軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 五〇

馬の用意を! と金の髪が朝一番に発した号令は、葉についた朝露を悉く落さんばかりに荘を混乱させた。

葬儀を終えて一夜明け、これからどうするかと話し合いの席を用意しようとした途端の発言に皆がついて行けなかった。

それでも彼の言葉には不思議な説得力と逆らい難さがある。妙な圧力だけであれば否も出てきただろうが、不思議と従った方が良いと思わせる安心感が伴う下知に皆が異を唱えず従った。

今までのこと、尋常の守備であったならば荘民悉く討ち取られていたであろう事態をひっくり返した男の言葉には異様な重みがあったのだ。

金の髪の指示通り、鹵獲してあった軍馬にあっという間に支度が施される。殆ど全てにあたる一〇頭を用意するよう命じられ、五頭には荷を積まず、残りの五頭に旅支度と糧食を詰む指示は強行軍の準備に他ならない。荷馬と乗馬を分けることで負荷を分散させ、馬に無理をさせぬようにしつつ増速することで旅程の短縮を試みているのだ。

本来ならば早馬で一日の距離も、軍の急使もかくやに馬を贅沢に使えば半日ほどで駆け抜けることができる。

金の髪は遣いを送った都市に向かうと唐突に宣言した。何があるかを口にはしなかったが、行くに値することが起こっていると誰も疑わなかった。

彼は現地に向かう人間を最低限の五人に絞る。荘に残す者達の指揮はエタンに委ね、全ての差配は更に自警団の団長に任せる形で。

彼は最高の戦力が要ると言った。故に戦地において互いの呼吸を知り尽くしたジークフリートを外すことは出来ず、同様に魔法の力を振るえるカーヤも含まれる。彼女は馬の扱いに不安はあるものの、それをして外すことは出来ぬと判断されたのだ。

そして、残りの二名は剣友会の中でも剣の腕に覚えのある者が籤によって選出された。最初はエタンが立候補するものの、荘の守りを手薄にすることもできぬため、彼は守手の指揮を預けるべく残留を命じられた。

エタンは剣友会の中でも純粋な腕前だけを見れば中の上といった所であるが、生まれ持った牛躯人の巨体と凄まじいまでの膂力によって技量にのみ勝る他の個を圧倒できる固体性能がある。

技とは本来体格に劣る者が秀でた者に反抗するための技術なれど、それを巨人が修めたならば多少の力量差など筋力によってねじ伏せられてしまうものだ。

また、彼は戦の夜、その巨躯を活かして本来ならば見捨てられても“やむを得ない”と判断される足が萎えた老人や子供、動けぬ妊婦まで助け出した。これにより荘民より大きな信頼を得た彼を残すことで、多少なりとも不安を和らげんとする狙いがあった。

そこまで頼まれれば仕方が無いと牛躯人の冒険者は、不向きだと思う仕事を呑んだ。それに彼自身、剣友会の中では中核人物の一人であるため反対は出なかった。

名主は金の髪からの説明を望み、言葉の代わりに書簡を得た。そして、余人の目に入らぬよう文面を追った後、白磁の肌を高揚させて何度も手紙と彼の間で視線を彷徨わせる。

そして、ややあって彼は納得したのか、全てを呑み込んで荘民の慰撫にかかった…………。

【Tips】加重を分散させることで馬の負荷を減らし、その分速度と距離を稼ぐことができる。そのため火急の報せを命じられた伝令は、一人で馬を三頭も四頭も連れて出ることがある。

「で、お前、何やった」

馬の鞍を確認していると、ジークフリートが身を寄せて小声で問うてきた。明らかに訝しんでいる彼は、大事な小札鎧を収めた鎧櫃をしっかり担いで旅支度を終えつつあるものの、やはり思うところはあるらしい。

当たり前だろうな。まだ情報が足りぬのでマルギットが戻ってくるのを待つと言った翌日にコレだ。ご都合主義的な 神託(電話) でも受け取ったか、或いは悪い状況に魘されて妙な夢でも見たかと勘ぐるのもよく分かる。

