作品タイトル不明
お客様をお迎えするために
ドレスは 木蔦(アイヴィ) 色のものを選び、化粧も普段より丁寧に仕上げた。
髪は三つ編みのおさげにして、後頭部でまとめる。
いささか地味ではあるものの、自宅にいるのに気合いが入りまくった姿でいるはおかしいので、これくらいでよしとしよう。
掃除は普段から綿埃妖精がしてくれているので大丈夫。
他にもテーブルクロスやクッションカバーを変えたり、窓を全開にして空気の入れ換えをしたり、庭で摘んだサイネリアを花瓶に活けたり、とささやかではあるが、過ごしやすい空間にしてみた。
あとはどうしようか。
これまで魔法薬師としての仕事に専念するあまり、客人を招いてもてなすことなど、なかったような気がする。
何をすればいいのかわからなくなり、頭を抱えてしまった。
おろおろしている私に、セイブルが声をかけてくる。
『ベアトリス、今日獲った獲物を、リス妖精に解体してもらったぜ!』
「まあ!」
それはむくむくと肥えたカモだった。なんでも近くにある湖にたくさんいたらしい。
「セイブル、あなた、日に日に猟の腕前が上がっているようですね」
『ふふん、だろう?』
ありがたくカモをいただき、私も何かひと品作らせていただこう。
とは言っても、時間がないので凝った料理はできない。
今からできるものといったら、丸焼きくらいだろう。
台所では、アライグマ妖精の姉妹が作った料理が続々と完成しつつあった。
「ねえ、モコ、キッチンストーブを借りてもいいでしょうか?」
『もちろん!』
カモのお腹に乾燥させたオレガノと塩、ジャガイモ、ニンジン、セロリ、ニンニクを詰め、紐でぐるぐる巻きにして解けないようにする。
表面にオリーブオイルとタイムやローズマリーなどの薬草や塩、コショウを揉み込んで、キッチンストーブでこんがり焼いていく。
魔法の窯は食材が焦げないような強い火力を出すことができるので、十分ほどで焼き上がった。
あとは、摘み立ての薬草を使ってお茶を淹れておこう。
先ほど言葉を交わしたエルツ様の声が、少し 嗄(か) れているような気がしたので、のどの痛みを抑える効果があるセージを選んでみた。
そうこうしているうちに、私の目の前に魔法陣が突然現れる。
そこには、エルツ・フォン・ヴィンダールストの侵入を許しますか、と古代文字で書かれていた。
もちろんと答えると魔法陣は光り輝き、入場を許可しました、という文字が浮かび上がる。
外で『ぴいいいい!』というグリちゃんの鳴き声が聞こえた。
急いで外に出ると、エルツ様が玄関先に立っていた。
「エルツ様、ようこそおいでくださいました」
「ああ」
エルツ様が土産だ、と言って差し出してくれたのは、軟膏にしたら美肌効果が期待できるセラム草の束だった。
「そなたは普通の花束よりも、こういった品のほうが喜ぶと思って」
「ありがとうございます、嬉しいです」
セラム草の旬は春先なので、これはたぶん、温室で育てられた稀少な品なのだろう。
「ここは美しい場所だな」
「ありがとうございます。祖父から引き継いだ、イーゼンブルク公爵家のはじまりの場所なんです」
「そうだったのか……。そなたが他人の侵入を許さなかった理由がよくわかる」
ここはイーゼンブルク公爵家の歴代当主が宝物のように守ってきた。今後もたくさんの人々を招くような場所にはならないだろう。
「本当に、私が踏み入れてよかったのか?」
「はい。エルツ様ならば問題ありません」
「それは光栄――げほ、げほ!」
外は乾燥しているので、咳き込んでしまったのだろう。
「エルツ様、どうぞ中へ。喉にいい薬草茶をご用意しております」
「う……なぜ、喉の調子が悪いと見抜いた?」
「お話ししているときに、少し声が嗄れているように感じましたので」
「さすが、私の専属魔法薬師だ。何もかもお見通しだというわけだな」
〝私の専属魔法薬師〟という言葉を聞いて、盛大に照れてしまう。
エルツ様に悟られないよう、家の中へと招いた。
「洗面所はあちらにございます。手を洗って、うがいをしたほうがいいかもしれません」
「わかった、感謝する」
食事を薬獣が用意したというと、エルツ様は喜んでくれた。
「少し早い夕食となりますが、よろしいでしょうか」
「今日は何も口にしていなかったゆえ、ありがたいくらいだ」
「また、何も召し上がっていらっしゃらなかったのですね」
「休日はついついぼんやりしていて、一日中魔法書を読んで過ごしてしまうのだ」
つまり、勤務日で私が食事を勧めなければ、何も食べていないことになるのだ。
エルツ様が体調不良を訴えてばかりだったのは、不健康な生活のせいだったのだろう。
テーブルに次々と料理を運ぶ。
牡蠣のテリーヌに芽キャベツのスープ、ザリガニのフライに、ジャガイモのプティング――とアライグマ妖精の姉妹はごちそうを用意してくれたようだ。
それに、私が焼いたカモの丸焼きが追加となる。
エルツ様はアライグマ妖精の姉妹に紳士的に挨拶をし、食事を作ってくれてありがとう、と感謝の気持ちを伝えていた。
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。ムクとモコ、モフは嬉しそうだった。