軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

96:勝てる勝負にしか出ない

派手な祭りが多いアスタルニアで、一番盛り上がる祭りである“船上祭”を迎えた当日。

国中は熱気に包まれ、そこかしこから大きな笑い声と驚嘆の叫び声が聞こえ、浮ついた空気に煽られ更に興奮する。人々は静かに歩く事も出来ず大人でさえ弾むような足取りで港へと向かっていた。

家の中にいようと聞こえる喧騒は騒がしく、しかし嫌にならないどころか笑みさえ浮かばせる。それに漏れず宿主も昼から祭りに突撃しようとふっと笑みを浮かべ、掃き掃除をしていた箒を握りしめながら三つ個室が並ぶ二階の一角をおもむろに見上げた。

「まさかの起きてこないっていうね」

別に全く予想外という訳ではないのだが。

早朝は過ぎたような時間だが、いつもリゼル達が冒険者として活動しない日には寝ている時間だ。起きてこないということは今日は依頼を受けない日ということで、だからこそ祭りに参加する証明となる。

しかし此処までいつも通りというのはどうなのか。折角の祭りなのだし早く起きて繰り出そうとするものではないだろうかと思わずにはいられない。

その時、ふいに扉が開く音がする。宿主は箒を下ろしながらそちらを見た。

「おかえりなさーい一足先に祭りを堪能……するわけないですよね分かります」

一瞬向けられた視線に口元を引き攣らせる宿主を、興味が無いと言いたげにジルは視線を外し階段へと足を進める。口振りからして未だリゼルは起きていないのだろうと、自分の部屋ではなく真っ直ぐにリゼルの部屋へと向かった。

扉の前でドアノブに手を伸ばしながら一瞬中の様子を窺う。間違いなく寝ていることを確認し、ノックもなくそのまま扉を開いた。

「おい」

薄暗い部屋に慣れない瞳を一瞬細め、閉め切った空間がどことなく暑苦しいと襟元を広げながらベッドへと歩み寄る。その際、起こす為というには少しばかり静かに声をかけてみたが当然リゼルは反応を返さなかった。

ベッドの脇に立ち、眠っている顔を見下ろす。いつもは横を向いて寝ているが珍しく体を表に向けているなと何でもない事を思いながら手を伸ばした。

「起こせっつっただろうが、起きろ」

昨日の夜、祭りに行くから朝それなりの時間になったら起こしてといっていた姿を思い出す。どれだけ冒険者を続けようと相変わらずリゼルは寝起きが良くない。

微かに傾いた顔の頬にかかる髪を、普段彼がやるように指先で掬い耳へとかけてやる。流石に違和感を感じたらしく、微かに伏せられた睫毛が震えた。

そのまま視線を滑らせ、普段は一番上までしっかりと留められているシャツのボタンが一つだけ外れているのに目を止める。何かの拍子に外れたのか、恐らくどれ程寝苦しかろうと自分で外すことはないだろう。

「起きねぇなら寝かせとくぞ」

伸ばした手をゆるんだ襟元に持って行き、ジルは外れたボタンを片手で留めてやる。それでも決して息苦しくはならない筈の首元でコクリと小さく動いた喉に、喉が渇いているのかと思いながら口を開く。

「おい」

「ん……」

何度目かの呼び掛けに、リゼルはようやく薄らと目を開いた。

そのまま低い声の持ち主を探すように顔を動かす。さらりと髪が枕を滑る音が耳元で聞こえた。

起きたのを確認し、離れていくジルの掌を視線で追いながら寝がえりを打つように一度シーツの中へと埋まる。それが二度寝の為では無く、名残惜しさの為だと知っているジルはようやく起きたかと呆れたように溜息をついた。

「たばこ、すってました?」

「臭うか」

移ったか、と眉を寄せながら手を口元に引き寄せる。自分では余り分からないが確かに移る事もあるだろう、慣れ親しんだ香りが届いた気がした。

そんなジルを横たわりながら見上げ、リゼルは微笑む。寝起きだからかまどろんだ瞳は穏やかだが何処か甘さが増しているようで、どこぞの年下達が見れば寝ていろ寝ていろと甘やかす事だろう。