私なら冷えた水でも差しだして、まず一旦落ち着けと声を掛ける所だ。

<声送り>を援用し、囁き声がジークフリート以外に届かぬよう注意して口を開く。剣友会には唇を読める者もいるから、口も隠しておかねば。

「昨日の晩、やはり使える物は好悪関係なく全部使うべきだと判断した。私が最初から手段を選んでいなければ、事はもっと上手く運んだやもしれぬと痛感したからな」

「葬儀に当てられたか」

「それも否定しない。……かつての雇用主に連絡を取った」

「っ……!? 貴族か!?」

頷けば、彼は目を覆って天を仰いだ。

分かっているのだ。平民の立場から貴族など軽々に頼ってはならぬと。その上、今回のような特大の厄を内包した案件で縋った場合、後でどんな支払いを求められるか分かったものではない。

しかし、その点は安心して欲しい。私達が本懐を果たすことによって彼女の目的は果たされる。後から金がどうのと下らないことを言われないのは保証しよう。

……まぁ、もっと面倒な事に深入りさせられることはあるが。

正直、アグリッピナ氏は劇薬過ぎる。ほんの数mg処方を間違えば死ぬような、閾値が繊細すぎる薬品のようなものだ。僅かに薬匙を握る手が震えれば毒薬と化すような代物、私とて好き好んで呷った訳ではない。

だとしても、さっさと抜本的に解決してしまいたかった。

これ以上辺境が燃え上がったなら、モッテンハイムのみならずマルスハイムの人々、そして他ならぬ我々に類が及ぶ。既に十分以上に火の粉を浴びせかけられているのだか、煮えた鉄まで振りかけられては堪らない。

「……んで、その御貴族様はなんと」

「喜べ、私達が殺したくて仕方が無い奴の場所を教えてくれた。奇しくも近くだ」

「あぁ……?」

低い声、眇められた目。私から外れた視線は虚空ではなく、より遠くを眺めている。頭の中で色々な取捨選択を行ったらしく、彼は苦々しげに唇を歪めながらも黙って自分に宛がわれた馬の方へ去って行った。

とりあえず、ではなく正しい形で納得して貰えたか。

「これは戦の前哨戦だそうだ。サクッと殺して事を収めるぞ」

「前哨戦……ね。ムカつくぜ、それでただの荘を焼くか? 剰え、その死体を使うのかよ。勝ったら手前の民だろ」

「勝つためなら民を荒く使うのが為政者、という胸くそ悪い考えを存分に振るってるのだろうさ」

何より、土豪連中からすれば帝国の支配に阿っている連中という考えも多かろう。彼等の直轄地がどのような空気かは知らぬが、少なくとも真っ当に経営されている壮園各地においては帝国憎し、というかつての気風を感じたことはない。

全ては帝国の統治政策のためだろうな。

彼等は基本的に占領地を甘やかす。緩い統治を敷くのではなく、税制や公共事業などにおいて徹底的に民を優遇するのだ。

編入されて数年は利益が出ないことを覚悟に無税にすることなど当たり前であったそうだし、乱世においては敵の利用を嫌って整備されぬことが多い街道も細やかに作り、上下水インフラの整備にも偏執的に整えて、地下の者にとってはどこまでも生活しやすい環境を心がける。

親や子を殺された世代であれば恨みも重なり反感も育とうが、さて二世代三世代と平穏な統治が続けばどうなるか。

考えなくなるのだ。自らの血を流してまでの闘争など。

権力を奪われた貴族階級ならいざ知らず、戦に巻き込まれた立場である平民にとってはそんなものである。独立だとか旧主家が云々など、明日の飯が約束されると簡単に忘れ去られる。優しい殿様のご恩とて、新しい統治者が彼等と変わらぬ税制と賦役しか課さねば、民からすれば同じ生活が続くだけで大した意味はない。

この時点で既に土豪勢力は負けている。現状でどれだけの荘や地元有力者が協力して呼応しているか見物だな。せめて江戸のお家を打倒した連中の如く、自領だけでも完結した統治体制を保っていれば話は違っただろうに。

獅子身中の虫として埋伏することを選んだ時点で、帝国に勝つ手段を失っている。その上で、民意を擲って戦えば得られる物は次々と失われていく。

三重帝国からすれば簡単でいいだろう。領地は荒れるが復興の後には誰にも邪魔されぬ温々とした内政の時が待っているのだから。

ただ、我々地下の者としてはだ。失われる側に立たされるが故に少しでも取りこぼさず済むようにしたい。

一番良いのは、このはた迷惑な空騒ぎをさっさと畳ませること。

アグリッピナ氏は仰った。近隣で一番大きな城市に敵が寄せてきていると。近隣数十カ荘の代官をとりまとめる下級貴族が統治する街であり、マルギット達が向かった代官館のある街にも程近い。

