軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 五三

勝利とはいえるのだが、何か一人気持ちよく満足して消えていった〝狂気の部分〟が酷く楽しそうで、また消え様からしても万事上手く片付きましたよと納得できない戦闘の終わり方から、私達は得も言えぬ疲労感を覚えていた。

しかし、欲しい物はもぎ取った。これを勝利と言わずして何と言うのか。

「ただ、これは大丈夫なのか?」

私は振り返ると同時、手をを眉庇として尚も目を細めるしかなかった。

ツェツィーリア嬢が困惑しつつそこに立っている。

その全身から信心深いといえない私からでも感じられる〝神威〟の光を放ちつつ。

「あー……それ、何とかなんねぇの? すっげぇ眩しい……」

「わ、私だって別に光りたくて光っているわけでは!」

弄月の杖から取り外された〝月の欠片〟を手にしたセス嬢は、その顔を隠す額冠と相まって、この地上に存在していいのかと疑いたくなるほどの神々しさを感じる。胸に抱いた何があってもなくすまいとしている、掠め取られた月の欠片から放たれる、月光もかくやの仄白い光は、淡くとも決して弱くない。

極光(オーロラ) 、あるいは風に靡く 紗幕(カーテン) のように幾重にも体を包むように揺らめく光は、まるで婚姻衣装のようでもあった。黒地の僧衣を夜空とするのであれば、正にそこへ差し込んだ月明かりのようではないか。

これは私の冒険者としての勘であるが……今の彼女を穢そうとすることは何者も適わないだろう。

魔導師が練った呪詛であろうと、堕ちたる神の恨み節であろうと、それどころか他の神格が下した神罰であろうと、毛筋一つ揺らすことはできないはずだ。目映いほどに具現化した夜陰神の恩寵は、聖女の一言を想起させる。

「目立つなぁ……セス、本当にお嫁さんに行くみたいだよ」

「冗談はやめてくださいよミカ! 私はそれが嫌でこの難行に挑んでいるんですよ!?」

「でもねぇ、なんというかこう……」

ねぇ? と我が友から言われ、そうだなと首肯する以外の術はなかった。

ライン三重帝国の神群が祝福する婚姻の装束は、夜陰神が纏うという夜着と豊穣神の聖衣を足して二で割ったような衣装をしており、どちらかというと夜陰神に寄ってこそいるが、イメージは完全に聖堂の前で愛し人を待つ花嫁のよう。

「これ、実は夜陰神がアールヴァクへの嫁入り準備としてやらせてるとかじゃねぇよな」

「流石の神々もそこまで迂遠なことはしないかと……」

ジークフリートとカーヤ嬢の会話に、縁起でもないと怒るセス嬢なのだが……なんというかアレなんだよな。

ここまで来ると、夜陰神だけのお導きって感じじゃないきがするんだよな。

向こうは 陽導神(浮気癖野郎) が干渉しているんだろう?

だとしたら 試練神(サディスト) や 輪転神(悲劇フェチ) 、それどころか 水潮神(恋愛ゴシップ好き) あたりが運命の糸とやらを操っていたとしてもおかしくない。

だとしたら、それが絡み合って意味不明な状態に陥っているとは言い切れないのが、この国の神群だ。

割と真剣に思うんだよね。あの人達、大分 面白半分(ライブ感) でことを回していないかと。

「まぁ、神威は夜陰神様ご本人に窺うとしよう……どのみち〈神格顕現〉の下準備は整ったんだ」

「そうですわね。冬至の満月まで間もありませんし」

とりあえず、今は絶好の好機までに必要な道具を集め終えたことを祝おう。

この後にまだ大一番が残っていることは分かっているけど、一瞬現実逃避するくらいはいいだろう。

「それよりよエーリヒ、どうすんだアレ」

「アレ?」

「アレだよアレ、見るからにヤベーだろ」

「あー……」

ジークフリートが槍で示したのは、先程まで弄月の魔法使いが乗っていた、何か巨大な海棲生物の死体めいたものであった。

頭足類を思わせる 陰影(シルエット) と触腕、そして諸所が糜爛した様とはみ出た真珠色の臓腑も相まって、死んでいるということは分かるのだが……存在感が不吉すぎる。

何と言うか、こう、探索者として活動していた時の経験と勘が“神話生物”という単語を脳髄から引っ張り出してくる。その一部は触媒として役に立ちそうな気もするし、何らかの魔導的な 大発見(ブレイクスルー) に繋がりそうでもあるが、果たしてそれが世界を良い方に回すだろうか?