「きらいじゃないから、良いです」

「……そうか」

煙草というよりムスクに近い香りが、煙草を吸った後だけ薄らと香るのをリゼルは気に入っている。自分の前では決して吸わなくなった煙草をジルが吸っていたという唯一の証明だ。

髪をかき回すようにくしゃりと乱した掌と、そこから届く微かな香りに目を細めながらリゼルは枕から頭を持ち上げた。シーツに手をつき、乱れた髪を整えながらベッドの上で起き上がる。

「おはようございます、ジル」

「あぁ」

ベッドに腰かけるように座り、ぐっと伸びをしたリゼルが視線を横へと向けた。

視線の先には当然のように部屋の壁、しかしその向こう側にはイレヴンが使用する部屋がある。

「イレヴンは?」

「知らねぇ、まだ寝てんじゃねぇの」

「じゃあ起こしに行かないと」

立ちあがり、着替えようとシャツに手をかけた。順にボタンを外しながら、ぼすんとベッドに腰かけたジルを見る。

その服装は普段着ているものと変わりない。 王都(パルテダ) の建国祭とは違い衣装を変える必要はないと聞いていたが、余りにも普段通りの姿に冒険者装備である必要もないようだと頷く。

しかしジルもイレヴンも普段着だろうと必ずその腰には大剣や双剣を下げているのが彼ららしい。冒険者によって其処は様々だが、かかさず身につけている者は少ないだろう。

自分も銃は常に身につけているようなものだが違う。ベテラン冒険者っぽくて良いなぁ何か短剣でもぶら下げてみようかなどと考えているリゼルを、またアホな事考えているなとジルは呆れた視線で見ていた。

太陽の光を反射する色鮮やかな糸で全体に刺繍を施された分厚く美しい布や溢れんばかりの花々に飾られた屋台が、普段は木箱や市場の広がる石畳の港を埋め尽くしていた。色とりどりの美しい光景は左右どちらを見ても延々と続き、何処からか太鼓の音色が人々の喧騒の合間をぬって聞こえてくる。

そして本来ならば目の前にある筈の何処までも広がる広大な海は、数々の船によってその姿を隠していた。太陽の光に青く煌めく海の上に浮かぶ船達は思い思いに派手な色合いを纏い、今日この日の為に飾られたのだと分かる。

それらの船の上はすでに人に溢れていた。誰もが笑みを浮かべ驚愕に声を上げ、それぞれの出し物を楽しみ子供達は揺れる船の上だろうと構う事無く駆けまわっている。

「あれが中央船、でしょうか」

「そッスよ」

「派手だな」

歩んでいた足を止め、リゼル達が眺めていたのは真っ直ぐに伸びた一本の立派な桟橋の正面に停泊する一際巨大な船舶だった。

普段は貿易などに使われているらしいその船は、ジルの言葉通りどの船より豪華絢爛に飾り付けられていた。見栄を張りたいというよりはただただ全力で祭りを満喫したいと伝わってくるそれに、王族らの本気を見た。

「中央船の乗船は正午からですよね」

リゼル達は平然と桟橋へと足を踏み出す。

この日の為に用意された幅も長さもケタ違いの桟橋は、正面に停められた中央船への階段へ繋がるだけではない。何本もの橋が途中横へと伸びて、他の主要な船へと向かう為の道にもなっている。

そしてその主要船からまた別の船へと橋や板が伸ばされ、海の上で膨大な数の船が繋がれていた。だからこそリゼル達はこの桟橋を渡っているのだが。

「中央船っつっても俺らに関係ねぇじゃん」

「桟橋が混むと嫌じゃないですか」

「あー、成程」

リゼル達は特に中央船の船上パーティーに参加する予定は無い。

パーティーというだけならリゼルは元の世界で慣れているし、そんなリゼルが特に興味を持たないならジルにとってはただ騒がしい場所なだけだし、イレヴンにとってもわざわざ出向かなくても飲食系の出し物は多いので豪華な料理も特に魅力を感じない。

よって行われたという乗船の為の抽選にも参加はしなかったし、アリムに古代言語の授業中にふと「必要なら招待状を用意するけど」と告げられたが断った。そう、と平然と頷いたアリムは今日も元気に書庫に引きこもっている。

