作品タイトル不明
最終話
「戻って来られたということは、どうやら上手くいったみたいですね。ご苦労さまでした」
「ライハルト殿下、ご報告が遅くなってしまい申し訳ありません」
「それと、ミア殿をダルバートに向かわせてくれた件も礼を言わせてくれ」
いつものように忙しく復興工事のための資料作りなどの執務に追われているライハルト殿下は、私たちが部屋に入ると立ち上がり労いの言葉をかけてくれます。
エルザさんたちのおかげでダルバート王国から一瞬でパルナコルタ王国に戻ることができました。
ちなみにミアも彼女たちにジルトニアへと送ってもらえています。
戻ってきた私とオスヴァルト様はライハルト殿下に報告をするためにこちらを訪れました。
ライハルト殿下はヘンリーさんがエリザベスさんの遺体をダルバート王国に連れて行くことを許しています。
その理由はおそらくエリザベスさんの死に負い目があったからでしょう。この方はずっと深い悲しみと戦い続けて、エリザベスさんの代わりに国を繁栄させようと努力を続けていたのです。
「あなた方が上手くやってくれるのでしたら、それに越したことはありません。私としてもフィリアさんやオスヴァルトをこの国が失うのは出来れば避けたいと思っていました。協力するのは当然です」
「ライハルト殿下、エリザベスさんは――」
「エリザベスの遺体の件の話ですか?」
「……っ!? は、はい。なぜ、それを」
ライハルト殿下はエリザベスさんの遺体の件を私が知っていることを知っていました。
ヒマリさんにこっそりと調査してもらったのに何故でしょうか。
「すみません。ヒマリにその情報を流したのは私なんです。直接伝えても良かったのですが、表立って言うのも気が引けましたので」
「いえ、私の方こそご無礼を働いてしまい申し訳ありません。ヘンリーさんの動機を探る上でどうしても必要だったものですから、やむを得ず……」
「お気になさらずに。ヘンリーさんは私を酷く憎んでいました。そしてその憎しみの対象はエリザベスが命がけで守ろうとしたパルナコルタ全土まで広がった。さらにそれがフィリアさんにも及んでいたとなれば、責任は私にあります」
ライハルト殿下はヘンリーさんの復讐心が私に及んでいたのを察知していたみたいです。
もちろん確信はなかったのでしょう。ですが、ヘンリーさんが遺言を捏造したという仮定をした場合。その動機にもっとも早くたどり着くのはライハルト殿下に間違いありませんでした。
「あなた方がダルバートの地で幸せに暮らせるなら、と最初は思っていたのです。しかしながらフィリアさんが私とヘンリーさんの因縁について調べていると知ると、それがどうしても気がかりになりましてね。ミアさんが現れたとき、彼女にすべてを託そうと思ったのですよ」
ソファーに私たちを座らせて、ミアをダルバートに寄越したときの心理を語るライハルト殿下。
殿下はきっと常に私たちが幸せに生活する最善の道を模索し続けていたのでしょう。
どこまでも優しいライハルト殿下の心の内に触れて私は殿下に感謝せずにはいられませんでした。
それから私たちはライハルト殿下に報告をします。ヘンリーさんの目的がパルナコルタへの復讐で、冥府の神ハーデスを復活させてそれを成そうとしていたことを。
そして私たちが一丸となってそれを阻止した話を……。
「兄上、エリザベス殿が兄上にごめんと伝えて欲しいってさ。兄上と国を愛して、そのためにお互いに頑張ってきた時間が幸せだったとも言っていた」
「それはフィリアさんの降霊術とやらですか?」
「ああ、そうだ。多分エリザベス殿は兄上に前を向いて欲しいんじゃないかな」
「そうですか。……前なら向いていますよ。私が前を向かなければ、エリザベスに顔向け出来ません。私の中でエリザベスは生きています。だから、私はこの国を愛し続けることが出来るのです」
初めてお会いしたときから感じていたライハルト殿下の国への並々ならぬ愛情。それは今までに会った誰よりも強いと感じました。
でも、当然かもしれません。ライハルト殿下には二人分の愛情があるのです。エリザベスさんと彼自身の。
ライハルト殿下の曲がらない心の強さの原点が彼女なのでしょう。
過去を引きずりもせずに、その上で忘れない。一番難しいことをされていると思います。
そんなライハルト殿下だからこそ、きっとパルナコルタ王国を良い方向へと導いてくれる。私はそれを確信していました。
「さて、色々と時間がかかったせいであなたたちの結婚式の準備が滞っています。こちらにリストをまとめておきましたので、音楽や会場の内装、お出しする料理、誓いの言葉、くらいは自分たちで考えてください。手配はすべてさせますから。ゲストをもてなす気構えは見せてもらいませんと」
「「…………」」
ドサッと書類の束が目の前に置かれて、私とオスヴァルト様は互いの顔を見合わせました。
こんなに沢山のリストをライハルト殿下が? 私たちのために?
