軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 谷の夜警

夜警を立てると決めた夜、白楡館はいつもより早く静かになった。

静かすぎる屋敷は、古い木材の軋む音まで大きく聞こえる。廊下の灯りを落とし、小客間と台所だけに火を残した。窓には厚い布をかけ、外から中の人数が分からないようにする。

セドリック様は、アシュフォードから二人の従者を連れて来た。

「脅かすつもりはありませんが、相手が証拠を消しに来る可能性があります」

「古い製粉小屋ですね」

「ええ。今夜、見に行きます。ただし、あなたは白楡館に残ってください」

私はすぐには頷けなかった。

「私の領地です」

「だからこそ、あなたが屋敷にいる必要がある。何かあったとき、白楡館の人々を動かすのはあなたです」

正論だった。

自分で現場へ行くことだけが責任ではない。そう分かっていても、待つことは難しい。

「分かりました」

私は地図を机に広げた。

「製粉小屋へ行く道は二つ。村側からと、森の裏道。相手が荷を動かすなら、馬車が通れる村側でしょう。裏道にはノエを行かせません。大人だけで」

「了解しました」

セドリック様は、私の指示を自然に受け取った。

そのことが少し心強かった。

夜半、雨が降り始めた。

小客間には、ガスパル、エリーズ、マルタ、ロワ先生、メイが集まっている。トマと子どもたちは奥の部屋で眠っていた。ノエは馬屋に行きたがったが、マルタに首根っこをつかまれ、台所でじゃがいもの皮をむかされている。

「夜警でじゃがいもですか」

ノエが不満そうに言う。

「手が空いていると余計なことを考えるからよ」

マルタがきっぱり答えた。

私は思わず笑った。

笑い声が少しだけ部屋を暖める。

待つ時間は長かった。

時計の針が進む音、雨が窓を叩く音、遠くで馬が鼻を鳴らす音。どれも何かの合図に聞こえる。

メイが帳面を握りしめていた。

「リディア様、怖くないですか」

「怖いわ」

正直に言うと、彼女は驚いた顔をした。

「怖くても、座っていられるのですか」

「座っている方が役に立つときは」

「私、怖いと走り出したくなります」

「私も」

メイは少し笑った。

怖さを隠さずに共有すると、怖さは少し形を変える。消えはしないが、部屋中を満たす霧ではなく、机の上に置ける石になる。

深夜近く、外で馬の足音がした。

全員が顔を上げる。

玄関へ走りたい衝動を抑え、私はガスパルに目配せした。彼が静かに扉へ向かう。少しして、低い声が聞こえた。

「私です」

セドリック様だった。

扉が開くと、彼と従者たちが濡れた外套で入ってきた。後ろには、村の男が二人と、縛られた商会の下働きらしき若者がいる。

「証拠は?」

私が尋ねると、セドリック様は頷いた。

「ありました。製粉小屋の床下に、薬瓶、布、塩、そして慈善基金の印が入った木箱が隠されていた」

部屋がざわめいた。

「火をつけられる寸前でした」

従者が濡れた布に包んだ油壺を見せる。背筋が冷えた。

もし今夜見つけられなければ、証拠は燃え、製粉小屋の火は森へ移ったかもしれない。

縛られた若者は震えていた。

「俺は、言われただけで。ボルマンの支配人に、古い荷を処分しろって」

「誰からの命令か、書面はある?」

私が尋ねると、若者は首を横に振った。

「でも、荷札と帳面はあります。小屋に」

セドリック様が小さな帳面を出した。

そこには、黒い荷札の印と、日付、行き先らしき略号が並んでいる。

ミレイユ。

北砦。

王宮基金。

私はページをめくり、指先が冷たくなるのを感じた。

これは白楡館だけの問題ではない。

夜明け前、証拠品を白楡館の地下倉庫へ移した。

ロワ先生とガスパルが目録を作り、メイが写しを取る。セドリック様の従者が封をし、アシュフォードの印を押した。私はミレイユ領主として署名した。

疲労で手が震えたが、文字は崩れなかった。

「王妃様へ送ります」

私は言った。

「写しはアシュフォード、ローウェン公爵家、そしてミレイユの台帳にも残します」

「公爵家にも?」

ガスパルが尋ねる。

「父が関わっていなくても、前代理人の監督責任は公爵家にあります。隠せば、後でこちらが不利になります」

セドリック様が頷いた。

「正しい判断です」

今度は採点されている気がしても、腹は立たなかった。

朝日が昇るころ、雨は止んだ。

白楡館の庭には、夜の水たまりが光っている。ノエは台所の椅子で眠り、メイは帳面を抱えたまま机に突っ伏していた。マルタが皆に薄いスープを配る。

私は温かい器を両手で包み、ようやく息を吐いた。

証拠は守った。

けれど、黒い荷札が示す先は王宮にまで伸びている。

春は明るいだけではない。

雪の下で腐っていたものも、同時に顔を出すのだ。