作品タイトル不明
05 新婚初日、理性が敗北しかける
婚姻届は、あっさり受理された。
本当にあっさり。
「おめでとうございます」
にこやかな受付嬢にそう言われた瞬間、私は急激に現実味を失った。
……結婚した。
ルークと。
「…………」
「どうした」
「いや、ちょっと待って」
役所を出た私は、石畳の道の真ん中で頭を抱えた。
「今朝まで失恋したと思って隣国行こうとしてたのよ?」
「ああ」
「なのに数時間後には人妻なんだけど!?」
「流れとしては自然だろ」
「どこが?!」
すると隣で、ルークが少しだけ口元を緩めた。
……またそれだ。
王都で会ってから、ルークは良く笑う。
いや、違う。
私の前で、よく笑う。
ふと、それに気付いてしまった。
「ミレナ」
「なによ」
「顔が赤い」
「誰のせいだと思ってるの!?」
「俺だな」
「自覚あるんだ!?」
ルークは平然としている。
私はこんなに心臓うるさいのに!
さっきからずっとどきどきしてるのに!
しかも左手を見れば、婚姻証明の控えの紙がある。
紙切れ一枚なのに、人生変わりすぎでは?
「……実感ない」
ぽつりと零す。
するとルークがこちらを見た。
「俺はある」
「早くない!?」
「ずっとお前と結婚したかったからな」
「っ……!」
駄目だ。
ルークが私の心臓を止めにきている。
昔はこんな恥ずかしいこと絶対言わなかった!
「宿を取ろう」
身悶えしている私にルークが告げた。
「……え?」
「お前、安宿取っただろう? 治安に不安がある」
「あ、確かに……」
王都は何もかもが高くて、節約のために裏路地の宿をとった。
でも、持ち金は多くない。治安のいい宿は大通り沿いばかりで、当然値段も高かった。
うーんと悩んでいるとルークが爆弾発言した。
「二人部屋でいいか」
「ぶふっ」
盛大にむせた。
ルークが眉を寄せる。
「どうした」
「ふ、ふふふ二人部屋って!! 何言って……!」
「夫婦だぞ」
「だからって心の準備が!」
「必要か?」
「当たり前でしょう!?」
この男、本当に容赦がない。
平然と爆弾を投げてくる。
「安心しろ」
ルークは静かな声で言った。
「嫌がることはしない」
その声が思ったより優しくて。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
ぶっきらぼうなくせに、ちゃんと大事にしてくれる。
「……信用、してるけど」
「ああ」
「でも緊張はするの!」
「俺もしてる」
「え?」
思わず顔を上げた。
ルークは少しだけ視線を逸らす。
「好きな女と同じ部屋だぞ」
「〜〜〜っ!!」
私は顔を覆った。
無理。
耐性がない。
「急に恋愛強者みたいになるのやめて〜!?」
「お前相手にだけだ」
「口を閉じて!」
お願いだから!
周囲の通行人がまた笑っている。
王都、羞恥プレイの街なの?
◇◇◇
宿屋に着く頃には、私のHPはほぼゼロだった。
「一ヶ月、二人部屋を頼む」
「かしこまりました」
「待って、一ヶ月!?」
「その間に家を探す」
「誰の?」
「俺たちの」
「一緒に住むの?!」
「夫婦だからな」
「騎士団の宿舎は?」
「出る」
ぐうの音も出ない。
宿屋のおばさんは、にこにこしながら鍵を差し出してきた。
「新婚さんかい?」
「はい」
「違っ!!」
いや、違わないけど。
「初々しくていいねぇ」
「その意見には同意です」
「可愛い奥さんじゃないか」
「お、おおお奥さん……」
その単語だけでまたブワッと顔が熱くなる。
すると隣でルークが、じっと私を見下ろした。
「……奥さん」
「繰り返すなぁ!!」
絶対面白がってる!
「いや、嬉しくて」
「真顔だから説得力ないのよ!」
「内心かなり浮かれてる」
「怖いわ!」
部屋に入る。
ベッドは一つだった。
なぜツインじゃないの?
女将さんの勢いに押されて、部屋を確認する余裕なんてなかった。
ちょっと、これは……
「…………」
「…………」
急に静かになる。
さっきまで普通に騒いでいたのに、急に空気が変わった。
近い。
狭い。
ルークがいる。
同じ部屋に。
しかもベッドは一つ。
改めて意識すると駄目だ。
心臓がうるさい。
「ミレナ」
「ひゃい!?」
噛んだ。
意識してるのバレバレだ。
恥ずかしい。
ルークが少し目を細める。
絶対笑ってる。
「そんなに緊張するか」
「するわよ!!」
「可愛い」
「うるさい!」
一歩近づかれる。
一歩下がる。
さらに近づかれる。
また下がる。
気づけば壁際だった。
「待って待って待って」
「待たない」
「最近のルーク、強引すぎない!?」
「一年分我慢してた」
「重い!!」
本当に重い!
でも嬉しいのが悔しい!
ルークは私の頬にそっと触れた。
大きな手。
剣を握る手なのに、触れ方は驚くほど優しい。
「……やっと触れられる」
低い声が耳に落ちる。
ぞくりと背筋が震えた。
「ルーク……」
「キスしていいか」
「っ……!」
駄目だ。
そんな真面目に聞かれたら断れない。
というか。
さっきから心臓が「いいよ」って言ってる。
悔しい。
でも私は小さく頷いた。
その瞬間。
ルークの目が、少しだけ蕩けるみたいに細められた。
――あ、無理。
そんな顔されたら好きが増える。
そして、唇が重なった。
優しいキスだった。
触れるだけ。
なのに頭が真っ白になる。
離れたあと、ルークが私の額に額を押し当てた。
「……好きだ」
かすれた声。
熱を帯びた吐息。
そしてゆっくりと再び唇が重なる。
今度は食むように。
何度も。
何度も。
そして。
私は限界を迎えた。
「〜〜〜っ!!」
ぱぁん!!
私の平手が飛んだ。
綺麗な音が部屋に響く。
数秒の沈黙。
そしてルークが、頬を押さえながらぽつりと言った。
「……なぜだ」
「こっちが聞きたいわよ!!」