軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 五二

斬り飛ばされた腕が握る杖が宙を舞う。

勝利の予兆。

されど、心のどこかを乱杭歯めいて荒れた爪が掻き毟るような違和感。

進むか、引くか。その判断において私はいつも命を護るだろう直感に従っていた。

後退。残心を取る間もなく刃を振り抜く勢いを殺さず半回転し、大きく跳び退る。

すると〝斬り捨てていた片腕〟から粘質な嫌な音を立てて触手が伸び、瞬き一つ前に私がいた空間を圧搾するように取り込んだ。

「くそっ、やっぱりか!」

「ズルにも程がねぇか!?」

ジークフリートの言う通りだ。

杖が本体だと言うから従ってみれば、よもやただ切り離しただけでは意味がないとは。

数度の跳躍にて間合いを空ければ、簡易の〈騎士団〉によって切り裂かれた空間を埋めるように触手が爆発的に増殖し、更に我々が〝弄月の魔法使いだと思っていたもの〟が解れて消える。

そして、残った腕から伸びた触手の群れが、新しい体を成した。

「何故、君達はそうも〝見える物〟に拘る? 盲目たれと、常に言い続けているではないか。視覚は第一の触覚にして最も深き檻。そして、神々の都合良く織られた知は深淵への蓋だ。白痴であることこそが全知と繋がることを知り、夢を見なければ世界の全容は分からないぞ。その眼鏡を目隠しに変えたまえ、瞳を、叡智なる瞳を授けよう」

こちとらそんなものが知りたくて来た訳じゃねぇんだよ! 杖だ杖! 杖だけがあれば……。

いや、待てよ?

「月は 永久(とこしえ) の証人!」

考えている間にツェツィーリア嬢が聖印を手に聖典の引用を始めた。

大規模祈祷を一人で完遂しようとしているのだ。

「そが光のさす場所に欺瞞は届かず!」

通常、魔法使いが魔力を温存していて溜めているのと違い、奇跡を請願するにあたって必要とされるのは、日々捧げてきた信仰。同じく貯蔵している物を使うという概念は似ているが、私達は自分という源泉から涌いてくる物を計算して使うのに反し、信仰者は外から〝汲む〟という行為を必要とする。

そのため、日々の祈りや禊ぎによって積み重ねた信仰、それによって賜った篤き加護を放出しなければならないと判断したのであろう。

「土の炉にて七度清められた銀の如く、穢れしことなき恩寵の光を!!」

歪んでいた月の光が、正しき白さを取り戻したように感じた。

それと同時、真珠色の穢れて滑った束が引いていく。

夜陰神がもたらす、清らかなる月明かりによって邪悪を掃き清める〈月灯りの奇跡〉が請願、四節もの詠唱を必要とする大奇跡に晒されて押されたのだ。

穢れなき月光に退けられて危害半径が狭まったおかげで、僅かに考える余地ができた。これは〝手らしき部分〟から杖を奪うだけという簡単な解放では済まないことが分かった今、千金に値する時間だ。

「おお、月輪の子よ、何故拒む? この叡智は汝が神をよりよく知るための階でもあるのだぞ?」

「欺瞞を口にしないでください、異端者め! 貴方のそれは恣意的な曲解! 神の教えを自分の都合が良いように紐解こうとして、別の何かに縋っただけでしょう!!」

「それは違うぞ、夜陰の娘。神とは神という概念にして一なのだ。それを理解するためには、新たなる〝瞳〟が必要なのだ」

恍惚としたように魔法使いは杖を掲げる。正常なる光と、真珠色の汚穢を纏った光が拮抗し、頸木を脱しようと輪郭から強引にはみ出した触手が灼ける。

やはり、あれは本質的に〝この世にあってはならないもの〟と区分されるのだろう。

しかし、この基底現実を管理する神々の奇跡に抗うとは、一体どのような術式を編んでいるのだ。何よりも、膨大な神性を放っている白き月の欠片を制御し、神々の力を魔力に変換する道理は如何にして成立……。

……待てよ?

