軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 五十一

「 何処(いずこ) の家中のお方か! お答えあれ!!」

私の誰何の声に返ってきたのは、無言の殺意であった。

馬の鼻息も荒く細く長い騎兵槍を掲げて突き進んでくる三騎の 驃騎兵(ライトキャバルリー) 。ちぃと舌打ちを一つ溢し、“送り狼”の鞘を払う。

今日も私の運は腐り果てているようだ。道中表を振っているであろうサイコロの女神に災いあれ、固定値の神の祝福があらんことを。

さて、マルギット達が向かった代官館へ馬を走らせること一刻あまり、東の地平にちらと騎兵の影が映った。

拳を上げて後続へ減速を促し――奇襲に備えて間隔を空けた縦列で行軍している――様子を伺っていると向こうもこちらに気付いたようである。

このような状況だ、敵にしろ帝国側にしろ巡察吏や物見の騎兵が方々を彷徨いているであろうことは分かっているため不思議はない。情報の伝達、遮断共に最も秀でるのが騎兵という兵科であるからだ。

しかし、何処の勢力かは遠間に見える装具だけでは分からん。近世でもあるまいし軍装は完全に統一されていることもなく、伊達な装束で目立つことが許される騎士や騎手は尚更で、旗でも掲げていなければ所属を確認することは難しい。

ここで逃げればあの騎兵が何処の所属であっても追われて疑われるため、近づいてくる彼等に誰何してみたのだ。辺境伯配下の騎兵であれば、名主殿より一筆預かっているため怪しまれぬであろうし、情報も得られるだろうと二分の一に賭けてみた。

結果はご覧の有様だが。

そういえば私は硬貨の裏表を当てる賭けも碌な結果にならなかったな。カードゲームで先行など滅多に取れなかった。ああ、幼少期に剰ったおかずや牛乳を争うじゃんけんでも欲しいものを得られた覚えがない。

やはり私は、そういう星の下に生まれついたのだろう。

まぁ、友好を装って近づいてくるよりかは幾分かマシと思おう。体感に過ぎないが先制攻撃の方が伏撃や騙し討ちよりも阻止しやすいからな。

荷馬の手綱を離して身軽になり、もう誰に憚ることなく鞍に括り付けた盾を<見えざる手>にて手繰り寄せる。仲間内では、私の魔法は全て“渇望の剣”のせいにできるので、随分とやりやすくなったな。

一時の愛馬の腹に私も蹴りをくれて増速する。向かい合って加速しているため、みるまに距離が縮まって相手の白目と黒目の区別さえ付くほどの間合いとなった。

敵は右側からすれ違う軌道で接近してくる。槍を構えながらも馬の扱いに全くブレが見られないため、中々の手練れであるな。

槍の穂先が何処を突くか迷っているように思ったため、私も盾をちらつかせて攻撃を誘う。すると丁度防ぎやすい角度で首めがけて刺突が飛んで来るではないか。

よし来た! <盾牽制>は安価で基本的なスキルであるが、判定に<器用>が絡むため私が使えば高価なスキルと変わらぬ防御補正が掛かる。飛んで来て欲しい所に正確な狙いで叩き込まれる一撃は最早攻撃ではない、ご馳走の一種だ。

盾で刺突を弾き飛ばし、泳いだ敵の右脇を下段から振り上げた“送り狼”で撫で切りにした。馬による凄まじい加速が切れ味と衝撃を増幅し、脇下の薄い帷子を確実に断ち割る酷く重い手応えが返ってくる。

利き手を潰したな。痛みで真面に馬も操れまい。

次いで先頭がし損じた場合に備えて、間合いを詰めて追従していた二騎目の騎兵に不意打ちで<見えざる手>が操作する東方式弩弓を叩き込む。至近であれば板金の甲冑すら抜く弩弓のボルトには、機動力を重視した軽装では到底抗えずもんどり打って鞍上から落ちていく。

