軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97:誤解は一晩中繰り返される

「ようこそ、カジノ“ 仮面舞踏会(マスカレイドパーティー) ”へ」

カジノなのに舞踏会、とリゼルは何かを考えるように一度頷いた。つまり舞踏会がテーマのカジノ、という事なのだろう。

その証拠に巨大な船内はワインレッドの絨毯が敷かれ、赤と黒を基調とした花々が妖艶に飾られている。階段を下りきった先にある扉の前に立つ男は言葉通りまるで仮面舞踏会にでも参加しようというように着飾り、その顔には派手な仮面が付けられていた。

流石アスタルニア、盛り上がるだけ盛り上がるだけではなくイベント事への妥協が一切ない。すっと淑女をダンスに誘う紳士のように礼をとった男は顔を上げリゼル達を見ると驚愕と共に顔を引き攣らせたが、何とか直ぐに平常心を取り戻していた。

「ここから先はドレスコードが御座います。衣装は銀貨十枚より貸し出しておりますので、どうぞお好きなものを身に付けお進みくださいませ」

「面倒臭ぇな……」

「えー、楽しいじゃん」

仮面の男が後ろの扉を開くと、そこには幾つもの衣裳部屋があった。

建国祭の衣装とは違う、いかにも貴族がパーティーで身に付けそうな煌びやかな衣装ばかりだ。今も一組の男女が衣装を選んでおり、カーテンで区切られた試着室からそれらを身に付け楽しそうに奥へと歩いて行く。

衣装を貸し出すにしては高めの値段は、つまり今日海上に集まる船の中でも格式が上なのだろうと納得させた。入場する時に渡した金貨といい、その程度が払えない客は来るなと言いたいのか、それともただそれっぽい雰囲気を出したいが為にとりあえず金を支払わせているのかは分からないが。

「こういった趣向のカジノなんですね。来る方もそれなりの方が多そうです」

「負けたら一杯とか小銭稼ぎのギャンブルなんてリーダーにやらせたくねぇッスもん。ぜってぇ似合うと思ってさァ」

目を細めて笑うイレヴンに、それは光栄だと微笑んで手を伸ばす。手の甲で褒めるように頬を撫でてやると笑みを深めて擦り寄って来た。

そして視線を衣装に溢れた広い部屋へと向ける。衣装だけでなくアクセサリー、その他準備に必要なものは全て揃っている空間を眺めてふいに首を傾けた。

「こちらに来た時の服があるし、俺はあれでも……あ、でも舞踏会って感じでは無いですね」

「お前あれはガチ過ぎんだろ」

「は? あ、あー、そういやそうか。え、俺見たいんスけど」

舞踏会というテーマにしては地味かな、とリゼルは考えているが一流の職人によって仕立て上げられた服装だ。登城していた時に着ていた服なので取り敢えず見栄えはするし、見るものが見れば素材も作りも最上のものだと分かるだろう。

リゼルにしてみれば普段着のようなものなのだが周囲からすれば違う。もし着て入場すれば今もほとんど存在しない冒険者としての信憑性が皆無となる事は想像に難く無い。

「やっぱり此処にある衣装と比べると地味ですし、折角借りられるなら借りましょうか」

「えー、俺見てぇのに」

「今度見せてあげますよ」

文句を零すイレヴンにほのほのと笑い、リゼルは男に銀貨を支払って部屋へと足を踏み入れていく。その後ろ姿を見ながら、あの服を地味と称する冒険者はこいつぐらいだろうとジルは溜息をついた。

確かに派手な色合いではなかったが細かな装飾や繊細な刺繍は決して飾り気が無いとは思わせなかったし、清廉な空気をさり気なく際立たせるような良く考えられたデザインであった。その証拠に良く似合っていたように思えたが、しかし全力で貴族になるので普通にギャンブルを楽しみたいならやはり避けた方が良いだろう。

「借りようが似たようなモンだろうけどな」

「ジル、どれが良いですか?」

「変じゃなけりゃ何でも良い」

一人ごちて、呼ばれるままに衣装を吟味するリゼル達へと歩み寄った。

「色々ありすぎるのも悩みますね。あ、やっぱり生地とかは普通です」

「遊びみてぇなもんスからね」

悪くはないが、高級品でもない生地が使われた衣装を手にリゼルはさてどうしようと微笑んだ。あちらの世界ではパーティーでもそれこそ舞踏会でも、専門の職人に全てを任せていたので一から自分で選ぶと言うことなどほとんど無かった。

