作品タイトル不明
03 無表情騎士、限界を迎える
「……ああ、あれか」
ルークは片手で顔を覆った。
珍しい。
この男が露骨に頭を抱えている。
「いや、待て。違う」
「何が」
「全部だ」
「説明が雑すぎる!!」
私は涙目のまま怒鳴った。
「見たんだから! 綺麗な人に跪いて、手にキスして、しかも、笑ってた!」
「最後が致命的だな……」
「認めた!?」
「そこじゃない」
ルークは深々とため息をついた。
その顔があまりにも疲れ切っていて、逆にこっちが戸惑う。
「ミレナ。落ち着いて聞け」
「無理」
「頼むから聞け」
「……」
珍しく低姿勢だ。
ここまで真面目な声を出されると、少しだけ勢いが削がれる。
ルークは周囲をちらりと見回した。
通行人たちがめちゃくちゃ見ていた。
そりゃそうだ。
騎士様と田舎娘が往来の真ん中で痴話喧嘩してるのだから。
「場所を変えるぞ」
「あ、逃げた」
「俺に言い逃げして、隣国行こうとしたのはお前だろ」
「うっ」
正論。
ぐうの音も出ない。
結局私は近くの喫茶店に連行された。
◇◇◇
「……それで?」
向かいに座った私は、むすっとしたまま腕を組む。
ルークは無表情だった。
いつも通り。
でも長年付き合っている私にはわかる。
ルークは今、怒っている。
いや、怒ってると言うより、焦ってる方かな?
膝の上の拳が固い。
視線が妙に泳ぐ。
耳が少し赤い。
……なんで耳が赤いの。
「昨日の女は、俺の上官の奥方だ」
「奥方」
「ああ」
「人妻」
「ああ」
「そう」
一段、低く冷たい声になった。
するとルークが険しい顔をした。
「だから違う」
「何が」
「誤解だ」
「どこが!?」
私が机を叩くと、店員さんがびくっとした。
ごめんなさい。
でも今は無理。
「貴族式の挨拶を練習させられてたんだ」
「……は?」
「騎士は高位貴族と関わる。礼儀作法も必要になる」
「だからって手にキス!?」
「実際にはしていない。フリだけだ」
「フリ? だとしても、ずいぶん嬉しそうにしてたじゃない!?」
するとルークが、ぐっと眉間を押さえた。
「……あれは」
「……あれは?」
「『未来の奥方のためにも慣れておけ』と言われた」
「は?」
「……っ、だから」
そこでルークはぴたりと止まった。
視線が逸れる。
耳がさらに赤くなる。
え、ちょっと待って。
何言い出すつもり?
「その時、お前の顔が浮かんだ」
「…………は?」
「だから……俺が嬉しそうに見えたのなら……そういうことだ」
頭が真っ白になった。
何を言われたのか理解が追いつかない。
「え」
「未来の妻を想像しろと言われて、お前を思い出した」
「ちょ、待っ」
「そしたら……」
「待って待って待って!! ストップ!!」
何を言い出すのだ、この男は!
私は勢いよく立ち上がった。
店員さんがまたびくっとした。
本当にごめんなさい。
「な、なんで私!?」
叫んだ瞬間。
ルークが怪訝そうな顔をした。
「……逆に聞くが、なんでわからない?」
「わかるわけないでしょ!?」
「昔からずっと好きだった」
さらっと爆弾が投下された。
「…………」
「…………」
私、今。
呼吸してる?
なんか止まってない?
「お前、本当に気づいてなかったのか」
「き、気づく要素どこ!?」
「全部だが」
「全部がわからないのよ!!」
だって無表情だったじゃない!
何考えてるかわからないし、口数少ないし、褒めても「そうか」しか言わないし!
「昨年の春祭りの日、お前が男に絡まれてた時」
「え?」
「相手を殴った」
「それは知ってる」
「嫉妬だ」
「それは知らない!!」
「あのあと俺は三日機嫌悪かった」
「いつもの顔じゃなかった!?」
「違う」
「わかるか!!」
周囲の客が肩を震わせている。
笑ってる。
他人事だと思って。
私は真っ赤になりながら頭を抱えた。
「いや、だって……え?」
「手紙も毎回楽しみだった」
「……」
「返事が来るたび、何度も読んでた」
「…………」
「擦り切れるまで」
「そんな面白いこと書いてなかったと思うけど!?」
「ミレナが書いたものだから価値がある」
「嘘でしょ!?」
ルークの顔は真剣だった。
無表情なのに。
なのに目だけが熱い。
ずっと、私だけを見ている。
「……じゃ、じゃあなんで返事くれなかったのよ……」
その瞬間。
ルークの表情が、すっと暗くなった。
「あれは俺の失態だ」
低い声だった。
「騎士見習い時代、平民出をよく思わない貴族連中がいた」
「……」
「見習い寮は荷物管理も雑だった。訓練続きで、自分の荷物を確認する余裕もなかった」
ルークは苦々しげに続ける。
「俺の私物を勝手に調べて、お前からの手紙を抜いていた」
「……え」
「最初は本当に忙しかった。気づくのが遅れた」
喉が詰まる。
「妙だと思った頃には、お前からの手紙が来なくなってた」
「……そんな」
「嫌われたと思った」
「それ、こっちの台詞なんだけど!?」
「悪かった」
「もっと早く言ってよぉ……!」
気づけば涙が零れていた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
止まらない。
ルークが露骨に狼狽えた。
「待て、泣くな」
「だってぇ……!」
「ミレナ」
「一年も返事なくて! 私、嫌われたと思ってぇ……!」
「違う」
「でも昨日あんな綺麗な人と!」
「だから違う」
「だってルーク格好良くなってるし!」
「……は?」
「王都の女の人、みんな綺麗だし!」
「関係ない」
「あるの!」
涙でぐしゃぐしゃのまま叫ぶと、ルークは数秒黙った。
それから。
ぽつりと呟く。
「……お前、自分の顔見たことあるか?」
「は?」
「村一番だった」
「何の話!?」
「今は王都でも一番可愛い」
「っっっ!!」
心臓が爆発した。
恥ずか死ぬ。
この男、急に何なの!?
昔こんなこと一回も言わなかったじゃない!
「急にそういうこと言う!?」
「言わないと伝わらないと王都で学習した」
「もっと他に勉強することあったでしょ!?」
するとルークは、ふっと息を吐いた。
そのあと。
真顔のまま、とんでもないことを言った。
「結婚するぞ」
「…………は?」
あまりにも自然に言われて、理解が追いつかなかった。
「爺さん達が亡くなったのなら、お前を守れるのは俺しかいない」
「いや待って」
「待たない」
「話飛びすぎ!!」
「飛んでない」
「飛んでる!!」
「好きだ」
「うっ」
「お前が好きだ」
「ま、待っ」
「他の女に興味ない」
「待ってぇ!!」
頭が、処理落ちする。
耳まで熱い。
心臓がうるさい。
ルークはそんな私をじっと見つめたまま、静かに言った。
「もう離す気ないから覚悟しろ」
――駄目だ。
この男。
昔よりずっと格好良くなってる。