、先の一組が既に解決したのだろうか。

それならばそれで良いけど、折角来たのだから何か。三人がそんな事を話していた時だった。

「……あ?」

イレヴンが不快そうに眉を寄せ、ジルも訝し気な顔で何処かを見据える。

その二人の手が剣に添えられたのを見て、リゼルも口を閉じその方向を見た。広がる畑の向こうには草原があり、さらに向こうには村に一番近い森がある。

何も見えないし、とリゼルがジル達にどうしたのかと問いかけようとした時だった。風に乗り、不思議な音が届いた。

「何か聞こえますね」

「すっげぇ頭痛くなる音」

「何か来んぞ」

ガンガンガンガンッと絶えず響く音が徐々に近づいて来る。まるで鍋の底に木を叩きつけているような音だ。

それと同時に、わずかな地響きも。一体何が近付いているのかとリゼル達が眺める中、それらは姿を現した。

「おっ、群羊。めっずらし」

「ここらじゃ見ねぇしな」

ザザッと草木を掻き分け出て来たのは巨大な羊の群れだった。

ドドドド、と腹の底に響くような音を立てながら村の前を横切っていく。まるで何かから逃げているようだと、その元凶だろう騒音が響く森を見た時だった。

「へいへいへいへいへいへい!!!!」

構えた鍋を掻き鳴らし爆走するアイン達が出て来た。

「元気そうですね」

「あ、そこ?」

いつぞや迷宮攻略の謎解きに協力した若い冒険者達の元気な姿に、リゼルはほのほのと微笑んで頷く。自分達にはああいう元気の良さが足りない。

「おぉい、待たせたなぁ」

ふと、馬車を片付けて来ただろう翁が帰ってきた。

やや曲がった腰でゆっくりと歩いて来た翁は、おっと顔を上げて群羊たちを追い回すアイン達を見つけた。平原に追い出した羊たちの周りを、先程より落ち着いた音で鍋を鳴らして回っている姿にわっはっはっと声を上げて笑う。

