作品タイトル不明
62.寺にいた猫又③
しとしと雨が降る中、智はダンジョンへ急ぐ。通路に屋根が付いたので濡れないのは僥倖だ。
「あんたも自分で何か役に立つんだって言えればなぁ。言葉がわかるんだし」
『にゃー』
「あんたが悪いわけじゃないから」
『にゃぁぁ』
智は黒猫を慰めた。せめて本堂下や寮の玄関脇あたりに隠れてくれれば、と残念がる。そうしたら普通に保護して飼い猫にできたのに。
ただただ運が悪かった。
ゲートをくぐり階段を降りる。見慣れた墓地ダンジョンの奥に、ふた首の大きな犬が寝っ転がっている。智が来たので顔を上げたが、またコテンと横たわる。基本的にマスター以外には懐かないが顔を覚えることくらいはできる。守は『ツンドラ』と『スラキン』に威嚇されているが、原因は不明だ。
「変わったことはなさそうね」
掃除したばかりだし、骨であふれていても困る。
智は黒猫を降ろし、ゆっくり『ふがし』の元に向かう。『ふがし』の毛皮で子猫が寝ているのだ。
黒猫は音もなくトトトと駆け寄り『ふがし』の体に乗り、彼のふたつの頭の鼻先に額を押し付けた。
『にゃー』
『『わふ』』
仲は良いようだ。
親猫が来たことが分かったのか、子猫たちがみーみー鳴きはじめ親猫を探し始めた。
『にゃ』
『みー』
無事に親猫のお腹に潜り、お乳を飲み始める。お腹がすいているという瀬奈の判断は正しかったのだ。その様子にちょっとほっとする智だがすぐに頭を切り替えた。
「とりあえず、ダンジョンから出るといろいろ言われちゃうから中にいてもらわないとだけど……」
智は考える。いまは『ふがし』がいるから安全面はばっちりだけど、守のいうことしか聞かないし、あくまで借りている状態だ。いない条件で考えないといけない。
「地面に子猫はないわね」
子猫の段階では自分で体温調節ができないので、親猫に寄り添っている必要がある。
「クッションか毛布を用意するとして……結局は子猫を安全な場所に確保しないとダメね」
智は腕を組んでムムムと考える。
段ボールは論外だ。普通のケージはゴブ骨に叩かれれば壊れてしまう。鉄の箱は安全かもしれないけど冷たいだろうし無しだ。
「あたしもダンジョンマスターだったらなぁ」
おねーちゃんずと守はそうなのにあたしにはない。などと益体もないことを考えてしまう。
実際のところ、守はふたつのダンジョンのマスターだがひとつは奈良斑鳩ダンジョンなので持ってこれない。持ってきたとしても恐竜型ゴーレムである『きんつば』など子猫がおびえるだけだ。
『『ふわぁぁぁふ』』
『ふがし』のふたつの頭が同時にあくびをした。暇なのだろう。つられて黒猫もあくびをする。
「魔物も暇なときはあくびをするのね……ってそんなことを考えてる場合じゃない」
智はうんうん唸るがいい案は出ない。
「トモー、飯だゾ」
「智、ご飯よ」
葉子と美奈子が呼びに来た。ダンジョンだというのに寝間着なのはいただけないが、素手でもゴブ骨は蹂躙できるし、なにより智がいた。
「猫ってきいたゾ」
「どれどれー?」
ふたりが『ふがし』のお腹のあたりに顔をやる。相手が魔物という緊張感がない。だらけ過ぎである。
「おーかわいいゾ!」
「3匹もいるのね」
『にゃ』
黒猫は顔を向けて短く鳴いた。
「この猫、あたしたちの言葉がわかるみたいなのよねー」
「おースゲー!」
「そうなの?」
葉子は素直に信じるが美奈子は懐疑的だ。
『にゃーにゃにゃー』
「わかるよ、だって」
「智は猫語をわかるの?」
「うーん、なんとなく?」
智が苦笑した。説得材料には弱い。
「でも、ダンジョンに入っちゃったんだから魔物なんでしょ?」
美奈子はなおも追及する。このあたりの考えは瀬奈と似ている。
魔物は魔物。あくまで人間に仇なす敵であると。
「そうなんだけどさー。あたしたちを襲ってこないし、精々ゴブ骨を倒せるくらいでしかないみたいだし」
『にゃー』
「でかい骨は無理だって言ってる」
「ほんとにー?」
『にゃーにゃー』
「適当に合わせてるんじゃないのー?」
『にゃうーん』
「ともかく、朝ご飯を食べないと片付かないよ」
美奈子は強制的に話を切り上げた。
「うーん、また来るから、ここでおとなしくしてるんだよ」
『にゃー』
この場は『ふがし』に任せて、3人は食堂へ急いだ。
「ちょっと行ってくる!」
朝食もそこそこに、智はすぐにダンジョンへ行ってしまった。猫が心配なんだろう。葉子ちゃんと美奈子ちゃんもついていった。京子ちゃんも行こうとしたけど涼子さんに片付けの手伝いを申し付けられてぶーたれてる。
「瀬奈ねーちゃんは冷てーなー」
京子ちゃんが不機嫌全開だ。食堂では京子ちゃんが片付ける傍らで瀬奈さんが双子の赤ちゃんのお世話中だ。ここには俺も涼子さんもいて、空間も暖かいしひとりじゃないしで、精神的にも環境的にも居心地がいい。湊を抱っこしてる京香さんもいる。
「3人寄れば文殊の知恵っていうでしょー」
文殊というのは「智慧」をつかさどる菩薩さま。凡夫でも3人集まればいいアイディアが浮かぶじゃろってことわざだ。厳密にいえば「知恵」と「智慧」は違うもんなんだけどそこはそれ。
ちなみに文殊は菩薩さまなのでまだ悟りには至ってないんだ。
「いままではわたしたちや守くんから指示があったけどー、もう一人前のハンターなんだからー、これからは自分で考えることも大事よー。どうすれば認めてもらえるかー、考えないとねー」
瀬奈さんが標のおむつを替えながら言った。
危険性を伝えた上で、どんな答えを持ってくるか待ってるみたいだ。大人だなぁ。
「説得材料ねぇ。寺の役に立つと証明できればいいのかな」
強くなって魔物をバンバン倒していくようになれば?
「強くなったらなったで放置はできないから、いまのままの方がいいわよー」
瀬奈さんに先回りされた。瀬奈さんが笑顔なので俺の思考なんぞお見通しらしい。
「学校では教わらない、生きていく上での課題です」
「それねー。意見を通したければー、どうすればいいかを考えないとねー」
京香さんと瀬奈さんの意見は同じようだ。あとは智の頑張りしだいなのか。俺だったら……うーん、癒しの存在くらいしか思いつかない。だめだなぁ。
「よっしゃ、片付け終わり! かーちゃん行っていいだろ?」
「良いけど、智ちゃんの邪魔するんじゃないよ!」
「わかってる!」
京子ちゃんがタタタっと食堂を出ていった。
「仲間っていいなぁ」
「あらー、守くんには私がいるわよー」
「私もいますが?」
瀬奈さんと京香さんの迫力ある笑顔をいただきました。今夜は俺に対する わ(・) か(・) ら(・) せ(・) がありそうです。
合掌。