作品タイトル不明
137:聖杯にするか真剣に悩んだ
リゼル達三人は疑問を浮かべ、一枚の紙を覗き込んでいた。
「“アスタルニアより来訪、および帰還から十日以内の者”」
王都帰還から三人で受ける初依頼、それを選びにギルドへと訪れている。
周りにそれなりに驚愕されたり、それなりに生暖かい目で見られたりしているがリゼル達は流していた。元々気にしないというものあるが、反応に若干慣れて来たというのもある。
そしてリゼルが依頼ボードから見つけ出したのが、今手にしている依頼用紙だった。
「依頼人が、教会」
依頼人から依頼内容まで、冒険者への依頼としては異色な内容に思わず手が伸びてしまった。
「教会って何すんの?」
「信仰」
「分かんねぇー」
「俺も良く知らねぇんだよ」
自身を挟んで交わされる会話に、リゼルは成程と頷いた。
此方の世界に来た時から思っていたが、人々は信仰をあまり意識しない。それ関係の職にでも就いてなければ、“何かあったらお祈りする”程度の認識しかないだろう。
元の世界でも似たようなものだったので、リゼルも気にしていなかった。本さえほとんど無いのが少しだけ残念だが。
「こっちの世界も自然崇拝ですよね」
「あぁ。何処もそうなんじゃねぇの」
「他には何かあるんですか?」
「見た事ねぇな」
言い方的にリゼルの世界でもそうなのだろう、と思いながらジルはとことこと依頼ボードの前から離れて行くリゼルを目で追う。
興味深そうに依頼用紙を眺めながら、同じくそれを覗き込むように肩を寄せていたイレヴンを引き連れての行先は依頼受付カウンターだ。既に依頼を受ける事は決定したらしい。
「王都は……大地信仰、でしたよね」
「まぁ有りがちだよな」
「アスタルニアは星だったッスよ」
「流石、船乗りが多い国ですね」
リゼル達は一番空いている列、ではなくスタッドが対応している窓口に並ぶ。
意外な事にスタッドの窓口に並ぶ冒険者は少なくない。勿論一番空いている列に並ぶのが基本だが、正確かつ手早い仕事っぷりは朝の人に溢れるギルドにおいて非常に重宝される。
「やっぱり村単位で違ったりするんですか?」
元の世界では場所が変われば信仰も変わった。
それこそ村単位で違う。身近なものを信仰の対象とする事が多いので、それも当然の事だろう。
「あー、どうだろ。魔鉱国とかは岩石……巨石? だった気ィする」
「場所によるだろ」
ならばやはり元の世界と変わらない。
リゼルは改めて納得し、そうなると依頼内容は一体どんなものなのだろうと少し楽しみになる。簡易にまとめられた文面からは詳細が読み取れない。
「リーダーんトコは?」
「ん」
声をかけられ、依頼用紙に落としていた視線を上げる。
「うちの国でも場所によって色々ありました」
「なら一番有名なの」
「そうですね……主流なのは月でした、月信仰」
「へぇー」
納得したような意外なような。そんな表情を浮かべる二人に可笑しそうに笑い、リゼルは一組分進んだ列を二歩詰めた。
太陽、月、大地、山、風だったり雷だったりと、自然崇拝の対象は多々存在する。それらは互いに無くてはならないものだからか、信仰するものが違っても他を否定することは無い。
「祭事とかあんのか」
「ありますよ。一年に一度、一番大きな満月の夜にお祭りがあります」
「リーダーも行った?」
「俺達は、神官が取り仕切る格式高い祭事へ参加しなきゃ駄目だったので」
苦笑するリゼルに、ジル達から同情の視線が飛んだ。貴族も大変だ。
「なら慣れたもんじゃねぇか」
ジルの手が伸ばされ、リゼルが持つ依頼用紙を指先でぱしんと弾く。
依頼内容にあるアスタルニア云々という説明の下には、“祭事の手伝い”という文字が綴られていた。
