作品タイトル不明
第1話 泣き虫奏ちゃん
"うぷ、酔ってきた"
"速すぎて目が回る!"
"ドローンくんの頑張りに涙を禁じ得ない"
"下層もう突破してそう"
"今日ってRTA配信じゃないよね?w"
"温泉ー!! はやくきてくれーっ!!"
"おろろろ"
"視聴者の食道はもうボロボロ"
俺は天月を背負ったまま、ダンジョンを一気に駆け抜けた。
このダンジョンは以前来たことがある。ダンジョンの構造が変わることなどそうないので、迷うことなくするすると深層までたどり着くことができた。
「天月、体調は大丈夫か?」
「ええ……問題ないわ」
天月はそう言うが、来た時より顔色が悪い。
ダンジョンの中は地上より魔素濃度が高いからつらいんだろう。
早く治さないと。俺の足は自然と早まる。
「……こうしていると、懐かしいわね」
「え?」
走りながら天月の言葉に耳を傾ける。
懐かしいってなんのことだ?
「誠は覚えてる? 私たちがまだ小さかった時のこと」
「だいたい覚えていると思うぞ。家が近くてよく遊んだよな」
俺と天月はいわゆる『ご近所さん』だった。
歳が近く、親同士も仲が良かったため、俺たちはよくお互いの家や近くの公園で遊んだ。
「私は引っ込み思案で友達も少なかった。だから嫌がらず相手をしてくれる誠に、いつも甘えていた」
「はは、そうだったかもな。あの時の天月はいつも後ろをついて来てたっけ」
天月はあまり人に懐くタイプではなかったが、なぜか俺にはすぐ懐いて、天月の親も驚いていた記憶がある。だからよく面倒を見てほしいと頼まれたんだ。
だが歳が近いとは言え俺と天月は男子と女子だ。お互いの好きなものは被っていなくて、いつも俺が天月のやりたい遊びに付き合う形になっていた。
おままごとは最後まで好きになれなかったが、それでも俺は天月の面倒を見るのが嫌じゃなかった。
一人っ子の俺にとって天月は可愛い妹のような存在だったから。おままごとに付き合うくらい苦でもなんでもなかった。
「小さい頃の私はすぐ疲れたり怪我したりして、帰る時はよく今みたいに誠におぶってもらっていた」
「そういえばそんなこともあったっけな」
「私は近所の男子にからかわれることも多くて、それでよく泣いていた。泣き虫 奏(かな) ちゃんなんて呼ばれてね」
「そうだっけか。覚えてないな」
ちなみにこの会話は配信に乗っていない。
高速で駆けている俺らの声は、いくら高性能ドローンでも拾うことはできない。
「私が泣くと、いつも 誠兄(まこにい) が助けてくれた。いつもおんぶして慰めてくれた。私はそれが嬉しくて……その時からあなたのことが、ずっと好きだった」
「天月……」
ゼロ距離で好意を伝えられ、俺はドキドキしてしまう。
天月をおんぶしていて良かった。とても今顔を正面から見られない。
「そしてその時から、こうも思っていた。いつも守ってくれるあなたを、今度は私が守れるようになりたいと。その為に研鑽を積み、そして討伐一課の門を叩いた。……まあ結局、今もこうしてあなたに守られてしまっているのだけれど」
「……そんなことないさ。俺はいつもお前に助けられている」
俺だけじゃない、この国に住む全ての人が天月に助けられている。
彼女が第一線で戦ってくれるから、俺たちは普通に生活できているんだ。
俺は感謝を込め、俺の首に回っている彼女の手をつかむ。
「本当に強くなったな 奏(かなで) 。お前は俺の誇りだよ」
「…………っ」
俺の精一杯かっこつけた台詞に、返事はない。
ただ肩に熱いなにかがこぼれ落ちてくる感触はあった。ドローンがそれを映さないように、俺は位置取りに気をつける。
「さて、そろそろ目的地だ。大丈夫か」
「ぐず……っ、ええ。大丈夫、問題ないわ」
天月はそう言うと、一層強く俺にしがみつくのだった。
◇ ◇ ◇
「……止まってください」
最初に異変に気づいたのは、凛だった。
彼女の声のトーンがいつもより真剣なものであることを察した星乃は、彼女の声に従い止まる。
星乃と凛の二人は仕事を終え、自宅兼事務所の前に戻って来ていた。
二人の目覚ましい活躍により仕事はいつもより早く終わり、日が暮れる前に自宅に戻ることができたのだ。
「……おかしい。静かすぎます」
リリシアとダゴ助は普段うるさく生活しているわけではない。
どちらも節度を守って生活しており、周りの人間に迷惑がかからないようにしている。
しかしそれでも微弱な生活音は絶対に鳴る。
普段であれば感じるそれを、全く感じなかった。凛は異常事態と判断し警戒度をぐっと引き上げる。
「音はしませんが、誰かいるかもしれません。合図したら同時に飛び込んでください」
凛の言葉に星乃はこくこくと頷く。
二人は音を立てないように自宅の扉の前に行くと、同時に家の中に侵入し臨戦態勢を取る。
しかし――――そこには誰もいなかった。
「誰もいない……」
「どういうこと?」
二人は警戒しながら家の中に入っていく。
そしてリビングにつくと「うう……」と唸りながら倒れている者を発見する。
「ダゴ助さん!? 大丈夫ですか!」
星乃は彼に駆け寄り上体を起こす。
ぐったりしているが怪我をしている様子はない。脈もあり命の危険はなさそうだ。
「うう、つ……あんにゃろう……卑怯な手を使いやがって……」
意識を取り戻したダゴ助は自分の力で起き上がり、周囲を確認する。
そして星乃と凛の姿、そして家の状況を見て現場を把握する。
「俺はいい……大丈夫だ。それより姫さんだ……!」
「そうだ、リリシアちゃんは? リリシアちゃんはどこにいるんですか!?」
ダゴ助の言葉を聞き、星乃の顔に焦りの色が浮かぶ。
最悪の展開が脳をよぎる。その考えを否定する言葉を彼女は待つが、現実はそう優しくはない。
「姫さんが攫われた! 頼む、助けてやってくれ!」