軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五話

「ん、んん……、はっ!? こ、ここは!?」

長らく眠っていたような感覚から目覚めた私の視界には心配そうな顔をしている皆様の姿が目に映りました。

そうでした。ハーデスを再び眠りにつかせるために“神隷の杖”を使って、その負荷に耐えきれずに倒れてしまっていたんですね。

神の魔力を使うとかなりの体力が奪われますから、降霊魔法を使った直後でしたし、無理が祟ったのだと思います。まだまだ修行不足だと痛感してしまいました。

「フィリア殿、大丈夫か?」

「オスヴァルト殿下、心配かけてすみません。このとおり問題ありませんよ。そんな顔をなさらないでください」

「……問題大ありだよ。まったく、俺は最後までフィリア殿に頼りきりだった」

悔しそうに顔を歪めてオスヴァルト殿下は自分が不甲斐ないと嘆いていました。

彼が檻を破壊して私を助け出し、“神隷の杖”を私のもとに運んできて、支えてくれたからこそ誰も犠牲にならなかったのです。私こそ殿下に頼りきりで情けない限りでした。

「殿下、自分を責めないでください。オスヴァルト殿下のおかげで私はここにいるのですから。皆様の無事をまずは喜びましょう」

「……ああ、そうだな。フィリア殿!」

「えっ? あっ! オスヴァルト殿下?」

気付いたとき、私はオスヴァルト殿下に思いきり抱きしめられていました。

こんなにも力強く彼を感じたのはミアを助けに行くときの馬上以来です。

いえ、あのときは私が振り落とされないように力を込めたのであって、今とは意味合いが違います。じんわりと殿下の体温も伝わってきますし、何だか力が抜けていきそうな感覚です。

「無事でいてくれてよかった! フィリア殿を失うなんて俺には我慢出来なかったから! 本当によかった!」

「すみません。ご心配おかけして」

「心配はかけていい。そんなことで謝らなくていい。とにかくフィリア殿、生きていてくれてありがとう」

死ぬような無茶はしないようにしたつもりでしたが、結局はこの体たらく。

殿下のお優しい言葉に触れて、私は今こうしていられることに感謝せずにはいられませんでした。

「そして、ミア殿。ありがとう。フィリア殿にずっと治癒魔法をかけ続けてくれて」

「あ、いえ。私なんて全然。姉の治療をするのは当たり前ですから」

「ミアが治癒魔法をかけてくれたの?」

「うん。神の魔力を使った反動での体力消耗は簡単には治せないのは分かっていたけど。気休めにはなるかなって。丸一日姉さんは寝ていたから意味がなかったのかもしれないけど、やっぱり傍観は出来ないじゃない」

どうやらミアは気絶している私にずっとセント・ヒールをかけ続けてくれていたみたいです。

ずっと倒れていたのに妙に身体が軽く感じるのはミアがかけてくれた治癒魔法が後から効果を発揮してくれたからかも知れません。

「ミア、ありがとう。おかげで助かったわ。それに“神隷の杖”も守ってくれて、とても頼りになってくれた」

「あはは、私ね。フィリア姉さんに助けられたお礼がどうしてもしたかったの。やっと願いが叶ったわ」

いたずらっぽい笑みを見せて、彼女は以前にジルトニアが窮地に陥った際。私が彼女を助けた話を引き合いに出しました。

「フィリア姉さんの妹として手助けが出来た。私たち、そうやって助け合える姉妹になりたいじゃない」

たとえ両親が違っていても私とミアにはそれ以上の繋がりがある。彼女はそう言いたげでした。

私も彼女の意見に賛成です。だって、ミアは私にとって……。

「あなたは自慢の、世界で一番の妹よ。私はミアの姉であることが誇らしい」

「うん。私も姉さんが一番の自慢だよ!」

ミアとの絆を確かめ合い、私は彼女という妹を持てた幸運にも感謝しました。

何だか先程から感謝ばかりですね……。

「良かったわね。これで帰れるわよ。体調を考えたら明日のほうが良さそうだけど、望むのなら今すぐにでもパルナコルタに返してあげられるわ」

「エルザさん……、それでは私は……」

「ええ。ヘンリーは投獄されて、次期教皇は緊急で行われたクラムー教本部内の選挙によってオルストラ大司教が選ばれたわ。あなたはパルナコルタの聖女としてそのまま生きることを許されたってわけ」

