軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クリスタル・エルフの始祖

牡蠣のテリーヌはクリームのようになめらかで、芽キャベツのスープはショウガが効いていて体がポカポカ温まる。ザリガニのフライは特製タルタルソースでいただくのだが、衣はサクサク、身はプリプリで最高の味わいだ。ジャガイモのプティングは表面はカリカリ、中はほっくりで、底にはアーモンドがアクセントとして入っていた。ザクザクとした食感が楽しく、香ばしい風味があっておいしい。

アライグマ妖精の姉妹の、料理の腕は日々成長しているようで、貴族の屋敷で働く一流料理人が作ったと言っても過言ではない。

エルツ様も料理を絶賛していた。

「このカモは、家を守護する妖精が獲ってきてくれたんです」

「かなり優秀な狩人だな」

「本当に」

カモの丸焼きはナイフを入れると肉汁がじゅわっと溢れる。

お腹の中に詰め込んだ野菜はカモの旨みをこれでもか、と吸い込んでいた。

カモの皮はパリッパリで、肉はほんの少しだけ固いものの、噛めば噛むほど味わい深く感じる。

庭で採れた薬草が、食材の魅力を最大限にまで引き出してくれるような気がした。

エルツ様はいつもより食が進んだようで、食べ過ぎてしまったと言う。

「不思議だな。独りだと食欲なんてまったく湧かないのに、そなたと一緒にいると、たくさん食べてしまう」

「私がいなくても、たくさん食べなければなりませんよ」

「わかっているが、どうしても食事について失念してしまうのだ」

千年も生きていると、一日三回の食事がおろそかになってしまうのだろうか。

よくわからない。

食後は客間に移動し、レモングラスと蜂蜜で作った薬草サイダーを囲む。

しばらく楽しく会話をしていたものの、本題に移らないといけないだろう。

「エルツ様、その、先ほど魔法の手鏡を通じて交わしたことについて、お話ししたいのですが」

「そうだったな」

エルツ様は「はーーーー」と盛大なため息を吐いたのちに、話し始めた。

「まず、はっきり言っておくが、私はこれまで一度も結婚していない。それゆえ、後妻を迎える云々は見当違いの話になる」

エルツ様はクリスタル・エルフの始祖で、エルフ族以外の貴族女性と結婚し、今に至るのではないのか。

貴族女性は人間なので、千年経った今は生きているわけがなかった。

「もしかして、千年前は結婚はされていなかった、ということですか?」

愛する女性との間に子どもをもうけるばかりで、婚姻は交わしていなかったのか。

それだと結婚していない、という主張は理解できる。

「いいや、違う。そもそも、私は千年も生きていない」

話がこんがらがってきた。

一度頭の中を真っ白にして、エルツ様の話をじっくり聞いたほうがいいのだろう。

「ベアトリス、そなたは私を、クリスタル・エルフの始祖であるエルツ・フォン・ヴィンダールストだと思っているのだろうか?」

「違うのですか?」

「違う。私は二十九年前にこの世に生を受けた、エルツ・フォン・ヴィンダールストと同じ名を与えられた者に過ぎない」

まさかの事実に、後頭部を金槌で打たれたような衝撃を受けてしまう。

「つ、つまり私は、ずっと人違いをしていた、というわけですか?」

「そうなる」

わからないことがまだまだたくさんある。

まず、エルツ様の耳について。

同じクリスタル・エルフのクルツさんの耳は尖っていたものの短かった。人間との婚姻を重ねていくうちに、エルフの血が薄くなっている、という話を聞いていた。

一方で、エルツ様の耳はナイフみたいに長く、純血種のエルフのようだった。

「エルツ様の耳はなぜ、そのように長いのでしょうか?」

「これは先祖返りだと言われている」

なんでも数世紀に一度、魔力が高い者が生まれることがあったらしい。その者は長いエルフの耳を持って生まれるのだとか。

そういう人々を、ヴィンダールスト家では先祖返りと呼んでいるという。

「もしや、私が王宮で見た肖像画というのは、エルツ様ではなく――」

「始祖のほうだろうな。私は肖像画を描くよう依頼した覚えはないから」

見間違えるほどそっくりなのも、先祖返りの一環なのだろう、とエルツ様は話す。

「なるほど。そなたはずっと、私を千年以上も生きる、化石のようなクリスタル・エルフの始祖だと思っていたわけか」

「いえ……そこまで考えてはいませんでしたが」

エルツ様は悲しげな表情を浮かべ、遠い目を浮かべる。

「クリスタル・エルフの始祖が千年もの間、王室典医貴族の長を務めていた、という話を耳にしていたものですから、余計にそのように思い込んでいたのかもしれません」

「代替わりをしたのは三年前だ」

「そうだったのですね」

名前が同じで、顔立ちもそっくりなので、エルツ様に代わったと把握する者はそこまで多くないらしい。

「まあ、着任式はしなかったし、わからないのも仕方がない話だろう。あのオルコット卿ですら、私を大魔法医などと呼んでいたからな」

大魔法医、というのは千年もの間王室典医貴族であり続けたクリスタル・エルフの始祖への尊敬を含めた呼び方だったようだ。

「オルコット卿ですら、エルツ様をクリスタル・エルフの始祖だと思っていらっしゃったのですね」

「あの者はずっと北の辺境にいたからな。気付かないのも無理はない」

エルツ様はこれまで何度も、クリスタル・エルフの始祖に勘違いされていたらしい。

そのため、途中から訂正するのが面倒になったようで、今はそのままにしているパターンがほとんどだったようだ。

「私の名付け親はクリスタル・エルフの始祖だ。もしかしたら、便利屋扱いされるのに飽き飽きして、自分の代わりとして育てようと思ったのかもしれない」

高い魔力を持って生まれたエルツ様は、クリスタル・エルフの始祖のもとで育てられたという。

「クリスタル・エルフの始祖は大変な変わり者で、何を言っているのか理解できないことがありすぎて、私はとんでもない苦労をした。しだいにバカらしくなって、何もかも投げ出しそうになったときに、グレイと出会ったのだ」

クリスタル・エルフの始祖はとてつもない速さで知識をエルツ様に叩き込もうとしていたようだが、それを見たお祖父様が待ったをかけたらしい。

「それ以降、魔法薬に関しては、グレイが教育を担当するようになった。彼は厳しかったが、クリスタル・エルフの始祖と違ってめちゃくちゃなことは言わないし、道理にかなったわかりやすい説明で、私の理解が遅くとも咎めたりはしなかった」

エルツ様はお祖父様を心から尊敬していたという。

「堅物なグレイが唯一表情を和らげるのが、ベアトリス、そなたについて話をするときだけだった」

「祖父はいったい何を話していたのですか?」

「そなたが絵本を読めるようになったという話だったり、木登りが上手だという褒め言葉だったり」

「えーっと、つまり、身内の自慢話を聞かされていたのですね」

「まあ、年を追うにつれて、優秀な魔法薬師になるであろう、という話題もあったが」

話しながらデレデレしていたというが、お祖父様の甘い表情というのがまったく想像できなかった。