軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 「早退令嬢と、冬の入り口」

イザドラは最近、機嫌がよかった。

リナが取り巻きに加わってから、学園での動きが格段に楽になっていた。

リナは情報を集めるのが上手かった。どの令嬢がどんな悩みを持っているか、誰と誰の仲が微妙か、どこに隙があるか。一学期をかけて築いてきた人脈が、今はイザドラのために機能していた。

しかも、リナが動いても誰も疑わなかった。

一学期に失墜した人間が今更何かを企んでいるとは、誰も思わないらしかった。

本当に、使い勝手がいい。

廊下を、イザドラが歩いている。

取り巻きの令嬢たちが周囲を囲んでいた。笑い声が廊下に広がった。誰かが何かを言うたびに、輪の中心で楽しそうに笑った。

その輪の少し後ろに、リナがいた。

笑顔だった。輪の中心にいるわけではなかったが、確かにそこに立っていた。取り巻きの一人として、イザドラの後ろを歩いていた。

一学期の大広間で全部が暴かれた後、学園の隅で静かに過ごしていたリナが、今はこうしてイザドラの後ろを歩いている。その変化を、廊下の多くの生徒が知っていた。

「リナ様って、あの事件以降、返済のためにイザドラ様の取り巻きになったらしいわよ」

「ええ?……じゃあ、やっぱりそういうことなのかしら」

「あの額、平民にはとても払えないものね」

エリーゼは廊下の端から、その一行が通り過ぎるのを見ていた。

リナと視線が交わりそうになった。リナはすっと目を逸らした。

イザドラの一行が、廊下の先に消えていった。

エリーゼはしばらくその方向を見てから、視線を前に戻した。

中庭に向かいながら、エリーゼは空を見上げた。

曇っていた。低い雲が広がっていた。風が吹くたびに、冷たさが増していた。

十一月に入ってから、中庭の空気が変わっていた。先週まではまだ外で本を読める気候だったが、今週に入ってから、一日ごとに寒さが増していた。

中庭に着いた。ベンチに座ってみると、冷たかった。風が吹くたびに、首元から冷気が入ってきた。木の葉がほとんど落ちていた。枝だけになった木が、灰色の空に向かって伸びていた。夏の頃と、全然違う景色だった。

本を開いた。でも、手が少しかじかんだ。ページをめくるたびに、指先が冷えた。

(……今日は、少し厳しいな)

しばらく読んでいると、転校生が来た。いつものベンチに座った。本を開いた。でも、少しして、エリーゼの方を見た。

「寒くないか」

「……少し」

「無理するな。体調を崩す」

それだけだった。心配しているような、していないような、いつもの口調だった。でも、その一言が中庭の冷たい空気の中で、少しだけ温かく聞こえた。

転校生自身も、いつもより早く本を閉じた。

「今日は早めに切り上げる」

「……そうですね」

二人で中庭を出た。廊下に入ると、外との温度差で少し空気が和らいだ。

「この寒さですと、明日から、ここには来られないかもしれないですね」

エリーゼが言った。

「そうだな」

「体調を崩してしまっては困るので」

「ああ」

転校生が短く答えた。それだけだった。残念そうでも、仕方ないという顔でもなかった。ただ、事実を受け取っただけのような顔だった。

(……別に、がっかりはしていないんだな)

エリーゼはそう思った。思ってから、少しだけ複雑な気持ちになった。

それから数日、中庭には行けなかった。

図書室で本を読んだ。一人で、いつもの席に座って、旅する少女の二周目を読み進めた。周りには何人か生徒がいた。静かだった。ページをめくる音がした。誰かが小声で話していた。

でも、何かが足りなかった。

(……慣れたと思っていたんだけどな)

一人でいることには、ずっと慣れていたはずだった。一学期のはじめ、取り巻きが全部いなくなって、一人で中庭に座り始めたとき。最初は寂しかったが、そのうち慣れた。一人の静けさが心地よくなった。

でも、やっぱり図書室での一人は、以前の一人と少し違った。何かが欠けているような、そういう一人だ。

(……あの中庭の静けさとは、違うんだよな)

うまく言葉にできなかったが、そう感じた。

本のページをめくった。旅する少女が、冬の町を歩いていた。

その日は、それ以上うまく本が読めなかった。

その頃、イザドラはまた動いていた。

今度の標的は、二年生の令嬢だった。

その令嬢は、学園の慈善活動の取りまとめを長く担ってきた、真面目で評判のいい生徒だった。イザドラとは接点もなかった。ただ、イザドラの意に沿わない提案を会議で一度口にしただけだった。

それだけで十分だったらしかった。

一週間も経たないうちに、その令嬢が横領をしているという噂が広まった。慈善活動の寄付金を私的に使っているという内容だった。根拠のない話だったが、噂というものは根拠がなくても広まった。

令嬢は声を上げて否定したが、誰も耳を傾けなかった。

エリーゼはその話を図書室で聞いた。本から顔を上げた。

(……また)

今度は、慈善活動の寄付金という話だった。令嬢の評判に直接関わる、悪質な内容だった。

証明できない。否定できない。ただ噂だけが残る。

(……もうすぐだ)

エリーゼはそう思った。

本を閉じた。荷物をまとめた。

その夜、学園の図書室は閉まっていた。

廊下の端、窓のない薄暗い場所に、二人の人影があった。

一人がもう一人に、小さな束を差し出した。

「言われた通り、持ってきたわ」

声は低かった。誰にも聞かれないよう、抑えた声だった。

「……ありがとう。助かりました」

もう一人が、それを受け取った。

「これで、全部揃うはずだから」

束を受け取った人物が、静かに言った。

「もう少しだけ、待っていてください」

しばらく、沈黙があった。

「……わかった」

差し出した人物が、短く答えた。

二人は別れた。それぞれが、違う方向へ歩いていった。

廊下に、足音だけが残った。

誰なのかは、暗くてわからなかった。