呆然としている私たちを見つめているライハルト殿下の微笑みはいつも以上に慈愛に満ちた穏やかな顔つきに見えました。
◆
「ふぅ、兄上は俺たちが戻ってくると信じてくれていたらしいな」
「どうしてそう思うんですか?」
「簡単さ、結婚式の準備をこれだけ進めておいてくれたんだ。帰ってこないと思っているなら予めこんなに資料を用意しないだろ?」
ライハルト殿下の執務室から出ると、オスヴァルト様は私にそんなことを語りかけます。
ズシリと重みを感じるほどの書類の山を抱えながら微笑むオスヴァルト様は嬉しそうに見えました。
兄であるライハルト殿下の思いやりをその書類の重さから実感しているからかもしれません。
「だが、これは目を通すのだけでもかなり時間がかかるぞ。フィリア殿、じゃなかったフィリアには聖女のお務めもあるし」
「ご心配なさらないでください。そういうのは得意です」
「そうか、そうだったな。じゃあ、頼りにするとしよう」
彼の隣を歩く私は期待で胸がいっぱいでした。
オスヴァルト様との未来のための計画を練れる。その事実が堪らなく嬉しいのです。
未来を全部を諦めてこの国にやってきました。ですが、諦めていた私はこの国で本当は欲しかったものを全て手に入れることが出来たのです。
「なぁ、一つだけ頼みがあるんだが。いいか?」
「あ、はい。何かありましたか?」
夕暮れ時までライハルト殿下の作られたリストを読んで、意見の交換は明日にしようと決めたとき、オスヴァルト様が口を開きました。
「今後、また理不尽なことがあるかもしれない。フィリア殿、いやフィリアは自分で何でも抱え込むことが多いだろ? だから、その。俺にだけはどんなわがままでも言ってほしいんだ。頼む!」
「…………」
頼み、と言われたので何を頼まれるのかと聞いていましたが、あまりにも突飛な話で私は口を開けたまま声を失ってしまいました。
わがままを言ってほしいのが、頼みとは何とも……。
「あ、あれ? 俺、何か変なことを言ったか?」
数秒間、黙ってしまっていた私を見てオスヴァルト様は焦ったような顔をされました。
この方はいつも私に新鮮な驚きを与えてくれます。
そして、その度に私は彼に惹かれてしまっていました。
「いえ、もう既に何度もわがままを申していましたので、改まってそんなことを言われるとは思いませんでした」
「そうだったかな? ははは、それなら良いんだが」
「オスヴァルト様も遠慮なく私にわがままを仰ってください。恩返しをしたいのです。それが今の私の精一杯のわがままです」
「……わがままを言ってほしいのがわがまま、か。はは、あなたらしい。こんなに優しいわがままを言われたのは初めてだ」
よく通る低い声で朗らかに笑うオスヴァルト様。
正直に言ってまだ夫婦になるということがどういうことなのか分かっていませんが、これだけは絶対だと言えます。
私はオスヴァルト様と共にいることが好きです。こうして心地よく会話をして、ときには無茶をして、歩き続けることが楽しくて仕方ないのです。
明日もまた彼と顔を合わせるでしょう。それが長い未来に渡って続くこと、未来への希望と期待に満ち溢れる今を、人は幸せだと言うのでしょう。
「オスヴァルト様、私は今……幸せです」
「気が合うな、俺もちょうどそう言おうとしたところだよ」
手を絡め、見つめ合い、私たちは互いの未来に思いを馳せました。
明日もまた同じ幸せを噛み締められると信じて――。