作品タイトル不明
普通の男はしないこと
次の瞬間、通話の向こうから吐き出されるように声が響いた。
『辞めて普通に働いて、さっさっと結婚したい……んだけどな、クソが!』
美濃原の手の中にある、イージス端末のスピーカーからそんな言葉が響いた。
鷲倉は、何を言っているんだこの男は、と呆れた。
こんな男のどこが良いのか、と思い横を見る。
鷲倉の隣で鷹見は、赤くなった頬に両手を当てて見悶えていた。
(別にあんたとしたいって言った訳じゃないでしょうに……)
やはり ポンコツ(鷹見) は ポンコツ(鷹見) だな、と改めて思う。
だがそんな二人を置いて、会話は進んでいく。
「……意外だな、お前はあまり結婚願望など無いかと思っていた」
『いや、あるよ、バリバリある。
だから面倒な仕事振って欲しくないんだよ、ヤクザ屋さん』
「ふ、鷹見や鷲倉はどうなんだ?
あれなら俺が仲人をしてやる」
『どっちも美人できれいな人だと思う。
けど、まだ働き盛りだろうに。
なにより省勤めとかエリートじゃん、普通に高嶺の花子さんだよ』
勝手に候補に名前を出され、鷲倉は憤慨する。
「こちらにも選ぶ権利がある」と文句を言おうとした瞬間、
スピーカー通話であることを思い出し、踏みとどまった。
そのあとに続いた褒め言葉に、悪い気はしない。
踏みとどまって正解だったと、内心で自分を褒める。
『つーか、仲人って夫婦でするもんじゃなかったっけ?
そういやミノさんって、結婚してんの?』
「誰がミノさんだ、馬鹿もの。
お前より少し歳下の子供がいる。
連れ合いとはもう、一緒になって三十年近い。
これが出来た女でな。おかげで今の俺がある」
『あー、そりゃあねぇ、さぞ出来た女だろうねぇ……』
鷲倉はスピーカーの向こうの言葉に、内心で激しく同意した。
この美濃原と夫婦として三十年もいたのなら、さぞ出来た女性だろう。
『……素直にそれは羨ましいですよ。
俺もそんな相手と出会いたい。
……まぁそれはともかくさ、鷹見さんにも鷲倉さんにも。
あんまり無理強いはしないであげてよ。
上から降ってくる言葉って、結構重いんだ、マジで』
その言葉に、鷲倉は目を見開く。
自分のことよりも、二人のことを気にかけてくれるとは思わなかった。
美濃原と目が合う。
細い目が「こんな奴だぞ」とでも言っているようで、少し居心地が悪くなる。
「気をつけよう。
……それで、頭は冷えたか?」
何事もなかったかのように、美濃原は通話に戻る。
横の鷹見は相変わらずで、鷲倉は小さく息を吐いた。
集中する。余計なことは考えない。
電話の向こうの男に言われた通り、自分は働き盛り。
新人で、覚えることも多い。仕事第一だ。
『……いや、別に全然切れてないですよ?
酒が入ってるから、明日にしようって言ってるだけで』
そう言い終わったあと、スピーカーの向こうではグラスに口をつける音がした。
隠す気もないその行為。少し前なら不愉快に感じただろう。
だが鷲倉は、今なら分かる。
現在進行形で会話にならない、というアピールなのだと。
(……なるほど。人によっては、こういうのでも肝が太いと取れるのか)
鷲倉には、美濃原にこんな態度を取る人間を他に思いつかない。
ただ無礼なだけでなく、そこに意味があることもあるのだと一つ学ぶ。
だが、不機嫌な雨木がただ無礼なだけで、実は意味などなかった。
「明日では遅い。条件を伝える。
行ってこちらの提示した内容を調べ、レポートの形で提出して欲しい。
レポートに問題なければ五万。
内容が評価できれば加算させよう」
『……』
「お前ならそう難しくないはずだ。出来るだろう?」
『……』
その言葉に、電話の向こうの男は沈黙する。
「どうした?」という再度の問いかけに、
『いや、金を理由に断ろうと思ってたんだけど……
先に潰されて、ぐうの音も出ないってやつ』
電話の向こうの男はそう答える。
『んー、でもやっぱり、無理だなぁ。
悪いけど、他を当たって欲しい』
「ふむ、それはいい。無理強いはしない。
だが理由くらいは聞かせろ。
……他を説得する、内容がいる。お前も煩わしいのは嫌だろう?」
『……俺がやるって言っても、向こうが受け入れるかは別問題だから。
とっくに出禁になってる可能性が高い』
その言葉に、鷲倉は絶句する。
こいつは何をやったんだ、と。
沈黙が場を包む。
鷲倉は美濃原へと視線を送り、
〝こういう人みたいですけど〟と必死に訴えた。
だが美濃原は、鷲倉には目もくれない。
小さく笑って言う。
「……ふっ、お前らしいな。
何をした?」
『……別に大したことじゃない。あれよ。
〝悪・即・斬〟だけが俺たちに共通する正義、ってやつ。
見て見ぬふりが出来なくてね。
どうにも、不器用な男なもんで……』
「……ふふふ、るろ剣か。手助けは要るか?」
『要らないー。自分のケツは自分で拭けるさ。
っていうか、他はともかく、四回目のは出禁になってなくても、二度と参加したくねぇんだ。
理由は……言いたくない。
お察しください、ってことで』
「そうか。他の三つ。行けるところだけでもいい。
個人的な頼みとして、聞いてくれないか?」
醜い冒険者の現実に、会話は淡々と進む。
鷲倉の顔は引きつった。
それを意に介さず話す美濃原は、どこか楽しそうに見える。
『……個人的な頼みか。
……それなら聞いてもいいけど。参加できないとこは知らないよ?』
「参加できるところだけ、という条件で構わん。
参加するタイミングもお前に任せる。
引退する冒険者の件も、前向きに考えてみてくれ」
『それ……セットなのかと思ってた。
まぁ、会うだけなら構わないけど。
――構わないけど、悪だったら即、 斬(ざん) するけど、それでいいならね。
あとついでに、ダンジョンで使える日本刀が欲しいんだけど、手に入らない?』
「――構わん。
が、日本刀は無理だ。あれは斬月衆が独占している。
深淵十二紋の一つが――」