「うちの鍋がへこんじまうわぁな」

「彼らは何を?」

「羊ら、森に逃げ込んじまうでな。今日あんたらが来る事言ったら、追い出しとくって言うとんべ」

成程、とリゼルはアイン達を見た。

以前と変わらず四人パーティの彼らは、森に隠れようとする群羊たちを牽制するようにガンガンしている。その内諦めたのか、羊たちは草原をうろうろし始めていた。

「そういえば、被害にあった作物っていうのは」

「あぁ、あれだぁ」

リゼルが尋ねれば、翁は皺の深い指先を真っすぐに畑へと向けた。

その先には、一面の花がある。周りを見覚えのあったり無かったりする野菜で囲まれる中、その区画だけ花が咲き乱れるのは不思議な光景だった。

「花?」

「“ 燈火花(とうかばな) ”っちゅうて、夜に光るんだわ。あんま知られてねぇけんど、綺麗なもんだべ」

「あー、あれね」

イレヴンも、そして頷いているジルも知っているようだ。

リゼルは聞いた事が無い。花の種類など詳しくなさそうな二人が、まさか知っているとは。

「何か冒険者に関係のある花なんですか?」

「火が使えねぇ癖に暗い迷宮で明かりにすんだよ。それ用の瓶も売ってる」

「結構な値段すんスよね」

成程、とリゼルは中心から薄っすらと橙に染まる花を見た。

光るのは魔力が働くからだろう。農作と魔力は密接に関係しており、土中に含まれる魔力も作物の出来を左右する重要な一要素だ。

冒険者が集めた魔石も肥料として売買される事があるだろう。とある回復薬の工房で見た魔石の粉砕用魔道具も、探せばこの村にも一つはある筈だ。

「なら、あまり畑の近くで魔法は使わない方が良いでしょうか」

「んん、畑の土ぃ直接いじらなけりゃ良いべ」

良い良い、と手を振る翁に、そういうものかとリゼルは頷いた。

そう繊細なものでも無いのだろう。確かに、それほど厳重に管理された畑にも見えない。

「あ、こっち来る」

イレヴンの声にアイン達を見れば、ぶらぶらと鍋を振りながら三人が此方へと向かっていた。

一人は見張りの為に残っているのだろうが、群羊たちが森へと再び潜り込む様子はない。群羊という名に相応しく、何となく集まって草原の草を食んでいる。

「草で良いならそっち食ってりゃ良いのに」

「どうせなら美味いもん食いてぇんだろ」

「まぁ分かるけど」

「魔鳥もですけど、魔力があるのが魅力的なのかもしれませんね」

アイン達はわいわいと話しながら近付いて来ていたが、ふと此方を向いて歩みを止めた。

まだ表情までは窺えない距離だが、どうやらリゼル達に気付いたらしい。途端にぎゃいぎゃいと何やら騒ぎ合っている。

「ガンガンされたのに、群羊が襲って来ないですね」

「あー、あいつらは実際斬り付けでもしねぇと来ねぇッスね」

「その代わり一匹斬ると全部来るけどな」

それは辛い。

見る限り、群羊は全部で十三匹。育ち切った体格は逞しく、そんな群れに総攻撃を受ければ無事では済まないだろう。

「あれだけ立派な魔物だと、柵をつけても駄目そうですね」

「んだ。でも、一応それっぽいもんはつけててな」

アインを先頭に鍋を振りながら、三人が此方へと駆け寄って来る。

リゼルはそれに手を振り返しながら、足元の杭に足をかける翁を見た。良く見れば、畑を囲む杭にはロープが張られている。

「鳴り子で囲ってるもんで、まぁ追い払えることは無いけんど、来たら分かるようになっててな」

ふと、リゼル達は駆け寄ってくるアイン達を見た。

もう大分近い。森から延々と走ったのに元気な事だ。

「あいつら絶対鳴らす」

「鳴らすな」

「兄ちゃんらにも説明してあんだけどなぁ」

「や、鳴らす」

「鳴らすだろ」

「いえ、流石に」

それは、とリゼルがフォローを入れようとした時だった。

「リゼルさぁー」

ガランガランガランガランッ

「痛って何だこれうるっせ!!」

響き渡る鳴り子の音と、“ほらな”と言わんばかりのジル達の表情に苦笑し、リゼルはぎゃあぎゃあと騒いでいるアインの元へと歩を進めていった。

場所は、とある民家の中。

リゼル達とアイン達は冷たい茶を頂きながら話に花を咲かせていた。

「アイン君達は 商業国(マルケイド) に行ってたんですね」

「そうなんスよ! ちょっと前にこっち戻って来てて」

お食べ、と家の持ち主である翁の御婦人が手作りだろうクッキーを出してくれる。

喜々として手を伸ばしたアインのパーティらは、皿ごと確保したイレヴンにより泣く泣く伸ばした手を引っ込めていた。リゼルがそっと皿をイレヴンの元から返してやると、動いて腹が空いたのか遠慮することなく食べ始めている。