スタッドに依頼の受諾手続きをして貰い、その際に説明を受けた教会の場所へとリゼル達は向かう。ちなみにリゼルが贈ったペーパーナイフは、スタッドの机の上にきちんと置かれていた。
「ここら辺じゃねッスか」
「三角屋根と丸い窓と、レンガ造り……あれでしょうか」
「あれ服屋じゃねぇの」
通り沿いの建物を見るリゼルに、ジルも視線をそちらにやりながら否定する。
ギルドの近くから馬車に乗ること三十分、中心街に入って歩くこと二十分、イレヴンの言う通りそろそろ見えてくる筈だ。スタッドも大きな建物ではないと言っていたし、一目で分かるほど目立つ建物でも無いのだろう。
「通り沿いにあるって言ってましたよね」
「もう一本裏の道なんじゃねぇの」
「いえ、ここで合ってる筈なんですけど」
「ちょい聞いてみる?」
言うや否や、イレヴンは軽い足取りで通りがかった女性へと声をかけていた。
ああいうフットワークの軽い所が彼の長所だろう。愛想良く質問している姿を、声をかけて身構えられないって良いなぁとリゼルは感心したように眺める。
「俺が声をかけると凄く緊張させるから、何だか申し訳ないんですよね」
「怯えられるよかマシだろ」
「君は仕方ないです」
「お前に言われたくねぇ」
互いにどうしようもない事を擦り付け合いつつ、外面の抜群なイレヴンを見た。
彼こそ誰より恐れられる筈なのに、と思わないでもない。イレヴンの裏の顔に比べれば貴族も一刀も可愛いものだろうと二人は常々思っている。
「あんがとー」
快く教えてくれたらしい女性に、イレヴンが手をひらひらさせながら戻ってきた。
「何かすっげぇ見られてた?」
「てめぇは得だよな」
「は?」
「あの気安さが俺には無いんでしょうか」
「何が?」
謎の感想を送られつつも、まぁ良いかとイレヴンは今まで歩いて来た通りの先を指さした。
広い通りは人通りが途切れることなく、近付いて来る馬車がガラガラと音を立てて通り過ぎていく。その音が声を掻き消さなくなるまで待って、イレヴンはひょいひょいと指を動かしながら口を開いた。
「やっぱもうちょい向こうだって。真っすぐ行って、十字路二つ目から二軒目」
「あ、もう少しでしたね」
そして歩くこと少し、リゼル達は目的の教会へと辿り着いた。
多少周りと違う形はしているが大きさは変わらず、すっかり周囲と馴染んでいる。特徴を聞いていなければ通り過ぎていたかもしれないと、教会の前に立ち止まり何となく眺めた。
「忙しそうですね」
「つか何も無ぇじゃん」
祭事、というからには準備に追われているのだろうか。開け放たれた扉から見える室内では、いかにもそれらしい恰好をした二名の男女が慌ただしく動き回っていた。
内部はイレヴンの言う通り、ほとんど物が置かれていない。高めの天井に等間隔で並ぶ柱と、その奥にある一段高くなったスペースに大き目の石碑があるぐらいだ。
「取り敢えず声をかけてみましょうか」
リゼルは教会へ一歩入ると、しゃがんでせっせと石床を拭いていた女祭司が此方に気付いた。
反射的に開きかけた口は、何を言うでもなく開いたまま止まっている。何故此処に、と言わんばかりの顔はリゼル達の来訪に全く心当たりがないと告げていた。
「お忙しい所すみません。ギルドから依頼を受けたんですが」
「え、ああ、有難うございま……え?」
盛大に疑問を浮かべる女祭司だが、その視線をリゼルからジルへ、そしてイレヴンへ動かしてようやく冒険者が訪れたのだと理解したようだ。
彼女は自らを落ち着けるように一つ咳払いし、すっと立ち上がる。その後ろでは未だに事態が呑み込めない男祭司が、ポカンとしながら何故か手元の蝋燭とリゼルを見比べていたが。
「この度は本祭事へのご協力を賜りまして誠に有難うございます」
「詳しい説明は現地で、と伺ってるんですが」
「ええ、ご説明させて頂きましょう」
女祭司は白い祭服をはたき、此処では椅子も無いからと近くの喫茶店へと案内してくれた。