ああ、片足が鐙に掛かったままだから、凄い勢いで引き摺られているな。敵ながら可哀想に。死んでなきゃいいが。死体からは報酬を剥ぎ取れても情報を得られんからな。

先頭を行く二騎が容易く屠られたことに怖じ気づいたのか、三騎目の馬脚が乱れている。一瞬、このまま突き進むべきかケツをまくるべきか悩んだな、その逡巡が命取りよ。

まだ剣の間合いではないと油断していた彼に“送り狼”を投げつけた。兜に合成速度の加護を受けた鉄の塊を叩き着けられた騎手は昏倒、仰向けに倒れ込んでしまう。騎手の操作を失った馬は困惑に嘶きつつ走り抜けて行き、あっという間に遭遇戦は終了した。

「……こんなもんか」

倒れた敵は追いついてきた味方が確保しようとしている。かなり遠慮無しにやったので相当の手傷を負っただろうが、即死していなければカーヤ嬢が命を繋いでくれよう。

しかし、荘から大して離れていない距離でも斥候とぶつかるか。嫌がらせの戦争であっても友軍の連絡線をちゃんと遮断してきているあたり、どうやら敵さんも死霊術師だけが傑出した組織ではないか。

これはマルギット達も相当に苦労した筈だ。戦えぬ名主の婿殿を抱えている以上、抗戦を避けようとして相当に遠回りを強いられていただろう。

「……一人で全部食うなよ」

「すまんね、早さ重視だ。生きてるかい?」

「直ぐにおっ死んだ方がマシな様になってるのが居るがな。軽胸甲だったから背中べろんべろんだぞ」

私が離した荷馬を回収してきたジークフリートから抗議と共に報告と手綱を受け取る。よしよし、全員生きているならそれはそれで結構。しゃべれる口が大いに超したことはない。

代官館への良い手土産ができた…………。

【Tips】騎兵突撃の絢爛さと一撃の破壊力は健在であるが、ライン三重帝国における騎兵の役割は近年専ら治安維持から偵察、伝令、及び壊走する敵への追撃と見なされており、英雄譚に語られる騎兵突撃は予備的な物と化している。

戦場の臭いがした。血と糞便が混じり合い、肉と木材が焦げる臭いだ。

「……あれ、落ちてないよな?」

「見た感じ、ちゃんと帝国の旗はあるが……横の 掲旗(バナー) はアレか、代官のだよな?」

「縁取り付きの角盾の中に交差剣と……牡鹿……だから……多分」

あれから道中二回も接敵して辿り着いた代官館、フラッハブルグは正しく戦地の光景であった。遠方より眺める城塞の周囲にあった領民の家々は焼かれ、即席の防御陣が築かれるなどして凄惨な光景である。

中天に達しつつある陽の下で活動している人々は、亡骸を運んでいるようだが遠間にはそれが生者なのか、生者のフリをしている死者なのかは判別がつかない。

果たしてあれは今も代官が治める城なのか、はたまた罠として未だ帝国の旗を掲げているだけの落ちた城なのか。

正規戦であれば落とした城は成果を誇るべくさっさと旗が入れ替えられるものであり、道義的にも所属を偽って敵を誘い込もうとはしない。一度それをやると他国から批判されるのみならず、お互い同じことをして戦線が混沌としてしまうからだ。

しかし今は絶不賛国内非正規戦の真っ只中。土豪達は帝国の戦力を漸減するためであるなら、どれほど汚い手でも取るだろう。既に死者を利用するという、これ以上を見つけることが難しい行為に手を染めているだけあって一切の楽観が許されぬ。

さて、この距離なら耳飾りに仕込んだ<声送り>の術式が届くだろうか。如何せん、私の技量では<空間遷移>を噛ませて世界の何処からでも通じるようなぶっ壊れ魔導具に仕立てられなかったので、同じ都市にいる位の距離でなければ術式が届かないのだ。

最悪一人で身を潜めながら接近し、範囲に入るであろう距離までにじり寄ってみても良いのだが……。

などと思っていると、随分と手前に矢が飛んできた。下生えと土をほじくり返して突き立った矢は、相当遠方から放たれたことを示すように殆ど垂直に突き立っているではないか。

「おあ!? なんだ!?」

「くっそ! やっぱ落ちてんのかよ!?」

「あっ、ディーの兄ぃ、俺らこんなナリだから敵と勘違いされてんじゃ!?」

慌てて馬首をかえそうとする配下達であるが、声を張り上げて落ち着かせた。

これはそういうのじゃない。命を取ろうとするなら一本だけ、しかもこんな手前に落ちるように撃つはずがなかろう。

それに態々古風に文を括り付けてくる必要が何処にある?