「あ、そうだ。アイン君たちのお土産です」

「えっ、良いんスか!」

「勿論ですよ。魔除けになるそうなので、大事にして下さいね」

喜び勇んで身を乗り出したアインは、コトリと机の上に置かれた木彫りの置物を数秒無言で眺めていた。

そして仲間たちの視線を一身に受けながら恭しく空間魔法付きのリュックへと仕舞う。大金が入った時に買っておいて良かった、空間魔法付き。辛うじて礼を告げた彼は偉い。

「そういえば、合同依頼って初めてなんです。相手が君達で安心しました」

「そうなんですね。俺らは何回かあります!」

気を取り直すように、そして少しばかり誇るように笑ったアインにリゼルも柔らかく微笑んだ。

「色々教えてくださいね」

「えっ」

何故か固まられたが。

「で、でも俺らもほら、魔法使いと一緒に依頼すんの初めてなんで!」

「そうなんですか? 確かに少ないですしね」

リゼルが自ら魔法使いと名乗った事は一度たりとも無い筈だが、完全に魔法使いとして知れ渡っているようだ。

ジルが茶を飲みながらちらりとリゼルを見る。特に隠したい訳でも無いのだろう。間違っている訳でも無いし、改めて説明するのが面倒臭いだけだ。

「おい、本題」

「そうでした」

茶を置きながら促したジルに、久々の再会を楽しんでいたリゼルは一つ頷いた。

アインパーティも、恐る恐るジルを見ながら菓子を摘まむ手を止める。変わらず食べ続けているイレヴンは、自分の分の茶が無くなったのでリゼルのグラスへと手を伸ばしていた。

「群羊、で良いんですよね。あれで全部なんですか?」

「多分そうッスね」

「あいつら基本群れだからな。あんだけ森から離れりゃ取り逃しもねぇだろ」

一匹でも見逃せば被害は収まらないだろう。森狩りをした訳でも無いのに何故言い切れるのかと、不思議そうなリゼルにジルが補足を入れる。

そういう事か、と納得してリゼルが窓の外を見た。白い塊がもそもそと森へ移動しようとしては、何処からか鍋の音が響き渡る。

「じゃあ後は、あれを討伐するだけですね」

言い切ったリゼルに、アイン達は口元を引き攣らせた。

彼らは正直、自分達だけでは群羊を相手に出来る自信が全くない。何せ羊という割に牛並みの巨体、捻じれた角は太く外へと張り出し、それが十数匹猛烈な勢いで襲ってくるのだ。

「あーっと俺らとしては、一匹ずつおびき出して、仲間呼べねぇように喉潰して、各個撃破なんて思ってたんスけども……!」

「やっぱりそれが確実でしょうか」

あれっとアイン達は思わず顔を見合わせる。

リゼル達、むしろ一刀ならば蹂躙できると思っていた。やや拍子抜けだ。

「えー、賭け過ぎねぇ? 喉潰す前に鳴かれりゃアウトじゃん」

「文句つけんならご立派な作戦でもあんだよなぁテメェ!」

「はっ、吠えんじゃねぇよ雑ァ魚」

椅子を蹴飛ばし立ち上がるアインと、煽りに煽るイレヴンを片手間に宥めながらリゼルはジルを見た。

「そうなんですか?」

「だろうな。一匹二匹なら行けんだろうが、あの数は厳しい」

アインは静かに椅子に座った。ジルが言うなら従う。

もしこれがリゼル達では無く、他のパーティならば恐らくその案が採用されるのだろう。賭けに出るなどいつもの事なのだからと、誰も疑問を抱かないままに。

「おい」

「うッス!」

ジルの声に小気味よく返事を返したアインが、さてどんな作戦で行くのかと気合を入れる。

「何匹相手に出来る」

「はい?」

「同時に何匹なら相手出来んだよ」

アインが仲間たちと顔を見合わせ、小声で相談を始めた。

何匹って。一人が一匹の気を引いて、三人でもう一匹を袋叩きにすれば二匹。三匹はきつい。いや一人一人二人に分かれれば。いやいや二人で一匹相手に出来る訳がない。鍋を掻き鳴らせば。それでも。

「あっ」

ぱっとアインが顔を上げ、リゼルを見た。

「もしかして、魔法使いと一緒だと強化魔法とか使って貰えたり」

「図々しー」

「テメェには聞いてねぇだろうが、ァア!?」

期待を孕んだ眼差しに、どうしたのかと首を傾けていたリゼルが可笑しそうに笑う。

正直ジル達に必要がないのですっかり忘れていたが、世の魔法使い冒険者は強化魔法で仲間を支援しているのだろうか。そうで無くとも、断る理由などないのだが。

「出来ますよ。やりましょうか?」

「お願いします!」

魔法だ魔法だと騒ぐアイン達は、魔法使いと依頼をこなした事が無いという言葉通りに強化魔法を受けた事が無いのだろう。随分と期待されているようで、果たして応える事が出来るのかと少しばかり心配になってしまう。

