軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 二一歳の冬 五一

人の姿をしている相手は、私にとって最も殺しやすい存在だ。

なにせ、人類の急所は大体同じ。

首を刎ねれば確実に死に、心臓を突き刺せば数秒で果て、臓腑を抉れば苦痛に悶えて動けなくなる。

だが、なまじっか人間の形をしているからこそ、意識がそちらに引っ張られる。

手足から動きを読もうとし、目線が却って気になる。知覚も挙動も、それらに依拠していないことを察しているというのに。

「さて、客人の持て成しなど久し振りだ。我が最たる饗応は知恵なれど、歓待にそれだけでは些か華が足りぬような気もする。茶、菓子、音楽、やはり花……?」

「ジークフリート! 関節の動きに惑わされるな! 目もあてにならん!!」

「くそっ! 烏賊か何かかコイツ!!」

前衛二人で斬りかかるが、月の欠片を奪うという大逆をやり遂げた魔法使いが〝狂気〟そのものの具象は、人の形を保ったまま、人を超えた動きをするため、あまりにも始末が悪い。

ぐるりと可動域を無視してこちらを向く首は、視覚を得るために動いているのか。それとも、惰性で人間であった時の行動を模倣しているのか。まるで分からない。

「なるほど、お客人は舞踊がお好みか。あれはいい。鼓笛の音と合わせ、狂うように舞う。一心に求め、星辰の歪みを模して体をひねり、ねじり、回す原初の願いが形だ」

袖口、襟元、長衣の裾、そこから溢れ出してくる真珠色をした触手の束は、狂った予備動作の末に吐き出されるがため、タイミングが全く読めぬ。

ええい、これだから頭足類とか有肺類は動きが違いすぎて嫌いなんだ!!

「ああ、しかし、久方ぶり故に勝手が分からぬな……こう、だったか?」

ぞぶり、と嫌な音を立てて月色をした触手が波濤の如く襲い来る。

その先端には、気味の悪い眼球が埋め込まれていたり、持たれていたりしており、掠ることが致命傷となることが感覚的に分かった。神経策の代わりに伸びた糸の束は、触れれば皮膚を食い破って体を侵食し、正気を蝕むであろう。

「さぁ、我が叡智を授けよう。目を閉じ、また開くのだ。盲目にして白痴、それこそが全能であることを知りたまえよ。無知は博識、無力は万能、不感こそ全知たるを教授しようじゃないか、君」

襲い来る粘液に塗れた触腕を斬り飛ばせば、白銀の生理的嫌悪感を掻き立てる液体が飛び散り、耳を割る断末魔が響く。

のた打つ軌道は複雑に、互いに絡み合って相互に妨害しているように見えるが、狙いは分散していて狡猾。

その上、殺気がない。ヤツは殺す気でやっているのではない。

本心から、全くの善意で以て“叡智を授ける”つもりで掛かって来ているのだ。

「ちっ」

読みづらいしやりづらい。触れれば終わりのそれを〈雷光反射〉によって引き延ばされた世界によって読み切り、肌に触れる寸間で斬り払う。

そして、切られて死んだと思しき部位がずるりと落ちれば、また新しく生えて、這い寄ってくるのだ。

キリがないな。

「うぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!」

私が精密に触腕を払っている間に、ジークフリートが気合いの声を上げながら槍を横薙ぎに振り抜けば、穂先が狂気の魔法使いに接触すると同時に〝噴火〟した。

槍が赤熱し、噴出する四千度を超える熱の噴出は第二の刃。

カーヤ嬢が作った魔法薬の中でも、単体の、特に強固な敵を破壊するために作った〈焼夷テルミット術式〉を模倣した物だ。大気が爆ぜたとしか思えない膨大な熱量は、本来ならばあらゆるものを溶断せしめる熱を秘めている。