サイズもデザインも様々な衣装の中から似合う物を、となると意外と難しい。リゼルとイレヴンはああでもないこうでもないと言いながら色々な服を手に取っていく。

「ジル、これとかどうですか?」

「や、ニィサンはこっちじゃねぇの」

黒い。

「……好きにしろ」

どちらも真剣に各自に似合うものを選んでいるのが分かる分、自分に宛がわれる服がどれも黒いのは微妙に複雑だ。とはいえ何色が着たいという希望も無いのだが。

リゼル達に言わせれば一番しっくり来る衣装を選ぶと自然に黒になっているだけなので、悪意は欠片たりとも無い。イレヴンに関しては悪意は無いものの面白がっている感は少しばかりあるが。

「ジルは足が長いですし、スラッとした服が良いです」

「でも全力でガラ悪ィじゃねッスか。なら上は抑え目に……」

上はこれで下はこれで、あれを合わせてこれを重ねてと試行錯誤する二人によって選ばれた衣装は銀の刺繍が入っているもののやはり黒かった。楽しそうなリゼルによって着て来てと渡された服を、ジルは諦めたように無言で受け取って漆黒のカーテンの向こう側へと消えて行く。

あれでも真面目に選んでいた筈だ。文句をつけるつもりは無いし、自身に興味は無いが恐らく自分に似合うだろう衣装なのだろう。

「リーダーはこれ。これの上にこれ着て、上からそれ羽織って」

「ちょっと派手じゃないですか?」

「 此処(アスタルニア) じゃ地味な方ッスよ」

成程、とリゼルは頷いた。

此処にある衣装のどれもが 王都(パルテダ) では派手に分類されるものばかりで、どちらかというとイレヴンが選んだリゼルの衣装も他と比べれば落ち着いている方だ。あまり地味すぎても祭りっぽくないし、どうせだから周囲の雰囲気にも合わせた方が楽しいだろうと差し出された衣装を受け取る。

「俺はコレにしよー」

「それ、下だけあっちに変えてください。それで、靴がこれ」

「お、それっぽい」

より貴族の舞踏会らしく組みかえられた衣装を満足げに眺め、二人もジル同様にカーテンの向こう側へと消えた。中は一人一人のスペースで区切られており、女性だろうと安心して着替えられるようになっている。

布越しに新しい客が期待を孕んだ声で話しながら入って来たのが聞こえる。やはり衣装選びで手を抜かないのは誰も同じか、とリゼルは微笑みながら上着を脱いだ。

「いて、リーダー金具引っ掛かった」

「大丈夫ですか?」

髪の毛の引っ掛かった服を片手にひょいっとカーテンから顔を覗かせたイレヴンと、同じくひょいっと顔を出したリゼルに服を選んでいた人々はびくりと肩を揺らしている。

「何でこんなに金具多いんだっつうの……」

「服がよれると見栄えが悪いですからね、ぴっしりと着るために固定する部分が多いんです」

耳元でごそごそ動いていた手が離れるのを見て、イレヴンは動かさないようにしていた服を下ろす。絡みついていた髪が引っ張られる感覚は無く、礼を言いながらカーテンの向こう側へと再び引っ込んだ。

リゼルも再び着替えを再開する。一体何をしているんだと溜息をつきながら、ジルは首元の金具を閉じ、しかし若干の息苦しさに眉を寄せて閉じかけた金具を外してしまった。

後ろに置かれた全身鏡など一度も見ず着替えを終えたジルは、鬱陶しげに目の前のカーテンを手で避けながらリゼルによって用意された靴へと足を通す。コツン、と踵が床に触れて音を立てた。

「終わったぞ」

「あ、先に行かないで下さいね。髪もセットしたいです」

こういう変な時にこだわりを持つのがリゼルらしいと言えばらしいか。小さく舌打ちを零し、緩めた襟元へと指を引っかけて更に緩める。温暖なアスタルニアの気候は夜になると少しは涼しくなるとはいえ、着込むにはまだ暑い。

そんな姿を、衣装を選んでいた男女は思わず視線を固定して見ていた。しかし直ぐにハッと我に返った男が、視線を逸らす事が出来ないとばかりにジッとジルを見る女性へと慌てて声をかけている。

「俺も終了。じゃぁん」

次に出てきたのはイレヴンだった。

派手な相貌をしているだけに華やかさには事欠かず、しかし彼にしては思ったよりシックな服装を選んだものだと思ってしまう。イレヴンにしてみればというだけで、衣装としては普通に華やかなのだが。