<見えざる手>を伸ばして矢を拾い上げれば、鏃の根元に手紙が添えられていた。空気抵抗を生まぬよう気を付けて結ばれたそれを解けば、女性らしい柔らかな筆致の文字が目に映る。

「南東側の尖塔……」

たった一言の書き付けは、大変見慣れた筆跡によるもの。内容に従って目線をやれば、遥か遠方にて聳える尖塔の上で動く何かが見えた。

ヒト種の視力では本当にナニカとしか言いようがない大きさであるが、こんなことが出来る人間は限られているため考えるまでもない。彼女達が持つ髪飾りにも似た単眼とヒト種と同様のレンズ眼が複合された視界は、時に本物の蜘蛛を凌駕する。

「この世で最も信頼できる招待状が届いたぞ。あの城は落ちていない。行こう」

私からは見えなくとも、向こうからは確実に見えているため手を振り返した。遠見の術式を飛ばせば愛らしい顔を拝むこともできようが、楽しみは後に取っておこう…………。

【Tips】 蜘蛛人(アラクネ) は生まれながらに動体視力と広い視野角に恵まれるが、中には遠方にまで通ずる千里眼めいた視力を持つ個体も存在する。

籠城に喘いだ城で歓迎されるもの。物資は当然であるが、一番は情報である。

「有り難い、まだ抵抗している荘があったか! 万の味方を得た心地であるぞ!」

城に籠もれば当然外の情報は入って来ない。斥候や伝令を出すことはできず、伝書鳩や魔法であっても囲む側は当然妨害を試みるためである。発信することも取り入れることもできないとなれば、先行きを考えて不安になるのも理解できよう。

それ故か、開囲後初の来客にして、お土産まで持って現れた我々は大変に歓迎された。代官、それも数ヶ荘を預かる歴とした帝国騎士が私の両腕を握って感涙しながら声を上げるのだ。

ボーベンハウゼン卿は私より上背が優に頭一つ半は高く、板金鎧に見劣りしない分厚い体躯を誇る髭面の巨漢であったが、相当に憔悴していたのか頬が痩け肌色が悪い。どうやら彼も帝国の思惑を知らぬまま状況に巻き込まれた同類であるらしく、ちっぽけな冒険者にさえ縋りたいほど追い詰められていたと見える。

当然か。打ち倒しても打ち倒してもやって来る死者の軍勢に囲まれ、戦時でもあるまいに兵糧の備蓄も十分でない城に大勢の荘民諸共に押し込められれば絶望もしよう。斯様な状況に追い込まれて尚、自棄を起こさず救援を待って籠もり続けた彼は実に有能な指揮官だったのだろう。

「ボーベンハウゼン卿が健在であらせられたことこそ、我らにとっては何よりの朗報です。モッテンハイムの民達も落ち着きましょう」

「そうか、そう言ってくれるか。人をやって夷狄を打ち払うことは疎か、危難を報せることすらできず忸怩たる思いで日々を過ごしておった。やはり私が放った急使は、殆ど届かず狩られてしまったか……遠巻きな包囲であったため、或いはと期待したが……無念だ」

落ち窪んだ目から涙を流し、汚れ果てた手甲で涙を拭う騎士の姿に私も思わず涙腺が潤みかけた。指揮官として感情を出しすぎるのはよくないが、今はむしろ他を安心させるため敢えて曝け出しているのだろう。上が安心しなければ、配下も落ち着くことはできないからな。

「どうかご自身を責めぬよう願います、卿。さ、どうか彼等の顔をご確認ください」

「うむ、うむ……! しかし、凄まじいな卿らは! 倍する数の捕虜を取るとは! この忠勤は忘れぬぞ、後に感状を取らす!!」

「恐悦にございます。ジークフリート、頼めるかい?」

「ああ。さ、こちらにボーベンハウゼン卿」

城門前で我々を出迎えてくれたボーベンハウゼン卿を――本来あり得ぬ格別の待遇だ――道中手に入れた捕虜の前に案内する。大変だったよ、何せ都合九人もふん縛ってくることになったからな。普通ないぞ、味方以上の捕虜を捕まえるなんて。

