軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 夜会での冒険者

38 夜会での冒険者

音楽がゆるやかに流れていた。

磨かれた床に灯りが映り、宝石とドレスがきらめく。

夜会場の空気は甘い香水と緊張、そして好奇心に満ちていた。

四人の大使の視線はフロア中の注目を集めて踊っているケイトに集中していた。

音楽が終わった。次だ。

イスト王国の大使だ。

四十代半ばほどで、深い藍色の礼装に、胸元には控えめな勲章。

穏やかな笑みを浮かべているが、目だけは鋭い。

ケイトは自然に姿勢を整え、手を差し出す。

「こんばんは。おひさしぶりです」

流れるようなイスト語。綺麗な発音。

外国語訛りがわずかに混じる。

ネイティブではない。

けれど、それが逆に丁寧さと努力を感じさせた。

大使の眉が、ほんの少し上がる。

「こんばんは。久しぶりですね」

こちらもイスト語。

低く穏やかな声だった。

手が重なる。

音楽に合わせて、ゆっくりと歩幅が合う。

ケイトのステップは正確だった。

王宮仕込みで、身体が自然に動く。

大使がふっと目を細めた。

「驚きました」

「なににです?」

「噂を聞いたものですから」

ケイトは少しだけ笑う。

「夜会の噂ですか?」

「えぇ」

大使は苦笑した。

「婚約破棄、失踪、幽閉、病気……」

一拍置く。

「もう会えないのではないかと」

ケイトがちょっとだけ笑う。

「失踪と病気は、だいぶ違いますね」

「では?」

「婚約は破棄されました」

くるり、とターン。

ドレスの裾がやわらかく広がる。

そのまま淡々と言った。

「勘当もされまして、今は平民です。閣下」

大使の足が、一瞬止まりそうになる。

だが外交官らしく、即座に体勢を戻した。

「なんと」

本気で驚いている顔だった。

「噂より事実のほうが重いですね」

そして困ったように笑う。

「あと、閣下はやめてください」

「ふふっ」

ケイトは肩をすくめた。

「平民ですから」

「あなたにそう言われると、少し寂しい」

二人の間に小さな笑いが落ちる。

「ですが……」

大使が少し声を落とした。

「その話、知りたいのです」

少し申し訳なさそうな顔。

「お行儀悪いのですが……」

ケイトはすぐにうなずいた。

「よろしいですわ」

そして少し目を細める。

「ただし、わたくし個人の話だけです」

「ありがとうございます」

ケイトは婚約破棄の日のことを簡潔に語った。

事実だけを語った。

大使は時折目を丸くし、時折苦笑しながら聞いている。

「その場で除籍を?」

「証人が多かったので」

「なるほど……」

「便利でした」

「便利! そうですか? 便利ですか」

肩を震わせながら、それでも笑いを堪えきれずに言った。

「いや、失礼」

「あなたはもっと……」

「もっと?」

「いえ」

大使は笑いを堪える。

「気高く、悲劇的に語ると思っていました」

「たいしたことではありませんから」

「なるほど。そう言えるのですね」

面白いものを見る目に変わる。

「それでしたら」

声が改まる。

「ギルドは我が国にもあります」

「え?」

「あなたほどの人材なら、歓迎されます」

ケイトが瞬きをした。

「よろしければ、いかがでしょう?」

その時、曲が終わった。

大使は名残惜しそうにケイトの指先を包む。

少しだけ力が入る。

「邪魔ですよ」サウス語で低い声が割って入った。

サウス王国の大使だった。

イスト大使の手を軽く払いのけると、自分の手を差し出す。

「次はわたしでしたね」とサウス語で続ける。

イスト大使が目を細める。

「急ぎすぎでは?」敢えてのイスト語。

「順番です」とサウス語。

サウス大使は涼しい顔だった。

「こんばんは」

ケイトは自然にサウス語へ切り替える。

教科書通りに正確な発音。

踊り始めるとすぐに「噂のことを。いきなりですまないが」

「わかりました」

ケイトは再び事情を語り始めた。

そして、この同じ場所で、王太子とアビゲイルの周囲は大混乱だった。

「少々お待ちを!」

「今のは歓迎の挨拶です!」

「アビゲイル様、その返答は少々……!」

「王太子殿下、笑顔だけで!」

通訳が四人に、侍従が複数。

イスト語、サウス語、ウエスト語、ノース語。

小さな国が接している地域だが言語が違うのだ。

言葉が飛び交うたび、処理が止まる。

侍従の顔色は悪かった。通訳はちゃんと仕事をしている。

だが、会話になっていない。

かつて、この役割をしていたケイトは一人で四か国語を操っていた。場の誰もが笑顔で会話に参加していた。

その、ケイトは楽しそうに踊っている。

大使と踊っているのだ。依頼通りだ。

だが、助けて欲しい。今すぐ、踊りをやめて大使と一緒でいいから、ここに来て欲しい。

ケイトは侍従の視線を確かに捉えた

だが、次の瞬間くるりとターンしてしまった。

一方その頃、マイクはいつの間にか、騎士団長と、その若い恋人と話していた。

「どうです?」

マイクがぼそっと言う。

「あそこにいるご婦人方とのダンス」

騎士団長がちらりと見る。

年上の婦人たち、落ち着いた笑顔。

「見守ってくれそうですよ」

若い騎士が青ざめる。

「あの、マイクさん……それは」

だが騎士団長が真顔で言った。

「それがいい」

「え?」

「おばちゃんは味方だ」

なぜか断言した。

「一緒に『ごめんね』してくれる」とも言った。

(どういう経験?)とマイクは戸惑う。

「深いです」と恋人が尊敬の眼差しで相槌を打つ。

騎士団長が力強く言った。

「夜会も戦場だ。戦わずして成果はない」

そして歩き出した。若い恋人も続く。

マイクも笑顔を浮かべて続く。

三人は、それぞれ婦人へ声をかけた。

「一曲、お願いできますか」

「まぁ!」

「嬉しいこと」

「若い方から誘われるなんて」

笑顔が咲いて、会話が生まれる。

噂があたらしく生まれて、情報が交差する。

多くの者にとって、この夜会は思った以上に実りのあるものになった。

噂の二人と話せた者。

鈴のエスコートをしていた好青年――マイクと知り合えた者。

そして外交大使たちは、確信した。

ケイトという有能な人材が、驚くほど無防備に野放しになっている、と。

手を伸ばすのは今だ。と

しかも、本人は、たぶん自覚がない。