「とりあえず何か食べましょうか」

「すっげぇ腹へったー」

祭りの出店で食べれば良いかとリゼル達はまだ何も食べていない。

人々で賑わう桟橋を歩きながら、何が良いかと周りの船を見回した。桟橋の上からでは大きな船は側面しか見えず上で何をしているのか分からないが、それを見越してそれぞれの船は桟橋から見やすい位置に看板をぶら下げている。

「あ、ニィサン見て。地酒大量放出だって」

「どうせ夜までいんだろうが。朝から飲んでたら飽きんぞ」

「酔うんじゃなくて飽きる所が流石ですね。でも、俺も喉渇きました」

「知ってる」

ん、とリゼルがジルを見たがからかうように目を細められただけで返答は無かった。

まぁ良いかと頷き、あの船が良いかこの船が良いかと話し合う。余り遅くなるとイレヴンが耐えられないので、とりあえず近場の船に行って後はブラつきながら何か食べていけば良いだろう。

「じゃあ適当に……あ、あそこの船上レストランなんてどうですか?」

「良いんじゃねぇの」

「俺何でも良い」

普段は何だかんだで選り好みをするイレヴンが何でも良いというのだから余程空腹なのだろう。まだ起きてそれ程時間が経っていないというのに良くそこまで食欲旺盛になれるものだと感心しながら、リゼルは船から縄で下げられた船上レストランの看板を見上げた。

真っ直ぐに歩いていた桟橋を曲がり、少しばかり狭くなった橋を歩く。すぐに船へと繋がる階段があったので其処を登り、一つ小型の船を中継して目的の船へと足を踏み入れた。

アスタルニアらしい、焼けた肌を惜しげもなく晒した少女がにっこりと笑い歓迎してくれる。幼さも抜けるだろう年頃だが、黒い髪に飾られた大きな花飾りが可愛らしい。

「いらっしゃいませー! 三名様ですね」

「はい」

「こちらにどうぞ!」

本当にこの国では子供だろうと冒険者に対して物怖じしないなと思っているリゼルは知らない。余所の国のこんなに品が良い人まで来てくれるなんて嬉しいなぁと、冒険者とは思いも付かず観光客だと思われていることを。

朝食時も過ぎ、昼食にはまだまだ早い時間だからか甲板に少し詰められて並べられた机には幾つか空きがある。船の上に張られたロープには布が被せられ、強い日差しを遮り柔らかな光だけが注いでいた。

「こちらの席をどうぞ!」

「有難うございます」

にこりと微笑みかけると、少女はパチパチと目を瞬いた後にパッと笑みを浮かべた。そしてすぐに三人分の水を持って来て、注文が決まったら呼んで下さいと告げ去って行く。

「これからまだ色々食べるでしょうし、軽くで良いですよね」

「ん、リーダーメニュー」

差し出されたメニューを礼を言って受け取り、リゼルは隣に座るジルにも見えるようにそれを広げた。海上だからか海の幸が溢れるメニューが多い。

各々適当に目に付いたものへと決めてリゼルはメニューを置く。そのまま近くを通りがかった少女に注文を終え、さてと周囲を見回した。

「予想通り賑やかですね」

「あんだけ盛り上がってた建国祭が大人しく思えて来るッスね」

比較的大きな船なので其処かしこに浮かぶ小型の船は見回す事が出来、この船から繋がる隣の船の上など見物気分で眺める事が出来る。ちなみに隣の船で行われているのは昼前だというのに酒盛りで、グラスをぶつけ合う音や笑い声が聞こえてきた。

ふとそちらを見ると、その一角を陣取って元フォーキ団の精鋭が数人騒ぎ立てながら酔っぱらっていた。それでも尚続く飲み比べに、金は払わないんだろうなぁとリゼルはほのほの笑う。

「リーダーこれからどっか行きたいトコある?」

「そうですね……あ、この前漁師さんに釣り大会みたいなのがあるって聞きました」

「お前は何をもってそんなに自信をつけてんだよ」

優勝が狙えるかもしれない、とばかりに堂々と出てみようかと告げるリゼルにジルは突っ込んだ。毒魚しか釣った事が無い釣り歴一回のド素人が何故それ程までに手ごたえを感じているのか。

