作品タイトル不明
141話 交渉する
魔法陣を踏んだ先は意外にも何も無かった。
四方が3mくらいの小部屋で、魔法陣があるだけ。危険な罠があるわけでも、モンスターがいるわけでもない。
「魔法陣の起動方法は?」
「この部屋にある鍵を置く事になっているな。しかしこの部屋には鍵は置いていない。断言できる」
「つまり閉じ込められたってことですか」
通常、“この部屋にある鍵が必要なのに鍵が配置されていない”みたいな条件の達成が不可能になっている魔法陣は設定出来ない。
だから“この部屋にある鍵”が必要になっている以上、鍵は必ずこの部屋に無ければおかしいのだ。
なのに無いってことは、奈那さんでも見えない方法で隠されているか、この部屋にあった鍵を物理的に持ち出したかだ。
真識眼を誤魔化す方法が無いとは言えないけど、それよりも普通にこの部屋には鍵が無いと思う。
だってダンジョンマスター専用の魔法陣を設置して鍵を持ち出した後にその魔法陣を消せば良いだけなんだから。
それに、出る方法が無いから危機察知スキルが反応してたと考える方が自然だ。
「どうします?俺がダンジョンに入った時におそらく通知がいってる筈なので、ここに来てるってことはもう向こうに伝わっていると思うんですけど」
「ほう。通知機能があるのか」
「あれ、言ってませんでしたっけ。AIに指示すれば対象の人物がダンジョンに侵入した時に教えてくれるんですよね。ダンジョンマスターはまとめて通知に入れられます」
てっきりもう伝えてあると思ってた。
そういえば奈那さんの前では通知の事を言わず、ダンジョンに入ってたな。広島の時は瑛士が居たし、今回は蓮見が居た。
「それはどれほど細かく設定できるんだ?」
「基本的にはステータスを参考にしてるみたいです。何レベル以上の人類が来た時の設定は出来ても、性別での絞り込みは出来ません。あとは画面に映した探索者達を全員通知に入れることも出来ます」
「つまりAIは人類のステータスを読み取れるのだな。それは興味深い。どの時点でどうやって感知しているのだろうか」
深く考えてなかったけど、AIって人類のステータスを読み取れるのか。
となると、画面に映した人類のステータスを読み取ることも可能性かのか?聞いたら教えてくれないかな。
「まぁ、今は置いときましょう。ここからどうするかが重要じゃないですか?」
奈那さんの気になったことに付き合っているとどんどん話が逸れていくからな。
さて、俺だけなら帰還ボタンで出れるけど、奈那さんはそうはいかない。
最悪5000万もする転移スキルを取って出ればいいが、そもそも呼ばれて来てるので、ここで帰る訳にいかない。
「すでに私達がここにいるとわかっているのなら、すぐに向こうもここに来るんじゃないだろうか。無駄に焦らすとは思えない」
無駄に焦らして憔悴させようとしてくるかもしれないじゃん?
俺はそう思ったが、奈那さんの言葉の通り、野々山奏多はすぐに来た。
5分も待っていなかったと思う。
「来るの早かったね。そんなに急がなくてもよかったのに」
「妹が人質に取られてるんだ。急いで駆けつけるのが姉というものだろう」
「あぁ。本当に姉妹なんだ。似てないね」
「よく言われる。寧音は私と違って可愛い。さて、指示通りここまで来たんだ。寧音を返してもらおう」
「そう焦るなよ。とりあえず妹ちゃんがいる場所まで行こう。着いてきて」
野々山奏多が右足のつま先で地面を2回トントンと鳴らすと魔法陣が床に出てきて、その魔法陣で野々山奏多はどこかへ消えた。
おそらく特定の動作をしたら魔法陣を配置するようAIに指示していたんだろう。ちょっとカッコよかった。今度俺もやってみよう。
「少なくとも今の所は攻撃を仕掛ける素振りを少しも見せなかったな」
「人質取ってるから余裕があるんでしょうかね」
人質を盾に攻撃を仕掛けて来ず、ついてくるように促した。
ダンジョンに入る前の作戦会議で、奈那さんは野々山奏多の目的は交渉だと予想していた。もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
「さぁな。しかし、ここからが本番なのは間違いない」
「ですね。行きましょうか」
そして俺達も魔法陣に乗った。
視界が切り替わる。
先ほどの小部屋と違ってかなり広い部屋だ。やたらと植物が多い気がする。それに、通路の奥にあるのは……牢屋?鉄格子のようなものが見える。
ダンジョンで捕まえた探索者や誘拐して来た人達をここに捕まえているのか?
