軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-23.ミルクティーとカヌレ

エミルがおすすめだというお店は広場からすぐ近くで、人気らしく沢山の人で賑わっていた。暖色系で纏められた内装は可愛らしく、お店のマスコットらしい小さなクマのぬいぐるみが至る所に飾られている。

そんな内装だからか客層は女性が多く、エミルがここを選んだのが不思議な感じがした。

奥まったテーブル席でわたしとノアは並んで座り、わたしの前にはエミルが座っている。

テーブルにかけられた赤いギンガムチェックのテーブルクロスには、端っこにクマの刺繍が施されている。

「……可愛いお店ね」

「小さい頃はずっとお気に入りのテディベアと一緒だっただろ。それを思い出したら懐かしくなってさ、この店に連れてきたいと思ったんだ」

確かに、小さい頃は祖父母から貰ったテディベアに名前をつけて、どこに行くにも連れ歩いていた。いまも実家のわたしの部屋には飾られているそれを、エミルは覚えていたのか。

「義兄さんに見せて貰った絵姿でも、テディベアを抱いてたよな。すごく可愛かった」

「その絵姿まで見ていたの? 何だか恥ずかしいわ」

わたしの隣に座るノアが思い出したように口を開いた。

兄が色々見せていたのは知っているけれど、テディベアを抱いているものは奥深くに隠しておいたはずなのに。

「少し口が尖っていて、可愛かったけどな。拗ねてたって義兄さんが言ってた」

「それは僕とクラウスがアリシアを置いて遊びに行ったからだよね。元々絵姿を描くって決まっていた日だから、アリシアは屋敷にいなくちゃいけなかったんだけど」

「そうだったかも。よく覚えているのね」

「アリシアの事なら覚えているよ。楽しかったからね」

懐かしい気持ちはあるのだ。

幼い時、一緒に遊んで楽しかったという思い出はなくならないもの。

でも、それを素直に受け止める事が出来なくて……それをさせてくれないエミルの棘が憎らしいと思った。

「……アリシア、何を注文する?」

メニューを開いたノアがわたしの前にそれを見せてくれる。話題を変えるようなきっかけが有難く、どこかほっとしながらメニューを覗き込んだ。

ミルフィーユにチョコレートケーキ、カヌレもあるしタルトもある。どれも気になってしまうけれど、この後の事を考えると一つにしておいた方がよさそうだ。

沢山注文したら、それだけ長居する事になってしまうもの。

「うぅん……何にしようかしら」

「何で迷ってる?」

「カヌレとチョコレートケーキなんだけど……決めた、カヌレにするわ」

「じゃあ俺がチョコレートケーキを頼む。わけっこしようぜ」

「いいの?」

迷う事なく、ノアがもう一つを選んでくれる。ノアにも好きなものを選んで欲しいけれど、ノアがあまりにも優しい顔をしているから甘えたくなってしまう。

「もちろん。飲み物は?」

「ミルクティーにするわ。ありがとう」

エミルが手を挙げて店員さんを呼び、まとめて注文をしてくれる。店員さんのエプロンもテーブルクロスと同じ柄で、フリルのついたブラウスによく似合っている可愛らしいものだった。

「子どもの時もミルクティーが好きだったよな。砂糖をいくつも入れて、甘くして飲んでいたのを覚えてる」

「姉さんがミルクティーをよく飲んでいたから。真似をしたかったのよ」

エミルはよく覚えていると思う。

そういえば昔も記憶力がいい人だった。カードゲームをしてもエミルに勝てなくて、悔しい思いをしたのは一度だけじゃなかった。

手加減をされて勝ちを譲られた時には、わたしは凄く怒って喧嘩になった事もあった。

「そういえばアインハルト殿のお噂はエストラーダにも届いていますよ」

「私の噂ですか」

「ええ。夕星の騎士、美貌の騎士……実際にお会いしてみたら、噂に違わぬ美丈夫っぷりですね」

「それはどうも」

淡々と応えるノアの声は、騎士の時のように硬いものだった。

エミルの茶色い瞳がすうっと細められる。

ひりついたような雰囲気に居心地の悪さを感じていると、店員さんがワゴンを押してやってくる。

わたしの前にはカヌレとミルクティー、ノアの前にはチョコレートケーキとコーヒー、エミルの前には苺のタルトとコーヒーが用意された。

カップを口に寄せ、一口飲む。

お砂糖を入れていないのにほんのり甘い。口当たりはまろやかなのに、鼻を抜ける風味は強い。ミルクに負けないコクの強さもあるけれど、喉を通る時にはそれを感じさせないくらいに飲みやすい。

「……美味しい」

胸の奥を温めてくれるようなミルクティーは、とても美味しいものだった。

カトラリーを手にして、カヌレに向き合う。キャラメリゼされているカヌレにナイフを入れる度に、ざりざりとした感覚が伝わってくる。

一口大に切り分けたそれを食べる。外側はざっくりと香ばしく、中はもっちとした甘さがある。ふんわりと口の中を満たしてくれるお酒の風味に吐息が漏れた。このカヌレ、すごく美味しい。

「気に入ったようで良かった」

満足そうに笑うエミルに大きく頷いた。

このお店がおすすめというのも納得の美味しさだもの。内装が可愛らしいだけじゃなくて、このカヌレもミルクティーもすごく素敵。ルガリザンドに支店を出したりしていないだろうか。

「美味そうに食うところは何も変わってないな」

「そうかしら」

「ああ。……アインハルト殿、アリシアは……見ての通り、美味いものを楽しむ普通の女の子です」

コーヒーを飲んでいたノアが、エミルの言葉に眉を寄せたのが見えた。静かにカップをソーサーに戻して、真っ直ぐにエミルを見つめている。

エミルは何を言うのだろう。

予想がつかなくて、少し不安になる。

「あなたの傍にいる事で、アリシアが潰れてしまうんじゃないか。俺はそれを心配しているんです。あなたの傍にいて、アリシアは本当に幸せなのか」

反論しようとわたしが口を開くよりも早く、エミルの低い声が言葉を繋いだ。

「アンハイムの王女とも色々あったと聞いています。アリシアを不安にさせなかったと、危険な目に遭わせなかったと言い切る事が出来ますか」

こちらを見つめるエミルの顔も、声も、真剣で──まるで、時が止まったかのようにわたしは身動きが出来なかった。