軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四話

「ふふふふふふふふ、ふははははははは! ついに来た! この時がやって来た! 自分を優秀だと思っている愚か者を嵌めてやるのは存外気持ちのいいものだなぁ! ふははははははは!」

高笑いしながら、虹色に光る水晶を掲げてこちらに歩み寄るヘンリー大司教。

エリザベスさんの蘇生を目的としており、私はそのために利用されただけだと思っていましたから、どうやら恨みもあるみたいです。

恨んでいるのは演技ではなかったのですね……。真に迫っていたわけです。

「これで私の復讐は完成する! エリザベスを生き返らせて、フィリア・アデナウアー、貴様を殺す。存在を消してやる!」

「殺す? そこまでの恨みを買った覚えはありませんが」

なんと、私を殺すつもりでしたか。これは思った以上に彼の憎しみは大きいみたいです。

エリザベスさんの代わりを務めたことがそこまで彼にとっては憎むべき話だったのでしょうか。

「恨みを買った覚えがないだと! この冷徹なクソ女が! 貴様が手柄をあげて、パルナコルタ聖女として崇められる度にどれだけエリザベスが不憫だったと思う!? 貴様は自分の優秀さが大層自慢なのかもしれないが、その裏で命懸けで懸命に国に尽くして死んでしまった我が妹は使えぬ聖女として皆の記憶から消えてしまった! 貴様が私の妹を殺したのも同然だ!」

ヘンリー大司教は私がパルナコルタのために動いたせいでエリザベスさんの記憶がなくなったと責め立てます。

ほとんど言いがかりなのですが、彼の視点を通して見れば私はかなりの悪人みたいです。

「そんな貴様を教皇の奴は! 大聖女にすると抜かしやがった! フィアナにしか与えられなかった称号を、死んだ妹の居場所を奪った女が取ろうとしたのだ! あのときの私は怒りで腸が煮えくり返りそうだったよ! ふははははははは!」

歪んだ笑みをこちらに向けて、ヘンリー大司教の恨み節は止まる気配がありません。

何もかもが気に食わないという彼の主張はユリウスに似ていましたが、憎しみの度合いでいうとヘンリー大司教のそれはユリウスを遥かに凌駕していました。

「一応、お伝えしておきますが。エリザベスさんはきっとあなたが自然の摂理を曲げてまで命を与えられても喜ばれませんよ。それどころか、誰かを犠牲にするようなやり方を軽蔑すると思われます」

グレイスさんからその人となりを聞くとエリザベスさんは慈愛に満ちた人物だったみたいです。

彼女について話すライハルト殿下も同様のことを言っていました。

そんな理想の聖女とも呼べる方が身勝手極まりないヘンリー大司教の独りよがりの感情で蘇らされたとしてもきっと傷付かれると思います。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 聞いたふうな口を利くなぁ!!」

しかしながら、予想はしていましたが私の言葉など届くような彼の精神状態ではありませんでした。

ヘンリー大司教は復讐に取り憑かれてしまっています。

悲しい話です。ヨルン司教によると大変信仰心が厚く、信徒たちからも慕われていたみたいですから。

元々そういう気質の方でしたのに悲しみと怒りによってここまで変わってしまわれるとは、いたたまれない気持ちになります。

「なんだ!? その憐れむような顔は! 気に食わない! 貴様自身の間抜けさを憐れんでいるのか!?」

「いえ、あなた自身の境遇。そして優しすぎるが故に壊れてしまった心を憐れんでいます。願わくば、神に許されてほしいと。これ以上の罪は重ねないで頂きたいと」

彼はぶつけようのない怒りに囚われて、暴れたいだけなのです。

大司教にまでなった人間が善悪がつかないはずがありません。それでもどうしようもない不幸な出来事に抗えなかった自分を何よりも責めているみたいにも見えます。

「ふははははははは! この私を憐れんでいるだって!? 私は心底幸福だよ! なんせ“神隷の杖”我が手に入れば、エリザベスは復活するのだからな! 恩知らずのパルナコルタ国民に! あの子を殺したライハルトに! あの子の功績を殺したお前にも! 全て、復讐してやる!」

復讐者と化したヘンリー大司教には何の言葉も通じません。

ただ、憎しみの感情に支配されて全てを力で解決しようとしています。

何もかも許せないのでしょう。エリザベスさんがいないこの世界の全てが。

「さぁ、間もなく私の前に“神隷の杖”がやって来る! そのときこそ! 冥府の神、ハーデスが目覚めるのだ! 会場のざわめきが私には勝利のファンファーレにしか聞こえない! 非常にいい気分だぁ! ふははははははは!」