ここからマルギット達の目的地までは早馬で一日。彼女達が出てから四日が過ぎていることを考えると、向こうでも何か起こっていると見た方が良さそうだ。

情報収集や安全のことを考えると往復三日でかかっても五日と想定していたが、今や待っている時間が惜しい。近隣の荘も我々同様に悩まされているだろうから――戦略上、全滅させては意味がないからな――陳情で待たされている可能性は高いな。

すれ違う恐れはあるが、ここで留まって状況が変わる方がより拙い。マルギットは直接戦闘での対人火力は出るが、動死体相手となると厳しい場面もあるため最悪現状の面子だけで対応することも考えねば。

彼女が離れて以降、背中が寂しくて仕方がない。今になって人間という生物が持つ死角の広さを実感させられる。<遠見>を使って擬似的に死角を一切消すどころか、俯瞰して物を見ることさえできても、細かな意識までは届けられない。

恋しい背中の熱を取り戻すべく、一時の愛馬に跨がり声を張り上げた。

「行くぞ! 背の心配は要らぬ!」

この段に至って小難しいことを考える必要はなくなった。

後は早さと暴力。そう、暴力は全てを解決する。

中途半端に貰った熟練度と“僅かばかりの助言”をご馳走してやろうではないか…………。

【Tips】平民が貴種に嘆願を上げることは死の覚悟を抱いて行うものである。直訴権は直属の支配者にのみ許されるものであり――荘であれば代官、代官であれば領主――それを超えた直訴、つまり貴種への嘆願は“大きく部を弁えぬ行為”に他ならぬからである。

しかし、明文化されていないものの、その死すら覚悟した嘆願に関しては真剣に取り合わねばならぬという気風も存在する。仮に嘆願者が責任を取って自裁させられることになったとしても。

胸壁に顎を乗せ、童女に近しい外見の狩人は深く息を吐いた。

こんな時、相方のように煙草を燻らせたら美味しいのだろうかと思いを馳せながら。

しかし、替わりとばかりに深く息を吸ってみても、鼻腔に飛び込んでくるのは耐えがたい腐臭ばかり。全て人類の亡骸が腐った時に発する、どうしようもなく耐えがたい臭いだ。

「あちらに積み上げよ。薪の手配はどうなった」

「もう碌な物がありません! 打ち壊せる家具は殆ど打ち壊してしまいました!」

「油も足りませぬ! 備蓄はもうございませんか!?」

胸壁の下、然したる広さではない堀を挟んだ向こうから漂う悪臭は、ここ数日で討ち果たし、討ち果たされた者達から上る物。今は装具を剥ぎ取って外に積み上げ、防疫のために火を付けんとしているものの、それすら困窮しているようである。

マルギットは幾体もの遺骸を運ばされている代官の配下や巻き込まれた剣友会の面々、そして“逃げ込んできた”他の荘の男達を憐れむように眺めた。彼女は遠目が利き弓の腕もあるため、こうやって見張りとして城館の壁に載っていられるが、あれほどに陰気な作業もそうそうなかろう。

彼等も運がないと思うものの、運がないのは此処にいる全員かと思い直した。

さて、帝国における代官館とは二種類ある。

代官当人も一つの荘を治める、ないしは直轄荘を持つ小領主であった場合は街の中に館を持つことが一般的である。この場合、街は多くが市壁を持つ拠点になり得る人口一千人以上の都市であり、軍民共に中継地や集積地として活用される。

対して軍事拠点としての城塞や砦を代官館とする代官もおり、この場合は純粋な軍事拠点たる城の周りに市街が広がり市壁を持たないことが多い。この代官館は近隣荘の行政を司ると同時に巡察吏の活動拠点にして、他の大都市を守る支城や砦としての役割を持つからである。

モッテンハイムを支配する代官の館は後者であった。平地ばかりの中でも希少な丘――といっても騎兵の衝撃力を殺せるほど急峻ではない――の上に建つ城館は、支配権が今より弱かった時期に支城の一つとして活躍した物である。五角の形に聳える壁の一辺と一体化した本館と四本の鐘楼を有し、狭小ながらも水堀に囲まれた堅牢な城館は建造から数百年が経とうと現役である。