「ようこそ、俺の実験場へ。とりあえず座りなよ」
目線を追うと、俺らの背後に木製の机と椅子があった。四人がけ用だ。
なんか見たことある。ショップで3番目くらいに安い机と1番安い椅子かな。
「遠慮なく座らせてもらおう」
「どーぞ。じゃあ早速本題に入ろうか。俺は情報を求めてるんだ。あそこにある魔法陣が見えるだろう?この部屋で誰1人として嘘をつかなかったら使える魔法陣だ。あれは1階層に繋がっている。つまり、俺からの質問に嘘偽りなく答えたら無事に帰れるって訳」
「なるほど。確かにその条件が設定されているようだ。ここに来てから嘘をついていないから今乗れば問題なく帰れるな」
「帰ってもいいけど、妹ちゃん置いていくの?」
「まさか。一緒に連れて帰るさ。寧音はどこにいる?」
「牢屋で寝てるよ。一回起きたけどうるさかったからまた眠らせちゃった。開けるにはこの鍵が必要なんだ」
そう言って、ポケットから銀色の鍵を見せてきた。
「俺の満足のいくまで質問に答えてくれたらこの鍵もあげるよ」
こいつの言うことは到底信じられないが、奈那さんが見た以上、あそこにある魔法陣が1階層に繋がっているのは確定だ。発動条件もこの場にいる全員が嘘をつかなかったらで間違いない。
現時点で魔法陣が使える状態になっているということは、俺や奈那さんはもちろん野々山奏多も嘘をついていない。
だから、質問に全て答えたら鍵をあげるというのも嘘じゃない訳だ。
まぁでも簡単に事を進められないよなぁ……
「いいだろう。ただ、一方的に質問されるのもつまらない。そちらが1つ質問したら、こちらも1つ質問するというのはどうだろうか。お互いに嘘はつかないという条件でな。そうした方が互いの事を理解し合えるだろう?最も、この提案が嫌だと思うなら断ってくれて構わない。私にとって、何より優先すべきなのは妹だからな。こちらから質問出来なくてもそちらの質問にはなんでも答えよう」
「ふーん。ま、いいよ。せっかく2人で来てくれたんだし、回答は交互にしてもらおうかな」
結構ノリの良いタイプだな。
動画投稿なんてする人はだいたいみんなノリが良いものか。
「もちろんそれで構わない」
「同じく」
「なら最初はお姉ちゃんに対して質問しようかな。妹ちゃんと仲良い?」
「あぁ。世間の誰から見ても仲の良い姉妹だ」
「すっごい自信だね。喧嘩とかしないの?」
「それは質問か?次は私の番だと思うが」
「あ、ごめんごめん。質問して良いよ」
「兄弟は居るのか?」
「いや?一人っ子だよ」
だろうな。事前に知っている情報だ。
知っている内容を聞くことでどう答えるのか見ようとしたのか、それとも会話を弾ませる為に敢えて似た質問をしたのか。
「それは残念だ。弟か妹がいたら今の私の気持ちを分かってくれただろうに」
「心配〜、とかどうせそんな感じでしょ。じゃあ次、そっちの男。ステータスが人類ってなってるけど、本当に人類?」
「スキルで誤魔化しているだけだ。逆に質問をするが、本当にお前が富良野ダンジョンマスターで間違いないか?」
「ずいぶんビビりなんだね」
別にビビりではないと思うけど。無警戒にステータスをそのままにしている方が愚かなのでは?
まぁ、いいや。
「そう思うならそれでいい。で?俺の質問に対する回答は?」
「あー、はいはい。そうだよ。俺がこのダンジョンのマスター本人だよ」
「それはよかった。偽物っぽい奴に会ってたからさ」
「災難だったねー」
すんごい棒読みじゃん。
「次は俺の番だね。妹ちゃんと喧嘩しないの?」
「時にはするさ。いくら仲良し姉妹と言っても意見が食い違うことはある。そんなに私と寧音の関係性が気になるなら質問をされずとも一方的に語ることもできるぞ?