そして纏う癖のある雰囲気は一目で目につくだろう、その証拠に先程までジルに視線を固定していた女性は新たに現れた存在にどちらを見て良いか分からなくなっている。

「てめぇにしちゃ地味だな」

「リーダーに合わせんならやっぱ格式高いっつーの? そんな感じにしてぇじゃん」

言われてみれば成程、自分と並んでも違和感が無いような衣装だろうとジルは内心で納得した。三人で並んでも調和がとれるような衣装を選んだということか、あの短時間で良く選んだと感心すると共に若干引く。

「リーダーまだぁー?」

「すみません、もう少しです」

あいつ相変わらず着替えが遅いな、とジル達はリゼルが入っているカーテンの前で話しながら待つ。そして言葉通り数分もしない内に布擦れの音が止み、分厚い漆黒のカーテンが開いた。

「こういうの、久しぶりですね」

どちらを見るとかではなく一択だったと後にリゼル達を見ていた女性は語る。

「また似合うな、お前……」

「ガチっすよ、ガチ。あーあ、リーダーもう二度と冒険者扱いされないー」

「え、ちょっと待って下さい、それは困ります」

少しばかり焦ったようにリゼルは自らの格好を見下ろした。

着てみればそれ程派手という訳ではない筈だ。いやそもそもジル達だって似たようなものを着てるのに何故自分だけ、と思っているリゼルは思いながらも腕にかけていた上着を自然な動作でジルへと差し出していた。

呆れたように受け取ったジルはロングコートのような作りのそれを広げながらリゼルの後ろへと回り、そのまま構えて差し出してやると余りにも当然のようにリゼルが腕を通していく。慣れきった動作はそれだけで人を従えるように悠然としており、何故だと考え込んでいる故に全く以って無意識なリゼルは完全な自業自得に他なら無い。

「リーダーそれわざと?」

「え? あ、久々にちゃんとした服を着たので、つい」

苦笑するリゼルが、襟を整えながらジルを振り返り謝罪する。

正直まだ此方に来たばかりの頃、一度同じような事をやらかした事があった。その時は「てめぇの従者じゃねぇよ」と呆れたように言っていた癖に今回はどうして乗ったのかと思わないでもない。

恐らくそれはジルの遊び心なのだろうけど、と思いながらジルを見上げたまま手を伸ばす。そしてそのまま前髪を指で梳くように横へと滑らせる。

「髪、どうしましょうか。色々あるんですよね、男性用の髪飾りとか」

「このままでも良いだろ」

「嫌です。折角だし、あ、全員でおそろいとか仲良しっぽいですね」

「寒ィよ」

冗談です、と笑いジルの髪から手を離す。微かに目を細めていたジルが、残る感覚がくすぐったいとばかりに髪を掻き上げた。

「あ、それ良いですね」

「あー、前髪上げるっての? それぐらいだったら被らねぇんじゃねッスか」

髪型は違うが、さり気なく全員前髪は上げている共通点を作れる。

お揃いと言うのも冗談で言った事だが、面白いかもしれないとリゼルは用意してあった整髪剤を手に取った。そして若干嫌がるジルを少しばかり屈ませ、楽しそうに髪全体にそれを馴染ませるように掻き混ぜる。

「ジルは……片面だけ上げるのが似合いそうですね、反対側は下ろしっぱなしで」

「じゃあリーダーは俺がやったげる。どうしよっかなー、前髪だけふわっくるっみたいな感じでピンで留めたげよっか」

「お任せします。イレヴンは髪の毛全部下ろして、前髪オールバックとかどうですか? あ、そこにある黒い花飾りと前髪を一緒に編み込んでみるのも良いですね」

ジルは楽しそうなリゼル達に女かと突っ込もうかと思ったが、こいつらはただひたすらこだわりたいだけだと思い直して口には出さなかった。どれだけ髪をいじろうと何を飾ろうと男性的に華やかになるだけで女性的になる訳では無いので、余計に突っ込もうとは思わないというのが大きい。

髪が握られ梳かれる感覚を黙って享受しながら、ジルは諦めたように溜息をついた。

敷居の高さがあるだろうカジノ船は、しかし大盛況のようだった。

船内の大広間はまるで本当の城にでもいるかという広さと美しさをしていて、そこにいる誰もが衣装に身を包み優雅にギャンブルを楽しんでいる。優雅とはいえほとんどがアスタルニアの国民なので衣装もだらしなく無い程度に着崩されていたりもするのだが、それが盛り上がりやすい空気を生んでいるのか其処かしこでワッと歓喜の声が上がることもある。

