作品タイトル不明
7.対決(3)
(あれ?)
リディアは自分自身の反応に戸惑う。
レイが私以外に興味を持つことはいいことのはずなのに、どうして胸が痛むのだろう。
レイはリディアに対して時折、シリルが心配するほどの執着を見せる。リディア自身もレイが自分から離れたがらないことを心配していたので、もし別の女の子に興味を持ってくれたら願ったりだ。
それなのに──。
もやもやしたものが胸に広がるのを止められない。
(あー、もう! 私、変だわ)
こういうときは、日常のルーチンに戻ったほうがいい。
「よし。朝ごはんを食べよう!」
リディアはベッドから下りようとする。しかし、がっしりと回されたレイの腕が外れない。
「レイ、離して」
「んー、やだ」
「レイ!」
「……じゃあ、リディアがこっち向いてくれたら起きる」
「約束よ?」
「うん」
少しだけレイの腕の力が緩む。リディアは上半身を捩ってレイのほうを見た。
鼻先がくっつきそうな距離にレイの顔があり、ドキッと胸が跳ねる。
レイの顔がさらに近づき、ふにっと唇と唇が重なる。触れるだけのキスだ。
「おはよう、リディア」
レイは、にこっと微笑む。リディアの腰のあたりに回していた腕をするりと離すと、呆然とする彼女を置いてダイニングルームへと姿を消す。
「なっ、なっ、な……っ!」
(まずいわ。完全にレイのペースに嵌まりつつある)
ひとりベッドに残されたリディアは混乱の中、頭を抱えた。
「リディア、ご飯食べようよ。冷めちゃうよ」
レイがリディアを呼ぶ。
冷めちゃうような原因を作ったのはレイでしょうと言いたいけれど、リディアは口を噤む。一方のレイは、コーヒーを用意しながら鼻歌を歌っている。
「随分ご機嫌ね」
「うん。朝起きたらリディアがいて、リディアの作ったご飯を一緒に食べられるなんて幸せだなと思って」
「そっか……」
純粋すぎる好意を向けられて、どう反応すればいいのかわからない。
「いただきます」
リディアとレイはテーブルを挟んで向かい合って座り、朝ごはんを食べ始める。
「今日は師匠の店の手伝いだっけ?」
「うん」
「じゃあ、私はレイの勤務終わりに合わせて夕方町に行こうかな」
「わかった」
にこにこしながらリディアの話に耳を傾けるレイを見て、リディアはホッとする。いつものレイだ。
(王宮に行ってみるように説得するのは、少し時間を置いてからでいいかな)
また昨日のようにレイを怒らせたくないし、傷つけたくもない。
そのとき、レイがふと窓のほうを見た。
「レイ、どうかしたの?」
「……今、窓の外にネズミがいた気がして」
「ええー。あの子達って食品ストック食べちゃうから困るな。閉めてても家の中に入ってくるし……」
リディアは肩を竦める。つい最近もストックしていた小麦の袋に穴を空けられて一部が無駄になってしまったばかりだ。
「安心して。俺が駆除しておく」
レイはにこっと微笑む。
「うん、ありがとう」
リディアは顔の前で「お願い」と手を合わせた。
◇ ◇ ◇
朝食を早めに切り上げたレイはひとり外に出る。周囲を見回してから、片手を振った。
「ぎゃっ!」
悲鳴と共に、三人の黒装束の男が目の前に転がる。隠れてレイの様子を窺っていた連中を、魔法で引き寄せたのだ。
「それで隠れてるつもりなの? バレバレなんだけど」
「くそっ!」
男のひとりがレイに襲いかかろうとする。
しかし、レイに触れる前に宙吊りになり首をかきむしった。
「苦しい?」
レイはにんまり笑って問いかける。
「ぐ……っ」
男は声にならない声を漏らす。
「せっかくご機嫌でいたのにさぁ、俺のリディアとの時間を邪魔するってどういうつもりなわけ? 俺の一番幸せな時間なんだけど?」
「な……にを……」
「しかもさ、こんなにこそこそしてるって録なことを考えてないよね?」
レイは首が絞まり白目を剥く男に問いかける。
「貴様、離せ!」
別の男がレイに襲いかかろうとする。しかし、その前に吹き飛ばされて地面に転がった。
「そんなに死にたいの? じゃあ、先に殺してあげる」
次の瞬間、転がっている男の体がばらばらに砕け燃え上がる。
唯一しゃがみこんだままの男は「ひっ!」と悲鳴を上げた。
「あんた、ご主人様の部下? ならさ、もう俺は戻らないって伝えといて。何人で来てもムダだと思うよ。だって、あんた達弱いもん」
男は真っ青になりながらこくこくと頷く。
「あと、これ持って帰って。リディアが見たら、リディアの目が穢れる」
レイは宙吊りにしていた男の死体を、座り込んでいる男の前に投げる。
男はその亡骸を担ぐと一目散に逃げ去った。
「レイ?」
自分を呼ぶ声がして、レイはそちらを見る。レイが遅いことを不思議に思ったリディアが様子を見に出てきたのだ。
「ネズミは見つけた?」
「うん、見つけた。でも、もう処分したから安心して」
レイはにこりと微笑む。
「よかった。ありがとう」
リディアはホッとしたように笑う。その笑顔を見て、レイは口許に弧を描く。
「リディアの世界は、俺が守ってあげる」
「なあに? 大袈裟だよ」
「本気なのに」
レイは肩を竦める。
リディアはレイにとって、全てだ。彼女のためなら、世界中を敵に回してもかまわなかった。