軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 心に刻まれるは

タリクは王宮に呼び出されていた。

護衛をともなって学院から王宮までの道を歩く。その間ずっとナディアのことを考えていた。

使い魔になってからというもの、彼女から流れ込んでくる感情の大半は、学ぶことへのひたむきな情熱だった。

それが今、不安と焦りに埋め尽くされている。

――なんとかしてやりたい。

自分がジタバタするよりも魔術団に任せたほうがいい結果を生むことはわかっている。それでも、すぐそばでナディアを見て、彼女の感情を共有していると、たまらない気持ちになる。

王宮へ着くと、そのまま王の執務室へ通された。執務机に向かって何か書いていた王が顔を上げる。

「タリク。来たか」

「お呼びでしょうか」

王の瞳がタリクを射抜く。

その鋭さに、背がぞわと粟立った。

「ナディアと共に王都を出ろ。これは拘束力を伴う命令だ」

予想外の言葉に面食らった。

――王都を出る? ナディアを連れて? 不安と焦りに押しつぶされそうになりながら何とか自分を保っている人間から、日常生活まで取り上げるのか? なぜだ? 彼女をこの件に関与させないためか? 母を救うことを目的に生きてきたのに?

「……理由を教えていただけませんか」

「お前に拒否権はない。理由など問うてなんになる。お喋りをしている暇があるなら学院に戻って準備しろ」

自分の中にくすぶっていた感情がふつ、と表層に現れた。

「父上がそんな暴君だとは。存じませんでした」

王が唸り声を上げた。

「口を慎め、タリク」

タリクは王を睨み返す。

「一体、何を隠しておられるのですか。術者一人を特定するためだけに学院の教授陣まで引っ張り出しておいて、モタモタと――」

苛立ちのこもった声でそう言った瞬間に、後ろから強い力で引っ張られた。マントのフードを掴まれたのだと、兄の王太子に引きずられながらようやく理解した。

「タリク、こっちへ来い」

執務室から隣の部屋へ。王太子の私室だ。

今にも殴り掛かりそうな勢いで王太子が言う。

「父上に何という口の利き方を。お前らしくもない」

「ナディアの母君の命がかかっているんです。この半月、黙って待っていました。もう出口の見えている洞窟でただ待たされる彼女の身にもなってください。いくらなんでも時間がかかりすぎです。犯人はわかっているというのに、魔術団は無能の集いなの――」

「愚かな」

吐き捨てるように言った王太子の目は充血している。そんな兄の姿を見たのは初めてだった。

「どんなに怪しくとも証拠がなければ動けない。権力者が証拠なく誰かを糾弾するような国にしたいのか? 歴史の授業で居眠りをしていたのでなければ、権力者がその力の使い方を誤ったときにどんな悲劇が起きるかは理解しているだろう。それがわからないなら王子を名乗る資格はない!」

タリクは黙った。

黙るしかなかった。

王太子の怒りは収まらない。

「勇み足でハサン卿に手出しをすれば、今よりもひどい状況になりかねない。だからそうならないよう、慎重に事を進めている。その特別作戦の司令官には母上がついた。なぜか。より大きな公益のために、個人が――彼女の母君が――犠牲にされることのないようにという父上の配慮だ。当然『引退して久しい人間がなぜ』という批判も上がる。父上と母上はすべての批判を甘んじて受けている。そんな父上によくも『モタモタ』などと」

