作品タイトル不明
39 夜会の翌日のお茶会
39 夜会の翌日のお茶会
モリーンはいつもより早く店へ着いた。
なのに扉を開けた瞬間、思わず笑う。
もう全員揃っていた。自分が最後だった。
古着屋のおかみ、ミリーも、すっかり馴染んで席についていた。
彼女のお店には前回のお茶会の後、お邪魔して、蒸しケーキをご馳走になって、ケイトのドレスを一着ずつ買い取った。
「おはようございます」
モリーンが笑うと、数人が同時に言った。
「遅いわ!」「待っていたのよ!」「もう、待ちくたびれたわ」
モリーンが腰を下ろす。
昨日の夜会に参加した二人も揃っていた。
各国の大使まで来る大規模な夜会だった。出席できたのは一部の貴族だけ。
この場で実際に参加したのは三人。
つまり――残り全員、飢えていた。
早く話せと、顔に書いてある。
店員が紅茶を置く。まだ誰も口をつけない。
「それでは」
ハリエットが咳払いした。全員が背筋を伸ばす。
「昨日の夜会で仕入れたことを話しますね」
空気がぴんと張る。
「はい、夜会に鈴がエスコート付きで現れました」
誰かが小さく声を上げる。ミリーまで前のめりになった。
「えっと、そのエスコートの呼び名は?」
「そうねぇ」
モリーンが腕を組む。少し考えてから、にやりと笑った。
「エスコートしていたから、コートでいいんじゃない?」
「コート!」「いいわね!」「似合う!」
あっという間に満場一致で決まった。
「では、コートで」
ハリエットが満足そうにうなずく。そして紅茶を一口。わざと間を作る。皆がじりじりしている。
「鈴とコートが一曲目を踊り終わると、すぐに各国の大使が鈴へ向かいました」
「まぁ!」「やっぱり!」「でしょうねぇ!」「大使ですもの!」
「四人とも?」
「えぇ、群がるように」
小さな悲鳴が上がる。
「それはいいのですけれど」
ハリエットが意味深に言う。皆がぴたりと止まる。
「本来、大使と踊るのは蜂の婚約者」
全員がしかめ面になる。
「でも今の婚約者は……」
「残念なお方」
誰かが小さく言うと、小さな笑いが起こる。ミリーが戸惑っているが、余計なことは言わない。
「なので、鈴が踊りました」
「当然よ!」「鈴しか無理でしょう!」
「蜂は?」とレナが聞く。
「通訳と侍従に囲まれていました」
「あっ……」
全員が首をかしげる。ドロシーが補足説明をした。
「四か国は言葉が違うでしょ。だから通訳もたくさんいました。向こうの国も連れて来てるしね」
その光景を想像したのか、皆が細かく首を縦に振る。
「見ているだけで大変そうでした。蜂と婚約者が随行員と話しているのですが」
語り手が肩をすくめる。
「会話になってなかったと思いますよ。遠目でしたけど」
「でしょうねぇ」
「鈴は、一人で四か国語を話せるの」とレナがミリーに教えている。
「まぁ鈴は素晴らしかったってことね」とドロシーが全員に言うと、皆がうなずいた。
「鈴の話はここまで」とモリーンが宣言した。
ぴたり、場が静まる。
「……え?」「それ以上があるの?」
「あります」
モリーンは、ゆっくりと全員を見る。ミリーまで同じ速度で前へ傾いた。なぜか完全同調していた。
「お二人です」
「お二人……?」「例のお二人」
誰かが小さく叫びかけて、あわてて口を押さえた。近くの席を見るとあわてて目をそらされた。
モリーンは、かまわず続けた。
「お二人は会場の隅でお話していました」
「隅!」「隅なのね!」
「それぞれ会場を見ながら」
「目を合わせないってこと?」「隣にいるのに」
誰かが扇を落とした。拾いながら震えている。
「お隣同士なのに、目を合わせない」
「苦しい!」「わかる!」「たぶん緊張です!」「尊い……」
「恋って大変なんですねぇ」とミリーがぽつりと言った。
全員が一瞬黙った。そして、やさしい目になる。
「そうなのよ」「ミリー。いいこと言うわ」
「で?」
全員が戻る。
「鈴が大使たちと踊り始めると、コートが一人になりまして」
「はい!」
「お二人に話しかけたのです」
息を呑む音。
「お三方が並んだ姿は、それはもう眼福でした」とモリーンが続けると、ドロシーとハリエットがうなずいた。
「想像だけで素敵」「若い騎士様、お綺麗だった?」
「えぇ。真面目そうで、お可愛らしい」とハリエットが答えた。
「騎士団長様は?」
モリーンが夢見る顔になる。そして答えた。
「大きくて、頼もしくて、少し疲れた顔」
「はぁぁぁ……」と全員から深いため息が漏れた。
「そして」
ここで、わざと沈黙。誰も息をしない。紅茶の湯気だけが揺れる。
「お三方が」
モリーンがわざと息を吸う。
「にこにこ笑いながら」
誰も動かない。紅茶の湯気だけが揺れる。
「こちらへ歩いて来たのです」
「こちら!?」「えっ!」
「そして」
また沈黙。
「ダンスを申し込まれました」とモリーンが締めくくった。
誰かが叫び、慌てて全員で静かにする。
「わたくし」
モリーンが胸に手を当てる。
「騎士団長様と踊りました」
「おおお……」と尊敬にも似た声が上がる。
「たくましい腕で支えてくださいまして」
ちらり。皆の視線が彼女へ向く。
(大変だったでしょうね)
(さすがですわね。団長様)
(支えるの、命がけだったかも)
心の声が、一致した。
「とても優しかったんです」
しみじみと言う。
「少し恥ずかしそうでしたけど」
「可愛い!」「団長が!?」「ギャップ!」
「ダンスのあと、皆で少しおしゃべりをしまして」とドロシーが言った。
「コートも?」「若い騎士様も?」
「えぇ」
ドロシーが身を乗り出す。
「コートは、お二人の事情をご存じのようでした」
「知ってたの!?」「味方なのね!」
「それで、わたくし」
ドロシーが少し胸を張る。
「人生を偽って生きるのはむなしい、と申し上げました」
静まる。
「たった一人と出会える人は少ない。だから幸せを受け取っていいのだと」
誰かが息を呑む。全員、固唾をのむ。
ハリエットが続けた。
「すると、若い騎士様が」
一拍置いた。
「騎士団長様の手を」
また、一拍。
「ぎゅっと握ったんです」
「見たの!?」「そこで!?」
モリーンが机を叩いた。
「見たのよーー!」
ハリエットも声がうわずっている。
「そして、若い騎士様が」
小さく息を吸う。
「ずっとお慕いしておりました。頼りになる皆様の前だからこそ、告白できます」とおっしゃいました」
「勇気!」「青春!」
「そして騎士団長様が」
ハリエットが胸を押さえる。声色まで低くする。
「君は未来がある。一時の気の迷いで人生を棒に振ってはいけない」
もう全員泣きそうだった。
「だけど、ありがとう。わたしも君を愛しているよ」
誰かが小さく「はぁ……」と息を吐いた。そして、ため息の連鎖。
幸せそうな沈黙。ようやく紅茶が飲まれ始める。
そして誰かがぽつりと言った。
「現実って想像より、いいわねぇ……」
全員が、しみじみとうなずいた。