ああ、良かったです。全部そのために頑張りましたから。

目的が達成出来て感無量です。これで皆さんと一緒にパルナコルタ王国に帰還出来るのですね。

「帰還出来るは嬉しいです。しかし、選挙を行っていたとは。本部の皆様には迷惑をかけてしまいましたね」

「あんなの迷惑でも何でもないわよ。むしろ、不祥事を起こしたのは本部なんだから、大聖女さんの望みを何でも聞いてあげるって言っていたわ」

「何でも、ですか?」

「ええ、何でもいいわよ。叶えられる範囲内なら」

間違いがあったということで、クラムー教の本部は私の我儘を一つ聞いてくれるらしいです。

通常、こういった話には乗らないようにしているのですが、今日は少し違います。

非常に気がかりなことがあるのです。

「あの、それではお言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」

「もちろんよ。遠慮なく言いなさい」

パルナコルタ王国に早く戻らねばとは思っていましたが、私は目を覚ました翌日の夜まで帰還を先延ばしにしました。

ここ聖地で瞑想をすると魔力が充実するのを感じます。こちらで修行したがる方が多いのも納得できますね。

「どうだ、体の調子は」

「ええ、すっかり良くなりました」

許可を得て聖地の壇上に上がった私とオスヴァルト殿下。

今はここで人を待っています。夜風が涼しくて気持ちがいい。

月明かりに照らされながら私と殿下は雑談をしていました。

「待たせたな。約束は守るが、この男は重罪人ゆえ。枷は外せぬし、監視もつけさせてもらうぞ」

手枷をつけられたヘンリーさんが俯向きながら現れました。そう、待ち人とは彼のことです。

大司教の称号を失い、牢獄に閉じ込められた彼はたったの二日でかなり痩せてしまったようにも見えます。

「敗者である私を笑うために呼んだのか? フィリア・アデナウアー」

「いえ、そうではありません。ここにあなたが冷凍保存したエリザベスさんの遺体があります」

「それがどうした? パルナコルタに戻したくば好きにするといい。許可など要らぬ」

エリザベスさんの遺体の話をすると、虚ろだったヘンリーさんの目に光が宿りました。

どんなに絶望の最中にいようと、妹だけは特別な存在なのでしょう。

「いえ、そのようなお話ではありません……!」

「――っ!? そ、それは神の魔力。まさか、降霊魔法を!?」

『ヘンリー兄さん。ヘンリー兄さんの声が聞こえる……!』

「え、エリザベス!?」

私は降霊魔法を使ってエリザベスさんの魂を呼び寄せました。

ヘンリーさんの苦悩の日々はライハルト殿下を無理やり説得して彼女の遺体をダルバートまで連れて行った所からスタートしていたみたいです。

彼は自らが神の魔力を運用して“神の術式”である死者蘇生魔法を修得しようと修行をしたのですが、それは叶いませんでした。

一時は諦めかけていた彼ですが、教皇から遺言を受け取った日にこの計画を思いついたとのこと。私への敵愾心もさながら、妹であるエリザベスさんを生き返らせたいという心に囚われていたのでしょう。

『ごめんね。私が不甲斐ないばかりに、みんなに迷惑をかけて』

「お前が謝ることは何もない。聖女だからとお前に無理をさせたパルナコルタが悪いのだから」

『それは違うわ!』

「エリザベス……」

状況を飲み込んでいるのか分かりませんがエリザベスさんはまず謝罪をされました。

そしてエリザベスさんがヘンリーさんの言葉を否定したとき、彼は目を見開いて愕然とした表情をします。

『私は最期まで愛する国を想うことが出来て幸せだった。ライハルト様にはごめんと伝えて。あの方と共にパルナコルタ王国を愛して、尽くせた時間が私の生きた証だった、と。お願い……!』