舞台の上では演奏がなされ、トレーにグラスを載せて歩いているボーイやトランプ台の上でカードをきるディーラーなどもいて本格的だ。

金貨銀貨の飛び交う空間、一夜限りのそれを享楽しようと人々は金に糸目をつけず楽しんでいる。

「でも仮面を付けないんですよね、 仮面舞踏会(マスカレイドパーティー) なのに」

「一応ちょいちょい付けてる奴も居るッスよ。衣裳部屋にも結構あったし」

「ギャンブルで顔隠すっつうのも微妙だけどな」

開かれた扉からその空間にとある三人が入って来た事で、一気に空気が変わった。

ザワリ、と入口付近で楽しんでいた人々から徐々にその興奮は広まって行った。驚愕し後に歓喜するのは、恐らく誰もが一度はその存在を聞いたことがあるからだろう。

“人魚姫の洞”を踏破した冒険者パーティ、その情報と彼らを結び付ける事は冒険者が少ないこの空間では難しかったが、しかし知っている者も少なく無い為に情報は次々と伝えられる。

まさかこの船に来るとはと多少なりとも見知った者が高らかに指笛の一つでも鳴らしてみせれば、纏う雰囲気に気圧されていた者も歓迎すべき存在だと釣られて驚愕から好奇へとその瞳を変える。随分と歓迎されているようだ、とリゼルは集まる視線に苦笑してカジノ内を見渡した。

「アスタルニアの人達って体格が良いから派手な色が凄く似合いますよね、羨ましいです」

「リーダーは何つーの? ひょろいって訳じゃないのに薄いッスよね」

「イレヴンも細いじゃないですか。鍛えてるなっていうのは分かりますけど」

「お前よりこいつのが重いぞ」

やはり蛇の獣人は鍛えた筋肉が目に見える形で現れないのだろう。やろうと思えばイレヴンも容易にリゼルを抱えられるし、鍛えた分は筋肉の質がより良くしなやかになっているようだ。

自分もそんな筋肉が付いている可能性があるかもしれないと一縷の希望を抱いたリゼルは、次のジルの言葉にその可能性を潰された事に気付いた。二人を抱えたことがあるジルが言うのなら間違いない。

「筋トレしよう」

「止めろ」

「止めて」

ジル達と比べるのが悪いというのは分かっているし、リゼル自身一般的な成人男性の力ぐらいならば持っているが何処か悲しいものがある。冒険者活動に今の所問題は無いとはいえ、何が起こるか分からないしと頷いているリゼルをジル達は止めた。

別に力をつけたいならばつけたいで良いが、部屋で黙々と筋トレをするリゼルなど見たくは無い。強化魔法でも何でも使えば良いのだが、リゼルに言わせれば其れと此れとは別問題のようだ。

「別にリーダーも衣装似合い過ぎってぐらい似合ってるし良いじゃん。はい、ジュース」

一体何処から持ってきたのか、いつの間にか手にしていたシャンパングラスを差し出したイレヴンから礼を言って受け取る。似合っているならまぁ良いか、とグラスに口を付け一口飲んだ。

そして広間のような室内を見渡す。ギャンブルと一言で言ってもその種類はルーレットやらカードやら様々だった。

「何にしましょう。カードとかなら君達とやってるし、それから行きましょうか」

「好きにしろ」

周囲はギャンブルへと戻っているが、それでも向けられる視線を流しながら三人は歩き出す。其処かしこに置かれた机とソファ、ルーレット台やドリンクを作るカウンターを眺めながら一夜限りなので手が込んでいるものだと足を進める。

イレヴン曰く一番高レートな船だけあって、其処かしこで金貨が積まれたりしていた。しかし失う時に悲しみはやはり有るらしく、自らの前から失われていく金貨に悔しさの声を上げる者も多い。

「最ッ低最悪だ! 運が無い!」

今まさにリゼル達が後ろを通りがかったソファに座っていた男も、痛恨の一撃をくらったかのような声を上げながら天を仰ぐように仰け反っていた。男は目元を隠す仮面を付けていたが、リアクションが大きいなと視線をそちらに向けていたリゼルとふいに目が合う。

そして男はガバリと仰け反っていた体を起こし、ソファの上で体を反転させてリゼルを見上げた。イレヴンが牽制するように眉を寄せ、ジルが誰からも見えない角度で腰の剣へと触れる。

「お前、もしかして建国祭の時に……」

褐色の肌に短く黒い髪、そこまではアスタルニアでは決して珍しい物では無い。

しかしその手首でシャラリと揺れる金の装飾には見覚えがあった。これと同じものではないが似たものが、王宮の書庫で此方に伸ばされた手で揺れていたのを何度も見た事がある。