「なら、三匹いけるッスね!!」

そして受けたことのない強化魔法を無条件に信じるアイン達も色々な意味で心配だ。

「なら俺らが十匹やる。良いな」

「うっ……ス?」

「十と三に分けるぞ」

「分かりました」

特に作戦というほどの作戦でも無かった。

状況について行けていないアイン達の前で、リゼルはジルの言わんとする事を察しているのか素直に頷いている。そのままテキパキと三人で段取りを定め始めていた。

「万が一、村の方に被害があると怖いですね」

「じゃあリーダーはそっちで結界張る?」

「そうしましょうか。逃げられるのが一番困りますけど、それは?」

「逃げねぇからそれは良い」

アイン達もリゼル達が言っている事は分かる。

リゼルが何らかの方法で羊の群れを十匹と三匹に分けて、村への侵入を防ぐために結界を張る。そしてジルとイレヴン、アイン達がそれぞれの羊たちを相手にする。

一番重要な最後が一番ザルだ。それで良いのだろうか。

「おい、アイン」

「まぁ、リゼルさん達だし……」

「あの人らが出来るっつうなら出来るんだろ、多分」

「それな」

アインらは頷き、そして納得した。

強化魔法楽しみだしまぁ良いかと。彼らも大概作戦とは縁のない人種だった。

「お、始まんべな」

「隠れてた方がええかね」

「いえ、こちらに来そうな時だけ結界を張るので大丈夫ですよ。興味がある方は見ていて頂いて結構です」

「なら見てようかね」

「お兄さん貴族さんでないかね」

「いえ、違うんです」

「大きい羊だねぇ」

村よりもやや畑に入った辺りで、リゼルは農村の人々に囲まれていた。

いつの間にか老若男女が興味深そうに集まって来たのだ。特にやりにくいという訳でも無いし、危険に晒される事も無いので好きにして貰っている。

目の前には一面の畑と、その向こうに群羊の塊。ジル達とアイン達はその塊を挟むように両側へと分かれていた。

「ほれ貴族さん、頭熱くなるでね」

「有難うございます」

心優しい老婆が麦わら帽子を渡してくれたので、有難く被る。

イレヴンが吹き出したのが見えた。似合わなくもないだろうに失礼な、なんて思いながらアイン達に手を振ってみせる。

ぶんぶんと全員で手を振り返してくれた。強化魔法は既にかけており、かけた瞬間に大はしゃぎしていたので期待に沿う事が出来たのだろう。

「強化魔法、気持ち悪くないですかー」

「大丈夫ッスー!」

口に手を当てて声を張れば、テンションの上がり切った声が返って来る。

時々、強化魔法を受けると酔う人がいるのだ。リゼルは実際に見た事はないが、アイン達は問題なさそうで良かった。

「ねぇねぇ、強化魔法ってなぁに?」

「体が強くなる魔法ですよ」

「ええなぁ、畑仕事も楽になりそうだて」

「あっちの人達も強くなったの?」

「あっちの人達はあれ以上強くなくて良いんです」

ジル達を指さしたまま不思議そうな少女に微笑み、さてとリゼルは羊達を見据えた。

十匹と三匹に分けるには、と首を傾けながら何処で分けようかと探っていく。もそりもそりと動く羊を眺め、ここかな、と腕を上げた。

その腕と平行に浮かぶのは、一本の魔銃。アイン達からは見えないだろう。

「貴族さん、それなぁに?」

「冒険者って呼んでください。大きい音が鳴るので、苦手な方は耳を塞いでて下さいね」

パァンッと破裂音が響いた。

同時に羊達のいる地面が揺れ、音が鳴る度にその地面がせり上がる。間近で見ていたアイン達が思わず歓声を上げた。

「すっげぇ! 魔法見んのひっさびさ!」

「この音って何!? 魔法使ってる音!?」

「じゃねぇの!」

余りにも使われない銃の音など、聞いた事がある人間の方が少ない。

破裂音が聞こえる度にゴゴッと雷鳴のような音を立てながら壁のようにせり上がり、あるいは堀のように地面を削るそれらに興奮のあまり笑いながらアイン達は剣を抜いた。瞬く間にジル達のいる向こう側と遮断されていく。

ゴゴンッゴゥンッゴォンッすっゴゴォッゴンッ――――……!!