「いつまで待っても“神隷の杖”は来ませんよ」

「…………」

私が言葉を発した瞬間、彼は高笑いを止めて真顔になり、こちらを睨みつけました。

どうやら言葉はまだ聞いてもらえるみたいです。

そう。ヘンリー大司教が“神隷の杖”を手に入れるのは不可能です。

あの杖は私が最も信頼する方々が守ってくださっているのですから。

「はぁぁぁぁぁ? “神隷の杖”が私の元に来ないだってぇぇぇ!? 言っておくが私の下僕共は上級悪魔であるぞ! あれは確かに厳重に分厚い扉の奥に保管しているが、そんなの奴らにかかれば――」

「フィリア姉さん! “神隷の杖”は守ったわ!」

「――っ!? んなぁっ!? な、な、ぬぁにぃぃぃぃぃぃッ!?」

ミアが“神隷の杖”を手にして現れたので、それを見たヘンリー大司教は狼狽して尻もちをつきました。

彼女ならきっと成し遂げてくれると信じて良かったです。よく頑張ってくれました。

「フィリア殿! こんな檻! うらぁっ!!」

「――っ!? お、オスヴァルト! 貴様ぁ!」

更にオスヴァルト殿下が飛び出して檻をエルザさんに用意してもらった仕込み槍で破壊して私を助け出してくれました。

まだ体力が回復していませんので足元がふらつきますが、彼はそんな私を逞しい腕で支えられます。

魔力も空っぽですから、周囲のマナを体内に取り込みませんと……。

「ヘンリー大司教、あなたの企みもここまでです。私にも愛する妹がいますから、あなたの気持ちは痛いほど分かります」

「…………」

「幸い被害はありません。減刑されるように私から嘆願しますから、やり直してみませんか?」

「ヘンリー殿、復讐をしても虚しいだけだ。エリザベス殿はそんなことを望んでいないのは分かるだろう? 諦めて降参するといい」

私とオスヴァルト殿下はヘンリー大司教の企みは失敗に終わったとして、諦めるように促しました。

実際、“神隷の杖”なしでは神を従わせるのは無理なのですから、ここで彼は手詰まりのはずです。

「分かるだとぉ!? 私の気持ちが分かるだとぉ!? 全てを手に入れている幸せいっぱいの貴様に何が分かる!? ええい! こうなったら!」

「ヘンリー大司教……!」

しかし、彼は降参しません。立ち上がり、水晶玉を掲げて術式を発動させようとしました。

まさか、“神隷の杖”も無しに神を起こそうとしているのですか? 止めなくては――。

「神の機嫌を取り! 頼みを聞いてもらうまでよ! 目覚めよ! 冥府の神、ハーデスよ!!」

「「――っ!?」」

巨大な魔法陣が地面に展開され、大陸中が揺れているのではと思うくらいの大きな地響きが生じました。

遅かった……。私が動くよりも早くミアが得意の銀色に光る十字架の刃を放ちましたが、それもヘンリー大司教を止めるに至らず、覚醒魔法は成功して、冥府の神ハーデスが起きてしまったのです。

