軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-30.エミルのしたこと

エミルは動かなかった。

眉を寄せ、何かに耐えるような苦悶の表情をしている。いまにも泣いてしまうのではないかと思う程に、辛そうな顔をしていた。

指示がないから、エミルの後ろにいる兵士達も動けないのだろう。

これだけの騒ぎになっているからか、アンハイムの兵士も集まってきていた。

「ねぇエミル。どうしてわたし達に兵を向けたの? レイラ様の言っている事も、している事もおかしいって分かっているのでしょう?」

わたしが問いかけると、エミルの肩が小さく跳ねた。

抱き締めてくれるノアの腕に力が籠もるけれど、そっとその腕の中から抜け出して、わたしは改めてノアの隣に並び立った。

「……レイラ様は、リガス殿下と添い遂げる事を望んでいる。俺は、それを叶えなければならない」

「それはあなたが宰相補佐官だから?」

エミルはそれには答えなかった。

迷うような視線を彷徨わせ、足元へと目を向ける。肩を落としたその様子は、まるで何もかもを諦めているようにも見えた。

「ヴェヒター殿、あなたのご親戚はお店をやっているんですよね」

沈黙を破ったのはヨハンさんの声だった。

唐突な言葉だったけれど、エミルが息を飲んだのが分かった。

エミルの親戚がお店をやっているのは間違いない。それは祖父の領地にあるお店だし、その親戚の元にエミルは遊びに来ていたのだから。

わたし達が知り合って遊ぶようになったのも、そのお店がきっかけだった。

「国王陛下が倒れる前の食事で提供されていたワインは、いつもの店から取り寄せたものではなかったと聞いています。いつものお店は輸送トラブルに見舞われて、ワインを手配する事が出来なかったとか。ルガリザンドからこちらへ販路を広げる為に、たまたま来ていたあなたのご親戚が、たまたまそのワインを含む品々を持ってきていたなんて……すごい偶然ですよね」

にっこりと笑って、ヨハンさんが言葉を紡いでいく。口元は弧を描いているのに、その丸眼鏡の向こうの瞳に浮かぶ感情は読み取れない。

カミラ王女が「嫌味な言い方が得意な男だこと」と呟いたのが聞こえたけれど、それには触れない方がよさそうだ。

ヨハンさんはカミラ王女をちらりと見るだけで、何かを言う事はなかったもの。

「……何が言いたいんですか」

「いえ、偶然ってすごいなって思っただけですよ」

ヨハンさんの言い方だと、国王陛下が倒れた事にエミルが関与している風に聞こえる。

実際、そう言いたいのだろうと思うけれど……それが事実ならとんでもない事だし、どちらにせよこんな場所で口にしていい事ではないはずだ。

「その時の食事やワインに毒が入っていなかった事は証明されています」

「ええ、存じています。僕は別に毒が入っていたなんて言ってないですしね。陛下が倒れた事だって毒が原因とも言ってませんよ」

「その辺にしておけ、ヨハン」

兵士の作る人垣が割れる。

戸惑いはざわめきとなって、波のように広がっていった。

廊下の奥からやってきたのは、マスターとジェイド殿下だった。

二人とも表情が険しくて、なんだかわたしの背筋まで伸びてしまう程の圧を放っていた。

「既視感に頭が痛くなりそうだ。なぁカミラ」

「今回ばかりは、わたくしに非はなくてよ」

ぷくりと頬を膨らませたカミラ王女は、今までよりも少し幼い表情に見えた。そんなカミラ王女に微笑みかけるジェイド殿下の姿を見て、改めて二人の関係が改善されたのだと実感する。

「エミル・ヴェヒター。俺の客人になぜ兵を向けている?」

「……申し訳ありません」

「謝罪はいらん。スカビオサの指示だな」

「…………」

マスターの声も固い。

エミルは何も答える事なく、ただ俯いていた。その姿は、言葉以上に雄弁だった。

「スカビオサとレイラ嬢を捕まえろ。義姉上の執務室に連れていけ」

「はっ!」

指示を受けた兵士達が廊下を駆けだしていく。数人が残っているのは、エミルを連行するためだろうというのが分かってしまって……それが少し、苦しい。

「俺もすぐに行く。ヴェヒター、お前もだ」

「はい。……少しだけ、アリシア夫人と話をする時間をいただけないでしょうか」

エミルの願いに、わたしは目を瞬いた。隣に立つノアの機嫌が急降下しているのが伝わってくる。ちらりと見上げると不服だとばかりに眉を寄せていた。

「アリシア、どうする」

マスターが問うてくれる。

ここでわたしが否と言えば、もうエミルと会う事はないかもしれない。

エミルがわたしに話したい事があるというなら、それを聞くべきだと思った。そうじゃないときっと後悔する。過去の思い出も何もかも、汚れてしまうような気がしたから。

「夫と一緒に話を聞くのでも、構わないのなら」

「俺は離れるつもりもなかったけどな」

ノアが手を握ってくれる。その温もりがわたしの心を落ち着かせてくれる。

彼が一緒に居てくれるなら、大丈夫。きっと何もかも、受け入れられる。

「ではノアと一緒に。兵士は外に出すが、扉は開けさせてもらう。それでいいか」

エミルも、わたし達も頷いた。

場所はこのまま、応接室を使わせてもらえるらしい。

集まった人々が散る気配を感じる中で、わたしは大事なことを思い出した。抱えていたバッグの中から一通の手紙を取り出すと、それは少し皺が寄ってしまっていた。

「マスター、手紙を預かってきたの」

綺麗なままで渡せなかった事に申し訳なく思いながら手紙を渡す。

それを受け取ったマスターはその場で封を開いて手紙を読み始めた。読み進めるうちにマスターの口端が弧を描いた。

「証拠は揃った。二人とも、この手紙を届けてくれてありがとう」

満足そうに笑ったマスターが足早に応接室から出て行った。

それから侍女と一緒にカミラ殿下がいなくなり、その後をジェイド殿下とヨハンさんが追う。だけどジェイド殿下が肩越しに振り返った。

「陛下の 病(・) に詳しい薬師がアンハイムから到着した。容体も良くなるだろう」

以前、図書館でお話した時の事を思い出す。

病に効く薬を調合出来る薬師だと、ジェイド殿下はおっしゃっていた。

その人が到着したなら、きっとマスターがルガリザンドに帰る日も遠くないのだろう。

それまでに片をつけなくてはならない事が、たくさんあると思うけれど。

ジェイド殿下が廊下に出て、ヨハンさんがわたし達に手を振ってから後を追う。

扉は開いたままで、廊下からこちらを警戒している兵士の姿が見えた。

応接室に残されたのは、わたしとノアとエミル。

エミルは諦めたように深くて長い息を吐き出した。