先ほど王に向かって放った言葉が自分の胸に突き刺さる。

「もうお二人とも何日も寝ていない。上級魔術師たちも同じだ。極秘の内容ゆえに人数を絞って、それぞれが限界まで働いている」

ごくりと唾を飲んだ。

「王都を出るのはお前たちだけじゃない。私と妃と子供たちにも退避命令が出た。妃たちはすでに退避先にいる。私もまもなく出立する。それが何を意味するかわかるだろう?」

世継ぎを退避させている。

つまり、大いなる危険が迫っているということだ。

「……一体……何が起きているんですか?」

たしかに使役の術は禁忌だが、それで危険が及ぶのはナディアの母だけのはずだ。

なぜこんなに物々しい空気なのか。

自分とよく似た形の瞳が見つめ返してくる。

「兄上、お願いです。教えてください。私は何もわからない子どもじゃない。事情を知らされないまま待たされるのはもうたくさんです」

「知ることには危険が伴う」

「その危険を引き受ける覚悟です」

王太子はタリクをじっと見つめる。

「……私から伝えられるのは事実だけだ。ハサン卿の家系がどうやって財をなしたか知っているか」

「いいえ」

「かつて南方に鉱山を所有していたんだ。何代も前に国が買い取り、今は国の管理下だが」

「南方に鉱山」という言葉で理解した。

「魔石……ですか」

魔力を閉じこめておくことのできる石だ。南方で採掘される希少鉱物を核に魔力を練って生成されるが、危険なことから国家により厳重に管理されている。

タリクもひとつ、小さなものを母に持たされている。

「つまり……ハサンがナディアの母の魔力を用いて違法に魔石を精製している……?」

売りさばけば相当な額になるだろう。

王太子は否定も肯定もせず、黙ってタリクを見つめてくる。

事実だけしか伝えられない、という言葉通り、これ以上語るつもりはないということだ。

――それでこんなに慎重になっているのか。

魔石は使い方を誤ると危険だ。閉じ込めた魔力が制御を失い暴走することがある。はるか北の国では、過去にそれで都市が一つ消し飛んだという。

「私たちが退避したのちも父上と母上は王都に残る。その重みがわからないほど愚かではないはずだ。ナディアが感じているであろう『親を失うかもしれない』という恐怖は痛いほどわかるさ。今まさに私も直面しているからな」

ギリリ、歯軋りの音がした。

自分のか、王太子のか。

父の身に何かあれば、国を背負うのは王太子だ。その肩にかかる重みは、第二王子のタリクとは比べ物にならない。王太子の瞳にはすでに覚悟があった。

「お二人が命懸けの戦いの準備をしている時に、お前は何をしている? ここへきて父上に不満をぶつけるだけか? 『何もわからない子どもじゃない』んだろう、わきまえろ。人の領分に口を出す前に、自らの為すべきことを為せ」

そのひと言で、湧き上がる怒りが王に対するものではないことに気づいた。王太子に対するものでもない。自分自身だ。

「……何も……何もしてやれない」

一番近くで彼女の苦しみを見ているのに、自分には何もしてやれることがない。目の下の翳り、食事をのろのろと口に運ぶ姿、毎夜眠りにつく直前まで本をめくる手――それらをただ眺めているだけだ。

「それなり」で過ごしてしまった学院生活、彼女ほどの努力を重ねていたら、もっと何かしてやれることがあったのではと、考えても仕方のないことばかりが頭に浮かぶ。

「……力がほしい。ナディアを救いたい」

王太子がタリクを見つめる。

その目に宿っていた怒りは落ち着いたようだ。

「大切なんだな」

タリクは頷いた。

「すべてを差し出してもいいほど」

王太子が肩に手を置く。

「何もしてやれない、と言ったが。彼女と同じ学生のお前にしかできないことがあるだろう。そばにいて支えてやれ」

「……はい」

「タリク。覚えているか。『事は砂に刻まれ――』」

覚えているに決まっている。王の口癖だ。

続きはタリクが引き受けた。

「『――行は星に刻まれる。されど人の心に刻まれるはその志なり』」

「お前は何を志す?」

「……学びたいものが安心して学ぶことのできる未来。それを作りたい」

そう答えると、王太子は微笑んだ。

「いい顔になったじゃないか。生きてその未来を作ろう。退避先はわかるな?」

王太子とタリクの退避先は別々だ。それぞれに決められた退避先があり、互いすら場所を知らない。

「タリク。お前が特別扱いを嫌うことはわかっている。王都に暮らす人々を残してなぜ自分だけが退避するのかと思うだろう。だが、魔石は魔力の揺らぎに敏感だ。王都の人々がパニックに陥れば、魔石が暴走するかもしれない。そうならないために迅速かつ静かに作戦を進める必要があるんだ。お前は彼女を守れ」

「……はい」

「タリク、必ずまた生きて会おう。父も母も、皆で」

「はい」

そのときだった。部屋の扉がバンと開いた。壁に当たって跳ね返って戻るほどの勢いだった。

瞬きの暇もなく、目の前に王妃が迫っていた。

「タリク、ナディアはどこ!?」

「学院ですが……」

「ナディアにかけておいた守護の術が剥がれたわ」

術をかけていたのも初耳だし、それが剥がれたというのはどういうことなのか。

タリクの混乱と時を同じくして、魔術団の制服を着た面々が駆け込んできた。

紫色の長衣に灰色のマント。皆が同じ服なので見分けがつきにくい。が、その中に、ナディアについているはずの護衛を見つけた。

「何事だっ。ナディアはど――」

「消えました」

タリクの耳がキンと音を立てた。

「夕食の時間を過ぎても出て来られないのでお部屋へ入ったところ、お姿がなく。物音がしていたのですが、幻影でした。学内のどこにもお姿が――」

タリクは最後まで聞かずに走り出していた。

たぶんタリクを止めようとしたのだろう。見えない手がマントを掴もうとするのを防御魔術で振り払い、スナネズミになった。窓から外へ飛び出す。

タリクの意図を汲んだサマーリが上空からまっすぐに下りて来てタリクを掴み、再び空へ舞い上がる。

「ハサンの屋敷だっ! 急いでくれ!」

口からはチチチチチチチチチッチチチチチチという鳴き声しか出なかったが、サマーリは高く鳴いた。通じたらしい。