「酒蔵になってるって噂の船はジル達行きたいんですよね?」

「珍しいもん出るっつうならな」

「じゃあ其処と、俺も流れの本売りが集まる船に行きたいですし」

建国祭でもリゼルは流れの商人から本を購入していたが、アスタルニアでは読書が勉学でなく娯楽の分野で発達している為に商人もそこを狙って来るようだ。リゼルが読むようなものは少ないだろうが、それでも本が集まるならば気になる書物も幾つか見つけられるだろう。

色々な国から本が集まるのだろうと思うと今から楽しみになってくる。アリムにも一冊ぐらい土産として買って行くのも良いかもしれない、今の所こちらの世界では唯一本談義が出来る相手だ。

「でも船が有り過ぎてどこにあるのか分からないですね」

「それなら大丈夫です!」

ゆるりと首を傾げたリゼルに、ちょうど料理を運んできた少女がリゼル達の前に皿を並べながら言う。ちなみに彼女はイレヴンの為に調理場があるだろう船内と机を三往復した。

「停泊してる船と船の隙間を、小さい船が通ってるんですけど。露店代わりがほとんどで、でも宣伝とか案内人の船もあるんです!」

宣伝の船ならば客を乗せて行き、そして宣伝していた船からその都度報酬を貰う。案内人の船ならば客から案内料を貰い好きな場所へと案内する。

そういった商売をしている小舟もあるらしい。ほとんどが手の空いた漁師や作業員、自分の小舟を持つ釣り人などだと言うのだから誰も彼も祭りに便乗して小遣い稼ぎをと思っているのだろう。

「成程、案内人って目印はあるんですか?」

「はい! 船に赤い旗を付けてるのがそうです!」

元気良く頷く少女に、リゼルは褒める様に目を細めて微笑んだ。

少女は思わずぽかりと口を開け、感動したように目を瞬かせていたがすぐにハッと自らがすでに料理を運び終えたことに気付く。焦ったようにごゆっくりどうぞと告げながらそわそわと船内へと入って行った。

「じゃあ食べましょうか」

「腹へったー」

三人は料理を美味しく食べながら今日一日の予定を話し合っていた。

「あ、ありました釣り体験」

「ほんとにやんスか」

「やります」

時折上空を通過する魔鳥の影を見上げながら、リゼル達は船上祭を満喫していた。

なんてことない船を通り抜け、船と船とを繋ぐ板が揺れる揺れるとバランスをとり、すれ違う人々に時折二度見されながら辿りついたのは以前リゼルが酒場で作業員の男達に聞いていた釣り体験の船だった。

釣りなどアスタルニアの国民は慣れていて今更だが、其処かしこに似たような船はある。釣った直後に自ら釣り上げた魚を調理して貰えたり、魚の種類や重さによって景品があったりとただの釣りには収まらない特典が付けられている事が多い。

「おう、冒険者殿が来るたぁ箔が付くなぁ。どうだ、釣りの面白さってもんが分かったか!」

「今日はリベンジです」

「あぁ、そういや……」

釣り竿を担ぎながら声をかけてきたのはリゼルの釣り初体験の時に桟橋を貸してくれた漁師だった。この船では釣った魚をすぐに焚火で焼いてくれる。

以前釣り終えた際、どうだ釣れたかと覗き込んだ籠の中に大量の毒魚が入っていて口元を引き攣らせた漁師は、そうかリベンジかと納得したように頷いた。しかしあの大量の毒魚を持ちかえって一体どうしたのだろうか。

「釣り竿一本の貸し出しで銅貨三枚。三匹までは無料だがそれ以降は一匹ごとに銅貨一枚で調理すんぞ」

「じゃあ俺だけで」

リゼルはごそりとポーチを漁り、財布を取り出して銅貨三枚を漁師へと渡す。

釣り竿を受け取ったリゼルが何処で釣るのが良いのかと甲板をウロ付くのを、漁師は竿を担ぎながら眺める。以前も思ったが何と釣り竿が似合わない男なのか、あのリゼルの釣り初挑戦の日の夜は飲み屋で余りの似合わなさにいっそ感動したと盛り上がってしまった。

