軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話 ボルマン商会の黒い荷札

兄から受け取った資料は、白楡館の書斎で三日かけて読み解いた。

前代理人の帳簿、ボルマン商会の納品書、公爵家の監査記録、そして兄が独自に集めたメモ。王都の紙は滑らかで、白楡館の古い机には少し不釣り合いだった。

それでも、そこに書かれていることは泥の匂いがした。

「この印は何でしょう」

メイが納品書の隅を指した。

黒い小さな荷札の絵。王都の書類には不要な印だ。私は同じ印を探し、いくつかの納品書にだけついていることに気づいた。

「薪、塩、布、薬瓶。品目はばらばらね」

「日付は、どれも月の下旬です」

メイの声が少し弾んだ。彼女はもう、ただ字が書けるだけの少女ではない。違いを見つける目を持ち始めている。

ガスパルが古い在庫表を持ってきた。

「下旬の荷は、前代理人が直接受け取ったことになっています」

「実際には?」

「村では見ていない者が多いです」

私は黒い荷札を指でなぞった。

届いていない荷。

高すぎる請求。

前代理人の私印。

そして、月の下旬だけにつく黒い印。

ただの水増しではない。別のどこかへ荷が流れている可能性がある。

「アシュフォードでも、この印を見たことがあるか確認します」

セドリック様へ使いを出すと、その日の夕方には返事が来た。

見覚えがある。

北境の軍糧横流しの古い調査で、一度だけ。

短い文だったが、書いた人の緊張が伝わった。

翌日、セドリック様が自ら白楡館へ来た。

彼は黒い荷札の写しを見て、表情を硬くした。

「これは、ボルマン商会の正規印ではありません。商会の中の一部が使っている合図です」

「何のために」

「荷を帳簿上は別の場所へ納め、実際には横流しする。以前、北境の砦で似た印が出ました。証拠不足で潰せなかった」

ガスパルが青ざめた。

「では、ミレイユの金で買った荷が、別の場所へ」

「可能性があります」

私は資料を見下ろした。

腹が立つ。

ただ金を奪われたからではない。薪が届かなかった冬に、誰かは寒かった。薬瓶が消えた日に、誰かは薬を待っていた。布が来なかったせいで、子どもの寝間着は古いままだった。

帳簿の不正は、暮らしから少しずつ火を抜く。

「証拠を集めます」

「危険です」

セドリック様がすぐに言った。

「ボルマン商会は、ただの商人ではありません。王都の貴族ともつながっている。追い詰めれば、口封じや嫌がらせもあるでしょう」

「だから見逃すのですか」

「いいえ。だから一人で動かないでください」

強い声だった。

私は反射的に言い返そうとして、止まった。

また一人で抱えようとしていた。

「……分かりました」

素直に言うと、セドリック様の表情が少し緩んだ。

「王宮との契約を使えます」

「王宮?」

「慈善基金の物資にも、ボルマン商会が関わっているはずです。王妃様へ照会を出しましょう。ミレイユだけの問題ではなく、基金全体の不正として扱えば、相手は簡単には握りつぶせない」

私は頷いた。

王宮との細い糸が、ここで役に立つとは思わなかった。

調査は静かに始めた。

メイとガスパルは白楡館の記録を写し、ロワ先生は薬瓶の流通を調べた。アシュフォードからは、過去の砦への納品書の写しが届く。私は王妃様へ、黒い荷札について照会する正式な文書を書いた。

書く手は震えなかった。

怖くないわけではない。けれど、怒りが手を支えていた。

夕方、温室で水やりをしていると、ノエが走ってきた。

「リディア様、これ」

彼が持っていたのは、泥で汚れた小さな木札だった。

「馬屋の裏に落ちていました。黒い印がついていたから」

見ると、黒い荷札の絵が焼き印のように押されている。裏には、かすれた文字で「西倉庫」とあった。

白楡館に西倉庫はない。

「どこかで聞いたことがある?」

ノエは首をひねり、やがて小さく言った。

「古い製粉小屋のことかもしれません。前の代理人が、ときどき西倉庫って呼んでました。今は使ってないはずですけど」

古い製粉小屋。

村の西、森へ入る手前にある廃屋だ。帳簿にはここ数年、修繕費だけが計上されている。だが、実際に使っているとは誰も言っていなかった。

私は木札を布に包んだ。

「セドリック様へ知らせます。ノエ、誰にも言わないで」

「はい」

「それから、今日は馬屋の戸締まりを二重に。あなた一人で見回りに行ってはだめ」

ノエは真面目な顔で頷いた。

その夜、白楡館の灯りを少し減らした。

外から見える窓を少なくし、夜警の順番を決める。マルタは不安そうに台所の扉を閉め、エリーズは私の寝室の鍵を確認した。

私は書斎で、黒い荷札を机に置いた。

ただの紙と木片なのに、部屋の温度が下がったように感じる。

ボルマン商会の影は、思っていたより近くまで来ていた。