作品タイトル不明
普通の男の優先順位
雨木は一度だけ、言葉を選ぶように間を置いた。
「斬月衆……ね。
深淵十二紋の……まぁそれは知ってた。
知ってるから、何とかならないかと思ってたんだけど。
残念……」
スピーカー通話にしているイージス端末。
そこから漏れた言葉に、美濃原は淡々と問い返す。
『日本刀に興味があるのか?』
「そりゃあまぁ、ね。俺も男だし、日本人だし。
どうせ武器を持つなら、日本刀にしたかったよ。
残念ながら法律の壁と、ダンジョン特性で諦めてたけど。
まぁ仮に、どこかに入れてもらうなら、斬月衆だな。
と思う程度には、刀に憧れはあるよ」
最も、使いこなせるかは別問題だ。
それでもやはり、雨木も日本人。憧れはある。
そして斬月衆は、深淵十二紋の中でも少し特殊な集団である。
第一に、全員が刀術使いである。
第二に、冒険者を専業としていない者が多く、むしろ主力である。
第三に、元の母体が社会人の趣味サークルである。
簡単に言えば、日本刀好きが集まった社会人サークルが元だ。
そんな連中が、刀を振るためにダンジョンの入場資格を取った。
そして二十階層を突破し、日本のトップ冒険者の一角に数えられている。
特筆すべきは、その年齢層だろう。
初期メンバーは全員が四十歳以上。
元自衛隊や元警察官も在籍しているという噂がある。
だが数人を除き、名前も顔も出していない。
理由は単純だ。
専業冒険者ではないメンバーを守るためである。
なぜなら――
ダンジョンに持ち込める日本刀。
それを手に入れられるのが、この斬月衆だけだからだ。
現在の日本刀は、美術品扱いである。
武器としては作れない。
売られない。
理由なく持ち歩けば、銃刀法違反で捕まる。
さらに――
ダンジョンの中では、地上の数倍の速度で朽ちる。
だが例外もある。
その中で最も単純で、確実な方法。
ダンジョンの魔石成分を含んだ鉱石を持ち帰り、刀鍛冶に個別に打たせることだ。
それが可能な唯一の集団が、斬月衆。
そう呼ばれている。
ちなみにこの名も、マスコミが付けたものだ。
元は別のサークル名があったが、インパクトだけで勝手に名付けられた。
故に当の斬月衆は、マスコミを異様に嫌っている。
表には出て来ない。
誰がそうなのか、世間一般はもちろん、冒険者にも分からない。
だがダンジョン省――
電話の向こうの男であれば、素性を含めた情報を持っているはずだと、雨木は考えた。
何かしらの繋がりがある。
そう踏んでいたが、どうやら外れらしい。
「ま、忘れてください。あわよくば、と思っただけなんで。
槍のレベ二の話を受けちゃうと、さらにその話が遠のくからさ。
その前に、聞いておきたかった。
それだけなんで」
『あの、この話、迷惑でした……でしょうか?』
突如スピーカーから、見知った女性の声――省勤務の鷹見の声が響く。
それに、雨木はわずかに驚いた。
いることは知っている。
続けて電話をかけて来ていたし、声も聞こえていた。
だが、こうしてはっきり会話に入って来るとは思っていなかった。
続けて『ちょっと、駄目でしょ』と、鷲倉の声も聞こえた。
もっとも、自分もスピーカーにして熊澤に聞かせている。
こうなってくると仕方がないな、と雨木は小さくため息を吐いた。
「――構いませんよ、鷲倉さん。……の声も聞こえてますし。
……いいよね?」
そう答えると、わずかな沈黙のあと、『構わん』という美濃原の声。
続けて鷹見と鷲倉の『すみません』という小さな声が返る。
「迷惑、というのも違うんですけど。
槍のレベ二の話……でいいんですよね?
それはちょっと、話がうますぎる。だからですね。
もう少し判断材料が欲しいところです。
サークル臨時に関しては、まぁ迷惑かな。
俺はとっくに、サークル臨時は見限っているので」
『ふむ、それは……もうサークル臨時に関しては、参加するつもりが一切ない、ということか?
なら確かに迷惑だったか。
こちらとしては、どうせ参加するのなら、そのついでのバイト代として足しになるかと考えていた』
少し意外そうな声色が混じる美濃原の言葉に、雨木は思い当たる。
そういえば、この点までは伝えていなかった。
参加する気がないからこそ、ああいう話になった。
それくらいのつもりで話していたに過ぎない。
別に改善してほしいとか、良くなるためにこうした方がいいとか、そんな意図はなかったのだ。
何か、親や教師に言いつけた子供のようで、少し気分が悪い。
だが言ってしまったものは仕方がないと割り切り、この際、伝えておこうと考える。
「別に、今後一切行かない、とまでは言わないけどね。
俺は今、単独でゴブリンダンジョンの十階層を突破することを視野に動いているから。
それ以外に、あまり時間を割きたくない。それだけですよ」
さて、こう言えば相手はどう出るか。
ほんのわずかに口元を緩めながら、雨木は目の前の熊澤の顔を覗き込んだ。