まだ朝と呼べる時間帯なので席は充分に空いている。丸い机に四人で腰掛け、人数分の飲み物が運ばれてきた所で説明は始まった。
「何か頼んで良い?」
「あまりたくさんは駄目ですよ」
依頼中だというのにお構いなしなイレヴンによって若干出鼻は挫かれたが。
「ええと、それでは依頼内容から説明させて頂きますね」
「お願いします」
微笑んだリゼルに、祭司はほっと安堵したようだった。
冒険者を相手にする以上、相手がまともに話を聞かない可能性もあっただろう。現にイレヴンは既に食に走っているし、ジルは見た目からしてガラが悪い。
それでも冒険者ギルドへ依頼を出したのだから、相応の理由があるのだろう。
「依頼用紙には“祭事の手伝い”、とありましたね」
「ええ、その通りです。貴方方に実際に祭事へと参加して頂きたいと思います」
「準備とかじゃなくて?」
「準備もですが、本番にも」
聞き取りやすい言葉遣いでそう告げた祭司は、イレヴンの疑問へもっともだと頷いてみせた。
「その理由を説明するとなると、少し話が長くなりますが……」
「俺としても興味があるので、是非」
「有難うございます」
リゼルが促せば、祭司の唇へ少しばかり嬉しそうな笑みが浮かぶ。
言葉も聞き取りやすいし、人に教えることを好んでいる所を見ると本業は教師なども有り得るかもしれない。リゼルはそう思いながら紅茶を一口飲み、そして届いたキッシュに早速齧り付くイレヴンに苦笑した。
「この王都では大地が信仰の対象となっておりますが、これは大きく分けて“豊穣の恩恵”と“旅人への祝福”という面を持ちます」
「豊かな土地ですし、豊穣は納得ですね。旅人は……歩む大地っていう解釈で良いんでしょうか」
「おっしゃる通りです」
大地は人々へ様々なものを齎し、果てしなく広大でもある。
その果てを目指し歩み続ける旅人へ祝福を、旅人は歩みを与えてくれる大地へ感謝を。そういった謂れから、親しい相手が遠方へ赴く際には教会に無事を祈りに来る者もいるらしい。
「今回の祭事は、御恵みへの奉謝の儀式となります」
成程、とリゼルは頷いた。
そしてジルは顔には出さないまま良く分からんと思っているし、イレヴンは理解を放棄してプレートに付いて来たパンの盛り合わせを次々と消化していっている。この手の話題だとピンと来ないのも仕方ないだろう。
「自然とは様々なものが密接に関係しています。大地も例に漏れず、降り注ぐ太陽と、根を張る植物と、砂を運ぶ風と、それら全てと御力を分かち合っています」
「だから、それらを信仰する土地から来た人間が必要なんですね」
随分と理解の早い冒険者に祭司は目を瞬かせ、そして直ぐに納得した。
荒くれ者のイメージが強い冒険者達だが、目の前に座っている男は穏やかな瞳に嫌味の無い知性を滲ませている。分からない筈がないかと、そう思わせる程に。
何故冒険者をしているのかと不思議に思いつつ、彼女は説明を続けようと口を開いた。
「ええ。余所の土地の御力を分けて頂き、奉謝の証とする……それが祭事の目的です。ですから、貴方方に祭事への参加を依頼しました」
それならば、依頼用紙にあった“王都に到着して十日以内”というのも納得だろう。
出来るだけ直前まで、その土地に居た者の方が良い。アスタルニアなど遠いのだから、移動の日数も考えるとより期限がシビアになる筈だ。
「俺達は魔鳥で帰って来たし、条件にはピッタリですよね」
「まぁ間違いなく最短だろうしな」
魔鳥とは、と祭司は不思議そうだ。
それを尻目にイレヴンがスープのカップを一気に飲み干し、ぎしりと背もたれに体重をかけながらリゼルを見る。
「なァんか良く分かんねぇんスけど、つまりどゆこと?」
「チョコレートを貰ったお礼にチョコレートを返すのは変だから、別のものでお返ししましょうって事です」
