軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話 「早退令嬢は、明日まで」

告白の翌日、学園はいつも通りだった。

廊下の生徒たちは、いつも通り歩いていた。授業は、いつも通り始まった。

何も変わっていなかった。

変わったのは、エリーゼの内側だけだった。

昨日のことを、朝から何度も思い返していた。ベンチに並んで座ったこと。名前を呼ばれたこと。泣いてしまったこと。抱き寄せられたこと。

(……本当にあったことなのかな)

信じられない気持ちと、確かにあったという感触が、交互に来ていた。

授業中、先生の声が遠かった。ノートを取りながら、何度か昨日の中庭が頭に浮かんだ。「エリーゼのことが、好きだ」という声が、何度も聞こえた気がした。

(……集中しなければ)

そう思うのに、顔が少し緩んでしまう。自分でも困った。

午後の授業が終わって、廊下を歩いていると、ルーカスが待っていた。

いつもと変わらない様子で、壁に寄りかかって立っていた。

「行くか」

「……うん」

二人で廊下を歩き始めた。

隣に並んで歩くのは、以前から当たり前のことだった。でも今日は、少し違う感触があった。距離が、いつもより少しだけ近かった。それだけで、歩きながら何度か意識してしまった。

階段の前に来たとき、ルーカスが少し立ち止まった。

それから、静かにエリーゼの方に手を差し出した。

エリーゼは少し止まった。手が、そこにあった。

「……段差がある」

ルーカスが言った。

エリーゼはその手を、そっと取った。温かかった。大きかった。

一段、降りた。二段、降りた。

「……ありがとう」

言いながら、手を離そうとした。でも、離れなかった。ルーカスが、繋いだままだった。

エリーゼは何も言わなかった。

少し間があった。ルーカスの指が、エリーゼの指の間に、自然に絡んだ。

(……つなぎ方)

気づいた瞬間、心臓が跳ねた。頬が一気に熱くなった。

ルーカスは前を向いたまま、何も言わなかった。当たり前のようにそのまま歩いた。

エリーゼも、何も言わなかった。ただ、繋がれた手の温度を、頭のどこかで確かめていた。

(……これが、そういうことなんだ)

