作品タイトル不明
04 婚姻届は勢いで出すものではありません
「結婚するぞ」
「いやだから待ってって!!」
王都の喫茶店に、私の悲鳴が響いた。
周囲のお客さんたちが完全に聞き耳を立てている。
やめて。
そんな面白そうな顔で見ないで。
私は頭を抱えた。
「順番がおかしいのよ!?」
「どこが」
「全部!!」
告白されたと思ったら即求婚って何!?
普通もうちょっと段階があるでしょう!?
「まずは恋人からとか!」
「必要か?」
「乙女の夢でしょう!? 好きって確かめ合って、ドキドキしたりとか!」
「お前、俺の顔好きだろ?」
「か……顔だけじゃ」
「……ない」と答えようとして、ルークの口の端が数ミリ上がったのがわかった。
「知ってる」
「なっ! 今、わざと――!?」
好きって言わされたも同然だ。
恥ずかしくて両手で顔を覆った。
「よし、確かめ合ったから、次は結婚だな」
「もー、やだ、この男!!」
ルークは昔から一度決めたらテコでも動かない。
子供の頃もそうだった。
川で溺れていた子犬を見つけた時なんて、「助ける」と言って真冬の川へ飛び込んだのだ。
結果、私まで巻き添えで飛び込むことになり、二人まとめて祖母に怒られた。
でもルークは、その時も今みたいな顔をしていた。
『助けない理由がない』
そう言って。
今も同じだ。
『好きだから結婚する』
たぶん、この男の中では全部繋がっている。
でも普通は急すぎるの!!
「そもそも私は返事してない!」
「嫌なのか?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあ問題ない」
「だからその思考回路をやめろって言ってるのよ!」
ルークは少しだけ考え込んだ。
「なんか、ルークは王都来てから性格変わったね?」
多少の頑固なところはあったが、ここまで強引じゃなかったのに。
「変わってない」
「嘘! もっとこう……無愛想で鈍感だった!」
「お前が逃げるから悪い」
「私のせい!?」
ルークは静かに私を見つめた。
「一年会えなかった」
「……」
「やっと会えたと思ったら、今度は隣国へ行くと言い出した」
「うっ」
「悠長に段階を踏んでる余裕がない」
低い声だった。
怒っているわけじゃない。
でも必死なのがわかる。
その事実に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「……そんなに?」
「ああ」
即答だった。
迷いなんて一つもない顔で。
「お前がまたいなくなる方が嫌だ」
反則だ。
そんな顔で言うなんて。
私は視線を逸らした。
顔が熱い。
絶対真っ赤だ。
するとルークが、ふっと息を吐いた。
「……可愛い」
「だから急にそういうのやめて!?」
「本音だ」
「心臓がもたないの!」
「鍛えろ」
「無茶言うな!」
周囲からくすくす笑いが漏れる。
恥ずかしい!
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
だって今の私は、ちゃんとルークの隣にいる。
それだけで、胸の奥がじんわり熱かった。
◇◇◇
――数十分後。
「なんで役所!?」
「結婚するからだ」
「諦めてない!!」
喫茶店を出たあと、当然のように連行された先は王都中央役所だった。
大理石造りの立派な建物。
出入りする人々。
そして受付のお姉さんの生温かい笑顔。
やめて。
興味津々でこっち見るのやめて!
「ルーク様、婚姻届はこちらです」
「ありがとう」
「知り合い!?」
何も言ってないのに、なぜかスムーズに書類を出してくる。
「騎士団の書類仕事で役所にもよく来るんだ」
ルークは受付のお姉さんに軽い黙礼を交わして書類を受け取ると、サラサラと記入した。
そして次に私の前に差し出す。
「書け」
「圧が強い!!」
「ミレナ」
「優しく名前呼べばどうにかなると思わないで!?」
「駄目か?」
「ちょっと揺らいだけど!」
くっ。
昔からこの男、たまに名前の呼び方が甘い。
無自覚でやるから余計にタチが悪い。
「……本当に、書くの?」
思わず小さく呟く。
するとルークは怪訝そうな顔をした。
「何がだ」
「だって私、ただの田舎娘よ?」
「知ってる」
「騎士様の奥さんになるような教養もないし……」
「覚えたいなら、後から覚えればいい」
「お貴族様との付き合い方なんてわかんないし……」
「必要なら俺が潰す」
「物騒!!」
即答だった。
私のために貴族潰すとか、騎士のくせになんてことを言うのだ。
でも、ふと、笑みが零れた。
困った人だ。
この人はきっと、私が『この人嫌い』って言えば本当にどうにかして潰してしまうだろう。
「……狡い」
「何がだ」
「真顔で言うところが」
「本気だからな」
「うぅ……」
勝てない。
こんなの、好きになるしかないじゃない。
いや、ずっと好きだったけど。
私は観念してペンを取った。
名前を書く。
ミレナ・アルト。
その隣に並ぶ名前。
ルーク・グランツ。
書き終えた瞬間。
ルークがじっと紙を見下ろした。
数秒。
黙ったまま。
「……ルーク?」
「いや」
彼は静かに息を吐いた。
「嬉しくて、ちょっと今、限界」
「は?」
「抱きしめたい」
「やめなさい。ここ役所!!」
すると受付のお姉さんがにこやかに言った。
「奥の待合室でしたら空いておりますよ」
「案内するなぁ!!」
私の叫びが、役所中に響き渡った。