「あ、分かった」
身も蓋も無い。しかし否定しようにも間違っていないのだから困る。
思わず遠い目をする女祭司に、リゼルは申し訳なさそうに微笑んだ。信仰を貶める意図が決して無いことだけは分かって欲しい。
「でも星っつーのは?」
「え、ええ、夜道を行く旅人に方角を教えてくれるものですから」
「あー、成程」
「今回のアスタルニアっていうのは、誰が決めてるんですか?」
「その都度決められている訳ではありません。この祭事は一年に一度あるんですが、十二年の周期で分けて頂く御力が決められていまして、太陽、木、水……と」
それからはリゼルの質問が絶好調だった。
忙しいだろうに快く教えてくれた彼女だが、リゼルの予想通り普段は教師をやっているだけあって満更でも無いのだろう。家が代々役目を引き継いでいる為に、こういう行事がある時だけ祭司として取り仕切っているだけだ。
「もし該当する相手が居なければ――――」
「その際は縁の強い方を探して――――」
ジルは楽しそうならば良いと放置し、イレヴンは追加のパスタを頼んでいた。中心街にある店だけあって美味しいらしい。
そしてイレヴンもそれらを完食し残った紅茶も冷める頃、満足したのかリゼルはゆるりと微笑んだ。
「お話、とても興味深かったです。ご教授頂き有難うございます」
「いえ、私こそお話に夢中になってしまって」
「光栄です」
恥じ入るように頬に手を寄せ告げた祭司に優しく笑みを深め、リゼルはそろそろ本題に戻った方が良いかなと髪を耳にかける。
「それで、祭事への参加は三人共が良いですか?」
「いえ、御一人様にお願いしようと思っております。他の方は準備の方を手伝って頂ければと……所作などを覚えて頂く関係で、私がその指導に当たるものですから」
「そうですか」
そして相槌を打ちながら、失礼にならない程度に向かいに座る祭司を見た。
首から下げられた帯状のストラ以外、首元から足の先まで真っ白でゆったりとした祭服を彼女は身に着けている。リゼルは小さく首を傾け、問いかけた。
「俺達も着替えた方が良いんですか?」
「え? ええ、今までもご協力頂いた皆様に着替えて頂いておりますが……勿論、貸し出し用の祭服は取り揃えております」
不思議そうな祭司の視線が注がれる中、リゼルとイレヴンがジルを見た。
見つめ合うこと数秒。露骨に顔を顰めるジルを尻目にリゼルとイレヴンはスッと視線を交わし、そしてどちらからともなくコクリと頷いた。
「ジルは無しで」
「ッスね」
「おい」
ジルとて祭事に参加したい訳ではない。むしろ避けたい。
だが取り敢えず一言文句は付ける。判断基準が予想出来るだけに余計に。
「逆に見てみたい気もするんですけどね」
「煩ぇ」
「えー、俺そんな勇気無ぇッスわ痛ッッて!!」
揶揄う気満々でニヤニヤと笑っていたイレヴンは、もれなく脛を蹴られて撃沈した。
祭司が驚き、机に突っ伏して動かないイレヴンにオロオロとしているのをリゼルが宥める。ただのコミュニケーションだから、と言えば納得されたあたりに一般国民の冒険者観が窺えた。
「俺としては、イレヴンが良いと思うんですけど」
「……何で?」
突っ伏した頭を指先で撫でてやりながらリゼルが言えば、のそりとイレヴンは顔を覗かせた。
ちなみにジルが祭司を窺えば、リゼル以外の選択肢が続々と飛び出すことに呆然としているようだった。まぁそうなるだろうと内心で納得を示す。
「アスタルニア出身な分、俺やジルより向いてそうじゃないですか」
「でもショサとか言ってたじゃん、俺ムリー」
やるからには最善を求めるリゼルだが、触れる指先に微かに瞳を細めているイレヴンは乗り気では無いようだ。
信仰というのは祈りであり、何より心でもある。折角のアスタルニア出身も、こうも面倒くさがっては活かせないかもしれない。
