作品タイトル不明
普通の男にみえたもの
覗き込んだ熊澤と、雨木の目が合う。
「それは」
『それは』
言いかけた言葉が、スピーカー越しの声と重なり、同時に途切れた。
鷲倉の声だ。
熊澤はそこで通話がスピーカーになっていることを思い出し、慌てて口を押さえる。
『誰かいるのか? 聞かれても問題ない相手だろうな?』
美濃原の、低く冷たい声が静かに返る。
その一言だけで、熊澤の顔色は一気に青ざめた。
「大丈夫。そのゴブリンダンジョンの担当の人。
ちょうど今の話を相談しようとしてたんだ」
『……担当か。くだらん。
過疎ダンジョンが人を呼ぶために、勝手に始めたシステムだ。
俺としては不必要なシステムだと思っている。
サポートが必要なら、鷹見と鷲倉に相談しろ。
――とはいえ、相談できる程度に関係を築いていたなら、そうでもないのかもしれんな。
担当は……たしか熊澤、だったな?』
「……なんで知ってるんだよ……こっわっ」
フォローして誤魔化そうとした雨木。
だがその先を、美濃原に言い当てられる。
熊澤は、“マムシの美濃原”という異名でも思い出したのか、今にも泣きそうな顔になっていた。
『雨木は少し変わった奴だが、決して悪いヤツじゃない――
……とは言い切れんが。
少なくとも女性に乱暴をするような、粗野な男ではない。
こいつがこう言っているんだ、付き合いは続くだろう。
俺たちの目が届かないところを、サポートしてやってくれ』
だが美濃原は、先の言葉に続けてそう言った。
その一言で、熊澤の顔色がわずかに戻る。
「……は、はい」
かすれた声で、熊澤はようやく返事を絞り出した。
何か言ってフォローしようと考えていた雨木は、少しだけ拍子抜けする。
「……いや、言い切れよ」
と、絞り出すのが精一杯だった。
「……で、鷲倉さんは、なんでしょう?」
わずかに、不機嫌さの混じった声になる。
スピーカーの向こうで、美濃原の『構わん』という声が返った。
発言の許可を取ったのだろう。
『……そんなの、無理に決まっています。
全国に冒険者が何人いると思ってるんですか? 三万人ですよ?
そのうち、十階層を単独突破した冒険者の数を、知らないんですか?』
残念ながら、雨木はそれを知らない。
そもそも興味がない。
玉石混交。
人は石にも玉にもなり得る。
だが、どうしても偏るものだ。
だから、素直に「知りません」と返した。
『三十人もいません。したのは、ほぼ深淵十二紋のメンバーです。
それも、十五階層までいくと五人を切ります。
現時点で十九階層を単独で超えたのは、一人だけ。
〝橘 維心〟でも目指してるんですか?
――馬鹿げてますっ』
鷲倉の強い言葉に、雨木はまたか、と軽い眩暈を覚える。
視線の先では、熊澤も小さく頷いていた。
〝橘 維心〟。
深淵十二紋、第八座に座る男の名だ。
以前にも同じことを、電話の向こうの強面の男に言われている。
単独でダンジョンに潜る。
それはつまり、〝橘 維心〟を目指すことになるらしい。
少なくとも、ダンジョン省の人間にとっては。
(馬鹿げてるのはどっちだ?)
雨木はそう思う。
知りもしない男と比べられ、勝手に序列を付けられる。
それも、自分を下に置く形で。
不愉快極まりない。
もとより張り合うつもりなどない。
だが、下手に出る理由もない。
「んー、別にゴブリンダンジョンの十階層なんて、身近な小目標なんですけど」
つい、そんな言葉が口をついて出る。
「では鷲倉さんは、どうしたら良いと?
地道にサークル臨時に通って、小銭を稼いで、仲間を集めて、スキルカードを揃えて。
集団で十階層のボスを囲んで倒し、何分の一かの分け前を得ろ、と?」
『……』
スピーカーの向こうは、沈黙したままだ。
「……それの何が悪いのか、私には分かりません。
一人で、単独で倒せるなら、それは確かに凄いこと……ですが。
命をかけてやる、それほどのことだとは思えないです」
その言葉を口にしたのは――
スピーカーの向こうの鷲倉ではない。
目の前にいる熊澤だった。
力のこもった視線で、じっと雨木を見据えながら、そう言った。
その言葉に、いくらの落胆を覚える。
人と同じことをしていても、同じ程度しか稼げない。
右へ倣えで、サークル臨時に参加する、
ということは押し付け組の仲間になることになる。
それが嫌だという話を、今日はしてきた筈だ。
その選択肢を選ぶことは、雨木には絶対に出来ないこと。
『何が正解かは人それぞれ。
お前はお前のやりたいことをやれ。
――だが一つ。
お前の身近な小目標に、アドバイスをしておく。
スキルカードを手放すという冒険者。
そいつは、その三十分の一の一人だ』
「――っ、マジで?」
少々落胆していた雨木だったが、スピーカーの向こうから響く美濃原の淡々とした声に、胸が跳ねる。
『マジだ。
ただし、元、と付くがな。
前に話しただろう。
モンスターカードを売りに出し、手持ちのカードが白紙になった。
そのうちの一人でもある』
その言葉に、雨木は――
話が、変わってきたな。
と、小さく息を吐いた。