軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-25.静かな夜に

真っ暗な空から、ゆっくりと雪が舞い落ちる。

外灯に照らされる雪は、それ自身が光源であるかのように輝いていて美しい。

風はない。しんしんと降りつもる雪に喧騒さえも吸い込まれているかのような、とても静かな夜だった。

わたしは宿の窓辺に誂えられたソファーに座り、背凭れに両腕を重ねて窓から外を見ていた。窓硝子は氷のように冷たくて、窓の近くにいるだけで体温が奪われていく。

暖かな暖炉の側に行こうとは思うのだけど、何となくこの場所から離れられないでいた。ひんやりと冷気が伝わるこの場所が、考え事をするには向いているからかもしれない。

レイラ様が去った後、顔色を悪くしたエミルはわたし達を残してお店を出ていった。

お仕事中だろうし、それは別に構わないのだけど……レイラ様はエミルに何を指示しているのだろう。

エミルの上司が、レイラ様のお父様である宰相で……マスターを城から出さないようにしている人。

宰相にそれだけの権力があるのかも、わたしにはよく分からないのだけど、実際にマスターが外部との接触が出来ていなかったのだから、そうなのだろう。

それなら──わたし達は宰相の邪魔をしている事になる。

マスターが色々危惧しているのは、そういう事だろう。レイラ様が釘を刺しにきた事もあるし、わたし達は思っているよりも危うい場所に居るのかもしれない。

マスターとエマさんの力になりたい気持ちは変わらない。

でも少し不安になってしまうのは……分からない事が多いからなのだろうか。

溜息が窓硝子を曇らせる。

何となくその曇りを指でなぞる。思っていたよりも冷たくて、体が震えた。

「アリシア?」

掛けられた声に振り返る。

タオルで髪を拭きながら、ノアがこちらに近付いてくるところだった。

お風呂上がりのノアを窓に近づけるわけにはいかない。折角暖まったのに、冷えて風邪を引いてしまったら大変だもの。

そう思って立ち上がると、わたしの体はノアに抱き上げられていた。

「冷えてる。もう一回風呂に入るか?」

「ううん、大丈夫。暖炉の側には行きたいけれど」

「了解」

ノアはわたしを抱き上げたままで軽々と歩み、暖炉前のソファーに座った。わたしはノアの膝の上に座っている格好になって、恥ずかしい気持ちもあるけれど……それよりも暖かくてほっとしてしまった。

暖炉から伝わる熱もそうだし、触れ合うノアの体も温かい。

首元に頭を擦り寄せて──このままではノアの体まで冷えてしまうと気付いた。

降りようとしても、わたしの腰にはしっかりと腕が回されている。困ってしまってノアを見上げると、ソファーに置いておいたブランケットでしっかりとくるまれてしまった。

「……ノアも冷えちゃうわ」

「暑かったからちょうどいいくらいだ」

そんな事はないだろうと思うけれど、今はその言葉に甘えさせて貰う事にした。

ありがとう、と小さく告げるとノアの口端が弧を描く。

「何を考えていた?」

暖炉の中で薪が爆ぜる。

パチパチという独特の音が、静かな部屋に響いていた。揺らめく炎に照らされて、ノアの夕星が煌めいている。

「レイラ様のこと。何か仕掛けてきたら、どうしようかと思って」

「ルガリザンドとは違うからな。何かあっても、出来る事や頼れる人も少ないし……何も起こらないのを願うしかねぇが」

「そうよね。レイラ様は、マスターは帰れないって言っていたわ。そうさせるだけの何かがあるのかしら」

「自信はありそうだったな。でもわざわざ釘を刺しにくるくらいだから、俺達の存在が綻びになっているんだと思う。だから俺達は……今まで通り、マスターが外部と連絡を取れるように動くしかねぇかなって」

出来る事があるなら、それをしていきたい。

マスターの為に、エマさんの為に。それから……わたし達の為に。

あまりりす亭はわたし達にとっても大切な場所だから。マスターとエマさんが納得したうえで、あの場所が無くなってしまうなら受け入れるけれど……今回は違うもの。

ノアはわたしをぎゅっと抱き締めて、わたしの肩に頭を寄せた。鼓動さえも伝わる距離がひどく落ち着く。

ドキドキするけれど、ここがわたしの居場所だと、そう思えるのだ。

「何があったとしても、アリシアの事は俺が守るから」

「それは疑っていないわ。ノアが居てくれるなら大丈夫って分かってるもの」

「ありがとう。お前がそう言ってくれるなら、俺は何でも出来る気がするよ」

紡がれる声は、いつもよりもゆっくりとしている。わたしを甘やかすような、そんな時のテンポ。

ブランケットの中で、わたしを支えるノアの手に自分の両手を重ねた。熱が伝わって、温度が溶け合う感覚が好きだ。

「今日もありがとな。……幼馴染にはっきり言ってくれるアリシアがかっこよかった」

「ううん。また嫌な思いをさせてしまったんじゃないかって……」

「昔話を聞いて羨ましくなるのは、今だって変わらないけどな。でもそのアリシアも可愛かったろうなって思えるだけの余裕も出来てるんだ。いま、お前の傍に居るのは俺だから」

「いまだけじゃなくて、これからもずっとよ」

「そうだな」

嬉しそうに笑うノアが愛しくて堪らなかった。

胸の奥がぎゅっと切なく疼いて、締め付けられる。少し苦しいくらいに、切ない。

胸の奥に渦巻く想いのままに、ノアの頬に口付けた。

瞬きを繰り返したノアの瞳が、色を濃くしていく。わたしの好きな夕星が煌めきを増す。

寄せられる唇が重なる前に、目を閉じた。

吐息が触れて、熱が溶け合う。

ブランケットが床に落ちても、もう寒くなかった。