「ツェツィーリア嬢! 本当に必要なのは弄月の杖か!?」

「えっ!? 何を……」

「〈神格顕現〉に重要なのは、月の神体だけじゃないのか!?」

「あっ!!」

TRPGで言えば 一手(1ラウンド) 損に近い思考の末、私はようやく思い至る。

夜陰神の降臨、今回の計画が骨子たる〈神格権限〉の奇跡に必要なのは、三つの加護を賜った神器であって、あの〝穢れきった杖〟などではない。

だとすれば、必要となるのは杖先の欠片のみ。仄白い光を放つ、欠けた月の一部が如き宝珠だけ。

むしろ、それから力を吸い上げている杖部分は斬り捨てた方が良いのではないか。

「神託が! 夜陰神が微笑まれました!」

「わっかりづれぇんだよ!!」

全くその通りだが、流石に神職相手に堂々と言うのはどうかと思うぞジークフリート。

ただ、狙いが決まったなら、やることは一つだ。

遠慮は要らんな、命をかけるのは今。

コンボビルド型の華は、一発ブッパだ!

「ジークフリート、斬り込む隙を!! 皆、援護を!!」

「任せろ!!」

今まで後衛を守っていたジークフリートが前に出て、手元の機構を操作。シリンダーを弄り、魔法薬を調整。

「っだらぁぁぁぁぁ!!」

大地に叩き付けられた颶風を帯びた槍は、穂先に纏われるのではなく指向性を持って真っ直ぐに放たれた。何処かの神話の如く、吹き荒ぶ風が触手を切り裂き、追いやり、道を作る。

「嫌がらせ程度ですけれども!!」

私の声をきちんと聞いてくれていたマルギットは矢を番える前に矢羽根をかみちぎったかと思えば、明後日の方向に放ったではないか。

すると、安定翼の役割を果たしていたはずの矢羽根が起動を乱れさせ、大きくカーブ。大きな円弧を描いて飛んだ矢は、ほぼ背後から弄月の杖を強襲する起動で飛来。

それは触腕で祓われてしまったものの、壁として展開したそれにカーヤ嬢の魔法薬が降りかかる。

「活躍まで時間がかかったけど、今っ!!」

そして、ミカが杖を地面に突き立てれば、カーヤ嬢が投擲した魔法薬の瓶に術式が伝播し、一気にその性質を加速させた。

我等が薬師によって投擲されたのは、術式が通るまでは換装することのない〝コンクリート〟だ。

そこに造成魔導師の力が加われば、瞬く間に水分が干上がって硬化し、柔軟性をウリとする触手を絡め取った。それだけではなく、本来より更に膨張し、侵食し、邪眼に魅入られた獲物が石になるが如く広範囲を固めていくではないか。

今までミカは、この弄月の塔にかけられた強力な魔法によって、得手とする造成魔法を使うことが出来ずにいたが、強力な触媒を用意して貰えれば話は違う。

ごきり、がきりと音を立てて乾きつつあるコンクリートをへし折ろうと触腕がのた打つが、それでも泡立ったコンクリートは更に体積を増し、固まり続ける。

「これは、中々面白いな。封じ込めの概念が付与されているのか。いや、対象そのものを〝人柱〟に定義し、無理矢理に沈めている? 旧き則、旧来の習わし、面白い、人が無知でありながらにして、神に語りかける原初の願いに近いもの……」

「すぅっ……」

何やら考察を巡らせていらっしゃるが、その暇を与えさせるほど、私は悠長ではない。

そして、多少の〝ズル〟くらいならば覚えたのだ。

盲目であることに拘っているようだから、この盲た愛を絶叫する剣によってもたらしてやろうではないか。

「いや、この光、そうか、月輪が語りかけている。ある意味でこれは、神意であったのか? だが、我が叡智でさえその内だとしたら……ああ、ああ、ウルゾホート、あるいはノードブーガートよ、何故我が問い掛けに応えない? 深遠なる知は、この世の真実は、宇宙は、宙にこそあるのでは……」

腰を落とし、大きく構える。体を捻り、柄頭を腰に据える大振りも大振りのそれは、普段であれば絶対にしないものだ。たとえるならば、敢えて行動値を最低まで落とし、一番最後に遅く動くような、私の構築には見合わない動き。

