作品タイトル不明
9.レイの選択
魔法庁での一連の出来事から一カ月が経った。
リディアは、最近定期購読を始めた新聞を眺める。そのとき、ちりんとベルが鳴り、玄関のドアが開いた。
「あ、レイ! お疲れ様」
「うん、ただいま」
レイはまっすぐにリディアのほうに歩み寄ると、彼女をぎゅっと抱きしめる。
「話し合いは終わったの?」
「話し合うことなんてないから」
レイは肩を竦める。そして、リディアの手元にある新聞に視線を落とした。
「リディア。何見ているの?」
「今日もレイの記事が出てたから読んでたの。『王室の勢力図が塗り替わるか⁉』って書かれているわよ。家系図と勢力図まで入ってるの」
「ふーん」
渦中の人であるレイは、全く興味がなさそうだ。
上着を脱ぎ棄てると、リディアの隣に座った。
あの日、レイの存在を知った国王はレイが王子であることに間違いがないか、再度調査を行った。そしてつい先日、レイは正式に第二王子のアシュレイ・ルクレイン本人であると認められた。
当然、王宮内はもちろんのこと、国内は大騒ぎになった。
死んだはずの王子がフォシニとして生きていた。
首謀者は聖人君子として名高かった魔法庁長官のダリウス・クロウウェル。
しかも、第二王子が拘束されていたのは魔法庁の中。
さらには、解放された第二王子はダリウスを遥かにしのぐ天才魔術師、かつ、魔力を自己生成できるソルヴィア。
あまりにも多くのことが一度に明るみに出て、話題には事欠かない状態なのだ。
そして、レイはと言えば、これからのことを話し合いたいと再三に亘って王宮から呼び出されている。どんな話し合いがされているのかリディアは詳しいことを知らないが、きっと王宮に戻ってくるように言われているのだと思った。
(もしレイが王宮に戻ったら、二度と会うこともないのかな)
胸に痛みを感じて、リディアは目を伏せる。
王族は国の利益になる相手と政略結婚するのが常識だ。だから、レイもいつかはどこかの高貴な令嬢と新しい人生を共に歩むことになるのだろう。
「リディア、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。それより、師匠はどうだったかな。今日、面接だよね?」
「大丈夫だよ。魔法庁の人達ざっと見たけど、先生より魔法がうまそうな人ほとんどいない」
「そっか」
リディアは微笑む。
ダリウスが長官の座を追われ、現在魔法庁の長官の座は不在となっている。一体誰が長官になるのかと様々な憶測が飛び交っているが、真相はまだわからないままだ。
そんな中、カーティスに請われたシリルが王宮魔術師に復帰することになったのだ。今日はその採用面接なのだが、形だけのものだと聞いている。
(レイは王子様になって、師匠は王宮魔術師になって。私だけ取り残されちゃってるな)
自分の不甲斐なさに、また気持ちが落ち込む。
周りが変わっているのに、リディアだけが置いてきぼりにされた気分だ。
「リディア?」
レイがリディアの顔を覗き込む。その青い瞳は、心配そうにこちらを見つめていた。
「なんでもないの。心配させてごめんね」
リディアは慌てて笑顔を作り、その場を取り繕った。
「そうだ、リディア。引っ越そうかなって言ってただろ? お城みたいな家と小さな庭付きの家だったらどっちに住みたい?」
「え? 突然何?」
「気になったから」
「うーん。小さな庭付きの家かな。お城みたいな家は、がらんとしていて寂しそうだもの」
リディアは戸惑いつつも応える。
引っ越そうと思っているのは本当だ。この家には、レイとの思い出がありすぎて、ひとりになったときに辛くなってしまいそうな気がしたから。
そのとき、来客を知らせるベルが鳴る。
リディアは立ち上がると入口に向かい、小窓から外を見た。
(魔法庁の方?)
玄関前には以前も会ったことのある、見覚えのある魔法庁所属の王宮魔術師がいた。
リディアは鍵を開け、ドアを開ける。
「リディアさん、こんにちは」
「こんにちは」
リディアは戸惑いつつも挨拶を返す。王宮魔術師は人懐っこい笑みを浮かべ、リディアの前に封筒を差し出した。
「これは?」
「王宮への召喚状です。国王陛下が是非リディアさんにお会いしたいと」
「私に? なんでですか?」
リディアは呼ばれる心当たりがなく、戸惑った。
レイのほうをちらっと見ると、ふいっと目を逸らされる。
(……もしかして、レイをフォシニにしたから怒られる?)
実際には、最初の日以外全く魔力は貰っていない。しかし、レイの体にリディアが付けたフォシニの刻印があるのは疑いようのない事実だ。
リディアはさーっと青ざめる。
「そんなに緊張なさらず、是非、アシュレイ殿下とご一緒に気軽にいらしてください」
「……はい」
気軽になんて行けるわけがないが、リディアはとりあえず頷く。
「それでは、失礼します」
王宮魔術師はぺこりと挨拶をすると、リディアの家をあとにした。