アメリカさんからの多大な資金提供を受けてオッペンハイマー博士がやった自由研究が、自らの種族の絶滅という可能性を生んだように、碌な結果をもたらさない気がする。

それに、どうせここに来るのは簡単ではないのだ。

「見なかったことにしよう」

「……だな」

ということで、我々はこれを無視することとした。正直、厄い予感しかしない。

神威を掠め取って世界から放逐して封印するようなヤツが立っていた場所で死んでいる、明らかに人智の範疇にあるわけではない死体なのだ。こんなもん燃やすのも何する物良くない結果を引き起こすことが目に見えている。

ってことで、私達の選択はここから早々に引き上げることだった。

「でもエーリヒ、あれ持って帰らなくていいんですの?」

「ん? ……あっ!?」

マルギットが指さす物を見て、私は自分の顔が蒼白を超えて紙のように白くなるほど血の気が引くのを感じていた。

弄月の杖、その核を喪った杖部分。

やばい、とてつももなくヤバイ。

私は忘れていた。いや、意識する余裕がなかったという方が正確か?

ともあれ、弄月の魔法使いを撃破するのに必須だと思って破壊したが、私はアグリッピナ師から言われていたではないか。

解体するなら自分がやるから、絶対に変なコトをするなと。

破壊という行為は、その不可逆性において、彼女の言う〝へんなこと〟に他ならない。

「あっ、あ、ああー……」

私はいい申し開きが思いつかず、思わずしゃがみ込んだ。背中に張り付いたマルギットが大丈夫かとほっぺたを突っついてきているが、それに反応する余裕もない。

これは怒られる。

いや、怒られるで済んだら良い。けど、失望されたくない。

正直に言えば、私はアグリッピナ師に好意的な感情をあまり持っていないといってもいいのだが、失望だけはされたくないという謎の情念を抱いている。一時、それも身内しかいないときにしか〝我が師〟とは呼べない間柄であったからもしれないが、ともあれ、ともあれ……。

「今からくっつけたら……多分えらいことになるだろうしなぁ……」

「それこそエーリヒ、貴方が次の大逆者ですわよ」

「だよねー……」

しかし、やっちゃったものは仕方ない。理由を説明して彼女が納得してくれるかは果てしなく微妙だが、持って帰れる分を持って帰る他なかろう。

幸いにも杖には損傷がみられない。拗くれた木の根を無理矢理に纏めたようなそれは、夜陰の神体を戴いていた時のような光は失われている。

代わりに暗褐色の滑りがあるそれを、私は識るともなしに識ってしまった。

これはナニカの骨だ。存在の骨子にして、この世に立つための。

「エーリヒ!?」

そこまで考えたところで、私は自分に物理で〈心理学〉を振った。

つまるところ、思いっきり顔面を挟み込むように叩いたのだ。

だめだ、考えるな、意識するな、識ったら駄目な知識だと脳髄が警鐘を鐘が割れん限りの勢いで乱打している。

強く目を閉じ、腰の物入れに畳んでしまっていた布を広げて覆い隠し、素手で触れないよう慎重に包んで持ち上げた。

クソッ、力の根源たる月の欠片を喪ってコレかよ。本当にあの〝自称正気氏〟のくれた眼鏡がなかったら、視認した瞬間SANチェックを強制されて キャラ紙没収(永久的発狂) 不可避の正気を削られるとか、本当に洒落になっていない。

存在が初見殺しとかマジで勘弁してくれ。

とりあえず、手に持って形容も名状もし難い感覚が襲ってこないことを確認し、私は言った。

「帰るか」

皆、それに異存はなく、そのまま来た道を引き返したのだが……最後の部屋は空っぽになっていた。自称正気部分は姿を消しており、堆く積まれていた本の数々もなくなっている。