されど、ここまでのことをしようとすれば、それくらいの〝タメ〟は必要となる。

「微睡みし盲目にして白痴なる叡智よ、これが計算と仰せであらば、ためらいなく殉教いたしましょうぞ。おお、分かる、分かってきた、なるほど、簡単なことであった! 鍵はさすから意味がある! 錠は落ち、開かれるためにある! であるならば、この叡智は……」

「おぉぉぉぉぉっ!!」

裂帛の気合いを込め、刃を振るう。

それと同時、魔力を空にする覚悟で捻り出し、脳髄の並列計算を最大に。

世界とは、面とは、空間とは何たるかの仮想観念について演算しつつ、その微かな断面に魔力の爪を立てる。

そして、斬り割ったほつれは〈空間遷移〉として形を結ぶ。

〝渇望の剣〟を振り下ろすのは、その空間の狭間。

口を開きしは〝弄月の杖〟が宝珠の根元!

普通の剣であったならば、異相が異なる空間を一瞬でも通ることに耐えられないだろうが、この〝渇望の剣〟ならば違う。

なにせ、転移先を全く考えない口を開いただけの〈空間遷移〉にて、何処とも知れぬ時空の彼方へと放逐したにも拘わらず帰ってきたのだ。

ならば、出口が決まった場所を通過させるくらい訳はない。

キィンと乾いた音。

「届いた……」

〈概念破断〉は確実に〝弄月の杖〟の根元を断った。穢しがたい神体を怪我しきっていた杖の本体と切り離し、月の欠片が宙を舞う。

それを追いすがるように杖から大量の白い触手が伸びたが、再び高い音が響く。

「ごめんあそばせ」

マルギットが虚空にて月の欠片を〝掠る〟ように撃って弾き飛ばしたのである。

「あっ!? わっ、きゃ!?」

そして、ふわりと宙を舞った玉体の欠片は、あるべき所へ吸い寄せられるが如くセス嬢の胸元へ飛び込み、一度、二度と掌中を跳ねた後に手の中へと収まった。

「確保したか!?」

「た、確かにこの手に……えっ!? ひゃ!? ひ、光が……」

奪還した月の欠片は、月明かりの額冠を身に付けた時と同じく、神秘的な月の光が集中照明を浴びせるように降り注ぎ、膨大な神威が降り注ぐ。

それに合わせ、穢れたる真珠色の滑りを帯びた光は細く、頼りなく。

いや、伸びていく。

天に向かって、か細く、それでも確実に。

「ああ、そうだ! 真実は天、宇宙にある! 私が作ったのは鍵だ! 鍵は遂に錠へさされた!!」

滑った白色の汚濁となったそれは、地面に溶けているように見えたが、よくよく観察すれば天から垂れた糸が引き上げられるように登っているようでもあった。

ああ、あの弄月の魔法使い、何かこっちが理解できない物を勝手に理解して、気持ちよく死のうとしてやがる。

いや、死んでいるのか? ナニカか別の存在に変質しているようにも思える。

されど、あれに干渉する手段を私は持ち合わせていない。

感覚的に分かるのだ。

私が〈概念破断〉にて斬ることができるのは、この世に存在しており、理解が及ぶ範疇の代物。つまり、基底現実に存在している物質・非物質的な物や概念。

アレは、その領域から脱しているとしか思えない。

刃で切り伏せられるものではないのでは。

〈失名神祭祀韋編〉

ふと、その表題が過去から浮かび上がる。

信徒を失って忘れ去られた神が概念的な死を迎えるのではなく、敢えて人が人の理由で以て、意図的に〝神を殺めた外法〟を記した書。

あれが必要とされて生み出された理由が何となく分かった気がした。

「なぁ、エーリヒ……」

「……なんだい」

「俺、何かヤベェこと起こった気がするんだが……」

「言うな。私も分かってる」

けど、目的の物は手に入れた。大目標は果たしたんだ。

これで本当に良かったのか? という一抹の不安を抱えつつ、我々は前人未踏の迷宮を踏破し、その首魁を撃ち倒すという〝大いなる下準備〟を終えたのだった…………。

【Tips】

弄月の杖そのものは神体を穢したとしか言い様がないものであり、もし仮に手にしていたとしたならば、そのものの盲は開かれ、より高き啓蒙の下、盲目となっていたであろう。