完全に予想外でした。ヘンリー大司教は神の恐ろしさを熟知している。そして慎重にここまで事を進めたからこそ、安直な行動に出るとは思わなかったのです。

魔法陣の中から出てきたのは黒色の翼を生やした長髪の男性。私とは比べ物にならないほどの神の魔力を迸らせ、目の前に竜巻が生じたと錯覚するほどの重圧を感じます。

淡い虹色の光を身に纏い。虚ろな瞳でこちらを見据えていました。

「冥府の神、ハーデス様! よくぞお目覚めになってくださった! あなたに折り入って頼みがあります! 妹を、我が妹、エリザベスを生き返らせて欲しいのです!」

「ふわぁ、君は誰だい? せっかく気持ちよく寝ていたんだけど。ふわぁ……」

「へっ? ――あぶっ!?」

ハーデスがヘンリー大司教を一瞥して、目から鈍い光を発した瞬間。彼は物凄い勢いで吹き飛ばされて、祭壇に激突しました。

ピクリともしませんが、まだ生きています。どうやら気を失ったみたいです。

「おっと、ふわぁ。眠りすぎて、色々と鈍っているなぁ。魂を死者の世界に飛ばすの忘れてた」

冥府の神ハーデスは一瞬で生物の魂を摘み取る“致死魔法”が使えると聞きます。

ヘンリー大司教は、たまたま死を免れたみたいです。

途轍もなく嫌な予感がします。アスモデウスと対峙したときの何十倍も。

神に人は抗えません。どのような理不尽も神の御業なら許される。

神を怒らせたのならいかなる状況でも我々の罪なのですから。

ですが、このまま指をくわえていると事態はとんでもない方向へと進んでしまいそうです。

「ふわぁ。とりあえず、調子は取り戻した方がいいな。適当にこの辺りの人間の魂を死の世界に送ってやろう」

気まぐれで何人か死に追いやると匂わせるハーデス。

彼にとっては人の死など何とも思っていないみたいです。

やはり、このまま放置するわけにはいきません。そして、この状況を打破するためには方法は一つしかありません。

「ミア! “神隷の杖”を私に渡して!」

「フィリア姉さん……! う、うん! わかった!」

私はミアの元に駆寄ろうとしましたが、まだ体力は回復しておらず腕を伸ばすことしか出来ません。

何とかするには“神隷の杖”でハーデスを再び眠らせるしかない。ミアも全てを察してこちらに走ってきます。

「んっ? ああ、あれは確か……、“神隷の杖”? 人間ごときがあれを使うと言うのか。無礼な……!」

「えっ?」

ハーデスはミアに音もなく接近して手をかざします。

あれは“神の術式”特有の光。彼はミアの魂を抜こうと――。

「おおっと、ミアちゃん。大丈夫かい?」

ズドンと大きな音がして、地面に底が見えないくらいの深い穴が空いたと思ったその刹那。マモンさんがミアの体を抱き、ハーデスの魔法から逃れます。

しかし、その衝撃でミアは“神隷の杖”を落としてしまいました。

「ま、マモンさん、ありがとうございます」

「なぁに、僕ァ女の子が危険に晒されて黙って見ているような腰抜けじゃないのさ」

「で、でも、足が……」

マモンさんはハーデスの魔法を受けて、右足を吹き飛ばされてしまっていました。

「僕ァ全身が作り物の身体だからねぇ。“致死魔法”も本体に受けなきゃ平気なのさ。ミアちゃんが無事で良かった」

どうやらマモンさんはその特異な体質のおかげで助かったみたいです。

悪魔の身体構造は人間とかなり違いますし、アスモデウスも魂だけで活動などしていましたね。

彼なら足を再びくっつけることが可能ですから大丈夫でしょう。

「なんだ悪魔もいたのか。ま、いいか。とにかく“神隷の杖”を……」

「あたしが持っていくわ。大聖女さん」

ミアが落とした“神隷の杖”をエルザさんが拾って、私のもとへ猛スピードで近付きます。

彼女の優れた身体能力は聖女以上。助かりました。あとは受け取るだけです。

「おっと、誰がそれを持っていっても良いって許可したかな」

「退魔術―― 破邪ノ大砲(はじゃのおおづつ) ッッッ!」

ハーデスはエルザさんに急接近するも、彼女は杖を投げて、両手の二本指をクロスさせて大きな光の渦を彼に向かって発射しました。

神をも恐れぬ豪胆な所業。退魔術によって爆発が起こり、煙の外から彼女が投げた杖がこちらに向かって飛んできます。

しかしながら、その放物線は咄嗟に投げたので私のいる位置からはかなりズレてしまいました。

「エルザ殿! かたじけない!」

オスヴァルト殿下はその杖を跳躍して掴み取り、私のもとへ走り出します。

この体さえ動けばもう手にしていたのに歯がゆいです。

「あの不敬な女は後回しだ。まずは杖を――」

「フィリア殿!」

「オスヴァルト殿下!」

ハーデスが一瞬で私たちの間近まで迫ってくる。私は最後の力を振り絞って手を伸ばして、オスヴァルト殿下から杖を受け取りました。

「おのれ! 人間! その杖だけは使わせない……!」

「冥府の神、ハーデスよ! 私の声に従ってください!」

神の魔力を“神隷の杖”に注ぎ込むと、暴風が吹き荒れて私は再び足を取られて杖を落としそうになりました。

「フィリア殿、大丈夫だ。俺がいる……!」

しかし、オスヴァルト殿下に支えられて私は杖を掲げてその力を開放します。

天まで届きそうなくらい竜巻は高く上り、そして耳が聞こえなくなったのかと錯覚するくらい周囲が静かになりました。

「…………」

「冥府の神、ハーデス。静かに眠っていたところを起こしてしまって申し訳ありません。再び、眠っていただけませんか?」

私はハーデスに再び眠るようにと命じます。“神隷の杖”のおかげで、彼はだらんと力なくその場に座り込み大人しくなっていましたが、私の言葉を受けると立ち上がりコクンと頷きました。

「あの魔法陣は先程と同じ……」

オスヴァルト殿下は地面に再び展開される魔法陣を息を呑み見守ります。

ハーデスは魔法陣の中に入って再び眠りにつきました。

良かったです。し、しかしながら、二回も神の魔力を使うのは、些か、疲れてしまいました。

「フィリア殿! フィリア殿! だ、大丈夫か!」

ずっと遠いところで殿下の声が響き渡るのを認識していましたが、私には目を開ける気力が残っていません。

すみません。殿下、少しだけ休ませてください……。