あぁ、とリゼルが何かを思い出すように首を傾けて男を見下ろした時だった。ソファから身を乗り出し口を開こうとした男を遮るように、何処からか怒りに任せて叫ぶような声が響く。

「あんたって人は国お……兄君の財布から金抜き取って何遊んでんですか! ちゃんと残ってんでしょうね!!」

「至極残念だな! 今まさに無くなった所だ!!」

「あんたの教育係の私も怒られるっつってんでしょうがオイ! 土下座しろ! 王座の前で土下座しろ!!」

身を乗り出していた男はバッとそのままソファを飛び越え、ストッとリゼルの前へと着地する。仮面に隠された顔が此方を見上げ、まるで役者のように決めきったウインクを一つ投げかけ追いかけてくるやけにパワフルな初老の男性から逃げるように逆へと駆けだした。

楽しそうに笑いながら逃げて行く男を、同じく初老の男性が怒声を上げながら老いているとは思えない速さで追いかけて行く。リゼル達はそれをマイペースに見送っていた。

「アレ何」

「この国の何番目かの王子ですよ。以前、建国祭の時に使者で来てました」

「何でそいつがお前の顔知ってんだよ」

「パレードの時にちょっと目が合っただけなんですが、良く覚えてましたね」

凄いとほのほの微笑んでいるリゼルに、あぁ……と何かを納得したような視線がジル達から送られた。建国祭の時の衣装で着飾ったリゼルはどう見てもお忍び中の貴族にしか見えなかった筈だ、外交担当ならば他国の貴族の顔は覚えておこうと考えるだろう事を思えば覚えられていてもおかしくはない。

それが高位ならば、尚更のこと。王族をもってしても高位だと判断されたリゼルは今日もそれっぽい服を着ているし、もしや未だに男は勘違いしたままではないのかと思ってしまう。別に良いが。

「外交で国を空けてるって聞いていたんですが、帰ってたみたいです」

「周りも慣れてるっぽいし、やっぱ王族ウロついてんのは普通なんスかね」

「この前酒場でも聞きましたけど、船上祭では好き勝手動きまわってるみたいですね」

アスタルニアらしい、とリゼルは微笑んだ。

パルテダールでは王族というのは雲の上に立つ頂点のようなもので、周りを囲む貴族も似たようなものだった。住んでいる世界が違う、ただただ高みの存在を国民は誇りながら従う。

しかし此処では王族は人々を上ではなく前に立って引っ張って行く存在だった。だからこそ国民は従いながらも並ぼうと奮起し、貴族らしいリゼルにも気安くとまでは言えないが王都よりはフレンドリーに接してくれるのだろう。

「この辺りがカードですね。ディーラーとの勝負と、あとは客同士の勝負もあるんでしょうか」

「らしいな」

なんてことない雑談をしながらリゼル達はとあるカジノの一角に辿りついた。

ディーラーと向き合い台の上に配られるカードを真剣に眺める者もいれば、多数置かれている机でソファに座り客同士向き合う光景もある。さて何から手を出そうかと、カード捌き鮮やかなディーラーの手元を覗きこんでいた時だった。

「おい、其処の目立つBランク!」

「ニィサン呼ばれてる」

「てめぇ程目立ったつもりは無ぇ」

「あ、見て下さい。あれ、俺にも出来るでしょうか」

そちらを振り向きもせずケラケラと笑いながら言うイレヴンに、ジルも顔を顰めながら返す。呼びかけに応えるというよりは、話のネタにして終わらせるようなもの。

ちなみにCランクであるリゼルは自分には関係が無いとばかりに完全に他人事だ。手から手へと宙を移動するカードを眺め、やってみたいななどと言っている。

「おおい、てめぇらだよ! 一刀のパーティ!」

「あ、パーティランクだったんですね」

リゼルが振り返ると、一つの机に陣取った男達が笑いながら此方を見ていた。

此処にいるという事は稼ぎの大きい上位ランクなのだろう、窺う様にジルへと視線を向けると興味無さそうに首を振られたのでSランクではなくAランクか。

イレヴン達元フォーキ団の様な歪ながらも洗練された空気ではないが、荒々しい盗賊の様な面々は覇気に溢れ成程実力者なのだろうと思わせる。身に纏う衣装を豪快に着崩しながらもやはり似合ってしまうのは褐色の肌と体格の良さ故か。