だが、魔槍の穂先は触手の束を弾くと同時に、自らもまた弾き飛ばされた。

「硬い!? いやっ……」

「ジークフリート! 大振りは止めろ! 再生速度が速すぎる!!」

死んだ端から触手が補充されているがため、凄絶な破壊力を秘めた一撃さえ無力化されているのだ。

それは私の〝存在そのものを斬っているはず〟の手応えからも感じられていた。

この触腕は一個一個が独立した生命なのだ。纏めて斬り殺すことはできても、本体と思われる魔法使いとは別個の生物。故にこそ、どれだけ斬っても届きはしない。

畜生、大物狩りに特化した私にガチガチの対策を取ったような存在ではないか。

「ふむ? 何故拒む? ここに来たと言うことは、深遠たる夜空の叡智を賜りに来たのではないのか? 私は、門下を拒むことはない。供に讃えようではないか。夜空の深淵を、軌道によって道を報せる月の恩寵を、そして星々の煌めきが織りなす世界の構造を」

仕切り直しだと間合いを取った私達を前に、何の痛痒も感じていないだろう彼は、掌の中で人数分の眼球を弄んでみせる。

真珠色をした瞳孔。濁った死者の目ではなく、煌めくそれは〝人類の知覚外〟にある何らかの波長を取り込めるのだと本能的に分かる。

この世界に産み落とされ、神々から大なり小なり祝福を受けている魂が叫ぶのだ。

拒めと、何があっても受け容れるなと。

あれを埋め込まれたならば、最早人ではいられないぞと。

「供に ズルタン・デア(虚無の) ・レーレ(君主) の叡智に耳を傾けようではないか。今宵は一炊一夜の夢。泡として浮いた虚空の瞬きに過ぎない。ならば、盲目の叡智に触れるには相応しい」

「夜陰神よ、閉じられることなき夜警の目を! 我等、眠りに弱き者に一時の心強さを!」

耳に五月蠅い、鼓膜を掻き毟られているような言葉を裂くようにツェツィーリア嬢の祈祷が響いた。

すると、途端に視界が広がった気がした。世界が鮮明になり、瞬きをせねば潤いを失う目が、それを必要としなくなったことを感覚で悟る。

これは〈夜警の奇跡〉が請願。

危険な夜にこそ目を見開き、慈悲たる夜陰に悪徳を働く者を追い払うための業。

言うなれば 対処行動(リアクション) への大幅な 支援(バフ) といったところか。

「杖です! アレの本体は杖にあります! 体は影のようなもの! 幾ら払ったところで意味がありません!!」

そして、夜陰神の信徒であるからこそ分かったのだろう。

あの体は最早、傀儡の一部に過ぎない。基底現実に干渉するための子実体であり触覚の先。

「ん? おお! おお! 夜闇に輝く標にして楔たる月輪の子か! これほどに恩寵篤き子を見たことはない! ならば君は識っているか! 月明かりの下にさえ影が落ちることを! 暗き中に落ちる影の輪郭に宿る真実を!」

奇跡の行使を見た魔法使いは、気怠げであった声音を高く上げ、両腕を広げた。

すると、今まで束で出していた触腕がぶわりと増えたではないか。

三百六十度、円を描くように伸びた波濤は空間を圧搾するが如く襲来した。

「畳みかけるぞ、マルギット! カーヤ嬢!!」

跳び退って侵食してくる触手の輪から逃れつつ、後衛に助力を頼めば、後方から素焼きの魔法薬を湛えた瓶と矢玉が飛来する。

弩弓の太矢は魔法使いの手を狙って飛来したが、それは触手が盾となって庇ってしまう。先端に塗り込められた、秘伝の毒も効果を発揮した様子は見られない。

そして、同じく触手が撃ち落とした魔法薬が爆ぜれば緑色の靄が広がるものの、秘められた〈武装解除〉の呪いが発揮されることはなかった。

「まぁ、分かってましたけれど、効きはしませんわよね」

「解除が効かない!? ということは、やっぱりアレが本体、いえ、体の延長!?」

くそっ、折角ツェツィーリア嬢が敵の本質を見破ってくれたというのに、一番手っ取り早い方法が効かないとは。やはり、我々が思いつくような戦闘を手早く終えるための小狡い手段は対策を取ってくるか。

そうなれば、後はもう命を、いや、正気を賭けての白兵戦しか手段がない。

「奪えばいいんだな!?」

「はい! 切り離し、遠ざけてください!!」

言葉にするのは簡単だが、あまりに難儀だな。

こちらは制限が多い。

敵の攻撃は触れれば終わり。

一方でこちらは精密に杖だけを切り離し、奪い取らねばならない。

クソッタレのGMめ、ミドル戦闘に用意していい敵じゃねぇだろ!!

