軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-26.襲撃

翌日、午前中からわたし達は王城を訪れていた。

バイスさんから預かった、ライネル侯爵のお手紙をマスターに渡すためだ。

先触れは出していないけれど、もしマスターが忙しいようならヨハンさんに手紙を預かってもらってもいい。ヨハンさんがいなかったら……まぁ、それはその時考えるという事で。

門兵に入城許可証を見せて、中に通して貰う。

何度も顔を合わせているからか、最初ほどに警戒をされる事はないように思う。

侍女がやってきて、応接室まで案内してくれる事にも慣れてきた。マスターの執務室まで行く道は覚えていないけれど、応接室までなら辿り着けるんじゃないだろうか。

執務室は奥まっているし、簡単に覚えられるようにはなっていないだろうから、それも当然かもしれないけれど。

案内された応接室には文官の男性が待っていた。

勧められるままにソファーに座りながら話を聞くと、マスターはいま会議中だという。終わり次第、こちらに向かうから待っていてほしいという事を伝えてくれた。

マスターがそう言うなら、わたし達に断る理由はない。

この応接室で待たせてもらう事にして、侍女が用意してくれたお茶を飲む事にした。

時間がかかるからなのか、お茶請けにクッキーが用意された。

薔薇の形を模した、薄いピンク色のクッキーだった。ひとつ頂いてみると、薔薇と紅茶の香りがふわりと鼻を抜けていった。

さくさくとした食感も軽くて、とても美味しい。

「……マスターが鳥の形のクッキーを焼いてくれた事を思い出すわ」

「型から作ったっていう、あれだろ」

「ええ。何だか懐かしくなっちゃう」

「あの後はエマさんの髪飾りみたいなクッキーを作ってたよな」

「アイシングで描いたものと、クッキースタンプを押したものと二種類ね。あのスタンプもマスターの自作だっていうから、凄く器用だなって改めて思ったわ」

あまりりす亭の事を思い出すと温かな気持ちになる。

あの場所には幸せな思い出が満ちているから。

扉を開いた時の美味しい匂いも、朗らかなエマさんの笑顔も、そっと頭を下げるマスターも。懐かしくて、今も恋しいと思う。

「エマさんの髪飾りも、マスターが贈ったものなんだってな」

「そうなの? 店名にもなっているアマリリスが二人の思い出だっていうのは聞いた事があるけれど……。髪飾りはどちらかというとダリアみたいなお花よね」

「詳しいエピソードは教えてくれなかったけどな。二人だけの思い出なんだってさ」

その場に居合わせなかったのに、その話をしているエマさんはきっと幸せそうに笑っていたんだろうなというのが簡単に思い浮かぶ。

それだけでわたしの口元にも笑みが浮かんだ。

それからもあまりりす亭での思い出話をしていたら、不意にドアが開いた。

マスターが来たのかと視線をそちらに向けると、そこに立っていたのは──レイラ様だった。

背に流した赤い髪は今日も光を受けて艶めいて、耳上には宝石で出来た美しい髪飾りが載せられている。色の濃い緑の瞳がわたし達を見て眇められた。

「ごきげんよう。急にお邪魔してごめんなさいね」

挨拶を返そうと立ち上がったわたし達は、レイラ様の後ろに立っている数人の兵士に気付いて固まってしまった。

レイラ様はにっこりと笑っているけれど、物々しい雰囲気にわたしは息を飲んだ。

わたしを庇うように、ノアがすっと前に立つ。

「スカビオサ嬢、何のご用でしょうか」

警戒するようにノアの声は固い。

レイラ様はそれを気にした様子もなく、くすくすと軽やかな笑い声を漏らした。

「リガス殿下へのお手紙を持ってきたのでしょう。それをわたくしに渡してもらおうと思って」

「それは出来かねます。リガス様に直接お渡しするよう、依頼されているものなので」

「わたくしが、渡すように言っているの。聞き分けなさい」

「できません」

言い聞かせるように、レイラ様はゆっくりと言葉を紡ぐ。それでもノアは引く様子がない。

わたしは手紙を入れているバッグを、胸の前でぎゅっと抱いた。絶対に手放してはいけないと、そう思って。

「……アリシア。アンハイムで借りている一帯の場所は覚えているか」

「ええ、なんとなくだけど」

じりじりと兵士が距離を詰めてくる中で、わたしを振り返ったノアが囁いた。それに頷きながら、この城に初めて来た時の事を思い出す。

ヨハンさんが案内してくれた応接室。アンハイムで借りているというその場所には、アンハイムの兵士や文官が多かった。そこまで行けば、ヨハンさんに繋いでもらう事も出来るだろう。

はっきりとした位置は覚えていないけれど、大体の方向は分かる。そこに向かってアンハイムの誰かを見つければ辿り着くのは難しくないと思う。

「よし。ここは俺がなんとかする。お前はヨハンに会うんだ」

「でも、それじゃノアが……!」

「多少暴れたって、マスターがどうにかしてくれるだろ。それともお前は、俺が負けると思ってんのか?」

「それは思ってないけれど……」

「じゃあ問題ない」

ノアがやられてしまうとは思わないけれど、それでも無事でいる保証なんてない。

そんなわたしの心配を吹き飛ばすかのように、ノアが笑った。

「大丈夫。俺を信じろ」

そこまで言われて、動かないわけにもいかなかった。

ノアなら大丈夫。わたしがいまするべき事は、この手紙を守り抜かなければならないという事だ。

ノアはわたしを背に庇いながら、ゆっくりと壁の方へ移動する。

わたし達へと距離を詰める兵士達の向こうで、レイラ様は微笑を崩していなかった。

兵士達が手にしていた槍の先をわたし達に向けた。

その瞬間、地を蹴ったノアが一番近くの兵士の懐に飛び込んで、鳩尾に肘を入れた。鎧越しでもその衝撃は強く、前屈みになった兵士の顔にノアは拳を叩き込む。

その兵士の槍を奪ったノアが「行け!」と叫んだ。

全員の注意がノアに向けられた隙をついて、わたしは走り出した。

扉から廊下に飛び出したわたしに向かう怒号も、喧噪も、悲鳴のようなレイラ様の声も何もかも、どこか遠くに聞こえた。

心臓の音が耳の横で鳴っているような錯覚がする。

不安と心配に涙が溢れるけれど、足を止めるわけにいかない。

ヨハンさんに会わなくちゃ。

その一心で、わたしは走り続けた。