「あ? どこいったアイツ」

「さぁ……本体が消えたし、同じ所に行ったんじゃないか?」

ただ、外へ通じていると直感的に分かる扉、最初に彼が帰るよう促した出口と、一つの書見台が佇んでいる。

そこに置かれているのは、皮の表装が施された本。いや、日記か手記のようだ。

なるほど、本体が消えた以上、彼も存在を残すことができなかったのか。

そして、これが置き土産と。

「えっ、エーリヒ、それ持って帰るのかい? 僕としては杖と同じであんまり……なんだ、その、正気によくなさそうな代物に見えるんだけど」

「ここまで態々持って帰れと言わんばかりに残っているんだよ? 放置したら却ってよくないことがおきそうじゃないかい?」

「君の言わんとすることも分からないでもないけどさ……」

アグリッピナ師への申し開きに使えそうだと大事に懐にしまって、私達は扉から外に出た。

するとだ、潜った感覚もないのに〝塔から離れた草原〟に放り出されているではないか。

別に全員がバラバラにされているなんてことはない。振り返れば弄月の塔が今も月夜の下、曖昧にぬらめくような真珠色の光を放って聳えており、ここが私達の入って来た場所からそうズレていないことを教えていた。

「あれ……」

「どうしたマルギット」

彼女は腕を伸ばし、手を垂直に立てて塔を観察していた。

自分の体を測距具とし、三角観測によって大体の距離を測る斥候の嗜みだ。

「角度、変わってませんこと?」

「え?」

「うわ、ホントだ」

言われてみれば、たしかに塔の向きが変わっているような気がした。月の位置があそこで、ただ一つの入り口から見ると、塔は九十度左に回っていた。

……まて、アイツなんか意味深なこと言ってなかったか? 錠は鍵にさされてこそ意味があるとは、そして錠は落ちるからこそ意味があるとか。

そして、往々にして錠を開く時は 左(・) 回(・) り(・) だ。

「……はい! やめやめ! 深く考えない!」

「そ、そうですわね」

「ああ、こういうのは深く考えれば負けだ!」

「ですね! 目的は果たしました! 帰りましょう!」

「そうだね! あー疲れたー!!」

知るべきだけを知れ。この原則はなにも仕事にのみ適用されるのではない。我々は嫌というほど塔の頂上で学んできたはずだ。今こそ、その知識を活かすべきである。

何かあったら、あとは英雄級のスゲー人がなんとかしてくれるやろ! そう清々しいまでに投げっぱなしにすることをした私達を、セス嬢がじとーっとした目で見ている気がしたが、気付かないふりだ。

だってどうしようもないだろ! これ多分、世界を救ったりする系の連作卓の導入とかになるやつだ! 今の我々にはどうしようもないわ!

ということでそそくさと引き上げた我々は、神話の一部を打倒した偉業を半ば信じられないという目で、後続として待機していた会員達と――本当に少数精鋭で挑んでよかった――船の陸戦要員として登場していた近衛達に迎えられた。

しかし、彼女の神々しき姿、そして胸に押し抱く光の源を見て信じずにはいられまい。

「信じられねえ、神代のお伽噺を……」

「冒険者を殺す塔をたった六人で……」

「流石は俺達の頭目だ! 剣の友万歳!! 金の狼の誉れに吠え声を!!」

「 処女(おとめ) のために! 処女(おとめ) のために!!」

会員達は剣を抜いて、それを重ね門のように重ねて我等を歓迎してくれた。

そして、自然と近衛もそれに続く。

人類卒業試験の合格者とも呼ばれる彼等に、これだけの敬意を示されて悪い気はしない。我々は勝者として凱旋し、予定していたとおりの打ち上げが始まる。

あとは合流して鏡台を受け取り、 神降ろし(コールゴッド) の準備……といけば良かったんだけどね。

「なにこれ」

「あの……その……」

私は名指しでアグリッピナ・フォン・ウビオルム魔導宮中伯に呼び出され、その居室で跪いていた。

目の前に置かれた卓の上に置かれているのは、核を喪った杖。

より正しく形容するなら、杖だったものだ。

「なにこれ」

「えー、その、なんと申しますか、やむを得ない 軍事行動上の損害(コラテラルダメージ) といいますか……」

「ねぇ、なにこれ?」

ガチで詰められて、私がやりましたご免なさいと頭を下げるハメになったのは、あまり思い出したくない記憶として、自分の中に封印することとした…………。

【Tips】敵を倒したからと言って全てがめでたしめでたしで結ばれる訳ではない。