軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 「早退令嬢は、少し複雑」

旅する少女の本を、読み終えた。

最後の一ページをめくったとき、少しの間、本を閉じられなかった。

旅する少女は、旅の果てで何かを手に入れたわけではなかった。何かを成し遂げたわけでもなかった。

ただ、歩いてきた。知らない場所を、知らない人と出会いながら、最後の国の最後の道を歩き終えて、最初の場所に戻っていた。旅の始まりと同じ場所だった。でも、少女の目に映る景色は、旅の前と全然違って見えていた。

終わりではなく、また始まるところで、物語が閉じていた。

(……終わった)

エリーゼは静かに本の表紙をしばらく見ていた。

悲しくはなかった。でも、何かが静かに落ち着いた感じがした。十歳のときに取り上げられて、七年ぶりに続きを読み始めて、ここまで来た本だった。最後まで読めた。

転校生がエリーゼの様子に気づいた。

「終わったのか」

「……ええ。今」

「どうだった」

エリーゼは少し考えた。

「……旅の最後に、最初の場所に戻るんです。でも、同じ景色が全然違って見えていて。それが、なぜか」

言葉が続かなかった。

「うまく言えないのですが、よかったです」

転校生が少し間を置いた。

「そうか」

それだけだった。でも、悪い間ではなかった。

エリーゼはもう一度、表紙を見た。それから、最初のページを開いた。

「また最初から読みます」

「そうか」

「今度は、終わりを知った状態で読むので、きっとまた違うと思って」

転校生は何も言わなかった。でも、本に視線を落とす前に、少しだけ頷いた気がした。

中庭の光が、少しだけ傾いていた。

翌日の廊下で、光景を見かけた。

少し先で、転校生が立ち止まっていた。向かいにイザドラが立っていた。

「先日の薬品の件、実習室にいたと聞いたが」

転校生の方から、先に声をかけていた。

「大丈夫だったか」

「まあ、ヴァイセンベルク様がご心配してくださるなんて嬉しいわ。私は全然平気でしたわよ」

「怪我がなかったなら、よかった」

イザドラが笑った。それから、転校生の隣に並んで歩き始めた。

「せっかくだから、少し一緒に歩いてもよいかしら? もっと、ゆっくりお話ししたくて」

「少しなら」

二人が廊下を歩いていった。

エリーゼは少し離れた場所から、その後ろ姿を見ていた。

イザドラが転校生に向かって笑っていた。転校生が何かを言うたびに、楽しそうに相槌を打っていた。

(……仲良さそう)

そう思った。思った瞬間に、胸の中に何かが生まれた。うまく名前がつけられない、少し重たいものが。

エリーゼは視線を前に戻して、廊下を歩き始めた。

中庭に着くと、今日はベンチが空いていた。イザドラが来ることはなくなっていた。

エリーゼはいつものベンチに座って、本を開いた。

最初のページから読んでいた。知っている話なのに、少女の一言一言の意味が、前回読んだときと少し違って見えた。

でも今日は、文字があまり頭に入ってこなかった。

廊下で見た光景が、頭の端にあった。

(……別に、いいじゃないか)

そう思った。転校生が誰と話しても、それはエリーゼには関係のないことだった。イザドラが隣を歩いたとしても、それも転校生の話だった。

でも。

「嫌だな……」

思わず、口から出た。

声に出てから、エリーゼは少し固まった。誰かに聞かれたかと思って、周囲を見た。中庭に人はいなかった。

(……何が嫌なんだ、自分は)

頭の中で、言い訳が始まった。別に嫌というわけではなく、ただ少し気になっただけで、気になるのは最近あの辺りをよく通るからで、目に入るのは仕方がなくて、だから嫌というわけでは全然なくて。

本を持つ手が、少し止まっていた。

(……うるさいな、自分で自分が)

エリーゼは本のページを、少し強めにめくった。

転校生が来たのは、いつもより少し遅かった。

何も言わず、いつものベンチに座った。本を開いた。

エリーゼはしばらく何も言わなかった。

でも、少しして、口が動いた。

「……無理してここへ来なくてもいいんですよ」

転校生が顔を上げた。

「どうした? 急に」

「他に行きたい場所があるなら、そちらに行っても」

「来たいから来ている」

転校生が短く言った。

「少し用事があったから遅くなっただけだ」

「……そうですか」

エリーゼは本に視線を落とした。

(……どうしてこんなこと言ってしまったのだろう)

ただ、エリーゼは止めることができなかった。

廊下でも、放課後でも。転校生がイザドラと話す回数が、最近増えていたことを知りたかった。

「……最近、イザドラ様と何を話しているんですか」

聞いてしまってから、少し後悔した。でも聞いてしまった。

転校生が本から顔を上げた。少しの間、エリーゼを見た。

「俺のことは気にするな」

それだけ言って、また本に視線を落とした。

エリーゼはしばらく、転校生の横顔を見ていた。

(……気にするな)

気にするな、と言った。イザドラのことに踏み込んでほしくない、ということだろうか。二人の間の話に、口を出すな、ということだろうか。

(……そういうことか)

胸の中で、何かが少し冷たくなった気がした。

エリーゼは本に視線を戻した。ページをめくった。旅する少女が、最初の街を出ていくところだった。

今日は、その一行が、少し長く見えた。

夕方、中庭を出るとき、二人で門まで歩いた。

しばらく、お互い何も言わなかった。

門のところで、転校生が少し立ち止まった。

「さっきの話」

「……何ですか」

「気にするなというのは、お前を邪険にしたわけじゃない」

エリーゼは転校生を見た。

転校生は前を向いたまま、少しだけ続けた。

「ただ、関わってほしくない。今は」

「……なぜ」

「それも、今は言えない」

転校生がそれだけ言って、歩き始めた。

エリーゼはその背中を少しの間、見ていた。

(……関わってほしくない)

なぜなのかは、まだわからなかった。でも、「気にするな」と「関わってほしくない」は、少し違う意味だとわかった。

さっき冷たくなった気がしたものが、少しだけ溶けた。全部ではなかったが、少しだけ。

夕方の光が、道に長く伸びていた。

エリーゼは歩き始めた。空が、秋らしく高かった。

その日の夕方、廊下でイザドラがリナに声をかけた。

「今日も助かったわ、リナさん」

笑顔だった。いつもの、楽しそうな笑顔だった。

「あの令嬢、昨日まであんなに強気だったのに。あなたが一言添えてくださっただけで、ころりと変わったわね」

「……お役に立てたなら、よかったです」

リナが笑顔で答えた。

「本当に、あなたは使いやすいわ」

イザドラが言った。褒めているような、それだけではないような声だった。

「あなたが人気が出ていた理由がわかったわ。私が近づきにくい相手にも、すんなり入っていける。おかげでずいぶん助かっているの」

「本当に、人を欺くことに関しては、お見事ですわね。これからも期待していますわよ」

リナは微笑んだ。

「恐れ入ります。イザドラ様」

イザドラが先に歩いていった。

リナはその背中を、少しの間だけ見ていた。