「俺らとひと勝負ってのはどうだ?」

「良いですね。どれから手を付けようか迷ってたんです」

ひらひらと揺らされるトランプと挑発するような笑みに、しかしリゼルは常の通り穏やかに微笑んで頷いた。いつものように髪を耳へとかけようとして、しかしいつもと違う感覚に髪型が違うのだったと笑みを苦笑に変えながら机へと近付く。

男達の向かいに置かれた三人がけのソファにリゼルは腰かけ、そしてその両隣にジル達が思い思いに座った。周囲の視線は自然とこの机へと集まる。

「あんたギャンブル慣れしてねぇだろ、定番にポーカーでもやるか?」

「そうですね。机だとディーラーの方はいないんですか?」

「自分達で配るんだよ。イカサマ疑うなら降りといた方が良いぜ」

笑い声を上げる冒険者を前に、成程とリゼルは頷く。

この一夜限りの船ではチップだのというものは使われず、その都度定められたレートのままに金貨や銀貨がやりとりされる。だからこそ自らの資金が現実的に減って行ったり増えて行ったりするのが目に見え、興奮を呼んでいるのだろうが。

そしてこの船に限らず、夜の船上祭では自己責任の名の下にギャンブルは行われる。行き過ぎた理不尽には指導が入ることもあるが、基本的には無一文になろうが何だろうが自己責任として流される。

「イレヴンが前に言ってた裏カジノっていうのもこんな感じですか?」

「んー? 自己責任で終わらねぇ責任被せられっからこんなんは良心的」

一体どういう所なのか。気になる、と思いながらリゼルは相手によって配られ裏を向いている五枚のカードを見下ろした。

互いに金貨を積み上げ、ベットして手札を持ち上げる。リゼルの手札はツーペア、良くも悪くも無い。

イレヴンも口元を笑みに染め、肩を寄せるようにリゼルの手元を覗きこんだ。そしてそのまま手を伸ばし、カードをつまんで器用に並び順を整えていく。

「これドロー?」

「いえ、それよりもこっちの方が」

堂々と話し合う姿に口に出すなとジルは呆れ、そのまま腕を組み傍観の体勢へと入った。

勝負は順調に進んでいく。互いに示した資金は均衡を保っており、どちらかが過剰に有利になる事もなければ危機になる事もない。

その展開に飽きたように、ふいに向かいに座る冒険者が口を開いた。

「これじゃあ勝負が付かねぇなぁ。どうだ、此処で冒険者らしく一発勝負ででかいモンでも賭けてみねぇか」

「というと?」

「迷宮品ってのはどうだ」

笑みを深める冒険者相手に、彼らの狙いを自然と察してリゼルは内心で微笑んだ。

リゼル達のように空間魔法を持っている冒険者は滅多におらず、当然目の前の冒険者も持ってはいない。それなのに迷宮品を賭けるというならば、その対象は持たずとも有るのだと証明出来るものだ。

それはつまり、ギルドの迷宮品展示に飾られている迷宮品。あれならば口約束でも誤魔化しようがない取引となる。

「こういうの、釣り合わなきゃ駄目だと思うんですけど」

「俺らも結構性能良いモン出してるからな。迷宮品のランク的には変わんねぇ」

しっかりと此方の迷宮品もリサーチ済み。今まで当たり障りのない勝負をしていたのも、この展開に持って行きたかったのかもしれない。

リゼルの迷宮品は性能に意味はほぼ無いが、装飾品としての売値がかなり高くなるのでランクはAそこそことなっている。そして冒険者達は普通に性能が良い迷宮品を出したのだろう、Aランク相当の迷宮品ともなれば売る先によってはリゼルの王冠に優るとも劣らない値段が付く筈だ。

今まで行ってきた勝負で掛けていた金貨とはケタが違う物のやり取りを、一発勝負でやろうというのだ。余程自信があるのか、それとも。

「良いですよ」

にこりと笑ったリゼルに、随分とあっさり決めるものだと冒険者らは微かに警戒心を抱く。しかし彼にとってあの王冠さえはした金だと言われてしまえば冒険者であるという事実も忘れて納得してしまいそうになるし、獲物がかかったと冒険者らが思ってしまったのは仕方が無かった。

