作品タイトル不明
20 遺跡を頼みます
20 遺跡を頼みます
翌朝。
まだ陽が高くなりきる前、村長はふらつく足取りで部屋から出て来た。
顔色は相変わらず悪い。まるで一晩で十歳ほど老け込んだようにも見える。
「村に使いを出した……何人か来るはずだ。それから、話をしてほしい」
椅子へ腰を下ろしながら、村長は重たそうに息を吐いた。
ケイトはそんな様子を見て、少し眉を下げる。
「そうですね。ちょっと休んでください。そんな顔色で倒れられても困ります」
「はは、嬢ちゃんに心配される歳じゃないんだがな」
「今はされてください」
ケイトはさらりと言った。
「それじゃ、わたしは薬師ギルドへ行って来ます。村からの人たちは、今日中に着きますか?」
「あぁ、そのはずだ」
「わかりました。夕方には戻ります」
軽く手を振って出て行く後ろ姿を、村長はぼんやり見送った。
扉が閉まる。
しばらくして、村長は深く息を吐いた。
「はぁ。嬢ちゃんは……」
その声には呆れと、感謝と、どうしようもない安心感が混ざっていた。
ギルドマスターのバートンは腕を組み、にやりと笑う。
「よくぞ婚約破棄してくれたな。王太子が馬鹿で助かった」
「お前さん、それ本人の前で言うなよ……」
「言わんさ。逃げられたら困る」
バートンは平然と言った。
村長は苦笑しながら、また椅子へ沈み込んだ。
昼を少し過ぎた頃。
ギルドの扉が開き、ジェイたち冒険者に付き添われた五人の村人が入って来た。
急いだのだろう。服には土埃がつき、靴も泥だらけだ。
そして、全員の顔には妙な緊張が浮かんでいた。
「村長!」
「おぉ……来たか」
顔を見た瞬間、村長は堰を切ったようにしゃべり始めた。
「あのな、嬢ちゃんがな――」
「遺跡がな――」
「とにかくすごくて――」
「あの子が全部――」
ギルドマスターが片手を上げた。
「待て待て待て。村長落ち着け。順番に話せ」
だが、村長は止まらない。村人も話し出した。
「あの子がな!」
「キャサリン様が!」
「嬢ちゃんが遺跡を――」
バートンは数秒で止めるのを諦めた。
「誰か、茶と軽食を持って来い。長くなる。
やがて、熱い茶とサンドイッチが運ばれて来た。
村人たちはそれを前にして、ようやく少し落ち着く。
「それで?」
バートンが椅子へ深く座り直した。
「何を頼みたい」
五人は顔を見合わせた。
それから、まるで示し合わせたように一斉に頭を下げた。
「キャサリン様に、遺跡を貰って欲しいんです」
空気が止まった。
ジェイが目を丸くする。
クーパーが持っていたペンを落としかけた。
バートンだけが、静かに目を細めた。
「ほぉ?」
村長が慌てたように口を開く。
「み、みんなで話し合ったんだ。あの遺跡を村の物として抱えるのは危険だって」
「騙しに来る貴族も出るだろうしな。悪い商人が来るかも知れない」
「村じゃ守れない」
「でも、キャサリン様なら」
「嬢ちゃんなら安心できる」
次々に言葉が重なる。
バートンは指先で机をとんとん叩いた。
「待て。ケイトは断るぞ」
即答だった。
「えっ」
「間違いなく断る。あの娘は、そういう重たい物を背負うのを嫌がる」
「そこをなんとか!」
五人が身を乗り出す。
「頼みます!」
「ギルドマスターからも言ってください!」
「無理だ」
ばっさりだった。
「それに、あの娘が遺跡を売り払ったらどうする?」
村人たちが、一瞬黙る。
「価値のある物が出るんだろう? 売れば、一生遊んで暮らせるかもしれんぞ。いや、売って分けてもいいぞ」
「それは……」
「人は金で変わる」
低い声だった。
部屋が静まる。
だが、しばらくして。
一人の老人が、ぽつりと言った。
「それでも、信じます」
「……」
「嬢ちゃんを信じます」
隣の男もうなずく。
「あの子は、村を見捨てなかった」
「最初は移住を勧めた。でも、わしらが嫌だと言ったら、怒らずに残ってくれた」
「一緒に泥まみれになって畑を直してくれた」
「子供の話もちゃんと聞いてくれた」
「そんな人だから」
五人が、まっすぐバートンを見る。
「信用できる人に預けたいんです」
「わからないんです。遺跡とか、権利とか、難しいことは」
「でも、誰が信用できるかぐらいはわかる。誰が村を大事にしてくれるかわかる」
「だからキャサリン様に」
「うぅぅ」とバートンは唸った。
頭を抱える。
「あの娘、絶対嫌がるぞ……」
「そこを!」
「押してください!」
「頼みます!」
「ギルドマスター!」
次々に詰め寄られて、バートンは顔をしかめた。
ジェイが横で吹き出す。
「マスター、人気ですね」
「うるさい」
バートンは吐き捨てるように言った。
それから腕を組み、深く椅子にもたれかかる。
「確かに、方法としては悪くない」
ぽつりと呟いた。
村人たちの顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか!」
「ただし!」
バートンが鋭く睨む。
「ケイト本人が納得しなければ意味がない。無理強いはしない」
「はい!」
「それから、遺跡の管理には金も人も要る。簡単な話じゃないぞ」
「それでも!」
「嬢ちゃんに頼みたいんです」
バートンは長いため息を吐いた。
「まったく」
それから、小さく笑った。
「なんでこう、みんなあの娘に重たいもん押しつけたがるんだかな」
村長がぼそりと言う。
「頼れるからだろ」
その言葉に、バートンはしばらく黙っていた。