作品タイトル不明
62.寺にいた猫又②
「あれ?」
黒猫が子猫の首をくわえて俺たちの前に出てきた。害はないぞとアピールなんだろうか。墓石の裏に戻ってまた次の子猫をくわえてくる。3匹とも連れてきた。
『にゃー』
『『『なー』』』
ゴロンとお腹を出して寝っ転がった。ふわふわのお腹にさらにふわふわな子猫たちが乗っかる。
かわいいが渋滞してるって、ただの比喩かと思ってたけど、いざ目の前にするとそうとしか言えないくなる。
「かわいいのかわいいは乗算じゃなくて累乗なんだな」
かわいいが4匹いるから4の4乗で256倍だ!
「守、あんた熱でもあるの?」
「智のかわいいが累乗されたら1024倍じゃん!」
「あんた、本当に大丈夫?」
智の手が俺の額に当てられた。ちょっとひんやりして気持ちいい。
「朝測ったときは平熱だったけど?」
「熱はなさそうね」
あー気持ちいいが離れていく。
『にゃー』
「あーはいはい、守のせいで放置しちゃった、ごめんね」
『にゃ』
む、猫にジト目された気がするぞ?
『にゃーにゃにゃーにゃー』
黒猫はお腹の子猫たちを前足でさすりながらにゃーにゃ鳴いて訴えてくる。
「ふんふん。その子たちを安全な場所で育てたいの?」
『にゃー』
「でもねぇ、ここはダンジョンなのよね」
『にゃーにゃー』
「骨より強いって? まぁそうかもだけどー」
うちの奥様が猫と会話してる件。
「智は猫語はわかるの?」
「え、わかんないけど、まぁなんとなく?」
あざとく首をかしげないでくださる? 俺の胸がドッキドキよ?
『ナーナーナナー!』
黒猫が前足をたしたしして憤慨してる。ように見えた。無視するな、と。
俺たちの会話を理解してる、のかな?
「ともかく相談だ。親猫は連れて行こう。その間は番犬の『ふがし』に見てもらうかな」
取手ダンジョンのダンジョンボスであるオルトロスを呼んだ。ふた首の大きな黒いワンちゃんがのしのし歩いてくる。
『フシャァァァ!』
黒猫が激しく威嚇するけど『ふがし』はフンと意に介さない。『ふがし』の方が強いんだな。
「ちょっとの間、この子猫を守ってほしいんだ」
『『わふ』』
「よしよしいいこいいこ。頼んだよ」
ふたつの頭をわしわしすれば、ぐるるると喉を鳴らす。ダンジョンマスターだからできることだ。魔物にこんなことしちゃったらパクリと食われちゃう。
『ふがし』がごろりと寝そべれば、子猫がもぞもぞと『ふがし』の毛の中に入っていく。暖かいんだろうか。すぐに子猫は毛の中に埋もれてしまった。
子猫は寒いとだめみたいだから、ちょうどいいのかも。
「ちゃちゃっと掃除しちゃおう」
「そーねー」
ざざっと、でもしっかりと掃除をして1階に戻れば、同じ場所に黒猫一家と『ふがし』がいた。子猫も親猫も、寝っ転がってる『ふがし』のお腹に埋もれてる。なんとなくだけど『ふがし』が困惑してるような。魔物はこんなことしないもんねぇ。
癒される絵なんだろうけど、そこにいるのは魔物だ。魔物とは?って考えるのもわかる。
小さな魔石がいくつか転がってるから、ゴブ骨が襲ってきたっぽい。ランク1とはいえ、ダンジョンボスたる『ふがし』の敵じゃないね。
「じゃ、行こうねー」
智が毛の中から黒猫を発掘して抱きかかえた。黒猫は無抵抗だ。
『にゃー』
『『……がう』』
黒猫が『ふがし』に向かって鳴けば、『ふがし』も小さく吼えて返す。仲良くなってる?