今となっては多くが焼かれ、或いは防壁に使うために崩された家々は見る影も無いが、かつてはこの平地にて牧畜を営んでいた者達が暮らしていた。

つまり、帝国内ではどんな土地でも見られるような、取り立てて特別な代官館ではなかった。

それがこんな地獄のような光景に変貌すると、誰が想像しただろうか。

マルギットは気まぐれに壁の上から鐘楼に移動した。蜘蛛人、その中でも小柄な種が得意とする登攀速度は凄まじく、壁面にこびり付いた苔や埃すら落とすことなく鐘楼の最上へと至る。

「まぁ、酷いものですわね」

戦の名残が香る土っぽい風が吹き抜ける眼下には、痛々しい光景が横たわっている。

家々は打ち倒され、多くの亡骸が討ち果たされたままの姿で横たわっていた。急拵えの坂茂木や胸壁、破壊されて黒く朽ちた攻城塔などが取り残された場所で、かつては五〇〇人が生活していたといっても今では想像さえ及ばない。

最初から運が悪かったマルギット達は、同様に不運に見舞われたモッテンハイム守勢組と大差ない悪運に見舞われた。

当初は一日で済むはずだった旅程は、周囲を彷徨く敵味方も定かでない影を縫うように進んだがばかりに二日と半日に延びた。そして、夕刻に辿り着いた代官館は敵陣と対峙しており、半ば追い込まれるように転がり込むこととなる。

内には避難民が犇めいていた。徒歩で半日圏内の荘は皆、籠城よりも城館での庇護を求めて逃げ込んだらしく、明らかに収容可能数を上回る人間が押し込められた有様だった。

他の者達は城市に逃げ込めたことを不思議に思っていたが、マルギットには追い込まれたことが分かった。いつだか相方であるエーリヒが言っていたのだ。二人で軍記物の英雄詩を酒場で聞いていた時、彼は焼いた鳥を解体しつつ敢えて敵を籠城させた方が寄せ手側が有利となる場面が存在すると盤面に準えて教えてくれた。

通常、城攻めは寄せ手側にとって大きく不利であり避けたい事態だ。五倍の兵力がなければ籠城した敵を撃滅できぬこともあるが、何より勝ったとしても寄せ手側が被る損害は野戦より大きくなりがちであり、何よりも時間が掛かる。攻め掛かろうと攻囲して締め上げようと、会戦にて雌雄を決する際の何十倍という時間を消費させられる。

なればこそ奇襲や内応によって戦うことなく城を落とすことが華麗と賞賛され、時には城壁を挟んでの口汚い挑発合戦を繰り広げてまで野戦に引きずり出そうと試みる。

これ程に籠城というのは攻める側にとって辛いことだ。無論守手側にも辛いことは多いが、どちらが簡単かといえば“先”さえあれば籠城側の方が圧倒的である。

されども何事にも例外が存在するように、攻城戦のやり方にも例外はある。

進んで敵を城に入れさせ、荘民の避難も邪魔させないことで兵糧を浪費させる方策があるとエーリヒは指に付いた鳥の脂を舐めながらマルギットに語った。

庇護すべき臣民が逃げてきたならば、臨時の戦力や人足として使うため、なにより戦後のことを考えて代官は彼等を庇護せねばならない。

だが、人間が増えると当然それだけ飯を食うしクソもひれば、季節によっては暖房も供給してやる必要がでてくる。必然兵糧の消耗は早まり、守手側が戦力を保って籠城できる期間は加速度的に短くなる。

むしろそれを狙って、徒歩圏内の荘を先立って襲うことで養いきれなくなるほどの荘民を流し込むように追い込むことが狙いであり、仁君であればあるほど負担が重くのし掛かる。

敵の狙いは上手くいっていた。素人目にも城内の士気は落ちており、配給の食糧が少ないのか腹を抱えている者が多かった。井戸も限界があるためか取水制限が施されており、兵士でさえ顔を拭えぬ有様。

食うに困れば、どれだけ鍛えられていても兵士は兵士でいられない。鳥の骨じゃ歩卒の腹に芯は入れられないのさ、と軍役経験もなかろうに謎の重みがある言葉を吐いてエーリヒは食い終わった皿を見て笑った。