「何か今スッてすっげぇ静かに魔鳥の像たったけど」

「リゼルさんのお茶目?」

「まぁ壁にはなってるし良いんじゃねぇの……?」

抉れた穴部分の向こう側に爆笑するイレヴンと呆れたジルが見えるあたり、わざとかどうかは分からない。魔法なのに何故予想外の結果が起きるのかと疑問に思うが、そういうものなのだろうと納得出来てしまうぐらいにはアイン達は魔法の事を知らなかった。

そして音が鳴りやむ。目の前には群れから分けられた三匹の羊。それらは魔法を攻撃と捉え、鼻息を荒くして身を低くしていた。

「よっしゃ行くぞぉ!!」

「「「おおっし!!!」」」

身体は絶好調だ。剣は軽く、しかし振りは重い。強化魔法というのは素晴らしい。

踏み込んだ足は力強く地面をとらえ、顔面に風を感じながらアイン達は群羊へと飛び掛かって行った。

群羊と交戦するアイン達を暫く眺め、大丈夫そうだとリゼルは頷く。

そもそもジルが止めなかったという事は、三匹いけるというアイン達の言葉に問題は無いということだ。だからこそ実行に移したのだから。

「左側の兄さんたち強ぇべなぁ」

「十匹もおんのになぁ」

観戦モードに入り、座ってお握りまで食べ始めた村人たちが感心したように言う。

今までに何人もの冒険者を雇っているだろうに、それでも感心するだけのものがあるのだろう。リゼルは群羊達の数を着々と減らしているジル達を見て、一人微笑んだ。

結界は張りっぱなしにしない。広範囲は流石に疲れるし、羊が迫ってきたらその部分だけ張る予定だ。

「右側は元気でええなぁ」

一方、強化魔法でテンションの上がり切ったアイン達は、その勢いのままに羊へと斬りかかっていた。

「あーーいッ」

斬る。

「あーーーいッ!」

斬る。

「あーーーーーーい!!」

とどめを刺す。

「「うおおおおおーーーーい!!」」

一匹目を切り伏せ歓喜の雄たけびを上げている。

「強化魔法って頭パァになるんかねぇ、貴族さん」

「そういう効果は無い筈なんですけど」

リゼルと老婆は不思議そうにそれを見ていた。

そうしてのんびりと眺めている内に、群羊はどんどんと数を減らしていく。十分ほどでジル達が自らの持ち分を片付け戻って来て、さらに二十分後にアイン達の勝利の雄たけびが草原に響き渡った。

そうしてリゼル達は無事依頼を完了し、村人たちに見送られて馬車二台に王都まで送って貰った。

ちなみに群羊は角が素材になるらしい。放置して帰ろうとしたらアイン達に有り得ない有り得ないと騒がれた。そこでこっそり貰おうとしない辺りが素直だろう。

肉は村人が塩漬けにするというので、総出で村まで運んだ。リゼルは手伝おうとしたら拒否された。

「依頼終了お疲れ様でした」

「有難うございます」

「報酬は取り敢えず貴方に渡せば良いでしょうか」

「良いですか?」

「うッス!」

スタッドにより無事に依頼終了手続きが行われ、最後にパーティリーダーであるリゼルとアインのギルドカードが返される。

合同で依頼を受けた場合、まずどっちのパーティリーダーを優先するかで揉めたりもするのだが二人の間にそれは一切ない。どちらかと言えば喧嘩っ早いアイン達なのだが、まぁ納得だろうと見ていた某ギルド職員は深く頷いた。