生まれたばかりの寧音は小さく、必死に手をこちらに伸ばしてくる姿は本当に可愛かった。ある程度大きくなり言葉を覚え始めると私の真似をよくするようになってな。姉としてお手本にならねばと幼いながらに思ったものだ。
小学生になるといつも私にひっついていた寧音が急に自立し出して、友達と遊ぶからあっち行ってと言われた時は心の中ではすごいダメージを受けた。これも成長だと自分を戒めたがすぐに立ち直れるものではなかった。
それから寧音を密かに見守るようになり、その後は…」
「もういいって。お互いに理解をとか言うから親睦を深めようと思って簡単な質問から初めてあげただけだからさ。2人の関係性にはそんな興味無いんだ。次は違う事を質問するよ」
「そうか?まだまだ話し足りないのだがな」
すんごいシスコンだ。寧音の方はぽいなって思ってたけど奈那さんの方がガチじゃん。
「では私の番だな。今日の昼は何を食べた?」
「寿司」
「ほう。寿司か。なかなかに豪勢な昼食だな」
「……わかってて聞いてんの?」
「それは質問だろうか?」
「確認だよ。質問じゃない」
「そうか」
「何を質問するかは自由だけど、俺が満足したら終わりってのは覚えておきなよ」
「覚えておこう」
「で、そっちは町田ダンジョンマスターご本人様であってる?」
「あぁ。そっちは……互いに名前呼べないのは不便だな。俺のことは町田と呼んでくれ。そっちのことはなんて呼べばいい?」
「それは質問?」
「質問ってことでいい」
「そう。俺の事はナカタでいいよ。お姉ちゃんのことは?あ、これは質問じゃないから」
「私の事は奈那でいい」
「奈那ちゃんね。奈那ちゃんが北海道に来たのはどうして?」
「観光だ」
「えー、嘘。富良野ダンジョンで探索してるのに観光目的?うわ、魔法陣消えてない。本当なんだ」
「なに、北海道を観光するついでに富良野ダンジョンを探索しようって事になっただけだ。よくある話さ。では、ナカタさんはどうして寧音を誘拐したんだ?」
「成り行きかなー」
ロクな回答じゃないけど、嘘ではないらしい。
そうなんだよな。曖昧な回答をしても嘘じゃなかったら魔法陣は消えないし、なんなら答えたくないって言っても嘘じゃないから消えない。
ただ俺達は人質を取られている側なので、答えたくないなんて回答は許されない。
「次の質問はー……そうだ。町田は俺と話したいってメッセージ残してたよね。何を話したかったの?」
「小嵜麻夢を返してもらうための交渉だ。ここに捕まってるだろ?」
「小嵜麻夢……?あー、別にわざわざ捕まえた訳じゃない。勝手に罠に引っかかってたんだ。こんなところまで来ちゃうなんて、実は付き合ってたりする?」
辞めてくれマジで。
「絶対に有り得ない。小嵜の弟に頼まれたから来ただけだ」
「へー。そっかー」
「私に対する質問の番だったんだがな」
「あーそうだったね。思わず聞いちゃった。もうさぁ、面倒だからこのルール辞めにしない?俺も好き勝手質問するし、そっちも好き勝手質問する。それでいいじゃん?」
「ふふ。そうだな。このやり方だと会話が途切れてしまう。互いに聞きたい事を聞こう」
奈那さんが言い出したんだけどな。交互に質問していくって。
ただ、この工程を挟んだお陰で一方的に質問されるのではなく、こちら側も自由に発言をして良い空気になった。
「それで、小嵜麻夢だっけ。進んで捕まえた訳じゃないけど、ダンジョンマスターの実験体は希少だから進んで手放したくはないかな」
「どうしたら解放する?」
「そうだなぁ……町田が代わりに実験体になってくれたらいいよ。トレードしよ」
俺なら簡単に自分のダンジョンに帰れるとは言えそれまでに何されるかわからないからものすごく嫌だな。
「検討はするがそれ以外に何かないか?」
「わがままだなぁ。でも町田相手だとすぐに逃げられそうだから俺もいいや。今後の得られた情報次第で逃すか考えておくよ」
解放してくれなかったらしてくれなかったで別にいいけどな。諦めるだけだし。
捕まえてる本人に要求はしたんだから、仕事はした方だろう。
「こちらの目的は話した。そちらが求める情報とは一体なんだ?」
「小田切って刑事の情報、なんか知ってる?どうせ知り合いだろ?」
「もちろん知っている。小嵜さんを回収する為に富良野ダンジョンマスターに接触する必要があった。小田切さんには探す手伝いをしてもらっていたのさ」
「それで?」
「彼は警視庁警備局、特殊監査室の室長をやっている。ダンジョンやダンジョンマスターに関わる事件を担当する秘密の部署だ。私はこう見えてもダンジョン研究家をやっていてね。ダンジョンの情報を求めて向こうから接触があり、それからの仲だ」
「特殊監査室?俺には広報課って言ってたけど」
「秘密の部署だから簡単には身分を名乗らないさ。特に被疑者にはな」
「被疑者って……酷い言われようだなぁ」
「そうか?私は誘拐の常習犯だと聞いていたが」
「否定はしないけど、俺は初対面の人にのこのこ着いてくる方が悪いと思う」
「個人的に誘拐はダンジョンを運営する一つの手段だと思うが、一般的には犯罪とされる行為だ。警察が追うのは当然だろう」
「えー、奈那ちゃん肯定派なんだ。意外」
同級生と父親を誘拐……というかダンジョンに閉じ込めていた蓮見を近くに置いておくくらいだもんな。
そもそも他人の悪行にも善行にも微塵も興味なさそう。