作品タイトル不明
5.正体不明の追っ手(1)
王宮魔術師の採用試験の日から二週間が過ぎた。
この日、リディアはいつものように薬の調合を行っていた。
植物から得た僅かな魔力で使う魔法をゆっくりと練り込みながら薬草を混ぜる。たとえほんの僅かな魔力でも、魔法を練り込むのと練り込まないのでは全く効果が違うのだ。
出来上がった薬を瓶に詰めていると、レイが覗き込んできた。
「リディア、今日は納品に行くの?」
「ええ」
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「ありがとう。もう仕事は慣れた?」
「うん。まあまあかな。俺が働く日はお客さんが普段の五倍くらい来るらしくて、先生がお前が毎日来ると忙しすぎるってぼやいてた」
「あははっ」
リディアはそれを聞いて、くすくすと笑う。
シリルがぼやいている姿が目に浮かぶ。
リディアは何度かレイの働く様子を見にシリルの何でも屋に行ったが、普段は来ないような若い女性が何人も訪れていたのが印象的だった。十中八九、レイと仲良くなるのが目的だろう。
肝心のレイは、いつものように塩対応だったが。
「それに、また何かあったら大変だろ?」
レイは付け加える。
「それは……大丈夫だと思うけど」
リディアは口ごもる。
「大丈夫じゃない。リディアは俺が守るって決めてるんだ」
強い調子で言われて、リディアは戸惑う。まるで恋人に告げるかのような真剣な様子に、ときどき年甲斐もなくドキドキしてしまいそうだ。
つい最近、レイとリディアが一緒にいるところをごろつきに絡まれるという事件が起きた。
その際はレイが一瞬でごろつきを退治してくれたので事なきを得たが、もしリディアがひとりだったら連れ去られていた可能性もある。
ちなみに、リディアに掴みかかろうとしたごろつきはレイの魔法によって片腕の骨を粉々に粉砕された。それでも、駆け付けた警邏隊に「魔力の調整がうまくできなくて……」と殊勝な態度を見せたおかげで注意されるのみで済んだ。
この国がいかに魔法使いを優遇しているかがわかる。
「とにかく、一緒に行くから」
「……うん」
リディアは頷いた。
中心街から裏通りを歩くこと十数分、イマンの薬店は細い路地裏にある。
「あらリディア、いらっしゃい。今日もレイ君と一緒なのね」
リディアに気づいたイマンは明るく笑いかけてくる。
「はい。先日の一件以降、必要以上に心配されちゃって」
「違う、必要な心配だよ」
レイがぴしゃりと訂正する。その様子を見たイマンは「あらあら」と笑った。
「仲がよくていいことね」
「仲が良いというか──」
心配性なんです。そう言おうとしたが、レイが遮るように口を開く。
「はい。リディアとは仲良しです」
いつもお客さんに向ける塩対応が嘘のように、レイはにこにこしている。レイのことは弟のように可愛いと思っているが、若干、いや、だいぶシスコンの気があるような気がして、ときどき心配になってしまう。
「そういえば、リディア。つい昨日のことなんだけど、あんた達について聞いてきた男がいたよ」
「え? 誰でしょう?」
リディアは心当たりがなく、首をかしげる。
「それがさ、魔法庁の関係者だったわ」
「魔法庁……」
魔法庁と聞いて思い出したのは、先日の王宮魔術師採用試験のことだ。
レイは複数の試験官に是非入庁するようにと説得されていたが、結局は首を縦に振らなかった。もしかすると、再度レイを説得しようとしているのかもしれない。
「教えてくださりありがとうございます」
リディアは頭を下げる。
「いえ、いいのよ。またね」
イマンはリディアに薬の納品の対価を手渡すと、軽く片手を上げる。
リディアはぺこりと頭を下げてから、店を出た。
薬の納品を終えたリディアは、レイと一緒に裏通りを歩く。
ふと、リディアは人通りの少ない路地の向こうを見た。
「レイを買ったのは、この通りだったね」
「うん」
「あのとき、どうして逃げ出さなかったの? レイだったら簡単に逃げ出せるはずなのに」
リディアが聞くと、レイは宙に視線を投げる。
「首輪をされていると、ご主人様に反抗すると首が締まるから外してほしかったんだよね。奴隷商はフォシニ用の首輪の鍵を持っているはずだから、機会を見て奪おうと思ってたんだ」
リディアはひゅっと息を呑む。
(首が締まる?)
確かに、競売時にレイは奴隷用の首輪をしており、リディアが彼を買った際に鍵を渡された。あの首輪にそんな機能が付いているなんて、リディアはちっとも知らなかった。
(フォシニって、知れば知るほど嫌な制度だわ)
こんな制度、なくなってしまえばいいと思う。けれど一方で、魔法使いたちによって人々の生活が守られているのも事実だ。
こういうとき、リディアは自分の非力さを感じてやるせなくなる。