昨日までとは違う、今は手を繋いで歩いている。それが不思議で、温かくて、少し眩しかった。

廊下を曲がったとき、ばったりフローラたちで出会ってしまった。

フローラが二人の手元を見た。一瞬、固まった。

次の瞬間、フローラの顔がぱっと輝いた。

「エリーゼ様……!」

声を抑えようとして、抑えきれていなかった。隣の取り巻きたちも気づいて、一斉に口を押さえた。

「やっぱり……そういうことなんですね!!」

「フローラさん、声が」

「抑えています、抑えています! でも……!!」

フローラが目を潤ませながら、取り巻きたちに振り返った。

「皆さま、お邪魔してはいけませんわよ」

そう言って、取り巻きたちをまとめて押しながら、廊下の角に消えていった。

消える直前に、フローラがもう一度振り返って、満面の笑みで小さく手を振った。

曲がった先から、抑えきれない「きゃーーー」という声が聞こえてきた。

エリーゼは少し俯いた。

「……見られてしまった」

「ああ」

「……恥ずかしかった」

「何がだ」

「手を繋いでいるところを、です」

「そうか」

「……そうかじゃないですよ。あのような行為は、親しい間柄でないとおかしいので」

ルーカスが少し間を置いた。

「俺たちは、親しい間柄ではないのか」

エリーゼはまた、頬が熱くなった。

「……そ、それはそうだけど」

「見られても困るようなものではない」

「え?」

「もう恋人同士だろ」

きっぱりと言った。

エリーゼは少し止まった。

恋人同士。その言葉を、ルーカスがこんなにはっきりと言うとは思っていなかった。

「……そう、だな」

エリーゼは、困るとため口が変になる。

俯いたまま、手を繋いだまま、歩き続けた。

頬が、まだ熱かった。

その日から、二人で過ごす時間が少し変わった。

本を読む時間もあったが、それよりも、一緒に歩いたり、話したりすることが多くなった。残り少ない学園生活を、静かに、でも確かに楽しんでいた。

数日後のことだった。

中庭のベンチに並んで座っていると、ルーカスが静かに言った。

「明日だな」

エリーゼは少しの間、中庭を見ていた。

「……ええ」

明日は、二人の学園最後の日。卒業の日だった。

桜が、今日も風に揺れていた。告白の日より、ずっと咲いていた。満開に近かった。

「……卒業したら、私たちどうなるのでしょう」

エリーゼが言った。

「隣にいると言っただろう」

「言ってくれましたけど……家柄のこともありますし、婚約者というわけでもないので、すぐには会えませんよね」

ルーカスが少し間を置いた。

「いや、すぐに会える」

「え?」

「卒業したら、すぐにヴァルドラン家にご挨拶に伺う予定だ」

エリーゼは止まった。

「……ご挨拶?」

「ああ。お前の父上と母上には、既に話を通してある」

「……え」

「お前以外には、今回はしっかりと報告済みだ」

エリーゼは声が出なかった。

父と母に、すでに話を通してある。お前以外には、と言った。

「……それって」

「そういうことだ」

エリーゼは少し俯いた。頬が、また熱くなった。

「……私にも、教えてくださればよかったじゃないですか」

「お前が驚く顔を見たかった」

「意地悪」

「今、報告した」

「……意地悪」

「そうかもしれないな」

二人で少し笑った。

しばらくして、ルーカスが続けた。

「一つ、話しておきたいことがある」

エリーゼは顔を上げた。ルーカスの表情が、少し真剣になっていた。

「ヴァイセンベルク家とヴァルドラン家は、古くから繋がりがある」

「……そうなのですか」

「五歳のとき、俺がお前の屋敷に来たのは、父同士の仕事の話だけではなかった」

エリーゼは少し止まった。

「……どういうこと」

「本来の話し合いの内容は、俺たちの婚約についてだった」

中庭に、静けさがあった。

「……婚約」

「ああ。二つの家の間で、ずっと前から話が進んでいた。俺はその知らせを五歳のときに聞いていた。だからお前の屋敷に出向いた。あの間、二人でいる時間が多かったのも、婚約者同士として仲良くなるためにと、両家が時間を作ってくれていたからだ」

エリーゼはしばらく、ルーカスを見ていた。

「……知らなかった」

「お前には伝えていなかったらしいからな。正式に決まってから伝えるつもりだったと、あとから父に聞いた」

エリーゼは頭の中で、いくつかのことを繋げようとしていた。

「……でも、あなたは急に帰ることになって」

「ああ。三日目の夜に、知らせが届いた」

ルーカスが少し間を置いた。

「当時、ヴァイセンベルク家が管理していた遠方の領地で、隣国との境界をめぐる紛争が起きた。土地の継承をめぐる争いで、放置すれば武力衝突に発展しかねない状況だった。相手国との交渉には、公爵家が直接出向かなければならない。しかも、交渉がどれほどかかるかわからない。落ち着くまで国に戻れないかもしれない状況だった」

「……それで」

「婚約の件は、一夜にして破談になった。期間も見通せない状況で、婚約だけを先に結ぶわけにもいかなかったからだ。お前の家にも、迷惑をかけた」

エリーゼは少しの間、中庭を見ていた。

ルーカスが父に「当時のご無礼」と頭を下げていた。あの言葉の意味が、今わかった。

「……そういうことだったんですね」

「ああ」

ルーカスが続けた。

「問題が落ち着いて、国に戻れるようになったのは最近のことだ。その頃には、お前はもうクロード殿下の婚約者になっていた」

エリーゼは少し息を呑んだ。

「……そう、でしたね」

「ああ。同じ学園に編入することを決めていたが、王家と婚約しているお前に会いに行っていいものかと思った」

「それでも、『また会いに来る』と約束したからな。約束を守るためだけでもと思って、来た」

エリーゼはルーカスを見た。

(そこまで想ってくれていたんだ……)

「入学初日、いい知らせが耳に入った。

お前が婚約を解消していた」

ルーカスが、少し間を置いた。

「まだチャンスがあるかもしれないと思い、柄にもなく、神様に感謝した」

エリーゼは少し笑いそうになった。この人がそんなことを思っていたとは。

「正直、嬉しかったが、予期せぬ問題が起こった」

「どんな問題?」

エリーゼが質問した。

「再会しても、お前は俺に全く気づかなかったことだ」

「……それは」

(あの時は、私も色々ありましたので……)

「大広間で孤立したと聞いたときは、頑張ったのだと素直に思った。殿下のために、家名のために、ずっと演じ続けていたのだとわかったから、落ち着くまでそばにいようと決めていた。心にゆとりができたら、俺のことを思い出してくれるかもしれないと思って」

「……そんなことを、考えていたの」

「ああ。そこにイザドラ嬢の件が起きて、またお前が追い詰められる状況になった。だから自分でその件を解決しようと思った。学園を戻したいという気持ちもあったが、それだけではなかった」

エリーゼはしばらく、ルーカスを見ていた。

学園に来てからのことが、少しずつ形を変えて見えてきた。全部、繋がっていた。

「……少し、遠回りをしてしまったが」

ルーカスが静かに続けた。

「自分の気持ちが伝えられて、よかった」

エリーゼは少し俯いた。

(なんと言えばいいか、わからない……)

でも、しばらくして、自然と口が開いていた。

「……来てくれて、ありがとう」

「ああ」

「約束を守ってくれて、ありがとう」

「ああ」

ルーカスが、少しの間、エリーゼを見た。

「待たせてしまって、すまなかった」

その一言が、十二年間のことを全部包んでいた気がした。

中庭の桜が、風に揺れていた。

明日、二人はここを出る。

でも、ここで始まったものは、ここで終わらない。