作品タイトル不明
16 さっそく働きます
16 さっそく働きます
今日はケイトの初めての出勤日だ。
王城の一室。かつてキャサリンが日々書類を片付けていた執務室には、朝から妙な緊張感が漂っている。
文官たちは机に向かっているものの、どこかそわそわしていた。
その原因は、部屋の中央に立つケイトだ。
ケイトは平民の晴れ着程度の、飾り気の少ないワンピースを着ていた。
だが、その立ち姿は妙に堂々としている。
以前も地味なドレスで宝石も少なかったが、一応は令嬢の姿だったのだが……
それなのに、なぜか視線を引いた。
「それでは、少しだけお話します」
ケイトが静かに言うと、部屋の空気が引き締まった。
「わたしは冒険者ギルドから依頼を受けて来ています。ですので、冒険者として行動します」
さらりと言った言葉に、何人かの文官が顔を見合わせる。
「執務はしません。指導のみです。質問には答えますが、わたしが代わりに片付けることはありません」
ぴしりと言い切った。
以前なら、誰かが押しつければ黙って処理していた少女とは思えない。
レイモンドが小さく咳払いした。
「本日は、まず書類整理の手順確認から――」
「その前に」
ケイトが遮った。
「わたしが以前まとめていたノートがあります。王城で過ごしていた部屋に置いてありますので、取って来てください」
「ノートですか?」
「はい。執務で気づいたことを書いていました。整理の仕方とか、視察準備とか、そういうものです」
「すぐに!」
若い侍従が勢いよく頭を下げ、部屋を飛び出して行った。
その後ろ姿を見送りながら、周囲がざわつく。
「そんなものを残していたのか」
「なにが書いてあるんだろう?」
ひそひそ声が漏れる。
しばらくして、侍従が戻って来た。
後ろには侍女が二人ついている。
「ケイト様、こちらに」
抱えてきたのは分厚いノートの束だった。
革表紙は使い込まれて角が擦れている。
ケイトはちらりと見て、うなずいた。
「それです」
侍女の一人が、おそるおそる口を開く。
「あの、ケイト様。よろしければ、お部屋の私物をお持ちになりますか?」
部屋の空気が止まった。
誰もが返答を待つ。
だがケイトは、あっさりと言った。
「いえ。わたしには不要です。すべて焼却してください」
「え……」
侍女が青ざめる。
周囲の文官たちも目を丸くした。
「あの、それは……」
「ケイト、それはすっきりするが、寄付できる物もあるだろう。後で部屋を確認してはどうだ?その上で捨てるなり、焼却するなり決めればいい」
横からマイクが口を挟んだ。
彼は、護衛として同行している。今まで、黙って壁際に立っていたのだ。
ケイトは少し考え込んだ。
「そうですね」
少しだけ視線を落とす。
「本とか文具なら、使える人がいるかもしれません」
「だろ?」
「では後で確認します」
その返答に、侍女たちがほっとしたようだった。
ケイトは机の上にノートを置く。
ぱらりと開けば、整った文字が並んでいる。
視察時の確認事項。
予算確認の優先順位。
地方ごとの注意点。
文官への伝達順。
王妃側との調整方法。
細かく、実務的で、驚くほど読みやすい。
「はい。このノートに執務について気が付いたことが書いてあります。自由に見てください」
ケイトは淡々と言った。
「王妃殿下の執務もやっておりましたので、そちらのことも書いてあります。参考に」
文官たちの目の色が変わった。
一人が思わず身を乗り出す。
「王妃殿下の執務まで……?」
「参考程度ですよ」
「参考で済む内容ではありませんが!?」
別の文官が慌てて言った。
ケイトは首をかしげる。
「そうですか?」
「執務はして下さらないんですか?」
切実な声だった。
ケイトはきっぱり言った。
「しません。指導のみです」
その瞬間、あちこちから小さな落胆の気配が漏れた。
マイクが吹き出しそうになっている。
ケイトは気にせず続けた。
「それからパーシー」
隅にいたパーシーがびくっと肩を揺らした。
「は?」
「キャサリンの部屋はどうなってますか?」
「どうだか……」
視線が泳ぐ。
ケイトは淡々と続けた。
「おなじようなノートが、あちらの部屋にもあります。部屋が残っているなら、ノートがあります」
「部屋が残っているならって……」
誰かがぽつりと呟いた。
その声に、別の文官が小さく返す。
「ほら、あの場で勘当されたから、何も持ち出してないんだよ」
「なるほど。徹底してるな……」
「あー……」
微妙な空気が流れる。
事務局長が額を押さえ、それからパーシーを見た。
「パーシー。すぐに家に戻って部屋を確認しろ」
「はい?」
「部屋が残っていて、荷物が残っていれば、ノートを回収して来い」
「はいぃ……」
情けない返事だった。
パーシーは明らかに不安そうな顔で部屋を出て行く。
扉が閉まると、マイクがわざとらしく大きな声で言った。
「ケイト、部屋が残ってると思うか?」
ケイトは肩をすくめる。
「どうでしょうねぇ」
それから、少し笑った。
「まぁ、目ぼしいものはそもそも持ってないから」
「なんと……」
文官たちが絶句する。
「王室も知ってたんだろう」
「ほら、母方の宝石を」
「あぁ、夜会でな」
「夜会、面白かったろうな」
ぼそぼそと囁きが広がる。
ケイトはそれを完全に無視した。
「それでは」
ぱん、と軽く手を叩く。
「何もしないのもなんですので、王太子の執務室員はここに残ってください。残りは解散」
「え?」
「書類をこの部屋に回さないでくださいね」
にっこり笑って言った。
その瞬間、文官たちが一斉に動き出した。
「止めろ! 止めろ!」
「今日の分は各部署で抱えろ!」
「絶対にここへ持って来るな!」
「山積みにするな!」
悲鳴のような声が飛び交う。
ケイトはその様子を見ながら、くすりと笑った。
「いいですねぇ。仕事してるって感じです」
マイクが横で肩を震わせている。
「お前、絶対楽しんでるだろ」
「当然です」
ケイトは胸を張った。
「今はちゃんと報酬が出ますから」