作品タイトル不明
第六話 妹から届いた白い招待状
ミレイユへ来て十日目、王都から白い封筒が届いた。
差出人はフローラだった。
厚い上質紙に、淡い金の縁取り。香水はいつもの白百合ではなく、王宮で好まれる控えめな菫に変わっていた。誰かがそう助言したのだろう。
私は書斎の窓を少し開け、春前の冷たい空気を入れてから封を切った。
お姉様へ。
字は、いつもより硬かった。
王妃様から、来月の慈善音楽会でご挨拶をするように言われました。お姉様が昔なさったものと同じだそうです。手引きはとても助かっています。でも、どこで息をすればいいのか分かりません。
ユリウス殿下はお優しいです。けれど、お姉様の話になると少し黙ってしまいます。ミリア様はよく笑ってくださいます。でも、王妃様の前では私をあまり助けてはくれません。
お父様は、私ならできるとおっしゃいます。
お姉様、もしよろしければ、慈善音楽会へ来ていただけませんか。私のためではなく、ローウェン家のために。
最後の一文だけ、父の声で読めた。
フローラ自身の願いと、父に書かされた言葉が同じ紙の上で絡まっている。
私は手紙を畳み、しばらく机の上に置いた。
行けば、妹は安心するだろう。父は満足するだろう。王宮は、元婚約者の私が大人しく妹を支えているという絵を手に入れる。
そして私は、また元の場所に足を取られる。
「お返事はどうなさいますか」
エリーズが尋ねた。
「書くわ」
私は便箋を出した。
フローラへ。
慈善音楽会には出席しません。あなたが立つべき場所に、私が横から影を落とすことはできません。
挨拶の原稿は、長くしないこと。最初に感謝、次に音楽会の目的、最後に寄付が誰へ届くかを言いなさい。息をする場所は、文の切れ目ではなく、聞いている人の顔を見たときです。怖くなったら、会場の一番後ろにいる侍女を一人選び、その人へ話すつもりで。
ミリア様が助けてくれないなら、期待しすぎないこと。助けてくれる人は、立場ではなく行動で選びなさい。
体を冷やさないように。朝食は抜かないこと。
私は筆を止めた。
愛情を全部抜くことはできなかった。
けれど、戻るとは書かない。手助けはするが、身代わりにはならない。その線を、今の私は何度も引く必要があった。
◇
同じ日の午後、白楡館では小さな揉め事が起きた。
村の男たちの一部が、針仕事の代表を女たちが決めることに不満を持ったのだ。小食堂に呼ばれたのは、アニエスの夫、サラとメイの兄、そして古い小作人の一人だった。
「女たちに金を直接渡すと、家の中が乱れます」
アニエスの夫は、そう言った。
「これまでは家長が受け取り、家で配分しておりました。奥様が来られてから、女房が妙に口答えを」
「私はまだ奥様ではありません」
この訂正は、もう何度目か分からない。
「それと、口答えの内容を伺っても?」
男は少し詰まった。
「……給金は自分が働いた分だと」
「その通りです」
「しかし、家の金は家長が」
「家長が管理することと、働いた本人が額を知らないことは別です。支払いは本人へ行います。その後、家でどう使うかは各家庭の話です」
男たちは不満そうだった。
私は怖くなかったわけではない。王宮で貴族たちを相手にするのとは違う圧がある。彼らの手は大きく、声は荒く、生活がかかっている。
けれど、ここで曖昧にすれば、名簿はただの紙に戻る。
「白楡館からの仕事を受ける条件は二つです。働いた人の名を記録すること。支払いは本人に渡すこと。これを受け入れられない場合、別の仕事を探します」
沈黙が落ちた。
ガスパルが横で硬い顔をしている。エリーズは扉際に立ち、必要ならすぐ人を呼べるようにしていた。
最初に折れたのは、サラとメイの兄だった。
「妹たちがそれでいいなら、俺は構いません。正直、冬の間に仕事があるだけ助かります」
彼がそう言うと、空気が少し緩んだ。
アニエスの夫はまだ不満そうだったが、最後には渋々頷いた。
話し合いが終わった後、ガスパルが小さく息をつく。
「リディア様、よろしかったのですか。村の男衆を敵に回すと厄介です」
「敵にしたいわけではありません。でも、最初の約束を曖昧にすると、後で誰も信用しなくなります」
私が言うと、彼は苦い顔で頷いた。
「前の代理人は、何でも曖昧にしました。曖昧な方が、自分の取り分を隠しやすいからです」
その言葉を、私は名簿の端に書き留めた。
曖昧さは、強い者の隠れ場所になる。
◇
夕暮れ、セドリック様が境界の森から戻る途中に寄った。
私は小食堂で、フローラへの返事の写しを読み返していた。彼は事情を聞くと、少し考えるように窓の外を見た。
「行かないのですね」
「はい」
「つらい決定ですか」
「つらいです」
私は正直に言った。
「妹を見捨てるようで、気が重い。でも行けば、私はまた妹の代わりに答えを用意してしまう。フローラもそれに頼るでしょう」
「助けることと、代わることは違います」
「分かっているつもりですが、難しいですね」
「難しいから、線を引くのでしょう」
彼の言葉は、また実用的だった。
慰めではなく、木杭を打つような言葉。揺れる場所に、目印を立てる。
私は便箋を封筒に入れた。
「セドリック様は、ご家族とは」
尋ねかけて、踏み込みすぎだと思った。
彼は少しだけ目を伏せた。
「父は早くに亡くなりました。母は領地におりますが、体が弱い。私も、望む前に伯爵になりました」
「そうでしたか」
「だから、あなたの気持ちが全部分かるとは言いません。ただ、役目が先に来る人生は、少し知っています」
小食堂の火がぱちりと鳴った。
フローラへの手紙は、翌朝の便で出すことにした。
その夜、私は自分宛てにも短い一文を書いた。
――助ける。けれど、戻らない。
紙を机の端に置くと、白楡館の窓の外で、楡の枝が夜風に揺れていた。