思ったことをすぐ口にする漁師でも、何故かリゼルを前に堂々と似合わねぇなと爆笑は出来ず内心で思うのみに留めたのだが。

「あいつ似合わねぇな」

「リーダー良い! こっち向いて!」

遠慮なく言い放ったジルと大爆笑するイレヴンに、こいつら言いやがったと凝視する漁師は流石だと思わずにはいられなかった。

流石流石、とうんうん頷き釣り竿を担ぎ直して運んで行く。この背中こそ釣り竿が似合う男というものだ。

「そんなに似合わなくもないと思うんですけど」

「違和感しかねぇよ」

呆れたように言うジルに、リゼルはおもむろに釣り竿を渡す。

眉を寄せながら一応受け取ったジルと釣り竿の組み合わせは意外と有りだった。少なくともリゼルのように見た人間が状況が良く分からないと判断することはない、普通に釣りをするように見える。

そしてイレヴンに渡すと此方も普通に有りだった。慣れてそうな気さえする。

「イレヴンは釣りは慣れてるんですよね?」

「あー、ちっせぇ頃はしてたけど最近してねぇッスね。まぁリーダーよか出来るのは間違いねぇけど」

「お父様が狩人ですしね」

生粋の狩人である父親を持つイレヴンは、ジャングルに流れる川に魚を釣りに行く父親について行く事も多々あった。もれなく帰り道は迷ったが。

そしてジルも普通に子供時代に釣りで遊んだことがある。その後ろ姿がまるで武人の精神統一のようだと噂されていた事は知る由もない。

「よし、じゃあこの辺りにします」

余り大きくない船なので、甲板と海の距離は近い。

他の人々が釣りに興じている中、空いている場所を見つけてリゼルは手に持った竿を見上げた。くるくると釣り竿に巻きついている糸を外し、針を手に持って船縁に置かれた餌を三人共しゃがんで覗きこむ。

そこかしこに置かれている餌箱に入っているのは定番の餌ばかりだった。宿主が手作りしたものとは違うが練り餌、大小さまざまな魚卵、そして激しくビチビチと動いている種喰いワーム。放置されようと元気を失わないあたり小さかろうと魔物だろう。

「前やった時もこんな三種類の餌があったんですよ」

「へぇ」

「一番釣れたのはやっぱりコレで」

「ぎゃああああリーダー何で鷲掴んでんの!?」

指先でひょいと種喰いワームを持ち上げたリゼルにイレヴンが叫んだ。違和感どころじゃない。

「ちょ、何でそれ選ん、置いて! とりあえず置いて!」

「魚からしてみれば活きも鮮度も良いし食べ応えがありそうだな、と思いまして」

置けと騒ぐイレヴンを流し、リゼルはぐいぐいとワームの腹か背中か分からない部分に針を押し付ける。相変わらず固い表皮はスッと針を通してくれない。

こいつ器用な癖に変な所で手付き危ういな、と微かに眉を寄せながらジルがその手元を眺める。見たくなかったとうなだれたイレヴンをそのままに、無事一発で餌を付けることに成功したリゼルはスッと立ち上がった。

「投げ入れ方も教えて貰ったんです。こうして引いて、手首を返しながら」

ひょいっと後ろに振られた激しく動く餌付きの針を、ジルは同じく立ち上がりながら体を引いて避けた。別にイレヴンほどワームに過剰反応はしないが、わざわざ当たりたくはない。

「前にひゅっと投げると狙った所に行くって言ってました」

“ひゅっ”の部分で勢い良く翻った針がしゃがんだイレヴンの横っ面を狙う。何とも言えない目をしていたイレヴンはそれに気付いた瞬間咄嗟に頭を下げて避けた。

ポチャン、と輝く海に餌が沈む音がする。狙っていた場所に行ったのか、上手くいったと満足げに頷くリゼルに果たして本当に上手く行ったのかと聞こうなどとは思わないが。

楽しそうで何より、とジルは溜息をついた。

「三匹まで無料みたいですし、三人分は釣れると良いですね」

「釣れんのかよ」

「さっきからちょいちょい漁師が餌撒いてっし、寄って来てんじゃねッスかね」

成程、と周りの様子を窺うと結構な頻度で釣れている。

釣れた魚を持って甲板の上に器用に作られた焚火の傍に立つ漁師へと持って行くと調理してくれるらしい。調理と言っても簡単に余分なものを取って塩を塗り込み串に刺すだけなのだが、焚火の傍で焼けているそれを見るとやけに美味しそうに見えてしまう。