捕虜は多いに越したことはないとも。死人は情報を喋らないからな。それが馬に乗れる階級の人間ばかりとなれば、脳髄に抱えた物の大きさは歩卒とは比べものにならない。騎士は言わずもがな、従士であっても雑兵より抱えている物は圧倒的に濃いはずだ。

いや、本当に苦労した。もうここで殺して埋めちまおうぜと合理的なことを言うジークフリート達を説得するのは、目的地が近いからできたことである。流石の私も見張り以上の捕虜を抱えて常に脱出、反撃される危険を抱えて旅なんてできないからな。後半日旅程が先であったなら、少なくとも半数は殺すか、手足の腱を切って達磨にせざるを得なかっただろう。

だからだね君達、猿轡を千切らんばかりに噛み締めて私を睨むのは筋違いだぞ。普通ならあそこで打ち捨てられて、鎧すら所以も分からぬまま売り払われる定めだったのだから。

君らがこれからどういった目に遇うかは知らぬが、ことが収まれば骸は家族の下に届けられる可能性ができてのだから、まだマシだと思いたまえよ。正直な所、もう現地で拷問して数減らしちまおうかなと短慮を起こしかけたのも事実なのだから。

「……なっ、ハイダー卿ではないか! 北部鎮護の者が何故ここに!」

どうやら知った顔が一つあったらしい。良かった良かった、なら存分に旧交を温めて貰おうではないか。私からもボーベンハウゼン卿に通す話はあるが、先に片付けるべきことも多いからな。

「では、こちら確かに引き渡させて頂きます」

「はっ、確かに受け取りました。よし、飼い葉と水をたっぷり飲ませてやれ! 直ぐに出すからケチるなよ!」

側に控えていた馬丁に捕虜とした者から追加でせしめた軍馬全てを引き渡した。これ以上は私達でも管理しきれぬし、何より攻囲が解かれた今、彼等には方々に伝令を放つ必要がある。優秀な軍馬は何頭あっても足りぬことだろう。

これも良い小遣い稼ぎになった。仕官するつもりもないため感状は財布の足しにもなるまいが、軍馬は緊急時ということもあって相場以上の価格で買い取って貰えたのだ。良質な軍馬は金貨十枚でもまだ安いが、それが更に上乗せされるのだから有り難い。これで配下にも報酬を弾んでやれる。

中庭の馬房に配下と共に引っ張って行かれる馬達を見ていると、ふと向こうから駆け寄ってくる影がある。勇ましく地面を蹴立ててやって来る二つの黒い影は、悦びを隠しもせず周囲の人間を慌てさせながら飛び込んできた。

「カストル! ポリュデウケス!」

一瞬、壮大な人身事故を危惧させる勢いで現れたのは、早馬の護衛として貸し出した私の愛馬達だった。彼等は鼻を鳴らし、痛いほどの強さで鼻面を顔に寄せてくる。親愛の証かは分からぬが、ポリュデウケスには顔全体が滴るほど舐め倒されたし、カストルには括っていた髪が解けるほどに甘噛みを受ける。

「分かった分かった! 私も嬉しいが落ち着け! よし、良い子だ! 良い子だから!」

再会を喜んで頭を抱えて喜んでいると、首筋に冷たい感覚が襲いかかってきた。それも感覚的にではなく、物理的な冷たさを伴ったものが。

「……私の負けか」

「ええ、白星一つ、返しましてよ」

ぴゃっと横から飛び出してくるのは研ぎ澄まされたナイフ……等ではなく、使い古されてベコベコになった金属のカップだった。底が煤で汚れたそれは、我々が野営の際に何度も火で炙ったために付いたもの。

もっと俺達を構え! という二頭の抗議を受けながら振り返れば、そこには木箱に乗ってにんまりと微笑むマルギットの姿があった。

くそ、ポリュデウケスかカストルの横っ腹、私の死角になる位置に張り付いて一気に距離を詰めてきたか。そして喜んで気を抜いた所を突いてきたと。

油断ならぬ幼馴染みの攻撃に両手を上げて降参を示せば、彼女もまた両手を上げる。

抱擁を求めて広げられた腕を拒む理由など、一体何処にあるだろう…………。

【Tips】軍馬は軍需物資であると同時に血統を重んじる物であるため、一般での流通は硬く禁じられていることもあって価格は乗用・農耕馬より格段に高価になる。