そんな事を極々真面目に考えながらリゼルは指先を離し、申し訳なさそうに祭司を見た。自身としても、そう大した信仰心がある訳ではないが。
「そういう事なので……参加するのは俺になりそうなんですが、大丈夫ですか?」
「是非お願いしたく思います」
心なしか身を乗り出す勢いで即答した祭司が力強く頷いた。
「では早速、祭事の流れを教授させて頂きますね。そちらの御二方は恐れ入りますが、弟について祭事の準備をお願い致します」
「じゃあ、また後で」
「あぁ」
「本番? っつーの? 何時から?」
「お昼の二時の鐘がなると同時に始める予定です」
そうなると十分に時間がある。恐らく昼食を食べての開始となるだろうし、ゆっくりと食事がとれそうだ。
リゼル達はそんな事を話しながら、腰を落ち着けていた店を出て行った。
そうして各自祭事の準備を進め、途中で中心街で美味しいと評判だという店へと昼食を取りに行き、そして最終的な細々とした調整を重ね終えたのが祭事開始の十五分前。結構ぎりぎりだった。
どちらかといえば殺風景だった教会も様々なものが整えられ、華美では無いが祭事を行うに相応しい場となっている。
「まさか屋根から拭かされるとは思わなかったッスね」
「つうか荷物ぐらい運びこんどけよ」
姉弟祭司が普段は本業の方にかかりきりなのは分かったが、まさか本当に一からの準備だとは。男祭司はジルとイレヴンにしきりに謝り通しだった。
掃除ぐらいは周囲の手も借り定期的に行っていたようだったが、本格的な清掃は毎年この日に行っているのだろう。屋根だろうと何だろうと危なげなく上るイレヴンと、重い台車をため息交じりに軽々運んだジルのお陰で全力で教会内を磨き上げる余裕が出来た男祭司によって、歴史は感じさせながらも清潔感溢れる教会へ無事生まれ変わった。
「あー疲れた」
「良いだろ。後は見てるだけだ」
「そうだけどさァ」
正直イレヴンはリゼルが祭事に参加する事実がなければサボッた。
「何か人も集まって来てっし」
祭事とはいえ、集まっている人々はほぼ見物客気分だったりする。姉弟祭司の知人であったり、近場という理由で教会に縁のある者達だったりするのだろう。
リゼルが以前とある弟子たちを信者と称したが、実際の信仰であそこまで熱心な信者というのはなかなか居ない。数少ない本職か一部地域でのことか、あるいは物語の中のことだ。
「こんだけ集まりゃ見栄張りたくもなんだろ」
「磨いた意味があんならいいけど」
徐々に教会の周りに集まって来る人々を眺めながら、そんな事を話していた時だった。その周囲がざわりと騒めくと同時に視界の端に白を見つけ、二人揃ってそちらを見る。
「ジル、イレヴン、お疲れ様です」
そこには祭服を求められた以上に着こなしたリゼルが居た。
第一印象は白。祭司らのストラは濃紺だが、リゼルのものは刺繍があるとはいえ此れも白い。しかし祭司らより数多つけられた装飾が決して質素には見せず、清廉かつ高貴な色を強めている。
髪につけられた銀の装飾が、歩く度にシャリンと軽やかな音をたてた。
「ハマり過ぎだろ」
「良いことじゃないですか」
思わず真顔で突っ込んだジルに、似合わないより良いだろうとリゼルはほのほの笑う。
すると、楽しそうに寄ってきたイレヴンがにんまりと笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。好みに煩い彼のお眼鏡には適ったようだと、リゼルは微笑み労う様に赤い髪を一度撫でる。
「目、コレ塗ってんスか」
「塗ってます。簡単にとれるみたいだから、あまり触っちゃ駄目ですよ」
ついついと目尻の紅に指先が触れるのを、くすぐったそうに目を細めて受け入れる。極一部分とはいえ、顔に何かを塗るのは初めてなので新鮮だった。