「野営の時って魚獲りませんし、ああいう魚の丸焼きも一度食べてみたかったんです」

「ニィサンが魚よか肉だからなァ」

「肉獲る方が楽だろうが」

獲るのが難しかったとしても肉を選ぶ癖にと可笑しそうに笑っていると、リゼルはクンッと竿が引かれるのを感じた。そして手の中で竿が跳ねる感覚、どうやら魚がかかったようだ。

「あ、来ました」

「結構早かったッスね」

三人で浮き沈みする浮きを眺めながら、リゼルは慎重に魚を手元に引き寄せて行く。以前、かかったと思った瞬間に思いきり竿を引いたら糸が切れたからだ。

そして充分に近付いた頃、両手でしっかりと竿を握り竿を持ち上げた。そして引き上げられ糸にぶら下がりながら時折ビチリと跳ねる魚が三人の目の前で揺れる。

「……イレヴン」

「はいはい、食う食う」

毒がある筈の魚の口を平然と掴み、針を外すとイレヴンは焚火へと歩いて行った。

何やら漁師との間で押し問答が起きているが、当たり前と言えば当たり前か。問題無く食べられるのだから焼いてくれるだろう。

ジルが慰めるように餌を変えたらどうだと言ってくれるが顔が面白そうなので慰める気は恐らく皆無だろう。リゼルは獲物も餌もしっかりと無くなった針を揺らしながら何故だと真剣に考えた。

ちなみに三匹ともイレヴンが美味しく頂いたのは言うまでも無い。

正午を過ぎた頃、ただでさえ人目を集めやすい三人に向けられる視線は盛大に疑問を孕んだものになっていた。その理由は丁度通りがかった船の上で、美しく踊る女性達を見物出来るようにと置かれた椅子に腰かける二人の女性によって暴かれた。

「あ」

「あ?」

通り道として通過していた船だったが、ひどく混雑しているのは女性達の魅力か軽快な音楽か。もはや参加者も入り混じっているそれを横目に歩いていると、ふと聞き覚えのある声がかけられた。

見下ろすと、椅子に腰かけながら飲み物を飲んでいる幼い少女と着飾った美少年の姿がある。小説家と劇団“Phantasm”の団長だ。

「こんにちは、偶然ですね。男装して貰えたんですね」

「私の小説を劇の原作に使って良いのと、脚本二本書くのを引き換えにしたかなって!」

結構な不平等取引な気がしたが、小説家が良いのなら良いのだろう。男と一緒に船上祭に参加すると何人かに宣言してしまったらしい、女のプライドを守る為ならば安いものらしい。

すっかりと美少年に変身を果たした団長だが、その顔は盛大に顰められながら此方を見ていた。椅子の背もたれに両手を凭れさせ、炭酸のきついジュースを飲んでいたストローを唇から引き抜く。

「てめぇら何でこんなトコいんだコンニャロ、招待されてんじゃねぇのか」

「招待、というと」

「あれに決まってんだろうが!」

ぐいっと親指で指し示されたのは一番目立つ中央船だった。

一際際立つ盛り上がりを見せる船は離れていようと盛り上がりが伝わって来るようで、事実中央船の周りの船では打ち上げられる魔法の演出などを共に楽しもうと招待されていない人々も集まっている。

「いえ、抽選には行ってないですし。招待もされてません」

「はぁ!?」

訳が分からんと言いたげに団長はリゼルを見上げた。

誰も抽選にこの男が行くとは思っていない。行かずとも招待されるのが当たり前だと思っているし、そしてそれはアリムとの繋がりを持たずとも同じことを思っただろう。

冒険者だと知っていても、目の前にいる男を招待せずに誰を招待するのかと感じてしまう。それがただ品が良いだけではない高貴さ故なのか、一刀を引き連れているからか、Sランクをも上回るパーティだからかは自分でも分からないが、まさか招待されていないとは誰も思わないだろう。