「子猫を頼んだよ」
『『がぅ』』
そのまま食堂へ向かう。俺は手を洗って朝食の準備。智は黒猫を抱えたまま食堂の椅子に座ってる。黒猫はおとなしく抱かれたままで鳴き声も上げない。
階段からペタペタ音がして、涼子さんが降りてきた。
「おや、その猫は本堂前で見た猫かねぇ?」
同じく朝食の準備をしにきた涼子さんが黒猫を見てそんなことを言う。涼子さんはこの猫がダンジョンにいたことは知らない。
黒猫は涼子さんを見て小さく『にゃ』と鳴いた。会話を聞いてるな?
「ちょっとお話し合いをしたくって」
「飼うのかい? 生き物は大変だよ?」
「大丈夫。あたしが面倒みるから」
智の頭の中ではすでに飼うことで決定されてるみたいだ。
「あら、黒猫ー?」
「それは……」
瀬奈さんと京香さんも来た。瀬奈さんが「へー」と言いつつ触ろうとした、その手が止まった
「どこにいたのーこの猫ー?」
「ダンジョンにいたの」
「……昨日師匠が言ってた猫ねー」
瀬奈さん手を引っ込めて腕を組んだ。これは、反対の姿勢だな。黒猫も『ふにゃん』と元気がない。
京香さんはというと、顎に指を当てて首を左右にかしげて思案中だ。かわいすぎる。確か餌付けをしてたのは京香さんだったはず。その頃はまだ普通の猫だった可能性があるな。
「この猫ね、子猫がいてね」
「……その子猫はどうしたのですか?」
京香さんが食いついた。かわいいもの好きだしね。
「さっき掃除した時に 『にゃーにゃー』って呼ばれていったらダンジョンの墓石の裏にいたの。いまは『ふがし』が見守りしてる」
「なるほど」
京香さんが黒猫をじっと見つめる。
「ご飯はどうしているのですか?」
『にゃぁぁぁ!』
京香さんに問われた黒猫が両前足を広げてバタバタする。抱っこされたままなのに器用なもんだ。
「もしかして、コケケケの真似ですか?」
『にゃ!』
「なるほど。コケケケはドロップしやすいですからね」
京香さんはなぜ会話ができるのだろう?
智もだけど、実は猫語スキルとかあるのかな。
「あなたが人間を襲わない保証がないのよー? わかるー?」
瀬奈さんが黒猫の鼻を指でちょこんとつく。わからせるにしては優しい。
『にゃーにゃにゃーにゃにゃー』
「ゴブ骨よりは強いけどここにくる人間には負けるってー?」
『にゃ!』
「クランのハンターよりは弱いかもだけどー、ここにくるのは新人とかー、ハンター未満な子たちもいるからねー? それに幼稚園の子供たちや親御さんも来るのよー? お墓にはお年寄りも来るしー。ハンターだけじゃないのよー?」
『にゃー』
瀬奈さんの言葉に黒猫がうなだれた。瀬奈さんの言葉は寺のことを考えてのものだ。正論だし、正しいと思う。でも、黒猫の訴えも理解できる。
猫にとっても安全な場所がほしいんだろう。ダンジョンに入ってしまったことは不可抗力でもあるし。ただ、魔物であることに変わりはなく。
さてどうしたものか。
「あ、呼んでるわー」
瀬奈さんが顔を上げた。遠くで赤ちゃんが泣いてる声が聞こえる。すごい察知能力だ。
「とりあえず、その猫は子猫のところに連れて行きなさいねー。お腹すかしてるかもしれないわよー」
と言い残して、瀬奈さんは母屋経由で分家に走っていった。さすが母親だ。魔物扱いだけど親猫としてもみてる。
「智ちゃん、鶏肉をさっと焼いたから、これ持ってきな」
涼子さんが小皿に乗せた肉を智の前に置いた。もも肉を軽く焦げ目をつけた程度だ。
「涼子さんありがとう!」
智は小皿と黒猫を抱えて食堂から出て、その背中はすぐに消えた。
「どうしたもんかなぁ」
人間に害をなさない魔物への対応って、どうしたらいいもんか。