作品タイトル不明
5.正体不明の追っ手(2)
「どうして私が首輪を外したとき、逃げなかったの?」
「リディアはいい人な気がしたから。それに、ひとりで生きるには何をすればいいのかわからなかったのも本当だったし」
「そっか」
リディアはレイの横顔を窺い見る。やせ細っていた体は逞しくなり、すっかり見違えた。
(そういえば、レイのフォシニの印紋──)
レイの印紋はシリルのおかげで随分薄くなったが、そこから変化がない。それどころか、これ以上薄くするのは無理だと判断したシリルが治癒を中断して以降、徐々にまた濃くなってきているようにすら見えた。
「ねえ、レイ。レイの印紋について、もう一度師匠に相談しに行こうよ」
「え?」
「まだ消えてないんでしょう?」
「うん」
レイは頷く。
「じゃあ、行こう」
治療を中断してから一カ月以上たっているので、もう一度相談してもいい頃だろう。
リディアはレイの手を取と、シリルの何でも屋に向かって歩き始めた。
「師匠、こんにちは!」
ドアを開けると、元気よく声をかける。店の奥で読書をしていたシリルはゆっくりと顔を上げた。
「リディアにレイ? 今日は休みなのに、どうした?」
「薬の納品で町に来たついでに寄りました。レイの印紋のことで相談があって」
「印紋? まだ消えないのか?」
シリルは訝しげな顔をする
リディアはレイに、印紋をシリルに見せるよう促した。レイはシャツを捲り、脇腹が露わになる。
「……確かに、薄くはなったが消えてないな」
シリルの眉間に、深い皺が寄る。
「レイには合計五回、印紋を消すための解呪の魔法をかけた。それだけしたのに今の段階で消えていないってことは、これ以上薄くするのは無理だ。おそらく、術者が俺よりも優れた魔法使いだってことだ。複数回にわたって施した解呪の術を打ち消して、刻印を維持しようとするくらいだからな」
「師匠より優れた魔法使い?」
リディアは信じられず、聞き返す。
シリルは平民にもかかわらず王宮魔術師のトップ争いをしたほどの魔法の使い手。そんな彼より優れた魔法使いなど、この国に数えるほどしかいないはずだ。
「王宮魔術師じゃないけど、すごい魔法の力を持った魔法使いがどこかにいるってことでしょうか?」
リディアはシリルに尋ねる。
「うーん……」
シリルはどこか迷うように口ごもる。それ以上は何も言わなかった。
その日の帰り道。
乗り合い馬車乗り場から自宅に向かう途中で、事件は起こった。
リディアの自宅は、森と村の境界のような場所にある。自宅が近づくにつれて木々が茂り、人気はなくなる。
夕暮れで薄暗い中、ざわっと木々が揺れる音がしてリディアは見上げた。
「風が強いのかな?」
そう思ったが、頬に風は感じない。
不思議に思ったそのとき、バキッと枝を踏み折るような音がどこからかした。
「……リディア。こっち」
レイが小さな声で耳打ちする。次の瞬間、木陰から影が飛び出してきた。
突然現れた黒装束の男たちは、無言で剣を振るう。
「きゃっ!」
リディアは驚いて、自分の頭を守るように抱え込む。それと同時に、レイに力強く体を引き寄せられた。
「あんた達、誰?」
「誰が──」
「ふーん。言わないの?」
レイの低い声があたりに響く。彼が片手を上げるのと同時に、黒装束の連中の首が締め上げられた。
「た……助け……」
青くなった黒装束の男たちは首元を搔きむしる。
「助けるわけないだろ? お前らのせいでリディアが危険にさらされたんだから」
レイは冷笑を浮かべる。
そのとき、背後から別の男が現れてレイに斬りかかった。
「レイ!」
ハッとしたリディアは思わず叫ぶ。