「此処に居る全員が証人だ、降りんじゃねぇぞ!」

「降りませんよ」

リゼル達がつく机へと視線を向けていた者達が、冒険者の張り上げた声に歓声を上げる。

そしてカードが配られた。それらをめくる前に既に抑えきれぬ笑みをニヤリと浮かべた冒険者らを見て、やはりそういう事なのだろうとリゼルは微笑む。

その手にあるのはノーペアの手札。偶然だと言うのは容易いがしかし、とカードで口元を覆いながらじっと向かいに座る相手を見る。

「何だかイカサマの気配がした気がします」

「おいおい手札が悪いからってイチャモン付けてんじゃねぇぞォ。大体イカサマしてたとしても証拠が無けりゃしてねぇのと同じモンじゃねぇか、見抜けねぇ奴が悪ぃんだよ」

もはや勝負から降りられない段階に来ているからか。いかにも余裕を醸し出すように、既に勝利の余韻に浸りきっているような声で冒険者が言う。

その言葉に周りは本当にイカサマしたんじゃないかとザワついたが今宵は自己責任。証拠が無ければイカサマだと責められないのも見抜けない方が悪いと言うのも暗黙の了解であるし、何より面白い展開では無いかと興奮が高まって行く。

「それを聞いて安心しました」

どう出るのかと視線が集まる中、リゼルは穏やかにそう告げながら口元を隠していたカードを離す。細められた瞳とゆるんだ口元は余りにも普段通りのリゼルの笑みであり、しかし身に付けた衣装が彼をアスタルニアの国民が知らない前ではなく上に立つ者に見せた。

訝しげな冒険者にもう一度にこりと微笑みかけると、その隣のイレヴンが先程までの勝負と同じように肩を寄せてきた。トンッとぶつかり合う肩にリゼルがふっとそちらを見ると、その笑みは愉快気に歪んでいる。

「リーダー、すっげぇの引いてんじゃん」

「でしょう?」

細く長い指が伸ばされ、一つのペアも無いカードを並び替えて行く。

先程までと違うのは、並び替えられたカードがその数字や模様も変えていく事だろうか。流れるような手付きは先程と何も変わらない癖に、正面で見ているリゼルでさえ分からない動きで数字を順番に揃えていく。

撫でるように数秒、リゼルの手元にあるカードは配られた時と一枚たりとも同じものは無かった。そしてその内の一枚をピンッと弾いて指がゆっくりと離れていく。

「ドローは無しで。レイズしたいぐらいですけど、チップがチップなので無理そうですね」

「煽っても引いてやんねぇぞ」

「引いて貰っちゃ困ります」

ハッタリだ、と彼らが決めつけたのは間違いではない。これ程注目を集めておきながらジル以外の誰もがイレヴンが行った事に気付かなかったのだから。

リゼル達に目を付けるのも仕方が無い。見るからにギャンブル慣れしていなさそうなリゼルなど絶好の鴨に見えるだろうし、清廉とした雰囲気はイカサマなど気付かないだろうと思わせるのだから。

彼らの最大の間違いは一つだけ、自らの手元に仕込んでおいたカードの役を露骨過ぎるかと最上位にしなかったことだ。した所で、彼らでは真の最上位になど届かなかっただろうが。

「俺の勝ち、ですね」

「ッんだと……!」

冒険者達の前に並ぶストレートフラッシュ、そしてリゼルの前に並ぶファイブカードに見ていた者は歓声を上げた。

「てめぇ何時仕込みやがった! ジョーカーなんざ入れてねぇぞ!」

「やだな、変なこと言わないで下さいよ。抜き忘れたんじゃないですか?」

可笑しそうに笑いながらも、しかしリゼルの手は褒めるように自らとは逆側のイレヴンの頬へと当てられた。スリ、と鱗を掌が撫でる感覚に心地良さそうに目を細める姿に笑みを甘くする。

「証拠が無ければイカサマなんて無いし、あっても見抜けない方が悪いんですよね」

冒険者が奥歯を噛みしめる。この時ようやく彼らは勝負を仕掛けてはいけない相手に仕掛けたのだと気が付いた。

乱闘に持ち込んでうやむやにしようにも隣に座る一刀の存在がそうさせてくれない。もし一挙一動に反抗の意思を混ぜれば間違いなく向けられただけで委縮するような視線が向けられるだろうと、Aランクだけあってそれが分かる程度には理性的だった。

「迷宮品、何かは分かりませんが展示が終わったらギルドに預けておいてください」

何も言えず了承するしかない冒険者に、イカサマっていうのもギャンブルっぽくて良いかもしれないなとリゼルが感心していた時だった。

ふと隣に座っていたジルが肩に手を回すように腕を背もたれに乗せ、歓声がやかましいとばかりに顰めた顔をリゼルの耳元に寄せる。その唇が零した言葉に、リゼルは柔らかく微笑んで一度頷いた。