「お待たせしました」

「おい、アイン」

二人がジル達の待つ机に戻ると、ふとアインは自身の仲間に呼ばれた。何だ、と近寄れば潜められた声が零される。

「あっちから申し出があった。リゼルさん報酬分けやった事ねぇから最初だけやらせてやれって」

アインがふとリゼルを見た。

ジル達と何やら楽しそうに話し、スタッドにより渡された報酬を机の上に敷いた布へと置いている。一、二、と数える指先が爪の先まで整っており、思わず流石だと内心呟いてしまった。

「ああ、合同初めてっつってたもんな」

「まぁあの人に限って悪いようにはされねぇし、オッケー出しといたけど」

「ん、了解」

今までアイン達は何度も合同で依頼を受けて来た。

報酬で揉めなかった事などない。何処かのパーティが報酬を仕切ることなど有り得ない。辛うじて代表となったパーティリーダーが決めたとしても、一秒後には怒鳴り合いになる。

しかしアインらはそれらを全て忘れた。むしろそれらとリゼルが一切結びつかなかった。何も考えずに受け入れていた。これは仕方ない。

「ええと、じゃあイレヴンが頼んでくれたみたいだし、まず俺が分けてみますね」

立っていたり座っていたりする面々が囲む机の上には、金貨と銀貨が何枚か積まれていた。

リゼルがそれを分かりやすいように並べ、穏やかに微笑む。もはや雰囲気からして本来の報酬分けとは違うが誰も突っ込まない。

「金額的に、きっちり七等分できるんですけど」

いきなり言っている意味が分からなくなったアイン達が「???」となっていたが、顔には出ていなかった為にリゼルは気付かなかった。

「俺も色々勉強して、こういう時は等分じゃないみたいで」

イレヴンはポーカーフェイスでプルプルしている。ちなみにリゼルにやらせようと言い出したのは奴だ。

そんな姿を見てジルが呆れたように溜息をついているが、止めようとはしない。やりたいだろうしやらせてやれと思っているのか、面白がっているのか、あるいは両方か。

「アイン君達は先に行って群羊を森から出してくれたし、村の方々にも話を通してくれていたので俺達はとても助かりました」

「いやぁ、そんなそんな」

正直、早めに活動を始めて報酬割合をもぎ取ろうと考えていたアイン達だが思わず照れたように否定してしまった。本来ならばとっくにこの事実を主張している。

「でも俺達の方が羊を多く倒したっていうのもあって」

何恩着せがましいこと言ってやがる、とは怒鳴らない。

事実だ。取り敢えず噛みついて報酬を奪ってやろうと牽制する気も起きない。何故なら言っているのがリゼルだからだ。

「お互い頑張りましたって事で半々だと思うんです」

いきなり大雑把になった。アイン達は思わずリゼルを凝視する。

いやだって強化魔法とか。分断とか。そもそも自分達が必要だったのかとか。ああそうか、だから分け前分の三匹を残されたのか。有難うございます。

「だからアイン君達が四人、俺達が三人なので」

リゼルによって布の上の金貨と銀貨がちゃりちゃりと左右へと分けられていく。

その金額はまさに四対三、まさかの最初の七等分まで話が戻った。そんな馬鹿なと全員の視線が報酬へと固定される。

半々ならば半々じゃないのか。そこで何故人数を考慮するのか。全員頑張りましたって事なのか。そうなのか。何だか納得してきた。リゼルが言うならそうなのだろう。全人類に幸あれ。

「こう、でどうでしょう」

「良いと思います」

アイン達は冒険者になって以来、初めてこの上なく平和な気持ちで依頼を達成させた。

その数日後。

「ランクも同じテメェらが従えって誰に向かって言ってんだゴラァ! 無意識に従うレベルになって出直して来いやぁ!」

「はぁ!? 余所のパーティ強化する訳がねぇ!? リゼルさんしたけど!?」

「何でテメェらが報酬仕切ってやがる、ァア!? 許してねぇーーーよ!!」

平和な気持ちは直ぐに消え、元に戻ったアイン達が元気に依頼を受ける姿が目撃された。