軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37 都会派冒険者の普通

37 都会派冒険者の普通

「婚約破棄の慰謝料はこれぐらいでいいかなぁ」

ケイトは請求書をぱらぱらとめくりながら言った。

ギルドマスターの執務室の出来事だ。

机の上には王宮から支払われた金額が記された書類が置かれている。

クーパーが遠い目をしている。

マイクは壁際で腕を組み、妙に楽しそうだ。

「あと、わたしから泥棒した物の補填でもう少し貰いましょうか」

さらりと言われて、ギルドマスターの眉がぴくりと動く。

「泥棒って、お前……」

「宝石ですよ。実母の形見を、義妹に渡されたんですよ」

ケイトは当然のように言った。

「母の物は娘の物という理屈らしいので、義妹に渡されたんですよ」

「侯爵家、ほんとにろくでもねぇな……」

マイクがぼそっと言った。

「でしょう? まぁ大声で言いましたし、王妃殿下にも、ちくちく言いましたから精神的には返してもらった気分ですけど」

ケイトがさらりと言った。

「まぁ、返って来ないなら、来ないで嫌がらせしますから、いいんですけどね」

ギルドマスターが紙を見ながら鼻を鳴らした。

「しかし、婚約破棄の慰謝料なんて、自分で請求通せたんじゃないのか?」

部屋が静かになる。

マイクが吹き出しそうになる。

クーパーが視線を逸らした。

ケイトはすぐに答えた。

「前日にわかっていたら、やりましたね」

「やるのか」

「やります。当たり前です」

マスターはうんうんとうなずき、マークとクーパーはお互いの目を見た。

「でも、勘当されて婚約者だったキャサリン・ローズラインはいなくなったんですよ」

とケイトは肩をすくめる。

「やってやれないことはないかとも思ったんですけど、やりませんでした」

「そうか」

ギルドマスターも普通に返した。

返してから、ふと沈黙する。

マスターは自分に突っ込んだ。普通に返したが、言ってることは異常だ。

婚約破棄の慰謝料を「自分で通すか悩んだ」元婚約者ってなんだ。

しかも王宮で、頭がおかしい。

いや、慣れた。

慣れたが、やっぱりおかしい。

ギルドマスターは深いため息を吐いた。

「お前に毒されてるな、俺」

「え?」

ケイトが首をかしげる。

「褒め言葉だ」

「そうなんです?」

マイクが肩を震わせた。

「違うぞ、ケイト」

『ケイト、強い』

リンベルが、部屋のなかをふよふよと飛んでいる。

『婚約破棄……慰謝料……自分で通す……』

なにやらインプットしている。

「そこはインプットしなくていいです」

ケイトが小声で返す。

二人の様子はケイトが一人でペットと話しているようで、一見可愛い……

でも、この部屋にいる三人は騙されない。

騙されないが、なにも言えない。

数日後の王宮。

今日の依頼は、新たな調査でも書類仕事でもない。

夜会への出席である。

近隣諸国との親睦をはかる持ち回りの大夜会。

本来なら王族や上位貴族が表に立つ場だ。

だが、どうしても来てほしいと王宮が、泣きついてきた。

準備の手伝いまで頼まれたが、それは「嫌です」とケイトが断った。

「なんでです?」王宮文官が青ざめたが、「面倒です」と返した。

「そこをなんとかならないでしょうかぁ」

「夜会に出ます。以上です」とばっさり断った。

「会場の準備はできますよ。飲み物と食事。立食だからそんなにむずかしくないし、前回と同じで大丈夫です」とケイトが担当者に言うと、「はぁ」と肩を落として帰って行った。

煌びやかなシャンデリアと色とりどりのドレスが散らばる会場。

人々は社交用の笑顔を浮かべている。

久しぶりの王宮の空気に、ケイトは少しだけ肩をすくめた。

「変わらないわね」

隣のマイクが苦笑する。

今日は護衛兼エスコート役だ。

騎士風の正装が妙に似合っている。わけあり臭ぷんぷんだ。

「楽しめそうか?」

「えぇ。今日は気楽です。でも冒険者として依頼はこなします」

「そのようだな」とマイクも気楽そうな声で応じた。

リンベルは約束通り、お利口にしている。

髪飾りに擬態し、髪にちょこんと留まっているが、時々、翼がぴくっと動く。

『綺麗な場所』『キラキラ』

『ケイトもキラキラ』

「静かに」『はい』

素直だった。

各国の招待客が入場してきた。それぞれが紹介された。

盛大な拍手が起こり、楽団が演奏を始める。

すると、マイクが、すっと片手を差し出した。

自然に、優雅に、まるで昔からそうしていたかのように。

「お嬢様。踊っていただけますか」

ケイトは、「え?」と驚いた。

完全に不意打ちだった。思わずマイクを見上げる。

「マイク?」

「嫌か?」

少しだけ悪戯っぽく笑ってケイトを見下ろしている。

ケイトは瞬きをして、ふっと笑った。

「どうする? 目立つ?」とマイクが誘う。

「えぇ、大サービスよ」とケイトはすまして答えると、マイクの手を取った。

二人が中央へ進んで、広いフロアを、優雅に、軽やかに横切った。

ケイトは元婚約者時代に叩き込まれた完璧な足運びで踊る。

マイクも負けていない。冒険者らしい体幹の強さで支える。

一回転、裾をふわりと揺らしてケイトはしなやかに体をそらせる。

身体強化のなせる業だ。

リンベルが嬉しそうに翼をぱたぱたさせた。

二人は流れるように動いて、絶妙な位置取りで王太子の進路へ先回りした。

「あっ」「えっ」王太子とアビゲイルのステップが止まる。

マイクは一度離れるが、もう一度近づく。

ケイトはにこやかに笑い、リンベルの翼が動く。

マイクは完璧な無表情を保っている。

リンベルは翼も尻尾も動かしている。

『邪魔した!』

「静かに」

その時だった。

マイクの視界に妙なものが入る。

ご婦人たちだ。視線がこちらを見ている。

いや……違う。

マイクたちを見ながら、別を見ている。

視線が、ふよふよと別方向へ漂っている。

何人かが妙に落ち着かない顔をしている。

「あら……」ちら。

「やっぱり……」ちら。

「でも……」ちら、ちら、ちら。

視線の先には二人の男が立っている。

少し年かさの筋肉質の男と、もう片方は若い少し線が細い男だ。

距離感が奇妙だ。

騎士団の上官と部下、といった風体だが……なにか様子がおかしい。

距離が近いのに、目を合わせない。寄り添っているのに……

マイクは、なんとなく察した。

「あぁ……なるほど」

「なにがです?」

ケイトが聞く。

『ケイト鈍い。インプットが足りない』

「なんですって?」

マイクは二人から離れるようにケイトをリードしていった。

曲が終わると、ケイトにはダンスの申し込みが殺到した。

ひまになったマイクは二人に近づいた。

「噂など、気にしなくてよい」

「ですが、団長殿……」

「わたしは自由な身だ。家は弟にまかせる」

「それなら、わたしは三男です」

「それに、いまの王宮は混乱している」

「そうですね」

二人はようやくお互いを見て微笑んだ。

婦人たちの視線が一斉に揺れた。