「ニィサンと違って白も似合うし」
「そうですか?」
一言多い、と嫌そうに顔を顰めるジルに可笑しそうに笑い、リゼルは自らの衣装を見下ろした。そしてその色を改めて確認し、ゆるりと顔を綻ばせた。
「ちょっと嬉しいです」
「似合うのが? 何で?」
「白は、俺を守ってくれる色なので」
イレヴンは“黒じゃなくて?”と無意識に零しかけ、しかし口を噤む。
普段から対等だからと称するパーティメンバー相手に、守ってくれるなどとリゼルは決して言わない。告げられた言葉に含まれるのは、いっそ守られるのが当然だという傲慢と絶対的な信頼だった。
ならば、とジルとイレヴンは思い至る。時折リゼルの口から聞く、その存在を。
「白い軍服だっけ?」
「はい」
国の端に位置し敵国から狙われやすい領地を、そこを治める公爵家を、そしてリゼルを生まれた時から守り続けて来た守護者たち。軍帽から軍服に至るまで白い彼らは、いつでもリゼルを守ってくれた。
そして変な生物もくれた。リゼルにとっては可愛いペットだが。
「ケセランパサランも白だし、縁起が良いですよね」
「何で毛玉の色で縁起が良いんだよ」
「ほら、幸せを運ぶ精霊ですし」
「精霊いねぇんだろ」
そういう伝承が残ってるんだから良いじゃないか、とリゼルは今も実家の書庫でふわふわしているだろう白い姿を想う。ペットとお揃いというだけでちょっと嬉しい、という飼い主あるあるだ。
「それではそろそろ開始のお時間となりますので、ご準備下さいね」
「はい、分かりました」
自らの成果を誇るようにリゼル達のやりとりを眺めていた女祭司が、交わされる謎の会話に盛大に疑問を浮かべながらも礼をして去って行った。
そして不必要にうろついていた自らの弟を捕まえ、教会へと入っていく。その際に周囲の見学者に声をかけるのも忘れていない。
「しっかりしたお姉さんですよね」
「だからかなァ。あの弟ずっとビクビクしてたんスよね」
「まぁ頼れるようには見えねぇな」
いきなりジルとイレヴンと三人きりにされれば誰もがそうなるだろう。そう突っ込む人間は此処には居なかった。
何かちょっとやつれてるような、なんて不思議そうに男祭司を見るリゼルも勿論論外だ。むしろ彼ほど躊躇なくジル達を使える人間も滅多にいない。
「そういや長いのか、祭事」
「いえ、流れを聞く限りそれ程でもなさそうです」
「リーダー何かすんの? 祈ったり?」
「俺はほとんど居るだけですね」
祭事当日に捕まえた冒険者に難しいことなど求めないだろう。
リゼル達が来なければ、取り敢えず他に見つけていたアスタルニア出身者に頼む予定であったという。
「教会の石碑まで歩いて、そこで祭司さん達の祝詞を聞いて、聖水とかを飲んだりして帰って来るだけです」
「祝詞?」
「御祈りですよ、決まった言葉の御祈り」
「ふぅん……聖水は?」
「清められた水の事です。色々あるみたいですけど、今日使うのは祭司さん達が準備したみたいですよ」
良く分からん、と言わんばかりの二人に微笑み、そしてそろそろかとリゼルは教会へと向いた。揺れた頭の装飾が、シャラシャラと心地よく耳をくすぐる。
「あ、呼ばれてますね。じゃあ行ってきます」
「リーダーファイトー」
「無駄に全力出すなよ」
ジルの言葉に一体どういう意味なのかと首を傾げながら、リゼルは姉弟祭司の元へと向かっていった。
三人で確認するように言葉を交わし、時々頷いている光景をジル達は人ごみの最前列で眺める。徐々に増えて行った人垣はそれなりの人数となり、彼ら三人を囲むように騒めいていた。
「まー慣れたもんッスね」
「そりゃな。幾らでもこなしてんだろ、こんなもん」
女祭司もさぞ教えるのが楽だっただろうと、そう話している内に遂に二時の鐘が周囲へと鳴り響いた。