「さっきから疑問の目で見られてたのはそういう理由なんですね」

「お前は大人しく祭り見学も出来ねぇのか」

「俺の所為じゃないです」

誰もが中央船に入る権利を得たら間違いなく船上パーティーに参加するので、余計にリゼル達がそこら辺をうろついていたのが不思議だったのだろう。

「つかリーダー招待されてんのに断ったし」

「てめぇらは相変わらずだなコンニャロ……」

イレヴンの言葉の意味が分からないとポカンとしている小説家とは裏腹に、団長は諦めたように姿勢を崩してストローへと齧りついた。きつい炭酸をものともせずゴクリゴクリと一気に飲んでいく。

「あ、そういや」

ふっと団長がストローを離した。

「あれ見たぞコンニャロ、迷宮品展示」

「団長さん、興味なんて無さそうですけど」

「コイツが見たがったんだよコンニャロ! “らしい”もん出しやがって!」

リゼル達は見に行っていないが、どうやら団長は迷宮品を見て何かを納得したらしい。やはりパーティのイメージを強く反映しているようだ。祭りがあるからと迷宮も全力で空気を読んだ甲斐があっただろう。

らしい、とリゼルは髪を耳にかけながら小さく首を傾ける。あの最終的に性能面ではプラマイゼロな迷宮品がらしいと言われてしまうと複雑なのだが。

「相手が受け入れる事柄につき命令を行える、とか冒険者が出す迷宮品かコンニャロ!」

配慮された表記にギルドの気遣いが垣間見えた。

それからリゼル達は様々な船を訪れた。

途中リゼルが本商人が集まる船から動かなくなったり、イレヴンが賑わいの中運ばれる料理をすれ違い様に勝手にとって食べたり、ジルが酒蔵で値段問わず買いあさった為にほぼ展示で終わるだろうと思われていた目玉商品が軒並み消え去って商人達が泣いたりと色々あったが、おおむね三人は祭りを楽しんだだろう。

空は徐々に暗くなり、しかし絶えぬ賑わいはどこか雰囲気を変える。子供の笑い声と走る足音が消え、船が様々な色のランプを幻想的に灯し始めると祭りは全く別のものへと変じた。

「夜の部っていうんでしょうか。こういうの、アスタルニアって好きそうですよね」

騒がしい筈なのに、ちゃぷりと波が船に当たる音は鮮明に聞こえる。不可思議な空間は、しかし高揚した空気を孕んで祭りは続いているのだと伝えて来ていた。

リゼルはギィ、と小さく板を鳴らしながら船を渡って行く。その後ろを同じくジル、そして全く足音を鳴らさないイレヴンが続いた。

「ただ案内役もいなくなりますし、少し不便です」

「面白そうなトコは俺目ぇ付けてるからだいじょぶ」

「てめぇが選んだんじゃ趣味悪そうだな」

「割とちゃんとしたトコ選んだっつーの!」

幾つもの船を渡り、トンッと足を踏み入れたのは中央船にも劣らない巨大な船舶だった。

黒と赤を基調とした花が豪華に飾られ、船室の扉は開け放たれている。その手前に立つのはまるで用心棒のような二人の男だった。

ピンッと金貨を親指ではじいたイレヴンがそのまま男へと金貨を投げるように渡して当然のように通って行く。それに続き、足元の赤い絨毯を踏みしめ船内へと足を踏み入れた。

「船上ギャンブル、リーダー連れて来ようと思ってたんスよね」

「あまりギャンブルってしないんですよね」

リゼルは愉快気に笑うイレヴンに苦笑を返し、狭い階段に咲き乱れる赤と黒の花々の香りを吸い込んだ。噎せ返りそうになるそれは、しかし非現実的な空間を作り人々を煽る。

「俺もニィサンもいるし、楽しむことだけ考えてりゃ良いッスよ」

「俺を数に入れんじゃねぇ」

「お手柔らかに」

可笑しそうに笑ったリゼルを、階段の最奥に鎮座する扉が出迎える。その向こうには享楽に浸る人々に溢れているのだろう。

船上祭は、夜を迎えた。