作品タイトル不明
17 おや、そうですか?
17 おや、そうですか?
王太子の執務室では、文官たちが慌ただしく動き回っていた。
ケイトが持ち込んだノートは、すでに数人が囲んで読んでいる。
「この順番で視察報告を整理していたのか……」
「だから処理速度が異常だったのか」
「予算申請の分類まで先に済ませてあるぞ」
ケイトはざっとノートに目を走らせ、口を開いた。
「ざっとノートを見たら、先ず今この部屋の書類を分類してください。たぶん、他のところからも来ていそうなので、それを戻したほうがいいですね。それが終わったら緊急案件から片づけてください」
文官たちは弾かれたように動き出した。
一人に目を止めたケイトは声をかけた。
「あなた」
「は、はいっ」
「あなたなら知ってるでしょ。ハーベスト村の視察はどうでしたか?」
侍従の顔が固まった。
「あ……それは……」
言葉を濁す。
その時だった。
「それは無事に終わった」
低く、自信ありげな声が部屋に響く。
開いた扉から、ロバート王太子が入って来た。
豪奢な上着を羽織り、どこか満足げな顔をしている。
「村民は、わたしが行ったことを涙を流して喜んだ」
部屋の空気が微妙に止まった。
文官たちの視線が泳ぐ。
レイモンドは無言で目を伏せた。
ケイトだけが、にこやかにうなずいた。
「そうですか。さすがでございます」
その声は穏やかだった。
「それでは、約束のお芋さんごろごろスープ。美味しかったでしょうね」
ロバートが少し胸を張る。
「あぁ。美味かったぞ」
「そうでしょうね」
ケイトはさらりと返した。
「皮むきは褒められましたか?」
「皮?」
ロバートが眉を寄せる。
「あぁ、褒められた」
横で聞いていた侍従が、ぴくっと反応した。
ケイトは静かに続ける。
「お前より上手いと褒められた」
ロバートはどこか得意そうだった。
ケイトの目から、すっと温度が消えた。
「剥いたんですか?」
静かな声だった。
しかし、部屋の空気が一気に冷える。
ロバートは気づかない。
「あぁ。簡単だったぞ」
「へぇ」
ケイトは数秒、ロバートを見つめた。
その視線に、近くの文官がびくりと肩を揺らす。
マイクは壁際で腕を組みながら、小さくため息を吐いた。
「殿下」
ケイトが口を開く。
「わたしはわたしの仕事をします」
机の上の紙を整えながら続けた。
「殿下は、そこでちゃんと仕事をしてください」
ぴたり、と部屋が静まる。
ロバートは露骨に顔をしかめた。
「それがだめなんだ」
即答だった。
「アビゲイルと約束がある」
その瞬間。
数人の文官が絶望した顔になった。
レイモンドはこめかみを押さえた。
ケイトは、さらりと言った。
「はい。行ってらっしゃい」
あまりにもあっさりした返答だった。
ロバートが一瞬きょとんとする。
「止めないのか?」
「なぜです?」
ケイトはもうロバートを見ていない。
視線は完全に書類へ戻っている。
「殿下がお決めになったことでしょう」
「それは……そうだが」
「でしたら、どうぞ」
さらさらとペンが走る。
手慣れた仕事だ。目の前で形になっていく。
ロバートはその様子を見て、なぜか少し不機嫌そうな顔になった。
「おい、キャサリン」
「ケイトです」
即座に訂正が入る。
「ケイト」
ロバートが口ごもる。
「はい」
「本当に行っていいのか?」
「もちろんです」
ケイトは淡々としていた。
「わたしは指導にきただけです。王太子殿下は適用範囲外です」
ぐさり、と文官たちに刺さる。
部屋の隅で、誰かが吹き出した。
慌てて咳払いに変わる。
ロバートの顔が引きつった。
「お前は昔から嫌味だな」
「そうですか?」
ケイトは首をかしげる。
「わたしは事実しか申し上げておりません」
その横で、マイクが顔を背けて肩を震わせていた。