作品タイトル不明
14話 メスガキアラート♡
階段を駆け上るTSメスガキ魔法少女おじさんこと律と、階段を渋々下るTS怪人幼女おじさんことアイダはちょうど4階のフロアでかち合った。
(えっ、子供!?)
(うわっ、とうとう会っちまった……)
それぞれ別々のことを考えながらも、ふたりともピタリと同時に足を止める。
目が合ったまま、しばし沈黙――そして先に動いたのはアイダだった。
階段を降りている途中、何度も何度も頭の中で練習していた言葉をそのまま口にする。
「た、助けてぇ……お母さんがいなくなっちゃったの……」
戦闘能力という点で自分よりも格上の怪人を瞬殺し続けてきた魔法少女を前に緊張するなという方が無理な話。
アイダの声は恐怖から震えてしまっていたが、それがむしろ「ひとりぼっちで知らない場所に連れてこられた少女」の演技に真実味を帯びさせることに成功した。
「〈黒き森〉は人身売買に手を染めているという噂もあるプイ。もしかしたらどこからか攫われてきた子供かも……」
と、スマホのカメラを構えたプイプイが呟く。
しかし律の返事は素っ気ない。
「こっち来ないでよ♡」
「ひっ……」
(なんで!? もしかして男だってバレた!? バレたのか!?)
思わず涙目になるアイダ。
しかし律の本心はそうではなかった。
(なんで子供がこんなところに。可哀想だけど……ゴメン、ダメなんだ。俺は子供に触れない)
アレルギー的な話ではない。
律は冴えないモテないブラック企業勤めのアラサー独身男であった。
もちろん彼女などいるはずもない。
それについて、律の上司はよくこんなふうにからかってきた。
「君、なんで結婚しないんだ? 彼女もいないんだろ? もしかしてアレか? ロリコンとかいうヤツ? 最近変な事件が多いからな。トラブルはやめてくれよぉ?」
もちろん上司の言葉は的外れも良いとこである。
律の恋愛対象は成人済みの女性であるし、彼女がいないのはブラック企業に勤めているために時間や金がないからなのだ。
とはいえ、しつこく何度もそんなことを言われれば気にしてしまうのが人間というもの。
子供が嫌いというわけではないが、不審者だなどと間違っても思われないように子供、特に女の子には極力近付かないように律は心がけていた。
もちろん今の律はアラサー男性ではない。
というか、このような怪人たちの巣窟で「不審者だと思われたくない」とかそんな悠長なことを言っている状況ではないのだが――それでも律は長年の習慣から幼女に近付くことを忌避していたのだ。
(その……危ないから! こっちに来ちゃダメだよ!)
と、内心の律は言ったつもりだった。
しかし口から出たのはこんな言葉。
「危ないガキ♡ こっち来るな♡」
それは律が初めて魔法少女として怪人・ハタナカと相対したときにも発動し、ハタナカが武器を隠し持っていることを言い当てた能力。
いわば魔法少女の本能が警告として発した言葉――“メスガキアラート”だったのだが、律はそれに気付かない。
(うわああああ!? なんか変な翻訳された!?)
と、律がひとりであわあわとしている一方、アイダは。
(あ、危ないガキ!? あわわわわ……めちゃくちゃ疑われてる……っていうかもうこれバレてんじゃねぇのか?)
幼女となったアイダの大きな目にみるみる涙が溜まっていく。
すると律は内心でますます取り乱した。
(あああああっ! 泣いちゃってるじゃん! そりゃそうだよ、ただでさえ心細いのに、知らない子に罵倒されたりなんかしたら……)
という律の優しい内心とは裏腹に、メスガキの口は一向に止まる気配がない。
「怪しい♡ なんか変♡ 危ない匂い♡」
(うわああああ! 煽りが止まらない! どうしてこんな子供に酷いこと言っちゃうんだ俺は!)
魔法少女の本能は必死にメスガキアラートを鳴らしているが「なにか変」以外の情報はなく、律本人は目の前の少女に一切疑念を抱いていない。
重ねて言うが、律は子供が嫌いなわけでは決してないのだ。
心細くて泣いているのであろう目の前の子供を泣き止ませてあげたい――律は純粋にそう思った。
(子供の泣き止ませ方なんて分からないけど……ええと、そうだ、おもちゃでも出してあげようかな!)