正しく彼の言うとおりの状況だ。斯様な惨状で談判が上手くいく訳もなく、まして逃げることもできぬマルギット達は一時的に徴発されて守手側の兵士として戦うこととなった。

それが続くこと二日間。マルギットは弓手として城壁や鐘楼を延々と往き来し、鋼の如く鍛えられた手指の皮が捲れ上がるほどに矢を放ち続けた。

撃っても撃っても起き上がってくる“敵”に通常の射撃では効果が薄いと諦めていた弓手衆が、糸でも張られたような正確さで手首や膝を射貫いて無力化するマルギットに矢玉を融通し始めたが故のことだ。

おかげで彼女が二日間に渡って射った矢の本数は数に五〇〇を超える。放った矢などもう最初の数分で数えることも止め、後は背が引き攣ろうが弓掛が予備を含めて全滅しようが、素手で弓を引き続けて指の皮を剥がし、負荷によって爪が二枚飛んでも延々と射手として成すべきことを成し続けた。

今も傷はじんじんと痛むが、脳内の母が彼女に笑いかける。

それが? と。

指が痛かろうが爪が剥がれ落ちようが、お優しい敵が待ってくれるのかと。

敵は母親でも友人でもないのだ。痛いと訴えようが「左様ですか」と笑って殺しにくるだけであると痛みと共に教えられた。

苦痛を伴う愛が支えてくれた二日間は、唐突に終わりを迎える。夜半、篝火も殆ど焚かずに襲いかかってくる奇妙な軍団は、唐突に動きを止めたと思えば木偶の如く精彩を欠いた動きしかしなくなったのだ。

これを好機と見た代官は乾坤一擲の反撃を実施。城門を開き、跳ね橋を降ろして虎の子の騎兵を率いて中央を分断、更には反転して敵陣を三つに割るという鬼神もかくやの働きを見せた上で乱戦にまで突入。主君や代官を死なせてなるかと城内の者共達も打って出て乱戦は激化し、結果朝方まで戦い続けて生者以外に動く者は居なくなった。

ただ、これは後で分かることだが、混戦の興奮のせいで“命乞いする敵”まで殺したという報告が入り、大勢が首を傾げることとなる。

これは狂した屍霊術師の蛮行なのではないかと。

今も破壊した死体と殺した敵、そして倒された味方の処置をしながらも全員が唐突な終わりに気味の悪い思いをし続けている。神の加護は実際に多く降り注いだが――代官館だけあって聖堂もあった――神々は“ここまで”都合の良い奇跡をもたらしはしない。

処置が終われば方々に物見を出して状況を確認しようとするのだろうが、マルギットには何となく誰がやらかしたか分かっていた。

戦の潮目が変わろうとする瞬間、耳元で耳飾りが鳴ったのだ。これが鳴るということは、いつだって彼が何かを成し遂げた時である。

「ああ、早く終わらないかしら」

この三年、冒険者として活動してから彼が動いてコトが大きくならなかった試しはない。今もまた何かが決定的に動きつつある。

同じ空の下で、ぞろ無茶をやり始めているだろう相方を思って狩人は再度嘆息した。

早く彼の下に戻るか、迎えに来て貰って状況を説明したかったから。

基本的に彼女の相方は流されるままに行動すると酷い目に遇うが、事態を知って完膚なきまでにヤると決めた瞬間に必ず優位に立つ。

それにだ、彼女としてはこのまま鐘楼で砲台扱いされるのは好ましいことではなかった。我らの蜘蛛姫などと弓手勢の男達から讃えられるのは些か気分もよかったが、かといって粉を掛けられるのは正直不愉快であったし、あしらうのも面倒臭くなってきた。

なにより、ずっと此処で防衛戦力として足止めさえるのも趣味ではない。

「弦を外してしまう前に早く迎えにきてちょうだいな」

暫くここは平和になるだろう。倒した動死体は数百に上り、さしもの敵もこれだけの数を一気に補充できるとは思えない。同様のことが襲撃地点各所で起こっていると推定すれば、損害は更に深く深く食い込んでいるはずでもある。

口でそんなことを言いつつも、マルギットには確信めいた予感があった。

これから暫く、弓を休めるために弦を外す暇はなかろうと…………。

【Tips】弓は弾力を維持し木を休ませるため、使わない時は弦を外して休ませてやる必要がある。