軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

62.寺にいた猫又①

7月上旬は梅雨真っ盛りだ。日々ジトジトムシムシで洗濯物の乾きが悪いからか涼子さんの機嫌も悪い。「いやな雨だねぇまったく」とエプロンを手でパシパシ叩いてる。

「乾燥機があるからいいけど。なかったら生乾きばっかりさ」

洗濯機と同時に乾燥機も揃えてよかったと思う瞬間だ。

さて、京香さんの赤ちゃんが産まれたけど上野さんや那覇さんの奥様ズが来ない。

「上野様が明日帝王切開で、石垣様が明後日、宮古様が翌日、与那国様がその翌日と出産フィーバーですからね」

みな同じような時期に妊娠したので予定日もかぶってる。【安産のお守り】を渡してあるので大丈夫だと思う。

「落ち着いたあたりでお見舞いに行きたいところです」

「その時は智も連れて行ってね」

「もちろんです」

分家には湊に授乳中の京香さんと、それが終われば寝かしつけ予定の俺だけ。響と標はぐっすりおネムで瀬奈さんも一緒にお昼寝だ。

クランの皆もそれぞれが自由に行動しててトラブルもない。

こんな日々が続けばいのに。

なんてフラグを立てたからだろうか、夕食時に零士くんから報告があった。

「墓地ダンジョンの1階で黒い猫が寝てるぞ」

「猫ですか……」

飼い犬がダンジョンに迷い込んで魔物化しちゃった話は聞いてる。猫も魔物化しちゃってるのかな。

「ダンジョンの隅の目立たない場所の墓石の上でだらけきった格好で寝てたな。あれは野生を忘れてる猫だ」

「……よく生きてるなぁ」

ゴブ骨はいるんだぜ?

コケケケもいるけどさ。

「でも、放置は危険だから明日見に行くかな」

そして翌朝早朝。いつもの掃除の時間だ。智と一緒にダンジョンに入る。

「猫がいたの?」

「墓石の上でゴロンとしてたらしい」

「あ、あれじゃない?」

黒猫が、階段から離れてるダンジョンの隅っこの目立たないところでは墓石の上にどてっとしていた。

近寄ったら『にゃー』と鳴いてとてとて歩いてくる。見た目は普通の猫だ。

ただ――

「あたしにはあの猫の尻尾が2本に見えるんだけど?」

「俺にもそう見えるね」

やっぱり魔物化したっぽいな。何があってもいいようにビニール傘を取り出しておく。

『にゃー』

黒猫は鳴きつつも歩みは止めない。だた、ゴブ骨とか魔物のように殺意高めではない感じ。

でも油断は禁物。魔物は魔物だ。

黒猫が俺たちの目の前で止まり、お尻を地面につけて座った。

目の前で座って地面を前足でたしたしして『にゃー』とひと鳴き。

何かを訴えてる?

「何か言いたいのかな?」

「猫語なんて知らないわよ?」

そりゃそうだ。

『にゃ?』

黒猫が立ち上がって墓石の上に飛び乗った。顔をダンジョンの奥へ向けてる。

「ゴブ骨がいる」

ゴブ骨1体が通路を歩いてる。あ、顔がこっちに向いた。

『にゃぁぁ!』

黒猫が墓石から飛び降りた。タタタタっと地面を駆け、ゴブ骨に頭から突っ込んだ。ゴブ骨は黒猫の突進を腹に受け、そのまま光と消えた。

「……倒しちゃったね」

「ゴブ骨は弱いとはいえ魔物なんだけどなぁ」

あの猫も魔物な可能性が上がっちゃった。でも強いなぁ。ゴブ骨にあれならコケケケ単体よりも強いかも。コケケケは集団で戦うからね。

『にゃー』

黒猫が鳴きながら戻ってきた。どうだと言わんばかりに、俺たちの前にお尻をつけて座った。

『にゃん』

「うーん、何か訴えたい感じ?」

『にゃ!』

智がつぶやくと、黒猫は短く鳴いた。「その通り!」って言ってるみたいだ。

『にゃー』

ひと鳴きすると立ち上がって元居たダンジョンの隅に歩き始める。あ、 た(・) ま(・) がない。メスだ。

ぼーっと眺めてたら黒猫は首だけで振り返って『にゃー』と鳴く。

「ついて来いってこと?」

賢いな。ふたりで黒猫についていく。ぴんと立った2本の尻尾がゆらゆら揺れてる。おかしな感じだ。

黒猫が墓石の陰に入っていった。

『『『なー』』』

墓石の裏からか細い鳴き声がする。まさか。

智と一緒に忍び足で急ぐ。恐る恐るのぞいてみれば、墓石に隠れるように寝転がってる黒猫と子猫3匹が見えた。茶トラに三毛に親と同じく真っ黒な子猫たち。みーみー鳴いて親猫のお腹に入ろうとしてる。

「子猫だ! かわいい!」

「ママ猫だったのかー」

なんでダンジョンにと思ったけど、もしかしたら安全と考えて中に入ったのかもしれない。まったく逆なんだけど。

「でも、魔物なんだよなぁ」

「かわいいのに!」

「かわいくても魔物は魔物だよ」

かわいいといえばヤマネコも白狼もそうなんだよね。でかいけどさ。

「あたしたちの言葉をわかってるっぽいじゃん! 大丈夫だって!」

「百歩譲ってダンジョンにいる分にはいいけど、外に出ちゃって、万が一家の中に入り込んで赤ちゃんに何かあったら」

「ダンジョンから出ちゃダメって言い聞かせれば! 師匠だって話ができるじゃない!」

「師匠はなぁ」

人間ではないけど魔物でもない気がするんだよね。

「でもさー、海外で飼い犬が魔物化したり、この猫が魔物になっちゃったとしたらさー、あたしたち人間は大丈夫なの?ってのは疑問なんだけど」

「む……それは」

智に突っ込まれても答えられない。俺に知識がないとかではなく、考えたこともなかったからだ

ダンジョンに入った犬や猫が魔物になったなら、人間はどうなんだ?

犬も猫も人間も、等しく生物だ。 目(もく) や科なんて、まして人種なんて仏さまから見たら同じだろう。

では、ダンジョンに入った人間は魔物なのか?

確かに、スキルという人外の力を得る。でも理性は保ってる。その人が持つ凶暴性なんかはわからないけど、少なくともその力で犯罪や人殺しってのは、普通の人と変わらないと思う。テレビでもハンターの犯罪はめったに報道されない。圧倒的に普通の人の犯罪が多い。

ハンターは、魔物ではなく人間か?

それを証明するすべがない。

魔物とは何か。根本的な疑問にぶつかる。

「魔物って、なんだろう」

「なによいきなり……魔物ねぇ。学校では、人に対して激しい敵意を持った存在って習ったわよ」

「人間に敵意しか持たないかー」

『生まれを問うなかれ、ただ行を問え』

人間に対して敵意しか持たない魔物はやはり魔物ではないか?

では、人間に敵意を持たない魔物は魔物ではない?

零士くんはどうか。

人間としての意識を保ったまま存在している。でも心臓は動いていないから人間ではない。生物的にだけどね。

ただ、ふるまいは人間そのものだ。魔物って何なんだろう。