作品タイトル不明
第19話 偽りの処方箋
王都から、ネリの手紙が届いた。封は小さく、差出人の名はなかった。だが文字を見れば分かる。王宮で慌てて書く癖のある、少し右へ傾いた筆跡だ。
リディアは厨房の隅で封を切った。中には短い手紙と、折り畳まれた処方箋の写しが入っていた。
手紙には、こうあった。ミレーヌ様側の侍女が、侍医長の処方に似た紙を厨房へ持ってきました。料理長が不審に思い、写しを取ってくださいました。リディア様に見てもらえと言われました。
リディアは処方箋を広げた。国王の喉を潤すため、花蜜湯を朝夕に一杯。甘草を多めに。苦木皮を省く。香りの強い花粉を加える。
一見すると、それらしい。だが侍医長の字ではない。薬の量もおかしい。甘草を多くしすぎれば、むくみや胸の重さにつながることがある。苦木皮を省けば胃の動きは整わない。花粉は、陛下の咳には悪い。
これは、治すための処方ではない。花蜜湯を使うための処方だ。
リディアはエルヴィンへ報告した。彼は紙を読み、すぐに補給官ヘンリックを呼んだ。
「ガレア商会とローゼン家の取引記録を調べる」
「王宮内の記録は、こちらからは難しいです」
「北境へ来た不良品の納品書がある。価格の推移も。王都の商人組合に照会を出せ」
リディアは処方箋を見つめた。
「ミレーヌ様が、わざと陛下を悪くしたのでしょうか」
その問いは、言ってから苦しくなった。彼女はミレーヌに傷つけられた。だが、国王を害する意図まであったと決めつけるのは怖い。
エルヴィンは慎重に答えた。
「意図はまだ分からない。だが、無知と利益が結びつくと、悪意がなくても人を壊す」
「王宮では、花蜜湯は美しいものとして扱われていました」
「美しさで病は治らない」
「でも、見た目が悪いものは嫌われます」
「だからあなたは、粥を温かく、食べやすくした。見た目を捨てたわけではない」
リディアは少し驚いて彼を見た。エルヴィンは真面目な顔で続けた。
「あなたの食事は、見た目で人を騙さない。だが、食べる人が口に入れやすいように整えている。それは美しさの別の形だ」
その言葉に、リディアは胸が熱くなった。王宮で彼女の皿は、地味だと言われた。華やかな飾りも、香りの強い花もない。けれど、食べる人の体に合わせて整えたものを、エルヴィンは美しさと呼んだ。
処方箋の写しは、公爵家の封で王宮侍医長へ送ることになった。同時に、ネリとグラントを守るため、差出人は伏せる。
リディアは返信に、短く書いた。写しを受け取りました。危険な内容です。料理長と侍医長の指示が一致しないものは、陛下へ出さないでください。
最後に、ネリ個人へ一文。あなた自身の食事も、きちんと取ってください。
手紙を封じる時、リディアは気づいた。王宮にいた頃の自分は、ネリへこんなことを書かなかった。自分が食べないことを当たり前にしていたから、他人にも強く言えなかったのだ。
変わったのは、王宮への態度だけではない。自分を扱う手つきが変わり始めている。
夜、エルヴィンの食事を終えたあと、リディアは自分の夕食も同じ卓の端で食べた。マルタが当然のように椀を置き、トマが蒸した芋を添える。
エルヴィンは向かい側で、柔らかい鶏肉を慎重に食べていた。
「今日の記録に、私の夕食も書いておきます」
リディアが言うと、彼は頷いた。
「いい。あなたが倒れた時の対策にもなる」
「倒れる予定はありません」
「私もそう言って倒れた」
返す言葉がなく、リディアは芋を一口食べた。温かかった。
王宮の偽りの処方箋は、まだ問題の入口にすぎない。だがリディアはもう、空腹のまま戦うつもりはなかった。