教会の前、リゼルを先頭に祭司らも並ぶ。左右の後ろに付き従うように立っている祭司の手には、それぞれ銀の水瓶と小さなベルが握られていた。
リーン、と澄んだベルの音が周囲に響くと同時に人々の騒めきも止む。
「今年の方は、雰囲気があるわね」
「何処の高貴な方かしら」
ジル達の隣で、良い身なりをした女性二人が囁き合う。ただの冒険者です、だなんて戯れるように内心で呟きながらジル達は一歩ずつ教会に入っていくリゼルを眺めた。
その時、ふとイレヴンは視界の端に違和感を捉える。そちらを見ると、見覚えのある肉欲系痴女が何やら地面に崩れ落ち荷物をぶちまけ両手で顔を覆い天を仰ぎ信者も真っ青な程に猛烈な感謝の祈りを捧げていた。
しかし其処にあるのは確実に信仰などでは無い。忌むべき欲望だ。イレヴンは見なかったことにした。
教会の石碑の前から伸びた絨毯の上を歩み、その姿が開け放たれた扉を過ぎたころ。人垣はその輪を縮め教会を覗き込む。
それ程大きくはない教会だが、天井は高い。扉の上にはめ込まれた丸いステンドグラスから差し込んだ光が、高く上った太陽の光を取り込み幻想的に教会内を照らす。
その光が最も集まるのが、教会奥の中心に位置する石碑だった。
石碑の前にたどり着いたリゼル達が足を止め、そして一礼。
美しい所作で行われたそれと、ゆるりと頭が持ち上げられスッと伸びた背筋に人々は誰からともなく感嘆の息を吐いた。
「ちょい仕事モード入ってね?」
「基本真面目だからな」
国の豊穣に関わる祭事、と聞いたリゼルが敢えて手を抜く事はない。数ある行事の内の一つでしか無かったとはいえ、今まで参加してきた祭事と同じように行うだけだ。
そして、再度リーンッとベルの音が響く。
教会内で反響する音色に包まれる中、リゼルが静かに膝を曲げた。両膝を敷かれた絨毯につき、立てた踵の上に腰を下ろす。背筋は伸ばしたまま掌をそれぞれ足の上に添え、視線を伏せるように瞼を閉じる。
シャリン、と髪飾りが揺れる。同時に、リゼルを挟み向き合うように立った祭司二人の唇が開かれた。
「大地に祝福を」
「恵みに返礼を」
祭司らは持っていた水瓶とベルを、石碑を囲むように置かれた台へと乗せた。
そして、代わりに手に取るのは教典。巻かれたそれを広げ、捧げるように両手で持ち祝詞を唱え始める。
その朗誦はまるで歌のようで、教会の空気を澄んだものへと変えていくようだった。人々がうっとり聞き惚れ、眼前の光景を目に焼き付ける中、ふとイレヴンが口を開く。
「飲まねぇのかな」
「あ?」
小さく囁かれた言葉に、ジルが微かに眉間へ皺を寄せる。
視線の先でイレヴンの唇が酷く愉快気に歪み、その指先がついっとリゼルの方を指した。その先にあるのは、石碑の横の台座に置かれた水瓶。
恐らくリゼルが聖水と称したものだろう。それに対しイレヴンが何を期待しているのかと思いかけ、気付く。酷く嫌な予感がした。
「……おい」
「リーダーが辛そうなの見るのは嫌だけどさァ、それはそれっつうか」
教会内に残響を残しながら、長い祝詞が終わりを告げた。
女祭司が教典を片手で持ち直し、そして水瓶へと手をかける。その底を教典で覆うように支えながら、男祭司が持つ銀の杯へとそれを注いだ。
その杯が、リゼルへと手渡される。
「恵みを、その身に」
リゼルが杯を受け取った。
ジルが苦虫を嚙み潰したような顔でイレヴンを見るも、抑えられない歓喜を滲ませたイレヴンの愉悦に歪んだ瞳が返されるだけだった。やろうと思えば誰にも気付かれず水瓶の中身を入れ替えられた男は、今この瞬間を待ち望んでいたのだろう。
リゼルの唇に杯が触れる。
両手を添え、傾けられたそれから一口の聖水が流れ込んだ。コクリ、と喉が動く。
そして頤を上げ、杯の残りを飲み干した。シャリ、と髪飾りが揺れる音と共に濡れた唇から銀の杯が離され、そして。