「死んでもお前は、そんな言葉を……。それでは、私がしたことは。ぐっ、うううっ……」

ヘンリーさんはエリザベスさんとの会話に涙しました。

もっと長く話をさせて差し上げたいですが、これが私の限界です。

『私の魂を呼んだ方の意識が流れてきました。フィリアさんというのですね』

「はい。パルナコルタの聖女をしております」

『まぁ、そうでしたか。国をどうかよろしくお願いします……』

最後にエリザベスさんは私に声をかけていきました。

もう限界です。あのときと同じく足がもつれて、今はオスヴァルト殿下に支えられています。

「わ、私はあなたを殺そうとしたのですよ。フィリア・アデナウアー、何故このような私に慈悲を?」

声を若干震わせて、ヘンリーさんは私の行為が信じられないとします。

そんな理由などあまり考えていませんが、あえて答えるとしたらどうでしょう……。

「なんとなく私がエリザベスさんの跡を引き継いだのは、ヘンリーさんを助けるためでもあったのかと思いまして」

「……そうか。あなたは強いのですね。今なら本気で思いますよ。あなたのような強く優しい人が教皇となった世界を見てみたいと」

「最高の褒め言葉だと受け取っておきます」

ヘンリーさんは最後に力なく微笑み、連れて行かれました。

彼はエリザベスさんとの会話に何を感じて、何を想ったのか想像しかできませんが、きっと心の中に振り続ける雨が止んだのだと、そう信じたいです。

「なんだか、あっという間だったな。今回、俺は大して役に立てなかったが、何にせよ万事上手くいって良かった」

「ええ、終わってみればダルバートに旅行にでも来ていたような気分になるから不思議です。……あっ、すみません。不謹慎でしたね」

「不謹慎なものか。俺もフィリア殿と短期間とはいえ、こうして一緒に暮らせて良かった。結婚後の生活も楽しくなりそうだとも思ったよ」

ダルバート王国での生活はオスヴァルト殿下とずっと一緒に過ごしていたので楽しかったのです。

もちろん、パルナコルタ王国が恋しくない訳ではありません。帰るべき場所に帰りたいという一心で頑張りました。

ですが、殿下とのこの地での思い出はやはり輝かしく大切な宝物となったのです。

「見てください、殿下。満月ですよ。ここは地上のどこよりも空気がきれいですから。月の光も美しく見えますね」

「ああ、そうだな。フィリア殿も負けていないが」

「まぁ、殿下ったら。相変わらずお上手ですね」

「いや、俺は世辞は苦手だ。だから自分に正直に生きようと決めたのだ」

いつの間にか互いに寄り添い、月を二人で眺めていました。

月の光に照らされた殿下の金髪はキラキラと煌めいて、いつもよりも幻想的な輝きを見せます。

「フィリア殿。これから先、どんなことがあってもこうして一緒に居たい。俺はそのためならなんだってやってみせる」

「私も同じ気持ちです。殿下が支えてくれたからあのとき私は生にしがみつけました」

手を取り合って私たちは自分たちの気持ちを確かめ合いました。

もう何度も確認して、同じ気持ちだと知っているのですが、こうしたいとそんな衝動が止まらなかったのです。

「あの、オスヴァルト殿下」

「そろそろ殿下は止めないか? 俺はフィリア殿の夫になるんだ」

「では、オスヴァルト様とお呼びします。私のこともフィリアとお呼びください」

「そうか。では、そうしよう。フィリア……」

その後、私たちには言葉は要りませんでした。オスヴァルト様に優しく髪を撫でられ、私たちは初めて互いの唇に触れたのです。

微かに震えていました。鼓動が早くなり、どうしたら良いのか分からなくなるのと共に脱力して力が入らなくなります。

ですが、それが嫌な感覚ではないことに気付きました。すべてを委ねても良いと思わせるほどの安心感があったからです。

異国の地の月の下での口づけはその一瞬が永遠だと錯覚するほどで、何も知らない私は初めてに戸惑いを感じつつも、その瞬間の尊さを教えてくれました。