いまの律は魔法少女である。
ステッキを魔法で作り出したように、おもちゃのようなものも作り出せるのではないかと考えたのだ。
ぬいぐるみ、お人形、お姫様の衣装――目の前の年端もいかない少女の喜びそうなものを作り出そうとする。
が、なかなかうまくいかない。
(ううーん、女の子のおもちゃってよく分からないな……そうだ、俺がよく遊んでたヤツなら……)
(な、なんだ!? なにをしているんだ!?)
なにやら魔法の光をコネコネさせている律に、一体どんな魔法攻撃を仕掛けられるのかとアイダはヒヤヒヤした。
が、いつまでも攻撃は飛んでこず、そして律の手のなかの光は少しずつアイダにも見覚えのある形に変わっていく。
(これって、もしかして……おもちゃを作ってるのか?)
それによりふと冷静になり、アイダは己の置かれている状況を整理することができた。
(そうだよな。バレてるなら魔法で吹っ飛ばされるなりステッキで殴られるなりしているはず。ということは、少なくともまだ確定で正体がバレているわけではない。疑うような言葉を吐きつつもおもちゃで俺をなだめようとしているってことは――まだ勝ち筋はある)
そしてアイダは己と律の距離を目測する。
いまの小さな足でも、その手が届くまで5秒とかからない距離。
(そうだ。なにも難しいことじゃない。両手で触れるだけ。それだけで俺の勝ちなんだ)
そしてアイダは内心でほくそ笑んだ。
(これはチャンスだぞ。またとない絶好のチャンス! おもちゃが完成したら歓声を上げながら駆け寄り、受け取るふりをしてヤツの両手を握る――それで俺の勝ちだ。この戦い、もらった!)
そんなことを考えているとも知らず、律はせっせと目の前の幼女を喜ばせるためのおもちゃを作る。
そして、完成した。
完成してしまった。
律が昔よく遊んでいた――目を瞑っていてもその形や感触を思い出せるほどに馴染みのあるおもちゃ。
それは手のひらサイズの、プラスチック製と思わしきおもちゃだった。
四角い形をしていて、表面には丸いボタンのようなものが8個並んでいる。
一見ブロックのようにも見えるが、違う。
「はい♡ これあげる♡」
(よし! 魔法少女め、俺の勝ちだ!)
律が差し出したものを見て、アイダ扮する幼女は計画通り歓声を上げた。
「わぁ、無限プチプチだ! 懐かしい!」
「は?♡ 懐かしい?♡」
「ぁっ……」
アイダは慌てて口を押さえる。
が、出てしまった言葉はもう取り消せない。
この違和感は、鈍感な律もさすがに気付いた。
「これ平成に流行ったおもちゃだよ♡ なんで“懐かしい”なの?♡」
「え!? あの……その……」
無限プチプチとは気泡緩衝材、いわゆるプチプチを潰す感触をボタンで再現したオモチャである。
発売されるなり大ヒットを記録し、様々なシリーズ商品が生まれた。
しかしそれは2000年代の話。
こんな幼い子供が「懐かしい」などと呟くのは不自然なのだ。
とはいえ親が持っていた、テレビで見た――いくらでも言い逃れの方法はあったのかもしれない。
しかし隙をつかれて頭が真っ白になったアイダが取ったのは、最悪の一手だった。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
アイダは弾かれたように駆け出した。
正体がバレても構わない。とにかく両手で魔法少女に触れればよい。そう考えたのだ。
彼は中学高校と陸上部の短距離走選手であり、現役時代はロケットスターター相田の異名をほしいままにしていた。
その走りのフォームときたら。
とても幼い女の子のそれではなかった。
「えいっ♡」
ブウォォォォォン!!
律のステッキひと振りにより巻き起こったつむじ風が、アイダの足元をすくいあげる。
「ひえっ!?」
風はアイダにかかっていた白い粉を払い落とし、キサラギの魔法を解いてしまう。
すっかりアラサー怪人の姿に戻ったアイダは、風の中でひたすらもがくことしかできない。
そして律はステッキを大きく振り被った。
「お前のような幼女がいるか♡」
ガゴッッッッ!
ステッキの一撃を食らい、アイダは白目を剥いて床に伸びる。
こうして律は(誰も気付いていないが)同世代TS対決に勝利したのだった。