教会内の空気が、清廉に張り詰めた。
「ほんっとーにちょっとしか入ってないっぽかったし、心配してたんスよね」
「どうすんだよ、あれ」
「ハハッ、完ッ全に仕事モード入ってんじゃん」
驚愕に目を見開いた祭司らの前で、リゼルが石碑へ添えるように杯を置く。
そして静かに立ち上がり、一礼。数秒下げられ、そして再び持ち上げられる所作は先程と何も変わりが無い。しかし息を呑むほどに溢れる清廉な高貴さが、それらを全く違うものに見せていた。
だが行う所作は予定されていたもの。それだけで辛うじて驚愕を抜け出した祭司らが、もはや無意識の動きで祭事を続けた。
リゼルが振り返る。伏せられた視線が持ち上げられ、ゆるりと浮かべられた微笑みに誰もが視線を縫い止められた。
祭司らも扉を振り返り、教典を捧げながら深く頭を下げる。そして下げた頭が持ち上げられない中、リゼルだけが扉へと歩を進めた。
扉に詰め掛けていた人々は正面を避け、道を開けるように後ずさる。それは決して恐怖ではなく畏敬であり、誰かが一人でも頭を下げれば全員が続いただろう緊張感を孕んでいた。
凛とした姿勢で歩んでいたリゼルが、ゆっくりと教会の扉を潜る。
そして伸びた絨毯の上を真っすぐに歩き、祭事の開始となったその端まで辿り足を止めた。リーンッ、と何処からかベルの音色が響く。祭事の終了だった。
余所の喧騒さえ遠い静寂が落ち、誰もが白い祭服をまとった存在の次の挙動を息を呑んで待つ。そしてついに何かを告げようと、その唇がゆるりと開かれた時だった。
「てめぇがついてけよ」
何時の間にか立ちふさがったジルにより、その唇が塞がれた。
展開に付いて行けない人々が声を上げる間もなく、ジルは直後リゼルの口を塞いだ手とは逆の腕を伸ばす。その手が握ったのは通りがかった馬車の後ろ車輪、人だかりを横切るからとギリギリまで速度を落としていたとはいえ、強制的に齎された停止に馬車を引いていた馬は前脚を振り上げ嘶いた。
「はいはーい」
一体何がと馬車に乗る御者が騒ぐよりも早くイレヴンが馬車の扉へ飛びつき、軽い動作で開け放つ。
そこには見知った顔がいた。使い慣れた道での無謀な襲撃者に感情なく薄っすらと笑っていた顔が、意外そうに一つ目を瞬かせ、そして喜びを露わにした笑みに変わる。
「リゼル殿!」
壮年ながら快活な声を聴きながら、ジルはリゼルの口を押さえていた手を離した。
そしてその唇が言葉を紡ぐ前にと、祭服ごと腕を掴み馬車へと放り込む。機嫌良さそうなイレヴンがそれに続く様に滑るように潜り込んだのを確認し、少しばかり乱暴に馬車の扉を閉めた。
騒ぐ御者と、それを窘める馬車の持ち主の会話が漏れて聞こえること数十秒。馬車は何事も無かったかのように走り去っていく。
「依頼に片付けの手伝いは含まれてんのか」
ぽかんと見送るしかない人々の中、何が起こったのか分からないとばかりに教会から出て来た祭司ら二人へとジルは何事も無かったかのように問いかけた。
「えっ、ええ、一応は……」
「ならその分引いてギルドに報告してくれて良い」
「え? あの」
「払いたくねぇっつうなら報酬もいらねぇ。良いな」
念を押すように言えば、コクリと祭司らが頷いた。
それを確認し、ジルはぐしゃりと髪を握りながら盛大に溜息をつく。そして直ぐさま去って行く姿を、残された祭司二人は茫然と眺めていた。
「……姉さん、どうする?」
「祭事は大成功だったし、おっしゃった通り片付け分だけ引けば良いんじゃないかしら……いえ、御伝えしてあった金額をお渡ししても良いのだけど」
「俺らさぁ、今日神降ろし出来た……?」
「私には分からないわ……」
彼らの後ろではようやく正気に返った見物人たちが興奮を露わに騒ぎ始めていたが、暫く立ち尽くしていた二人の耳には入って来なかった。