「イレヴン、俺達は一度甲板に出ますけどどうします? 遊んでますか?」

「えー、何で? リーダー満足してねぇっしょ」

「ちょっと涼むだけです」

ちょい、とリゼルが指でジルを指し示す。

そこには人一人ぐらい殺した直後なんじゃないかというぐらい鬼気迫る空気を醸し出す姿があった。衣装を整えている今はぎりぎり影のある男と言えなくも無い事も無いかもしれないが、普段通りの格好だったら誰もが視線を逸らして視界に入らないようにしようと逆ダッシュするだろう。

あー、とイレヴンが頷いた。周りを囲む観客と歓声が上がるほどの興奮、そして着込んでいる事も相まって暑さに弱いジルの忍耐が限界を迎えつつあるようだ。

「遊んでる」

「そうですか。入口とは逆の階段を上がると庭園みたいなのが有るようなので、其処にいますね」

「りょーかい、あんま遅いとつまんねぇけど」

「そんなに長くはいませんよ」

そうしてリゼル達はソファから立ち上がり、人々の合間を縫ってそれぞれの場所へと向かって行った。

「てめぇも遊んでりゃ良いだろうが」

「いえ、此処も見てみたかったので」

船の上で、恐らく一番高いだろう甲板にジルとリゼルは並んで立っていた。

庭園と言うのも決して間違いでは無く、仮面舞踏会のイメージに反することのない空間が作られている。柵に絡みつく漆黒と真紅の花が幻想的なランプに照らされ、遠くに置かれたベンチにはまるで貴族の逢瀬のように着飾った男女が座っていたりもする。

ロマンチックというよりは、ただ華やかで幻想的な空間なので男二人でも浮かないのは幸いか。浮いてもリゼル達は気にしないが。

「高いから他の船も見えますね」

「落ちんなよ」

ジルは柵に背をもたれ、リゼルは柵に手をついて巨大なこの船に寄り添う様に幾隻も連なる船を見下ろす。夜の海は黒く恐ろしいが、しかし浮かぶ船は精一杯に光を灯され美しい。

一番近くにあるのは、余り見た事がない形をした船だった。船の上にまるで家が建てられているような、しかし壁はほとんどなく屋根だけがしっかりと作られている。

中では明るい光の中、人々が胡坐をかき何やら木の札を持っていたり小さな木が編まれた器を持っていたりしていた。

「あ、あれって団長さん達じゃないですか?」

「あ?」

リゼルが指を指した先をジルが見下ろすと、屈強な男達に囲まれた美少年と幼女という有る意味危険な光景が広がっていた。運、良さそうですよねぇとほのほの言っているリゼルは一体何を思ってそれ程まで穏やかな感想を零しているのだろうか。

「丁だコンニャロ! てめぇぇぇサイコロいじってんじゃねぇだろうなコンニャロ!」

「半、半来て欲しいかなって! おっしゃぁぁぁぁ来たぁぁぁぁ!!」

余り見たい光景では無かった。

案の定、しばらく見ていると騎兵か船兵かは良く見えないが知らせを受けたらしい兵が慌てて二人へと駆け寄って行く。子供がどうのと聞こえてきたので予想通り盛大に誤解を受けているらしい。

この件に関しては兵に落ち度は無い気もする、と団長に鳩尾を殴られ撃沈した兵を見下ろした。勢い良く丁半に戻って行く二人に兵への思いやりは欠片も無い、あるのは賭博に賭ける魂だけだ。

「丁半って本で読んだだけで、やった事ないんですよね」

「やっても違和感しか無ぇけどな」

もはや仮面舞踏会の雰囲気に浸ろうともしない二人がそんな事を話している時だった。

ふいに庭園の奥で何か言い争う声が聞こえた。普段のリゼル達ならば気にすることなく「流石にナハスさんは来ないですね」とのんびり話していた筈だが、しかしジルは微かに眉を寄せリゼルを見下ろした。

何故なら聞こえた声は若い男女の声、馬鹿にするような男の声とひたすらに弱い女性の声だ。

「本当にこいつはこの国の女と比べて色気が無い。今夜も俺がエスコートしてやるって言ってるのに露出の一つも出来ないなんて言うし、俺に恥をかかせたいのか」

「ご、ごめんなさい……」

男を諌める声もするので、男の友人がもう一人いるのだろう。

女性ならば誰にでも手を差し伸べる訳ではないリゼルだが、しかしやはり其方へ歩を進めたのを見て基本的にフェミニストだよなとジルは諦めたように溜息をついて柵へともたれかかった。

もうしばらく、船内へと戻る事は無さそうだ。