「おぉぉぉぉっ!!」

私は腰だめに構え、普段ならば見せぬ大振りの横薙ぎを放つ。

〈概念破断〉の乗った刃が再生速度を超えて〝死〟という結果を叩き付け、触腕の波濤を切り拓く。

その合間に身を潜り込ませ、夏に生い茂りすぎた雑草を刈るが如く〝送り狼〟を振るいに振るう。

だが、まだ足りない。

「ジークフリート! 杖は私が!」

「護りは任せろ!!」

がちん、と輪胴式の魔法薬を充填した円筒が噛み合い、魔法薬が爆ぜれば槍の穂先が颶風を纏った。荒れ狂う風が槍を触手の束を槍の軌跡に従って追い払い、吹き戻る追い払われた大気が更に間隙を生んだ。

よし、彼との相性は悪くないな。ガチガチの護りに入ってくれれば、後衛に類は及ぶまい。そうすれば、次々に援護の一撃が飛んで来るはずだ。

とくれば、私も出し惜しみはナシだな。魔力総量は温存してきたこともあって十分!

じゃあ、ちょっくら本気を出すとしますか!

「 二番(ツヴァイテ) !!」

虚空より〈空間遷移〉の標を振った鹵獲剣が空間のほつれから這い出し〈見えざる手〉に委ねられる。

「 三番(ドリット) ! 四番(フィールテ) !!」

連ねて名を呼び、私が満足する品質の戦場にて鹵獲した剣を呼び出し、触手を刈り続け前に出る。

肌の際に〈隔離障壁〉を張って真珠色の体液を退けつつ、ただ前に出る。斬撃の紗幕を盾に押し出し、躙るように前へ、前へ。

「 五番(ヒュンフテ) ! 六番(ゼクステ) !! 七番(ズィープテ) !!」

接近するにつれて増す圧に負けぬよう、手数を増やす。一刀一刀が私と同じ力量を持つに至った〈見えざる手〉の剣群は、人間の密集陣と異なって互いの体が邪魔にならぬが故、人一人の小さな空間を斬攪し、斬り混ぜ、こじ開けていった。

「 八番(アハト) ! そんでっ……!!」

今の私ならば、複雑な詠唱を抜きに〈騎士団〉を〝九本〟までなら扱える。

斬撃を放つと同時、〝送り狼〟を力場の手に委ねれば、呼ぶまでもなく盲いた愛を軋り叫ぶ〝渇望の剣〟が掌中に現れた。

私が最も得手とする、片手剣の長さと身幅で。

「……この唄、この叫び! おお、神代が愛の唄!!」

ん? 今、あの狂える魔法使いは何を言った? この剣が嬌声を上げているというのは分かっていたが、ヤツはこれを唄と呼ぶのか?

十の剣で触手を切り刻みながら前に出れば、遂に真珠色の草原に切れ目が出来た。

「なんだ! 君も失われた知の欠片を持つ者か! その叡智! 是非知りたい!!」

直接踏みしだくことはしない。〈見えざる手〉の足場を造り、前後左右、上下より襲い来る狂気の束を捌きながら肉薄すれば、魔法使いの目は〝渇望の剣〟に注がれていた。

手が、伸びる。眼球を落としながらも、杖を持っていない手が。

これは好機だ。何が起こっているかは分からないが、たまたま手に持っている物がGMの目に止まったように好機を生んでくれたのだ。

大きな隙を見逃さず踏み込み、左の片手持ちに持ち替えた〝渇望の剣〟が腹で手を振り払う。さすれば体は大きく泳ぎ、半身を向いていた体が開かれて正対した。

そして、望めば黒き刀身は右の掌に。

そっちが理不尽を押しつけてくるなら、こちらは初見殺しを叩き付けるだけだ。

「おおおおおお!!」

本来剣は右手のみで振りかぶるのに向いていないが、私は持ちうる限りの力で以て、杖を持つ魔法使いの右手を叩き斬った。

杖が宙を舞い、月の光を受けて鈍く輝いた…………。